【書籍化作品】無名の最強魔法師
イルスーカ侯爵令嬢エメラダの奮戦(後編)
「エメラダ様、お待ちください!」
イルスーカ侯爵家第2騎士団に所属している部下の一人が声を上げてくる。
私は、馬の手綱を緩め速度を落としながら後ろを振り返る。
鎧を着ているとは言え、男性とは体格に差があるために馬への負担が軽い私と違って部下達の馬はかなりの疲労を蓄積しているようで進軍が遅れていた。
「わかった。少し休息をとるとしよう」
私の言葉に部下達から安堵の声が聞こえてくる。
馬から降りた私も、その場に座り水を摂り体がずいぶん火照ってる事に気が付く。
どうやら私はかなり急いていたようだ。
イルスーカ侯爵領首都イルティアから、最も遠方に位置するアライ村までには、馬をどんなに急がせても2日の距離がかかる。
それなのにこのペースで走らせていたらすぐに馬がダメになってしまう。
そうすれば、徒歩での進軍になり返って進軍が遅れてしまう。
アライ村長が語ったウラヌス十字軍が攻めてきたという話は、俄かには信じられない物だ。そもそもウラヌス教国と、アルネ王国の間では停戦条約を結んでおり互いに戦争を仕掛けないと約定を結んでいたはず。
それを一方的に反故にし攻めてくるとは思えない。
そうすると、アライ村長が嘘をついてたという事になるが、そこは判断がつかない
だからこそ、少しでも早くアライ村の現状を確認したいという気持ちが強くなってしまうのだが……。
「堂々巡りになってしまうな」
私は頭を振りながら部下達へ視線を向ける。
まだしばらくは休む必要があるだろう。
そして、急く気持ちを必至に押し殺しながら、私を含めたイルスーカ侯爵家第2騎士団は、アライ村の南の小高い丘にたどり着いた。
「エメラダ様、この丘を越えればアライ村の全景を見ることが可能なはずです」
私は、頷きながら丘を駆け上がる。
そしてその場の光景を見て凍りついた。
他国の軍に襲われ蹂躙されたのならまだ分かる。
焼かれたのならまだ理解できる。
だが、いま私の目の前に見えてる物は一体何なのだ?
大人の身長をはるかに超える壁に村全体が囲われてる光景を見て、なんと説明すればいいのだろうか?
丘から見る限りでは反対側の壁が視界を塞いでる事もありウラヌス十字軍が布陣してるかどうかは分らない。
それに戦争状態ならば、村人が畑の仕事をしているのはおかしいだろう。
だが、丘の上から見る限りでは入口らしき物は見当たらない。
「どうしますか?現状ですと村が危険な状態に置かれてるかはわかりませんが」
「……近づくぞ。どちらにせよ、このままでは判断がつかん。全軍に進軍の命を、それと村全体をこれだけの壁で覆ったという事は、イルスーカ侯爵家に反意があるのかも知れん。決して油断をするな!」
私の言葉に、部下たちが頷く。
丘から駆け降り、村を囲いこんでいる壁の前まで進軍したところで気が付く。
「……ば、ばかな?そ、そんな、まさか?」
壁の前には幅50メートルを超す巨大な川が怒涛の勢いで流れていた。
幼少期からの勉強でイルスーカ侯爵領内の地理を習ったが、このように村の周囲を回る川など習った事がない。
「エメラダ様、間違いありません、この川は魔法により維持されてます」
魔法?これを魔法で維持してると云うのか?
この目の前に流れる川の流れを魔法で維持するだと?
「それは確かか?」
「はい、間違いありません。これでも初級魔法師ですので」
「――そ、そうか……」
私は唇を噛みしめる。
魔力量が無い者には魔法で作られた物なのかそうではないのかの区別がつけられない。
それは魔法が干渉してるかどうかを見極める力が無いからだ。
「わかった。声を拡大できる音声魔法は使えるな?」
私の言葉に部下が頷く。
「それでは、ここから呼びかけてくれ。現状の把握をまず行いたい。村を囲むだけの壁と川を作ったのだ。村一丸となって作り上げたに違いない。それにこれだけの川の流れを、我々が来てから反応するように設置し制御出来るのならSランク冒険者か、アルネ王国筆頭宮廷魔術師に匹敵するほどの力を持っているはずだ」
私は内心、冷汗を流しながら激流の川を見ていた。
これだけの水を制御できる魔法師、それが何故、このような辺境の村に来たのか?その真意が私には理解できない。
部下が指先に魔力を集め空中に魔方陣を書き込んでいくのが見える。
そして銀の触媒『魔銀』と呼ばれる物を撒き魔法詠唱を開始していく。
そして部下の音声が拡張される。
呼びかけは何度も行われ、しばらくすると壁の上を歩いてきた者がようやく私たちにきがついた。
村の代表者と話をしたいと伝えたところ、男は少し迷ったところですぐに代表者を連れてくると言い壁の上から姿を消した。
「遅い……」
男が壁の上から姿を消してからすでに20分近くが経過している。
相手が何を目的としているのか、何を考えてるのか分らない事も合わさり焦燥感が募っていく。
「エメラダ様、あれを!」
部下の一人が空を見上げながら指を指している。
視線を向けると、そこには一人の青年が空を飛んでこちらへ向かってくる。
「馬鹿な?空を飛ぶ魔法だと?」
「エメラダ様、どうしますか?」
部下の言葉に迷う。
飛行魔法は研究されてはいるが、まだ成功した例がない。
そのような魔法を使いこちらへ向かってくる青年に対して私は恐怖を感じた。
「全員、抜刀!」
私の言葉に、部下達は武器を鞘から抜き放つ。
それと同時に空を飛んでいた青年は私達の前に降り立った。
「貴様は何者だ?この村の者か?」
私の声は、震えている。
理解が出来ない魔法を使うこの者が怖い。
青年は、懐から丸められた書簡を取り出すと私に差し出してきた。
そこには、ユウマに村長の座を譲ると書かれた書簡であった。
これでは、アライ夫妻の極刑は難しいな。
粗方、あの夫妻が言ったこと通りなのか?
だが、そのわりには外から見た限り村は平和そうに見えたが……。
「――なるほどな、思っていた通りだったというわけだな。おい貴様!名前は何という?」
ずいぶんと予想と違っていたが、ここで違っていたと認めることは得策ではない。
予想通りだったと告げるのがいいだろう。
「ユウマです。一応代理で村長をしています」
なるほど、これがユウマか。
出自は不明だが……見た限り害はなさそうだな。
私はため息をつきながら抜刀していたサーベルを鞘に戻した。
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