【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

託された思い(16)

 とりあえず、この勘違いの二人にはきちんと説明しておいたほうがいいだろうな。
 あらぬ噂を立てられても困るからなと考えたところで、ふと気がつく。

「そういえば……イノンの姿が見えないな。二人ともイノンのことを知らないか?」
「え? イノンさんは、たしか……建物から出ていくのは見ましたけど……」

 ユリカの言葉に、俺は首を傾げながら【探索】の魔法を発動させる。

「おかしいな……」
「どうかしたんですか?」
「いや――」

 俺は口を噤む。
 移動式冒険者ギルド宿屋から緑色の光点が離れていくのが分かる。
 ただ、それは周辺を散策すると言った距離ではなく、進行速度、進路から意図的にどこかへ向かっているかのように俺には感じられた。

「そういえば……」

 たしか、イノンは従属神が移動式冒険者ギルド宿屋に入ってきてから、何度も謝罪の言葉を口にしていた。
 ただ、俺には余裕が無かったから言動の内容を推察することができなかった。
 今、思うとおかしなことが多いように思えてならない。

「たしか、この建物は普通は見えないんだよな?」
「そうですけど……」

 ユリカは、冒険者ギルド職員になったときに、リネラスに詳しい話を聞いたのか俺の問いかけに即答してきた。
 たしか、フィンデイカの村を出た時、始めて建物をイノンが出したときにリネラスは、冒険者ギルドの職員か、許可を得たものしか目視することは出来ないようなことを言っていた気がする。
 そして、それは実証済みだ。
 何故なら魔物であるワイバーンですら認識することが出来ていなかったのだから。

 エルフガーデンに来てから、エルフ達やエリンフィート達が普通に出入りしていたから気にしたことはなかったが、エルフガーデンの魔物が俺目当てに攻撃を仕掛けてこなかったことを踏まえると、効果はあった可能性は高い。

「……エルフや族長の出入りの許可は、リネラスかイノンは出していたのか?」
「どうなんでしょうか?」

 ユリカは知らないと。
 セイレスのほうへ視線を向けると彼女も頭を左右に振っている。
 どうやらセイレスも知らないらしいな。

「はぁー……」

 思わず溜息が漏れてしまう。
 どうやら、また問題ごとが増えた気がする。
 ここは一度、イノンに話を聞いたほうがいいかもしれないな。

 これ以上は、仮定からくる考えを積み重ねても仕方ないだろう。
 あとは……。

「二人に言っておくが、俺は幼女趣味は無いからな? 勘違いしてるようだから言っておくぞ?」
「大丈夫です。守備範囲が広いだけですよね? それよりもイノンさんが、どうかしたんですか?」
「――いや、少しな……。それより、さっきの話だが……リネラスが日が沈むまでしか持たないというのはエリンフィートからの言伝なのか?」
「はい」

 ユリカが沈んだ表情で答えてくる。

「そうか――」

 ユリカの言葉を聞きながら、額を抑える。
 時間が圧倒的に足りない。
 日が沈むまでだと、あと2時間ほどしか時間がない。
 答えを出せてないのに、また深層心理の世界に入っても追い出されるのが関の山だ。
 リネラスが望んでいる答えを見つけないといけないんだが……。

「ユウマさん……」
「――ん……? リンスタット……さんですか」

 建物から出てきた女性を見て俺は、思わず呼び捨てしそうになる。
 あの世界でリネラスにしてきた仕打ちを考えると当然と思ってしまうが、さすがに、それを知らない人間がいる場所で言うのはまずいだろう。

「なんですか?」

 いまは、リンスタットと無駄な話をしている余裕はないんだが……。

「娘の事です」

 リンスタットに言われなくとも時間制限がある以上、リネラスの事だとい言うことくらい分かる。
 ただ、こいつにリネラスの事を何か言われたくない。

「ユウマさんにお願いしたいことがありまして……」
「お願いしたいこと?」

 救って欲しいということなら、それは俺がするから今更、頼まれるまでもない。
 ただ、答えが見つからないから、どうにもできないだけであって……。

「はい。私も一緒に娘の深層心理世界に連れて行ってはもらえませんか?」
「一緒に……?」

 リンスタットが、リネラスを守らなかったのが原因で。あの深層心理世界が作られたと俺は推測している。
 そんなところに、原因の一つであるリンスタットを連れていっていいものか迷う。
 こいつを連れて行くことで、もしかしたら悪化するかもしれない。
 もしかしたら失敗する可能性が高くなるかもしれない。
 それなら連れて行かないほうがいいのではないのか? と思ってしまう。

「一つ言うぞ? 自分がリネラスに何をしてきたのか理解しているのか? 俺が見てきたリネラスの深層心理世界では、お前は――」
「分かっています。ユウマさんが何を言いたいのかも……。娘が私を本当はどう思っているのかも……。自分が取り返しのつかないことをしてきたことも……」
「なら、今がどれだけ大変な状態かも理解しているよな?」
「はい……。ですから!」

 リンスタットの言葉に、俺は落ち着きかけていた苛立ちを覚える。
 そしてリンスタットに詰め寄ったところで、お風呂から出てきたのか妹とセレンの姿が視界に入った。

「――ッ」

 リンスタットに伸ばしかけた手を引っ込めながら、深く溜息をつく。
 誰かに怒りをぶつけている場面を妹には見せたくない。

「分かった……。詳しい話はエリンフィートと交えて話すことにしよう」
「ありがとうございます」

 リンスタットが謝意を述べてきたが、俺にとってその言葉は苛立ちを生む以外の何物でもない。




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