大和戦争 - Die was War -

葉之和駆刃

『儀式』

 雪太達は、ツキヨミの部屋に出向いた。本当ならば、アメノーシを通してでないと入ることはできないのだが、今回は直接行くことにした。その方が、本気なのだということを相手に示せるからだ。

 雪太は、部屋をノックした。すると、すぐに返事が返ってきたので、雪太はそっと扉を開けた。中には、やはりツキヨミの姿があった。しかも、部屋には雪太だけではなく春也や他のメンバーも入ってきたで、ツキヨミは少し驚いたような表情を見せた。

 そこで、雪太は例のことをツキヨミに話した。部屋に引きこもっているアマテルを、外に連れ出したいという旨を、真剣に伝えた。彼らの話を聞いたツキヨミは、本気なのかといった顔をしている。しかし雪太達の顔を見て本気だと分かったのか、難しい顔になった。

 そこで、雪太は自分の考えた作戦をツキヨミに述べた。それを聞いて、ツキヨミも納得してくれた。が、次にある質問をされた。

「何故君は、そこまでして姉上を連れ出そうしてくれているのだ」

 その理由の一つとして、まずアマテルが哀れでならないというのがある。しかし、理由はもう一つあった。

「スノーと……、対面させてやりたいんです」
「スノーと?」
「あいつ、いつもは強く振る舞ってるけど、内心はとても辛いんだと思います。見てると、そんな気がしてくるんですよ。それ見てたら俺、昔の自分見てるみたいで、心苦しくなるんです」
「……分かった。君の言う通りにしよう」

 ツキヨミは、笑顔で承諾してくれた。そして背を向けると、部屋のカーテンを開ける。すると、外の陽射しが中に舞い込んできた。あまりに眩しく、思わず春也達は目を細めた。そして、ツキヨミがこんな話を始めるのだ。

「姉上は、この国の太陽だった。人々の間に争いが生じれば、その心を鎮めておられた。この国で暮らす人々にとって姉上は、なくてはならない存在だったのだ。しかし、姉上がいなくなってしまわれた今では、この国は憎悪に満ち溢れている。人を憎しみ、罪を擦り付け合っているのだ。姉上がこの国を照らしてくださらない限り……人々の心は、より闇に覆われていくだろう」

 ツキヨミは再び雪太達の方を向くと、

「すまない、余計な話をしてしまった。我々も、出来る範囲で協力させてもらおう」

 と、微笑しながら言うと、部屋を出ていってしまった。雪太は今の話を聞き、何が何でもアマテルを助け出したいという気持ちになった。彼女が出て来なければ、この国は滅茶苦茶になってしまう、そう思えたからだ。

 外に出ると、春也が尋ねてきた。

「で、どうするんだい? ほんとに、あの作戦でいくのかい?」
「あぁ、それしか方法がない気がするんだ」

 屋敷の庭に来ると、雪太は使用人に頼んで物置から太鼓などの楽器を持ってこさせた。まるで今から祭りでも行われるかのように、庭には多くの太鼓が並べられた。

「雪太様、これは……?」

 使用人の中に、ウヅメの姿もある。ウヅメは、綺麗な着物を身に纏っている。雪太は、ウヅメに近づくと告げた。

「今夜は、よろしく頼む」
「ほ……、本当に私でよろしいのですか?」
「あんたしかいないんだ、頼む」
「……分かりました。私も、あなた様のお役に立ちたいですもの」

 ウヅメはニッコリ微笑むと、向こうに行ってしまった。今の言葉が気になるところだが、今は目の前のことに集中しなければならない。雪太は、次に何をすればよいか考えていた。
 と、そこへ聞き覚えのある声がした。

「おい、何だこれ!」
「まるで、何かのフェスティバルみたいだね!」

 振り向くと、各部隊のリーダーが集まっている。

「こっちは大変だってのに、お前らは楽しくお祭りごっこかよ! 殺すぞ!」

 西和が近づいてくるや否や、雪太の襟を掴んだ。今にも殴りかかってきそうな西和を、春也が宥める。

「まぁまぁ、俺達はこれからこの国のために大切なことをするんだよ」
「大切なことだと?」
「みんな、アマテルさんが引きこもっているのは知ってるよね。俺達は、これから彼女を外の世界に連れ出そうとしているんだよ」
「それの、どこが大切なことなんだい?」

 春也の話を傍聴していた一条も、嫌味っぽく尋ねてくる。

「僕らからしたら、エスケーピズム(現実逃避)してるようにしか見えないけど」
「俺達よりも先に神力得たくらいで、あんま調子に乗んなよ」

 法隆寺と榛原も、声を揃えて言う。しかし、その場にいた中で明日香だけは違った。

「ちょっと、そんな言い方しなくてもいいでしょ。雪ちゃん達だって、きっと理由があるのよ。だから、私は応援するね」

 明日香は、雪太の手をとった。しかし、それにより場の空気はますます悪くなる。無論、明日香には悪気はないのだが。

「チッ、行こうぜ!」

 西和達は、雪太達を睨むと帰っていってしまった。彼らは、やはり第六線のことが気に入らないのだろう。一番下の部隊であるにもかかわらず、どの部隊よりも先に神力を得てしまった。あそこでイーザが第六線の勝利を宣告しなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。人間というのはどこの世界でも、理不尽な理由ですぐに人を恨むものだ。その時、雪太は改めてそう思った。
 他の者達は帰ってしまったが、明日香だけが何か手伝えることはないかときいてきた。雪太は、スノーの姿が見えなくなっていることに気づいた。あれから、どこに行ってしまったのだろう。そして、明日香にスノーの捜索を頼んだ。アマテルが部屋から出て来た時、できればすぐに会わせられるようにしておきたいからだ。

 明日香は、すぐに森の奥へと入っていった。雪太は、自分が捜しに行くよりも明日香が行った方が、スノーも戻ってきてくれるような気がしたのだ。

 やがて陽が沈み、夜になった。外は真っ暗で、あるのは行燈の灯りだけだ。間もなく、儀式が執り行われようとしている。部屋の前で騒げば、アマテルもきっと気になって部屋の戸を開けるに違いない。その隙を狙って、部屋から引っ張り出すのだ。

 時に、明日香は大丈夫だろうかと雪太は心配になった。あの森には、化物も多く生息している。明日香は、まだ神力を手に入れていないため、襲われたら為す術がない。それを危惧していたのは、もちろん雪太だけではなかった。

「雪太、様子を見に行った方がいいんじゃないのかい?」

 春也もまた、心配そうに雪太を見ている。明日香の幼馴染として、通ずるものがあったのかもしれない。雪太が行こうとした時、笛が鳴り響いた。ついに、儀式が始まったのだ。太鼓の音も、近くの木々に振動を与えている。笛の音色に合わせ、ウヅメも踊り始める。やはり美しい。少し見ているだけで、見惚れてしまいそうな舞いだ。

 ―――その時。小石が雪太の足元に当たり、撥ね返った石が数センチ先へ転がった。

 周りを見回すと、遠くの木の上に影が見える。そこから、誰かが次々とこちらに小石を投げてくる。それは、ウヅメや演奏している者にも攻撃した。
 雪太は目を凝らしてみるが、暗くてよく見えない。すると、春也が前に出てきた。

「俺に任せて」

 春也は両手を掲げると、手のひらからカメラのフラッシュのような強い光を放出した。それにより、その人物の顔が照らし出される。石を投げていたのは、第四線の香芝健一朗だったのだ。香芝は、

「失敗しちゃえ~、死ね死ね!」

 などと言いながら、木の上から次々に石を投げ続けてくる。周りは騒然となり、演奏は一時中断せざるを得ない状況となった。

「ちょっと、やめてよ~!」

 由佳は叫んだが、香芝はやめようとしない。それを見て、雪太は大体の見当をつけた。きっと、西和から命令されたのだ。雪太達の作戦を、台無しにしようとしているのだろう。ウヅメもやめるよう懇願するが、やはり香芝はきかなかった。

 雪太は、どうにかできないものかと周りを見るが、役に立ちそうなものはない。すると、寝ている光河に目がいった。こんな状況でも寝ていられるのかと、また呆れてしまった。それにしても、香芝のいる木とこちらの距離は五十メートルほどあるにもかかわらず、的確に狙ったところへ石を投げつけている。香芝のコントロールは、クラスの中でもトップクラスだ。しかも、それは楽しんでいるようにも見えた。

 数分経っても、次々に石が雪太達のところに飛んでくる。仕方ないので、相手からやめるのを待つことにした。しかし、この判断が悪運を招いたのだ。
 香芝が投げた小石のうち、一つが寝ている光河の頭を直撃した。そして、光河の性格を知っている第六線のメンバーは凍りついた。ウヅメは不安気に、

「だ、大丈夫ですか?」

 と、光河に声をかけている。雪太は咄嗟に、ウヅメの手首を掴んで光河から引き離した。そして、光河はゆっくりと起き上がる。

「安眠妨害……殺す」

 光河の手から、炎が燃え上がった。その炎は徐々に大きくなり、香芝のいる木まで火の粉を飛ばし始めたのだ。香芝は咄嗟に別の木に乗り移り、難を逃れた。その直後、先ほどまでいた木に火が点いて激しく燃え始めた。この屋敷は、全体を森で覆われているため、このままでは燃え広がって山火事になってしまう。雪太は、振り向いて由佳に言った。

「磯城野。川から水、運べるか?」
「分かった、やってみる」

 由佳が答えると、目を閉じて念じ始める。数十秒後、水が押し寄せてきた。火の点いた木を洗い、そして消火した。由佳の神力は「緑心」のため、自然を思うままに操れるのだ。日々の訓練により、扱いにも少し慣れていた。
 それでも、まだ火は残っている。そのため、仕上げは天気を操れる麻依が雨を降らし、完全に消火した。これで一安心だ。
 香芝はすでに帰ってしまったらしく、また演奏ができる状況にできた。使用人達はまだ少し混乱しているようだったが、徐々に落ち着きを取り戻し、演奏を再開しようとした。

 すると、ウヅメが何かに気付いた様子を見せる。

「スノー様……」

 森の奥から、明日香がスノーを連れて戻ってきたのだ。明日香はスノーから手を離すと、雪太の前に来た。

「ごめんね、雪ちゃん。捜してたら、遅くなっちゃって」

 スノーの方を見ると、彼女は俯いたまま顔を上げようとしない。ようやく自覚し、反省しているような顔にも見えた。雪太は、やはり明日香に頼んで正解だったと思った。
 そして演奏が再開され、ウヅメがまた踊り出した。その音は、部屋の中にいるアマテルにも聴こえていたのだ。

 雪太は、アマテルがいる部屋の前に立った。そして、

「聴こえるか? みんな、あんたのことを心配してる。だから聞かせてほしいんだ、あんたの声」

 と、声をかける。無論、返事はない。

 ……と思ったら、聞こえたのだ。微かな、女性の声が。

「外が賑やかですが……、何かあったのでしょうか」

 その質問に、雪太は冷静に答える。

「あんたよりも美しい女が、今踊ってる。大層な美人で、非の打ちどころがないくらい、美しい舞いを披露してくれている」

 これは、雪太がついた嘘だった。確かにウヅメは美しいが、アマテルとは対面したことがないので、彼女より美人かどうかも分からない。すると、強い口調で返事が返ってきた。

「そんな方が、本当にいるのですか」
「あぁ、いる」
「では、何という名前ですか」

 襖に、確かに女の影が映っている。アマテルが、襖のすぐ前にいるという証拠だ。もうすぐ彼女に会える。雪太が、敢えて何も答えずにいると、鍵の外れるような音が聞こえた。そして襖が、ゆっくりと開いていく。次に、雪太の目に飛び込んできたのは、痩せ細った女の姿だった。しかし、美しい容姿をしているということだけは分かる。

 雪太は、アマテルの手首を掴むと、思いっきり手前に引いた。アマテルを、外の世界に連れ出すことに成功したのだ。すると、周りから歓声が沸いた。
 続いて雪太が、アマテルを見つめながら告げた。

「あんたは、この国の太陽だ。太陽は、この世界に二つとして存在し得ない。誰も、あんたの代わりにはなれないんだ。この世界をまた、あんたの光で照らしてくれ」
「はい……」

 アマテルから、涙が零れ落ちた。それとほぼ同時に、何かがアマテルの胸に飛び込んでくるのだ。アマテルが下を見ると、それはスノーだった。スノーは顔を上げ、アマテルに言った。

「姉上、ごめんなさい! おいら、もう姉上に会えないんじゃないかって思うと、怖くなって……」

 スノーの顔面は、すでに涙に覆われていた。そんなスノーを、アマテルは力いっぱい抱きしめる。

「よいのですよ。私はもう、逃げたりしません」

 それを見届けた後、雪太は皆のところに戻り、自分達もまた、部屋に帰ることにした。明日香の目にも、涙が滲んでいた。

 戻ると、何人かの生徒が建物の外に出ていた。各部隊のリーダー達だ。それを見ると、春也が彼らに声をかける。

「やあ、どうしたんだい。作戦は上手くいったよ」
「それはよかったね。まあ、僕達には一切関係のないトピックだけど」

 法隆寺は、また捻くれたことを言う。西和に至っては、「チッ」と舌を鳴らして雪太達を睨んでくる。すると今度は榛原が出てきて、

「俺らは、まだお前らのことを認めたわけじゃないからな」

 とだけ言い、中に入っていった。ここで、雪太の確信は更に高まった。近いうちに、他の部隊が揃って第六線を潰しに来るかもしれない。そうならないよう、今よりもっと強くならなければならない。そう思っていると、一条が来てポンと雪太の肩に手を置き、無言で建物の中に姿を消した。バカにしたような視線から、同情したような眼差しに変わっていた。あの男は、雪太の事情をすべて見抜いているのだろうか。

 後ろでは、由佳や麻依の声が聞こえる。

「何なの、あの目」
「絶対バカにしてたよね」

 雪太は空を見上げると、朝陽が昇り始めていた。その光は、森中を寂しく照らし続けていた。


 部屋に戻った雪太は、疲れてベッドで寝ていた。すると、ドアが開いた。そして、一つの影が雪太を覆った。雪太は目を開けると、そこにはなんと、アマテルの姿があったのだ。雪太は驚き、飛び起きた。何故、ここにアマテルがいるのか分からない。すると彼女が、雪太に言うのだ。

「私、ちゃんとお礼を言っていませんでしたね。あなたが、ツキヨミに提案してくれたのでしょう? ほんとに、ありがとうございました」

 アマテルは、雪太の手をぎゅっと握った。すると雪太はまた、顔の周りが熱くなるのを覚えた。明日香に握られた時とはまた違う、別の温もりがした。アマテルは優しく微笑み、部屋を出ていった。雪太はしばらく、その場で固まっていた。ますます目が冴えてしまい、今夜は眠れそうにない。

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