【書籍化作品】無名の最強魔法師
記憶の竪琴(6)
「うぷっ!」
「エリンフィート、どうかしたのか?」
後ろでエリンフィートが、口からオロオロオロと何やら吐き出しはじめた。
まったく汚いやつだ。
思わずエリンフィートから距離を取っているとようやく落ち着いたのか俺の方をうらめしそうに見てくると近づいてくる。
「ユウマさん! 人間の精神構造はエルフとはまったく異なるから! ここに居るだけで気持ち悪く……」
「なるほど……。つまり船酔いみたいなことになっているのか?」
「――そ、そう……」
「だが、リネラスは大丈夫だったぞ?」
「あの娘は、ハーフエルフでしょう? 人間の精神構造体がある程度は存在しているのだから平気なのよ。だから、私もリネラスの精神の中では問題なかったの!」
「なるほどな。まあ、乗り物酔いは時間が経てば治るから問題ないだろ」
俺がフィンデイカ村の方へ向かおうとすると、エリンフィートが息も絶え絶えに腕を掴んできた。
なんだか腕がヌルヌルする。
「無理、絶対に無理。本気と書いてマジってくらい無理だから」
「分かった」
俺は溜息をつく。
せっかくイノンとユリーシャの精神世界に来たというのに。
「まったく余計な手間を取らせてくれたものだ」
「無理だって言ったでしょうに!」
「はいはい。まったく、土地神のくせに……」
「うう……」
――レロレロレロ。
反論せずに草むらで色々と口から零しているのを見ると相当、この世界はエリンフィートには合ってないことが分かる。
これは、精神世界から元の世界に帰しておいた方がいいな。
「エリンフィート。体調が悪いところ悪いが……」
「何よ……」
「問題が一つある」
「問題? まさか、元の世界に帰れないとかそういう大事な事じゃないでしょうね?」
「そのまさかだ。さっきから試しているんだが帰れない。どうやら構造が変化しているだな! ハハハハッ!」
「笑い事じゃ済まないからね!」
エリンフィートは叫ぶと同時に草むらの中に倒れてしまう。
抱き上げてみるがまったく意識が戻らない。
頬っぺたを軽く抓っても、叩いても、殴っても反応がない……、
「――さて、どうしたものか……」
やっぱりフィンデイカ村の――、イノンの両親が経営する宿屋で泊まるのがいいかも知れないが……、問題は先立つお金がない。
またゼロからスタートと言ったところか。
そもそもこの世界には従属神が2匹存在している。
下手をしたらエリンフィートが襲われる可能性も考えられるし、意識を失っている状態なら尚更だろう。
「まったく、手間ばかりかけさせてくれるな」
俺は抱き上げているエリンフィートを見ながら「はー」と溜息をついた。
「やれやれ――、神気の気配に気づいて来てみれば――」
唐突に後ろに気配が現れた。
俺はすかさず距離を取る。
すると、そこに立っていたのは……。
「誰だっけ?」
「ゼルス」
「ああ、そんな名前だったな」
「久しぶりと言えばいいのか?」
「そうだな」
俺は男の言葉に頷きながらジッと男を見る。
気配からして以前から変わっていないように見えるが……。
「ゼルス」
「何かな?」
「さっき神気の気配に気が付いたと言っていたが……」
「それはイノンの精神に居るのが俺だから。どうやら、ユリーシャの精神も混ざって世界が再構築されたようだけど特に問題はない。それよりルーグレンスも来ている。それを連れていたら、アレと戦うのは難しいと思ったのだが」
「そうだな、問題は元の世界に帰る方法が無い、おそらくユリーシャの精神も混ざって世界が再構築されたことで帰還が難しくなっているのかも知れない」
「だろうな。それなら俺が帰還の手助けをする。それと、あのハーフエルフの娘。彼女は、鍵となりうる存在のはず。帰還したあとは一緒に来ることを勧める」
「鍵? どういうことだ?」
「この世界の――、根幹には3人の記憶が結びついている。一人はユリーシャ、そしてもう一人はイノン。最後にリネラスという人間が関わっている」
「どういうことだ? ここはイノンとユリーシャだけの世界じゃないのか?」
「人の気持ちや思いというのは複雑に絡み合った糸のような物になる。それは一筋縄では解決できない。君がどんなに優れた魔法師であってもな」
何を言いたいのか遠まわし過ぎて微妙だが、リネラスが必要ということは何となく伝わってくる。
問題は、一見関係ないと思っていたリネラスが二人とどういう関係があるのか……。
それがどうしても分からないが……。
「そろそろいいか?」
どちらにしても、エリンフィートでは行動にも制限が掛けられてしまう。
それなら一度、帰還した方がいいだろう。
問題は、機嫌の悪いリネラスをどうやって連れてくるかだが……。
俺が考えごとをしていると、それが合図だと思ったのかゼルスが指を鳴らす。
それと同時に。
「――ハッ!」
「ユウマさん?」
「ああ、ただいま」
ユリカに戻ってきたことを告げると共に、横で寝ていたエリンフィートの肩を「大丈夫か?」と揺らすと、彼女が目を覚ました。
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