【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

深層心理の迷宮(8)

 連れて来られた冒険者ギルドのエルフガーデン支部の1階に案内された俺は、自分が知っている内装とは違う事に戸惑う。

「これは――」
「ああ、一応は冒険者ギルドと言う事にしてるからね。でも、建物は冒険者ギルド本部からカレイドスコープを通して来た職人に作られているから、まだ登録者はいなくても、いつかね――」

 俺の戸惑いを、勘違いしたのかリネラスの祖父は白くなった髭を弄りながら俺に語ってきた。

「そうですか――と言う事は、あなたも冒険者だったり?」
「以前は、冒険者をしていた。これでもAランクの冒険者だったんだよ」
「そうですか……」

 俺は1階を見渡す。
 そこには、俺がリンスタットさんにお茶を出された時に座っていた丸太を利用して作られた椅子やテーブルなどは置かれていない。
 普通にカウンターがあり、カウンターの前には椅子が並んでフィンデイカ支部と瓜二つの作り方がされている。

「ママっ! 今日ね! サマラちゃんと遊んだの!」
「よかったわね」

 リネラスの祖父に、説明を聞いているとリネラスが母親に甘えている声が聞こえてきた。
 よく見ると、無邪気に甘えている。

「ユウマ君は、子供好きなのかな?」

 そんな俺に釘を刺すようにリネラスの祖父が俺に話しかけてきた。

「いや、そんな事はないんですが――」

 俺はリネラスを見ながら、この世界に来てから――。
 この世界に……リネラスの深層心理の世界に触れてから、ずっと思っていたことを――。

「……無邪気に甘えているなと思いまして」
「…………本当に、そう思うのかね?」
「――え?」

 俺は、思わずリネラスの祖父へ視線を向ける。
 だが、リネラスの祖父はすでに背中を俺に向けていて、その表情を伺い知ることができない。

「もう、今日は日が沈むことだろう。しばらく休んでいくといい」

 リネラスの祖父は、それだけ言うと階段を上がっていく。

「ユウマさん、お茶でも入れますから2階へどうぞ――」

 リネラスを抱き上げているリンスタットさんに、案内されるように俺は2階へと上がりお茶を御馳走になり――。



 階下から声が声が聞こえてくる。
 ゆっくりと瞼を開けると、朝日が窓ガラスを通して俺の顔を照らしてきたが、眩しくは感じない。
 おそらく、この世界が本当の世界ではないからだろう。
 ベッドから起き上がり身体を確認する。
 その服装は、俺が初めてリネラスに出会った時に来ていた白いシャツと茶色の麻で編まれたズボンであった。

「昨日とは、服装が違うのか? 今一、この世界の法則が掴めないな。それにしても――」

 俺は自問自答しながら立ち上がり、動物の皮と樹脂で作られたアライ村から出た時の靴を履く。
 やはり、全ての服装がリネラスと始めて出会った服装に代わっている?

「――食事も、リンスタットさんの激マズお茶もまったく味がしなかった。味までは再現できていないのか?」

 このまま、考えていてもどうもならないだろう。
 エリンフィートは、どうすればリネラスを甦らせる事ができるのか、方法を俺には教えなかった。
 つまり、リネラスを甦らせる――現実世界に戻すためには、何かしらの鍵が必要になるのだろう。
 それが、何なのか今一、分からないが――。

 ただ、一つ言えることは……小さい頃のリネラスは普通の子供のように親が居て祖父がいて仲の良い友達が居たと言うことだ。
 どうして、エルフガーデンではエルフ達にあんなに嫌悪されるようになってしまったのか、それがもしかしたら何等かの突破口になるのかもしれな――。

「…………俺は最低だな――。リネラスを現実世界に連れていく為だけに、この世界――リネラスが本当に望んでいる世界から、リネラスを連れ出そうとしているんだから」

 自分の髪に手を当てながら嫌悪感が湧き上がってくる。
 本当は理解している。
 本当は分かっている。
 本当は……。

 ドンッと言う音が鼓膜を揺さぶる。
 気が付けば俺は右手を、壁に叩きつけていた。

 ――そう。
 俺の望みは――。
 ――俺がリネラスを連れ戻すという考えは、唯の俺のエゴにしか過ぎない

「ユウマさん?」

 声がして顔を上げると、そこにはリンスタットさんが立っていた。

「はい?」

 なるべく感情を感じ取られないように短く言葉を返す。
 彼女は、一瞬だけ悲しそうな表情をすると、笑顔を見せてきた。

「今日は、娘の成人式がありますので、良かったら参加など如何ですか?」
「成人式?」
「はい。エルフは5歳になると妖精の儀に参加する決まりになっていますので、本当はエルフだけなんですけど、ユウマさんは旅人さんですから、特別に許可が下りたようなんです」
「そう……なんですか?」
「はい!」

 エルフの成人式と言うのを俺は知らないが、もしかしたら、それが鍵になるかも知れない。
 何が起きるか分からないが――。

「そういえばリンスタットさん」
「はい? なんでしょうか?」
「妖精の儀と言うのは何か特別な事でもするんですか?」
「特に特別な事は致しませんけど……そうそう! 妖精の儀が終わりますと妖精の眼が使えるようになって、魔法が――」


 そのリンスタットさんの言葉に俺は驚く。
 妖精の眼は、5歳になった時の妖精の儀を――成人の儀をこなさないと開眼しないということは――。

「ま、まさか――?」

 俺は不吉な事を思ってしまう。

「リンスタットさん! 妖精の眼が手に入らないエルフとか今までいましたか?」
「いませんよ? 娘の父親――私の夫は人間ですけど……娘はエルフの容姿をしてますし、そんなエルフの摂理に反するような事には、なりません」

 リンスタットさんの言葉で――。
 その答えで、俺は理解した。
 妖精の眼を持たない初めての子供は――。
 だから、リネラスは……。

「リンスタットさん! 成人――妖精の儀はどこで?」
「――え? それは、エルフガーデンの集落で族長が行う事になっていますが?」
「――ッ!」

 リンスタットさんの言葉を聞いて、俺は部屋から飛び出す。
 階段を下りて建物から出ると、記憶の糸を手繰り寄せてエルフガーデンの集落に向けて走った。

 


 

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