大和戦争 - Die was War -

葉之和駆刃

プロローグ 〜神に選ばれし召喚者達〜

 高校生、郡山こうりやま雪太ゆきたは夢を見た。
 自分と同じくらいの少年が、怪物と勇敢に戦っている。それは勇者のようで、勇ましくもあった。勇者といえば、周りには洋風の城や、広大な草原が広がっていると想像するかもしれない。嘗て、雪太もそうだった。しかし、そこには想像と全く別の世界、山に囲まれ、その中には木造の家ばかりが立ち並ぶ、小さな村があった。古風の、日本式の家々だ。

 その村で、龍のような怪物が暴れ回っている。そして、剣を手にした少年が、龍に立ち向かっていく。遠くから、雪太もそれを見ていた。敵を恐れないその姿は、まさに雪太の理想像そのものだった。
 雪太はいつしか、そのようなことに憧れていた。誰かを守るために、魔物や怪物と闘うことが格好いいと思うようになった。

 雪太には、ゲームをしたり漫画を読んだりしたりする度、すぐに影響される癖がある。しかし、数ヶ月もすれば飽きるというのも難点だった。
 ただ、その妄想は半年以上続いた。特に守りたい人がいるわけでもない。それなのに、何もしていなければ、いつの間にか空想してしまっている自分がいた。

 いつか、いつか、俺もあんな風になるんだ——————。





 朝の教室。雪太は、誰かに叩き起こされて目が覚めた。周りを見渡すと、いつも通りの教室の中だった。クラスメイト達の様々な会話が、入り混じって聞こえる。

「もう一限目始まるよ」

 雪太の前の席に座っていた女子、桜井さくらい明日香あすかだった。雪太は、急に現実に引き戻された気がして肩を落とす。起こさないで欲しかったのに……。
 時計を見ると、明日香の言う通り、間も無く一時限が始まろうとする時刻だ。

 雪太の通っている学校は、高ノ原学園たかのはらがくえん高等学校という県立高校だ。しかも、一時限目はいきなり数学だった。雪太は怠そうに欠伸をし、授業の用意を始める。

「……そうだ。雪ちゃん、これ終わったら昨日言ってたわからないとこ教えてよ」

 また、明日香が振り向いて言った。明日香は、雪太のことを「雪ちゃん」と呼んでいる。雪太とは幼稚園からの幼馴染であるため、当時呼んでいた呼び名が、未だに抜けきっていないのだ。雪太からすれば、もうかなり恥ずかしい年頃だというのに。
 雪太は眠たい目を擦りながら、

「いいよ」

 と、答えた。
 それを見逃さなかった明日香が、

「また、寝るの遅かったの?」

 と尋ねてくる。雪太は完全な夜型で、朝にはめっぽう弱かった。家族からは早く寝ろと小言のように散々言われるが、どうしても治らないのだ。勉強でも、朝より夜の方が捗るくらいだ。


 一限目が終わり、雪太は明日香に勉強を教えていた。雪太は、このクラスの中では二位という高順位だった。そのため、よく人から「勉強を教えてほしい」と言われるのだ。
 雪太が明日香の勉強を見ていると、話しかけてくる男子がいた。

「やぁ、雪太。また明日香に勉強を教えてやってるのか?」

 横を向くと、身長は百六十五と男子にしては低く、童顔の吉野よしの春也はるやが立っている。童顔といっても、顔は普通なのだが。彼もまた、二人の幼馴染だ。読書家であり、たまに難しい言い回しをしようとするが、よく意味が通らず、いつも空回りしてしまう。
 雪太は、春也のことをクラスの中で唯一下の名前で呼ぶ。

「何だよ、春也。お前も勉強見てやろうか?」
「いや、いい。雪太はレベル高すぎるから、何言ってるのか分かんないし。俺バカだから、少し上のやつに教えてほしいかな」

 春也は、そう言いながら陽気に笑う。春也は実家が八百屋を営んでおり、毎日帰宅すると、すぐに手伝いに駆り出されるのだという。雪太は幼馴染ということもあり、実家には何度も遊びに行ったことがある。
 春也は雪太の後ろの席に座ると、また雪太に話しかける。

「そういえばさ、今回の中間テスト、何点だったの? 大和はまた、五教科すべて満点らしいぜ? 雪太は?」
「うるさいな……」

 雪太はいつもより増して眠かったせいか、少し苛々していた。しかし、それはいつものことであるため、春也は構わずに続けた。

「君はどうやったって、あいつには勝てないもんね! 将棋に剣道、おまけにゲームでもフルボッコ。だから、何においても二位。安定の二位。そう、常に約束された二位!」

 春也があまりにもしつこく言うので、雪太は嫌気がさした。折角、明日香の勉強を見ていたのに、それすらやる気を喪失したように、面倒になった。

「あ、ごめんな、桜井。続きは、自分で考えてくれ」
「うん。分かった。もう、春也くんのせいで、雪ちゃんのやる気が無くなっちゃったよ。責任とってよね!」
「あぁ、悪い悪い。あとでジュース奢るから」
「ほんと?」

 怒っていた明日香は、また笑顔になった。雪太も、それを呆れながら見ていた。明日香は、昔から単純だった。だから、雪太も明日香を宥める術は身につけている。


 話は戻るが、先ほど春也が名を出した「大和」という生徒だが、フルネームは大和やまと千尋ちひろといい、雪太と同じクラスの男子生徒だ。成績優秀で、東大合格は絶対と言われている。雪太からしてみれば、何故一般の県立高校に通っているのかが不思議なレベルだ。

 春也が話した通り、雪太は何においても大和を抜くことができなかった。勉強にスポーツ、凡ゆることにおいて、劣っているのだ。得意とするゲームでさえも、一度大和の家へ行った時、一緒にプレイしたが、見事に敗北を食らった。どう足掻いても勝てない、それはもはや諦めるしかなかった。しかし、雪太にはそれができなかった。どうしても大和に勝ちたい、そう思い続けた。

 ただ優秀なだけであれば、諦めがついたかもしれない。しかし、雪太が絶対に負けられないと思う理由は、ちゃんとあったのだ。それは、大和は滅多に学校に姿を見せないことだ。噂によると、学校の授業はレベルが低すぎるため、家で家庭教師を雇っているのだという。そして、試験の日のみ登校してくるらしい。学校側も、成績に配慮して単位は与えているという話だ。

 そんな奴に負けてたまるかと、雪太は今回も必死に勉強し、試験に臨んだが、またもやクラスで二位という結果に終わった。
 納得がいかない。どうして、不登校の奴に負けなければならないのだと、雪太は大和に対する嫉妬心を燃やした。


 昼休みになり、雪太が廊下を歩いていると、前を歩いている女子達が、大和の話を話題にしているのが聞こえた。

「ねぇ、聞いた? 大和くん、今回の中間も五教科全部満点らしいよ」
「うわ、バケモンでしょ、それ」
「でき過ぎるっていうのも、なんか気持ち悪いかも」

 それは、次第に悪口のようになっていく。その女子達も、雪太と同じクラスであり、高田たかだ亜梨沙ありさきたみさと、高円たかまど遥香はるかといい、三人とも吹奏楽部に所属している。クラスでは、吹部三人衆という呼称があるが、彼女達は知らない。何故、そう言われ始めたのかというと、今のように人の陰口や悪口などを言っていたなど、よく目撃証言があるせいだ。

 雪太は、彼女達と距離をとり、なるべく気づかれないようにしながら歩いていた。そこに、ある声がかかった。

「おう、雪太!」

 振り返ると、またしても春也が歩いてくる。

「どうした?」
「お前こそ、珍しいじゃん。教室の外にいるなんてさ」
「今日は弁当持ってきてないから、買いにいってたんだよ。お前は?」
「俺も。教室で一緒に食べようぜ」

 雪太と春也は、一緒に教室まで帰ることにした。それにしても、春也は雪太が始業から終業まで、移動教室以外は一歩も外へ出ない、陰性だと思っているのだろうか。雪太からすれば慮外極まりないが、言うのが面倒だったので、敢えてスルーすることにした。

 教室に着くと、明日香が二人に声をかけてきた。

「あ、雪ちゃん、春也くん! 一緒にご飯食べよう」

 明日香の机には、まるで二人が戻ってくるのを待っていたかのように、触り心地の良さそうな、綺麗な布地の袋に包まれた弁当が置いてある。

「お、待っててくれたの?」

 春也は明日香の誘いに答え、自分の椅子を明日香の机の方に持ってきた。雪太はひとつ後ろの席だったため、いつものように自分の席に腰を下ろした。
 明日香はいつも、女子とはあまり関わらず、雪太や春也にばかり構ってくる。だから、女子の友達は少ない方だった。

「あれ、雪ちゃん、お弁当それだけ? それにご飯と肉ばっかり。野菜も食べないと!」

 明日香は、雪太の買ってきた弁当を見ながら言った。普段は、一緒に暮らしている家族に作ってもらっているから、多少は野菜が入っているのだが、自分で買ってくるとどうしても栄養が偏ってしまう。その日は、たまたま家に雪太一人だったため、購買で買うことにしたのだ。

「私の、分けてあげようか?」
「いいよ、桜井。お前の分が減っちゃうから、悪いし」
「お、女の子からの頼みを断るなんて、なかなか罪だぞ、雪太」

 隣から、春也が茶化してくる。すると明日香が、

「春也くんは黙ってて。これじゃ、体に悪いよ」

 と、雪太に野菜を勧めてくる。明日香は昔から、少しお節介体質だった。それは雪太からしてみれば、迷惑極まりないのだが。
 雪太は、面倒事は逸早く終わらせたい主義だった。そして結局、明日香から野菜を分けてもらうことにした。


 三人は食べ終わり、春也は他の女子の中に入って、楽しく笑談している。社交的な春也に相反して、雪太は人見知り思考が強く、遠くからそれを見ているだけだった。雪太自身、全くタイプの違う春也と何故親しくなれたのか、今でも不思議だった。

「いやあ、あれは本当にバケモンだね。噂では、もう東大への内定もらってるって話さ」
「すごーい。私もそのくらい賢かったらいいのになぁ」
「羨ましい〜」

 春也と話しているのは、同じくクラスメイトの、登美とみ紗矢香さやか橿原かしはらあいだ。二人とも成績は平均以上で、そこそこできる方だった。雪太はボーッとそれを眺めていると、突然また明日香が話しかけてきた。

「そういえば、雪ちゃん。好きな人いるの?」

 明日香は、たまに突拍子もないことを言う。どこから出てきたのか、分からないような話を突然持ち出してくるのだ。しかし、雪太はそれには慣れているため、

「いねーよ」

 と、適当に答えた。そうすると、明日香が少し悲しい表情をしたように思えた。

「そうなんだ……。でも、雪ちゃん結構モテそうだけどね。私なんか、顔も性格も地味だし、雪ちゃんほど賢くないし……」

 明日香は、自分に自信が無いようだ。明日香の顔は、クラスでは一番と言っていいほど綺麗な方だが、それでも自信が持てないというのは、なかなかの贅沢じゃないかと雪太は思った。雪太は口には出さないが、明日香と昔ながらの友人であるということが、誇りに思えるほどだった。

 そうしていると、雪太は突然男子三人組に絡まれた。

「よう、郡山。また桜井とイチャイチャしやがって!」

 そう言ってきたのは不良、二階堂にかいどうえいだった。金髪の彼は、遅刻や停学の常習犯だった。この間はタバコが見つかり、停学期間が終わって出てきたばかりだ。
 瑛の後ろに控えているのは、広陵ひろおかたかし大淀おおよどかいだった。二人は、瑛のことを親分のように慕い、いつも行動を共にしている。一言で言えば、三人とも明日香のことが好きだった。それ故に、一番明日香と仲のよい雪太に突っかかってくるのだ。

「何を話してたんだ?」
「あ、雪ちゃんに好きな人はいるかって聞いてたの」

 瑛がきくと、明日香が雪太にとっていらないことを答えた。それが、更に瑛達の爆弾に火をつけたらしい。瑛が、雪太の方を睨んだ。同じく、後ろの二人も雪太を睨んでくる。

「ほぅ、いい度胸じゃねえか。ちょっと廊下出ろよ」

 瑛が、雪太の襟を掴む。雪太は助けを求めようと、春也の方を見たが、春也はまだ女子達との会話を続けていて、雪太の危機には気づいていないようだ。それを見ると、もはや諦めモードになり、雪太は潔く立ち上がった。そこへ、一人の女子が通りかかる。雪太が不良達に絡まれているのに気づき、雪太に助け舟を出した。

「ちょっと、何してんの!」

 それは、ショートカットがトレードマークの西にし京子きょうこという女子だった。彼女は学級委員を務めており、曲がった行いを見逃さない。

「何って、ちょっと遊んでやってるだけだよ」
「そんなこと言って、また暴力振るったら先生に言いつけるわよ!」

 京子は、不良三人を前にしても肝が座っている。すると、瑛は「チッ」と舌を鳴らし、自分の席に戻っていった。他の二人も、雪太を一瞥すると瑛についていった。京子が来てくれなかったら、雪太は今頃殴られていたかもしれない。しかし京子が言うには、あくまで学級委員としての秩序を守っただけのようだ。もう少し素直になればいいのにと、雪太は心の中で言った。


 昼休みが終わる頃、席に春也が戻ってきた。

「いやぁ、さっきは大変だったみたいだね。助けに行ってもよかったけど、それじゃ君のためにならないと思ってね」

 春也も、先程の出来事には気づいていたのだ。それでいて、助けに来なかったというのは、自分の何を試したかったのだろうかと雪太は疑問に思った。

「私も、びっくりしちゃった。彼、なんで怒っちゃったのかな」

 張本人の明日香も、天然っぽく言った。雪太は、呆れて何も声にならなかった。しかしそれは、一種の日常茶飯事であり、雪太は反論することを諦めた。でも雪太は、こんな思わずほっこりしてしまうような、極普通の日常が嫌いではなかった。ふと時計を見ると、間もなく昼からの授業が始まろうとしていた。



 午後の授業も滞りなく進み、何事もなく終わった。昼は、どうしても眠たくなってしまうため、クラスには寝ている生徒もちらほらいたが、雪太は頑張って起きていた。授業が終わると、寝ていた生徒も起き始め、帰りの用意をしたり、部活へ行く準備をしたりしている。雪太は部活には入っていないため、終わりのホームルームが始まるのを待った。

 そして担任の教師が来るのを待っていた時、事件は起こる。待っている間、皆は様々な話に花を咲かせていた。春也も、前に座っている雪太に話しかけた。

「なぁ、これ終わったら寄り道していこうよ」
「ダメよ、ちゃんとまっすぐ帰らないと」

 すかさず、明日香が注意する。

「いやぁ、やっぱり明日香は真面目だね。雪太も見習った方がいいよ」
「お前がな」

 雪太は何気に前を向くと、異変に気づいた。明日香が、椅子に座ったまま硬直している。それを不審に思った雪太は、明日香に呼びかける。

「おい、桜井? どうした?」
「身体が……、身体が動かない……」

 明日香は何かに怯えたように、そう言っている。その直後、雪太も自分の足が動かなくなっていることに気がついた。まるで金縛りにでもあったかのように、身体が言うことをきかない。そしてそれは、この二人だけではなかったのだ。

「ちょっと、何なのこれ!」
「身体が動かねえ!」

 皆、混乱したように口々に声を上げる。その時春也が、

「これは、もしかしたら俺ら全員、異世界に連れていかれちゃったりして」

 と、呑気に後ろから雪太に話しかける。クラスの中では、唯一呑気だ。しかし、雪太もそれどころではない。そのようなことがあるものかと思っていると、教室内の電気が消える。普通はカーテンの隙間などから光が漏れてくると思うが、それすらもない、真っ暗闇だ。クラスの皆は、ますます混乱した。その時、教室の中を光明が照らした。目を開けていられなくなるほど、太陽よりも眩しい光に包まれる。この時、雪太から意識が、感覚が、すべてなくなり、まるで無の世界に来たようになり、その光に吸い込まれていく。やがて光が消える頃には、教室内はもぬけの殻となり、あるのは、それぞれの席に乱雑に放置された、鞄やノートなどの持ち物だけだった。

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