【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

姉妹の思い出(3)

「とにかく、明日の朝一番に出かけるから、朝食はいらな……」

 俺は、いつも通り台所の方へと視線を向ける。
 ただ、そこには。主べきたる彼女……イノンの姿は無い。

「ユウマさん……」

 だから、俺は自分の迂闊さに手を握り締めながら口を閉じた。
 いつもなら朝から夜まで食事を作ってくれていたイノンはもうないのだ。
 それどころか、彼女は俺達の情報を――。

 ユリーシャが率いる反乱軍に流していた。
 それが何のためかは知らないが……。

 話の途中で、言葉を紡ぐことを止めた俺を見て心配そうにユリカが話しかけてくる。
 気を使っているのは俺だって分かる。

 ただ、今は小さな同情ですら心に漣を作るには十分であった。

「大丈夫だ、問題ない。それよりも、もう夜も遅いんだ……リネラスも助かったことだし、俺達も休むとしよう」

 俺の言葉に、沈黙していたセイレス。そして、先ほどから何かと俺に話しかけてきていたユリカは頷いてきた。
 俺は彼女達と分かれると自分の部屋に入り鍵を掛けてから床についた。



 エルアル大陸は、巨大な大陸であり4つの国から構成されている。
 君主制国家アルネ王国、ソレと同じくしてユゼウ王国、宗教が幅を利かせてる国家ウラヌス教国、そして最後に最古の国であり冒険者ギルドの本部が存在する国エメラス。

 それぞれが、独自の特色を持ってはいるが――。
 そのどの国にも等しく冬の到来が近づいてきていた。
 そして冬が近づけば、気温は下がるわけで……。
 朝いもなれば、それは顕著となる。

「――重い……」

 何故か、いつもより体が重く感じられる。
 昨日、リネラスを助けるために無理な魔力を運用をしたのだろうか?
 考えても、答えは出てこないが……エリンフィートが驚いてた事を思い出すとしたのかもしれない……。
 そうすると、アライ村で魔力を大量消費した後に倒れたように、また問題が起きるかもしれないな。

 寝返りを打とうとした瞬間、何か手のひらに何かやわらかいものが……。
 このパターンは、もしかして――。

 また、誰か刺客が俺のベッドの中に入ってきた可能性がある!?
 布団を捲くり、何がいるのかを確認すると――。

「うーん、おにいちゃん……さむいよぉ……」
「……」

 俺は、無言のまま布団を妹にかけて額に手を当てて考える。
 おかしい。
 俺は昨日、部屋に入る前に部屋の扉に鍵を掛けたはずだ。
 ソレなのに、何故……妹が俺の部屋――それも、俺のベッドで寝ているのか……。
 ためしに探索の魔法を使っても緑色の光点が3つ存在するだけで、特におかしなところは――って!? 
 もう一度、そっと布団をめくると、そこにはセレンの姿も見えた。
 先ほどは、驚きのあまりすぐに布団を戻してしまったが、これは由々しき事態なのではないだろうか?

「男の部屋に、裸の10歳そこらの女の子が二人、一緒にベッドに寝ているとか……大問題だろう――」

 間違いなく、仲間に見られたら白い目で見られる。
 それどころか、俺の築き上げてきた信頼が崩壊してしまう。

「むにゃむにゃ……おにいちゃん~」

 妹が何やら寝ぼけながら、ベッドから体を出してくると裸のまま抱きついてきて、首元を舐めている。
 そのつど、「おにいちゃん成分補充なのー」と寝ぼけて呟いてくる。
 そんな、裸以外はいつもと変わらないアリアに少しだけ安心していると――。

「ユウマさん! 朝食の準備が――って!?」

 昨日の俺の口ぶりから、気を利かせたのだろう。
 いつもイノンが来ていた淡いピンク色のエプロンを身に纏ったユリカが手に持っていたおたまを落とすと、「たいへんです! セイレスさん!」と走り去った。
 どうして、セイレスが? と首を傾げながら布団を見ると――。
 熟睡していたセレンの顔が俺の腰あたりに来ていて、しかも妹が俺に抱き着いてきたときに布団がめくれ上がったのか、それがモロに部屋の入り口から確認できる状態で――。

 絶対に、誤解されたのは火の目を見るより明らかで……。

「――ん? お兄ちゃん……おはようなの――」

 ようやく目が覚めたのか妹が、俺に体を預けながら話しかけてきたが……。
 俺としては、どうしたらいいのか分からない。
 とにかく、まずは誤解を解かないことには――。
 大変な事になってしまう。

「アリア」
「な、なに? お、お兄ちゃん……も、もしかして――怒ってるの!?」

 妹の大きな赤い瞳にみるみる涙が溜まっていく。
 そういえば、俺はあまり妹を怒ったことがなかったような……。
 べつに、怒るつもりで名前を呼んだつもりはないんだが。

「わ、わたし……いい子にするから痛くしないで……」
「アリアちゃんが悪いんじゃないんです! 罰なら私に!」

 何故かよく知らないが俺が怒ってる方向に話が進んでいて変な話の展開になりつつあるような……。

「い、いや――。べ、べつに……お、怒っているわけじゃ――」
「ユウマ! あんた! こんな小さな子にまで手を出して何をしてるの!」
「――ん?」

 部屋の扉が、突然吹き飛ぶ。
 すると走ってきたリネラスのこぶしが俺の顔面に突き刺さった。

「お、お兄ちゃん!?」
「ユウマお兄ちゃん!?」

 妹とセレンが何故が同時に驚いた声をあげるとユリカが走ってきて俺から二人と遠ざけた。
 そして――。

「ユウマさん……。さすがに、これはやりすぎですよ?」

 エリンフィートまでもが部屋に入ってきて、ニヤついた顔で俺を名指しに言葉を紡いできた。
 間違いない。
 こいつは、絶対に俺の身が潔白だと知っている。
 問題は、こいつは間違いなく俺に対して、今、向けている目を見る限り絶対に擁護してくれないというのはすぐに分かった。





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