【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

記憶の竪琴(25)




「また、面倒くさいことを――、最初から話せばよかったものを――」

 俺は肩を竦めながらエルメキアの決意に水を差す。

「失敗することはできないからな。気分を害したのなら幾らでも謝罪をしようか?」
「気持ちの篭っていない謝罪など不必要だ。それより、こちらとしても時間がない。さっさと干渉とやらを解いてくれないか?」
「分かった。だが――、干渉が解かれれば、この精神世界の構造自体が変質するが、それでも大丈夫か?」
「問題ない」
「ユウマ、本当に大丈夫なの?」
「たぶんな」

 心配そうなリネラスの頭を撫でながら、俺はエルメキアを見ながら頷く。
 それを了承と受け取ったのだろう。
 エルメキアが手を振るう――、そして……、それと同時にエルメキアの姿は目の前から消失し、俺とリネラスはフィンデイカ村の――、イノンの宿屋の前に立っていた。

「ユウマ! 見て!」

 リネラスが俺の服裾を掴んで引っ張ってくる。

「――ん?」

 周囲を見渡せば、周りは広大な砂漠地帯へと変貌を遂げていた。
 宿屋以外の建物は、辺りには一切存在していない。

「なるほどな」

 リネラスの精神世界に入った時には、世界の構成はとても曖昧で、出てくる登場人物も限られていた。
 そして――、何より全ての建物が寸分たがわず村ごと作られてはいなかった。

 それがイノンの精神世界では違った。
 俺の力の影響を受けたとは言え、実際にはリネラスの精神世界に入った時だって俺の影響を受けていたはずだ。
 なのに、リネラスの精神世界と、イノンの精神世界では――、リアルさがまったく違う。
 
「おそらく、これが本来のイノンの世界なのかもしれないな」
「ユウマ、それって……」
「前に、エリンフィートが言っていた。人の心は脆く壊れやすいとな。だから――、現実と寸分違わない精神世界をエルメキアは作り出すことでイノンを守っていたのかもしれない」
「――でも、それっておかしくない? ウラヌス神の従属神だよね?」
「まぁ、アイツも色々とあったんだろうな。少なくとも――」

 俺は視線を宿屋入口へと向ける。
 そこには、幼いイノンを盾にして俺を睨みつけているユリーシャの姿。

「ルーグレンスよりはマシだってところだな」


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