大和戦争 - Die was War -
『第一線 vs 第二線』
「絶対に何かあると思ってたんだよ。そうでなきゃ、わざわざ僕らをインヴィテーションしたりしないだろうからね」
「それで、わざわざ冷やかしに来たわけ」
恵美は腹がったような目を、法隆寺に向けている。
「いや、君達をサポートしているだけさ。相手は第一線。でも正直言って、不良が三人もいるところに負けたくはないだろう?」
「そうだけど……。でも、あそこには明日香ちゃんと京子ちゃんもいるの。私も二人とは仲いいから、まさか一緒に戦うことになって不安もあるんだ」
「じゃあ、そういうことだから僕は行くね」
「どういうことよ! あんた、ほんとにそれだけ言うために来たの?」
恵美は内心あきれ果てているようだ。それでも法隆寺は、陽気に言うのだった。
「まあ、僕のチームは結束力が高いからね。心配しなくて結構だよ」
「初戦の相手って、確か第六線でしょ? リーダーは郡山君だから、気をつけた方がいいかもよ」
「何故あの人が最弱グループなのか分からないけど、視野には入れておくよ。僕は第五線のリーダーだからね」
法隆寺はそう言い残し、悠々と歩いていってしまった。恵美も、初戦が行われるフィールドへ向かうことにした。
恵美が配属されている第二線は、他に一条、北、高田、高円がいる。仲は、正直あまりよくない。結束力で言えば、全部隊の中で一番悪いかもしれない。一条以外は女子ばかりで構成されていることもあり、特に吹部三人衆の仲の悪さは噂になっている。何故一緒にいるのか、誰が見ても理解不能だ。
ルールは竹刀を持って山に登り、相手チームと遭遇したら戦闘が開始される。どちらかが、相手の身体のどこかに竹刀を当てた時点で勝敗が決まる。敗者は、すぐに山を降りなければならない。
第一線は話し合った結果、一旦全員一緒に行動することになった。山に登ると木の茂みに隠れ、再び相談することにした。
「流石に、五人で行動してたら奴らと出会った時、ヤバくねえか?」
「けどよ、逆に戦いやすいんじゃね?」
瑛や広陵は、互いに囁き合っている。彼らにも、彼らなりの考えがあって行動しているのだろう。
「ど……、どうするの?」
大淀は不安そうに、オドオドしている。
「よし、じゃあ決まり! ここで奴らを待伏せしよう! この場所で待機してりゃ、絶対来るだろ」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
広陵の発言に、京子が反発の声を上げた。
「んだよ、女が出しゃばんな!」
「はぁ? 別に関係ないでしょ。それに、ここのリーダーは明日香なんだから!」
「じゃ、じゃあ……、どうなんだよ?」
広陵は、明日香の方を見た。好意を寄せている相手には、どうしても気を遣ってしまうのだろう。しかし、明日香は味気ない返事をする。
「私は、どっちでもいい。好きに決めていいよ」
「ほんとか? じゃあ、早速敵陣に乗り込もうぜ!」
広陵が先ほどとは正反対のことを言うので、大淀が困惑の声を上げる。
「えぇ!? 言ったじゃん、さっきここで待ち伏せようって言ったじゃん!」
「気が変わったんだよ。おい、瑛。お前も来るだろ?」
「あぁ。さっさと終わらせるぜ」
「言ったじゃん、言ったじゃん! ここで待機するって言ったじゃん!」
「うるっせーな」
広陵は、大淀の額にチョップする。そうすると、大淀も泣く泣く黙り込んでしまった。瑛は明日香と京子を見ると、
「で、お二人さんはどうすんだよ?」
二人は異論があるのか、互いに顔を見合わせる。すると先に、明日香が話を切り出した。
「そうね。敵陣に乗り込んで、皆殺しにしましょう」
「うわわ、この人お淑やかそうな顔してえげつないこと言うよ~」
大淀の言葉を無視し、瑛と広陵が言った。
「じゃあ、決まりだ。これを奴らに当てればいいんだな!」
「女子ばっかりだから、余裕じゃね?」
二人は、得意げな表情で竹刀を振り回している。それを見て、京子が不安げな表情を浮かべる。
「ちょっと、本気でやらないでよ。相手女の子なんだから!」
「わかってるよ。あと、お前ら二人はここで待機して、敵が近くに来たら応戦してくれ」
京子に対し、広陵が言った。結局、男子達が相手を見つけに行くことになり、女子二人はその場に待機することになった。
「よし。行くぞ、大淀」
「お……、俺も……?」
「当たり前だ、ビビってんじゃーよ」
「そうだぞ、それでも不良か? そんなんじゃ、喧嘩で勝ち残れねーよ」
「だから、いつも言ってるじゃん! 俺は喧嘩専門じゃなくて、髪染めたり、制服着くずしたりする不良なの!」
二人に対し、大淀も言い返す。
「じゃあ、もういいよ。お前はここでこいつらの援護でもしてろ! 瑛、行こうぜ」
広陵と瑛は敵を探しにいくために歩き出し、大淀はその場に残されてしまった。
「まったく、勝手なんだから!」
京子が呟くと、今度は大淀を見て言った。
「で、あんたはどうするの?」
「え……。あ、うん。お、俺も行くよ!」
結局、大淀も二人を追っていった。明日香と京子は、残って見張りを続けることにした。もしも、ここに敵の部隊が揃って来たら、とても二人だけでは太刀打ちできそうにない。相手部隊に女子が多いとはいえ、厳しいものになりそうだ。
「ほんっと、男子ってなんであぁ勝手なんだろ」
京子は、少しプリプリしている。
「まあまあ、きっと何とかなるよ」
明日香が、京子を宥めるように言った。しかし、京子の腹の虫はなかなか治まらない。
「どっから出てくんのよ、その自信」
「とりあえず、待ちましょう」
明日香は木の陰から顔を覗かせ、相手が近くに来ていないか確かめ始めた。京子も気を取り直し、明日香と逆の方向に目を配る。こうして、二人は瑛達が戻ってくるまでの間、防備に専念することになった。
一方、第二線側も同じことを考えていたのだ。
「じゃあ、僕は相手の様子を見に行ってくるね。君達は、ここで見張りをしていてくれるかい」
自信満々に、一条は四人に指示を出す。
「ひ……、一人で行くの?」
恵美は、心配そうな顔で一条を見る。
「やっぱり、女の子を危険な目に遭わせるわけにはいかないから」
「危険って、ほんとに死ぬわけじゃあるまいし……」
一条の発言に対し、高円は独り言のように呟く。
「じゃ、そっちのことは任せたよ」
「待って、私も行く!」
今、名乗りを上げたのは恵美だ。
「やっぱり……、何があるかわからないし。何人かで行った方が、安全だと思うの」
「そうか……、ありがとう。じゃあ、ついて来てくれるか」
恵美も、一条と一緒に行動することになった。吹部の三人は、その場に残って見張りを続ける。
「何なの、あの子。カッコつけたつもり?」
「一条君も物好きだよね~」
二人の後ろ姿を見ながら、北と高田は呟く。その横では、高円が木の枝を使って地面にイラストを描いている。その図から、陣地を守ろうとする気が微塵も感じられない。
「あんた、何描いてんの? ってか、うまっ!」
「ほんとだ、あんたって音楽以外にそんな特技あったんだ。他にも何か描いてみてよ」
そのイラストを見て、北と高田が絡んでくる。しかし高円の返事は、
「うざい」
の一言だけだった。
「ほら、なんか描きなさいよ!」
「うざい」
「私、猫がいいな~」
「うざい」
その時、
「よぉ~、お前ら三人だけか? ちょうどよかったぜ!」
という声が聞こえた。三人が声のした方を振り向くと、そこには瑛の姿があった。その後ろには、広陵と大淀も立っている。
「何か用?」
いいところを邪魔されたとでも言わんばかりに、北が三人に冷たい視線を送る。それを見て、広陵も女子三人に言葉を投げつけた。
「何って、お前らを倒しに来たんだよ。女子だからって、優しくしないからな!」
「はぁ? べつに優しくしてほしいなんて言ってないんですけど。頭大丈夫?」
「いや普通、そこまで言うか?」
広陵は、半ば呆れ状態だ。すると、高田が口を挟む。
「ごめんね。この子、この世界に来てからずっとこんな感じなの。許してね」
「ってか、あんただって同じでしょ?」
「何よ、人がせっかく心配してあげてんのに!」
「そういうの、心配って言わないから! 皮肉よ、皮肉」
敵の目の前で、急に喧嘩を始める二人。男子三人は、どうリアクションをとればよいのか分からずにいた。更には、こんなことまで言い始めた。
「ちょっと、あんた最近調子に乗ってない?」
「あんただって、この間の中間テストで私よりちょっと成績よかったからって、偉そうにすんのやめてくださる?」
北と高田は、三人を無視して喧嘩を続行。それに対し、しびれを切らした瑛が叫んだ。
「おい! さっさと戦えや! じゃないと、こっちから行くぞ!」
しかし、次に北から予想外の言葉が飛び出した。
「あ、大丈夫。私達、山を下りま~す」
「は?」
「だって、こんな状況で戦っても勝てるわけないでしょ!」
高田も、怒ったように瑛に言う。それに高円も続く。
「結束力の欠片もない」
これは、三人が一番思っていることだ。山を下りるということは、この試合を棄権することを意味している。三人は竹刀を持って、本当に山を下りていってしまった。これは、瑛達の不戦勝に等しい。止める理由もなく、瑛達は喜んだ。
まだ昼間だが、木々が生い茂っている山の中は薄暗い。恵美は、一条の少し後ろを歩きながら呟いた。
「あの子達……、残してきて大丈夫だった?」
「どうだろうね、また喧嘩でもしてるんじゃないかな」
「最近、喧嘩ばっかりだよね。いつも一緒にいるのに、なんであんなに仲悪いんだろ」
恵美は、三人のことを気にかけていた。この世界に来てから、疑心暗鬼になっているのかもしれないと、そう思っているのだ。その時、不意に一条が立ち止まった。
「……どうしたの?」
「……誰か来る」
「えっ?」
耳を澄ますと、確かに小枝を踏むような音が聞こえてくる。二人は立ち止まり、気持ちを落ち着かせた。一条は竹刀を構え、いつでも戦える姿勢に入った。
そこに現れたのは、明日香と京子だった。向こうも二人に気づき、足を止めた。
「あ……、あの……」
明日香は、少し緊張しているようだ。
「じゃ、じゃあ……、始めましょうか」
クラスメイトに、何故か敬語で話す明日香。そのくらい、戸惑っているのだろう。ここに来た経緯は、気になって先に出ていった三人を探しにいこうとしたら、その途中で敵の一条達と出くわしてしまったのだ。
女好きの一条は、明日香になかなか手を出せない。明日香も、相当躊躇っているようだ。恵美と京子も、形だけの対峙となっている。
互いが向かい合って、数分が経過した時……。
「お前ら、こんなとこにいたのかよ!」
そう言いながら、瑛達が戻ってきた。
「二階堂君!」
それを見て安心したのか、明日香の表情が緩む。
一瞬にして、一条と恵美は五人に取り囲まれてしまった。絶体絶命とは、まさにこのような状態のことを言うのだろう。一条は勝てないことを自覚したのか、両手で握っていた片方の手を離して竹刀を下ろした。
「僕達は……、辞退するよ。勝てないと分かっていて戦うほど、僕は馬鹿じゃないからね」
一条が三人を素通りし、山を下りていくと恵美も急いで追いかけていった。三人もまた、止めようとしなかった。明日香もまた、その様子を後ろからただ見つめているだけだった。
そして結局、この試合は第一線の勝利となった。試合の後、第二線のメンバーは違いに無言だった。勝てなかった要因の一番は、仲間関係が悪かったことだと誰もが感じていた。その噂は、翌日までに全部隊にまで広まっていた。
「いやぁ、残念だったね~。君達なら第一線に勝てる可能性があったのに、勝手にスーサイドしたようなものじゃないか。これじゃ、もう第一線の優勝は決まったようなものだね!」
「あんたんとこも結局、負けたの?」
「ひどい番狂わせだよ。一番弱いチームに負けたから、肩身が狭いよ」
負け惜しみにしか聞こえない法隆寺の言葉を、恵美も適当に聞き流していた。しかし、それを聞いて恵美は第六線に興味を持った。今度、リーダーの雪太に話しかけてみようと思った。そして、何かアドバイスしよう。法隆寺と別れた後、恵美も部屋に戻っていった。是非とも、第六線に優勝してほしい。その薄い可能性を、期待していたのだ。
「それで、わざわざ冷やかしに来たわけ」
恵美は腹がったような目を、法隆寺に向けている。
「いや、君達をサポートしているだけさ。相手は第一線。でも正直言って、不良が三人もいるところに負けたくはないだろう?」
「そうだけど……。でも、あそこには明日香ちゃんと京子ちゃんもいるの。私も二人とは仲いいから、まさか一緒に戦うことになって不安もあるんだ」
「じゃあ、そういうことだから僕は行くね」
「どういうことよ! あんた、ほんとにそれだけ言うために来たの?」
恵美は内心あきれ果てているようだ。それでも法隆寺は、陽気に言うのだった。
「まあ、僕のチームは結束力が高いからね。心配しなくて結構だよ」
「初戦の相手って、確か第六線でしょ? リーダーは郡山君だから、気をつけた方がいいかもよ」
「何故あの人が最弱グループなのか分からないけど、視野には入れておくよ。僕は第五線のリーダーだからね」
法隆寺はそう言い残し、悠々と歩いていってしまった。恵美も、初戦が行われるフィールドへ向かうことにした。
恵美が配属されている第二線は、他に一条、北、高田、高円がいる。仲は、正直あまりよくない。結束力で言えば、全部隊の中で一番悪いかもしれない。一条以外は女子ばかりで構成されていることもあり、特に吹部三人衆の仲の悪さは噂になっている。何故一緒にいるのか、誰が見ても理解不能だ。
ルールは竹刀を持って山に登り、相手チームと遭遇したら戦闘が開始される。どちらかが、相手の身体のどこかに竹刀を当てた時点で勝敗が決まる。敗者は、すぐに山を降りなければならない。
第一線は話し合った結果、一旦全員一緒に行動することになった。山に登ると木の茂みに隠れ、再び相談することにした。
「流石に、五人で行動してたら奴らと出会った時、ヤバくねえか?」
「けどよ、逆に戦いやすいんじゃね?」
瑛や広陵は、互いに囁き合っている。彼らにも、彼らなりの考えがあって行動しているのだろう。
「ど……、どうするの?」
大淀は不安そうに、オドオドしている。
「よし、じゃあ決まり! ここで奴らを待伏せしよう! この場所で待機してりゃ、絶対来るだろ」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
広陵の発言に、京子が反発の声を上げた。
「んだよ、女が出しゃばんな!」
「はぁ? 別に関係ないでしょ。それに、ここのリーダーは明日香なんだから!」
「じゃ、じゃあ……、どうなんだよ?」
広陵は、明日香の方を見た。好意を寄せている相手には、どうしても気を遣ってしまうのだろう。しかし、明日香は味気ない返事をする。
「私は、どっちでもいい。好きに決めていいよ」
「ほんとか? じゃあ、早速敵陣に乗り込もうぜ!」
広陵が先ほどとは正反対のことを言うので、大淀が困惑の声を上げる。
「えぇ!? 言ったじゃん、さっきここで待ち伏せようって言ったじゃん!」
「気が変わったんだよ。おい、瑛。お前も来るだろ?」
「あぁ。さっさと終わらせるぜ」
「言ったじゃん、言ったじゃん! ここで待機するって言ったじゃん!」
「うるっせーな」
広陵は、大淀の額にチョップする。そうすると、大淀も泣く泣く黙り込んでしまった。瑛は明日香と京子を見ると、
「で、お二人さんはどうすんだよ?」
二人は異論があるのか、互いに顔を見合わせる。すると先に、明日香が話を切り出した。
「そうね。敵陣に乗り込んで、皆殺しにしましょう」
「うわわ、この人お淑やかそうな顔してえげつないこと言うよ~」
大淀の言葉を無視し、瑛と広陵が言った。
「じゃあ、決まりだ。これを奴らに当てればいいんだな!」
「女子ばっかりだから、余裕じゃね?」
二人は、得意げな表情で竹刀を振り回している。それを見て、京子が不安げな表情を浮かべる。
「ちょっと、本気でやらないでよ。相手女の子なんだから!」
「わかってるよ。あと、お前ら二人はここで待機して、敵が近くに来たら応戦してくれ」
京子に対し、広陵が言った。結局、男子達が相手を見つけに行くことになり、女子二人はその場に待機することになった。
「よし。行くぞ、大淀」
「お……、俺も……?」
「当たり前だ、ビビってんじゃーよ」
「そうだぞ、それでも不良か? そんなんじゃ、喧嘩で勝ち残れねーよ」
「だから、いつも言ってるじゃん! 俺は喧嘩専門じゃなくて、髪染めたり、制服着くずしたりする不良なの!」
二人に対し、大淀も言い返す。
「じゃあ、もういいよ。お前はここでこいつらの援護でもしてろ! 瑛、行こうぜ」
広陵と瑛は敵を探しにいくために歩き出し、大淀はその場に残されてしまった。
「まったく、勝手なんだから!」
京子が呟くと、今度は大淀を見て言った。
「で、あんたはどうするの?」
「え……。あ、うん。お、俺も行くよ!」
結局、大淀も二人を追っていった。明日香と京子は、残って見張りを続けることにした。もしも、ここに敵の部隊が揃って来たら、とても二人だけでは太刀打ちできそうにない。相手部隊に女子が多いとはいえ、厳しいものになりそうだ。
「ほんっと、男子ってなんであぁ勝手なんだろ」
京子は、少しプリプリしている。
「まあまあ、きっと何とかなるよ」
明日香が、京子を宥めるように言った。しかし、京子の腹の虫はなかなか治まらない。
「どっから出てくんのよ、その自信」
「とりあえず、待ちましょう」
明日香は木の陰から顔を覗かせ、相手が近くに来ていないか確かめ始めた。京子も気を取り直し、明日香と逆の方向に目を配る。こうして、二人は瑛達が戻ってくるまでの間、防備に専念することになった。
一方、第二線側も同じことを考えていたのだ。
「じゃあ、僕は相手の様子を見に行ってくるね。君達は、ここで見張りをしていてくれるかい」
自信満々に、一条は四人に指示を出す。
「ひ……、一人で行くの?」
恵美は、心配そうな顔で一条を見る。
「やっぱり、女の子を危険な目に遭わせるわけにはいかないから」
「危険って、ほんとに死ぬわけじゃあるまいし……」
一条の発言に対し、高円は独り言のように呟く。
「じゃ、そっちのことは任せたよ」
「待って、私も行く!」
今、名乗りを上げたのは恵美だ。
「やっぱり……、何があるかわからないし。何人かで行った方が、安全だと思うの」
「そうか……、ありがとう。じゃあ、ついて来てくれるか」
恵美も、一条と一緒に行動することになった。吹部の三人は、その場に残って見張りを続ける。
「何なの、あの子。カッコつけたつもり?」
「一条君も物好きだよね~」
二人の後ろ姿を見ながら、北と高田は呟く。その横では、高円が木の枝を使って地面にイラストを描いている。その図から、陣地を守ろうとする気が微塵も感じられない。
「あんた、何描いてんの? ってか、うまっ!」
「ほんとだ、あんたって音楽以外にそんな特技あったんだ。他にも何か描いてみてよ」
そのイラストを見て、北と高田が絡んでくる。しかし高円の返事は、
「うざい」
の一言だけだった。
「ほら、なんか描きなさいよ!」
「うざい」
「私、猫がいいな~」
「うざい」
その時、
「よぉ~、お前ら三人だけか? ちょうどよかったぜ!」
という声が聞こえた。三人が声のした方を振り向くと、そこには瑛の姿があった。その後ろには、広陵と大淀も立っている。
「何か用?」
いいところを邪魔されたとでも言わんばかりに、北が三人に冷たい視線を送る。それを見て、広陵も女子三人に言葉を投げつけた。
「何って、お前らを倒しに来たんだよ。女子だからって、優しくしないからな!」
「はぁ? べつに優しくしてほしいなんて言ってないんですけど。頭大丈夫?」
「いや普通、そこまで言うか?」
広陵は、半ば呆れ状態だ。すると、高田が口を挟む。
「ごめんね。この子、この世界に来てからずっとこんな感じなの。許してね」
「ってか、あんただって同じでしょ?」
「何よ、人がせっかく心配してあげてんのに!」
「そういうの、心配って言わないから! 皮肉よ、皮肉」
敵の目の前で、急に喧嘩を始める二人。男子三人は、どうリアクションをとればよいのか分からずにいた。更には、こんなことまで言い始めた。
「ちょっと、あんた最近調子に乗ってない?」
「あんただって、この間の中間テストで私よりちょっと成績よかったからって、偉そうにすんのやめてくださる?」
北と高田は、三人を無視して喧嘩を続行。それに対し、しびれを切らした瑛が叫んだ。
「おい! さっさと戦えや! じゃないと、こっちから行くぞ!」
しかし、次に北から予想外の言葉が飛び出した。
「あ、大丈夫。私達、山を下りま~す」
「は?」
「だって、こんな状況で戦っても勝てるわけないでしょ!」
高田も、怒ったように瑛に言う。それに高円も続く。
「結束力の欠片もない」
これは、三人が一番思っていることだ。山を下りるということは、この試合を棄権することを意味している。三人は竹刀を持って、本当に山を下りていってしまった。これは、瑛達の不戦勝に等しい。止める理由もなく、瑛達は喜んだ。
まだ昼間だが、木々が生い茂っている山の中は薄暗い。恵美は、一条の少し後ろを歩きながら呟いた。
「あの子達……、残してきて大丈夫だった?」
「どうだろうね、また喧嘩でもしてるんじゃないかな」
「最近、喧嘩ばっかりだよね。いつも一緒にいるのに、なんであんなに仲悪いんだろ」
恵美は、三人のことを気にかけていた。この世界に来てから、疑心暗鬼になっているのかもしれないと、そう思っているのだ。その時、不意に一条が立ち止まった。
「……どうしたの?」
「……誰か来る」
「えっ?」
耳を澄ますと、確かに小枝を踏むような音が聞こえてくる。二人は立ち止まり、気持ちを落ち着かせた。一条は竹刀を構え、いつでも戦える姿勢に入った。
そこに現れたのは、明日香と京子だった。向こうも二人に気づき、足を止めた。
「あ……、あの……」
明日香は、少し緊張しているようだ。
「じゃ、じゃあ……、始めましょうか」
クラスメイトに、何故か敬語で話す明日香。そのくらい、戸惑っているのだろう。ここに来た経緯は、気になって先に出ていった三人を探しにいこうとしたら、その途中で敵の一条達と出くわしてしまったのだ。
女好きの一条は、明日香になかなか手を出せない。明日香も、相当躊躇っているようだ。恵美と京子も、形だけの対峙となっている。
互いが向かい合って、数分が経過した時……。
「お前ら、こんなとこにいたのかよ!」
そう言いながら、瑛達が戻ってきた。
「二階堂君!」
それを見て安心したのか、明日香の表情が緩む。
一瞬にして、一条と恵美は五人に取り囲まれてしまった。絶体絶命とは、まさにこのような状態のことを言うのだろう。一条は勝てないことを自覚したのか、両手で握っていた片方の手を離して竹刀を下ろした。
「僕達は……、辞退するよ。勝てないと分かっていて戦うほど、僕は馬鹿じゃないからね」
一条が三人を素通りし、山を下りていくと恵美も急いで追いかけていった。三人もまた、止めようとしなかった。明日香もまた、その様子を後ろからただ見つめているだけだった。
そして結局、この試合は第一線の勝利となった。試合の後、第二線のメンバーは違いに無言だった。勝てなかった要因の一番は、仲間関係が悪かったことだと誰もが感じていた。その噂は、翌日までに全部隊にまで広まっていた。
「いやぁ、残念だったね~。君達なら第一線に勝てる可能性があったのに、勝手にスーサイドしたようなものじゃないか。これじゃ、もう第一線の優勝は決まったようなものだね!」
「あんたんとこも結局、負けたの?」
「ひどい番狂わせだよ。一番弱いチームに負けたから、肩身が狭いよ」
負け惜しみにしか聞こえない法隆寺の言葉を、恵美も適当に聞き流していた。しかし、それを聞いて恵美は第六線に興味を持った。今度、リーダーの雪太に話しかけてみようと思った。そして、何かアドバイスしよう。法隆寺と別れた後、恵美も部屋に戻っていった。是非とも、第六線に優勝してほしい。その薄い可能性を、期待していたのだ。
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