【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

激戦! クルド公爵邸(後編)

「リネラス!絶対に離れるなよ!」
「え?」

 突然の事にリネラスは小さく声をあげるが、俺はリネラスの腕を掴むと、その体を引きよせて抱き締め【身体強化】の魔法を発動させて俺とリネラスの細胞を強化すると同時に【風爆】の魔法を発動させる。
 原子運動により膨張した大気が、執務室を吹き飛ばすと同時に迫りくる爆風から身を守るように俺は廊下の窓ガラスを家破り中庭に移動した。

「ほう? あなたですか? クルド公爵に弓を引いた人間というのは……」

 俺は、声がした方向へ視線を向ける。
 そこには無傷の黒い衣装を纏う無傷の男が立っていた。
 顔は白い仮面をつけており、先ほどまでの西洋人風の姿を見る事は出来ないが、その威圧感から執務室で俺に戦慄を感じさせた男というのが痛いほど分かる。

「弓を引いたなら……どうなんだ?」
「いえ……ですが……貴方は魔法を発動させるときに触媒や魔法陣、詠唱は使ってないようですね?」

 俺は男と話ながらリネラスと地面の上に下ろすと、リネラスから離れる。

「さあな?」

 無詠唱魔法を見ても男の様子があまり変わらない事に、俺は違和感を覚える。
 まるで、無詠唱魔法は普通に存在しているような雰囲気を眼の前の男は醸し出しているようにしか見えない。

「さて……」

 そこで男の姿が目の前から掻き消え、それと同時に左肩に熱を感じた。
 そして熱の後には、痛みが押し寄せてくる。
 左側面へ視線を向けると男が立っており、俺の左肩にナイフを突き立てていた。

「くっ」

 俺は【風爆】の魔法を発動させ男と自分の間に距離を作る。
 男は魔法の発動を事前に察したのか、すでに距離をとっており俺は【身体強化】の魔法の影響により巻き込まれはしたが無傷であった。

「なるほど……本当に無詠唱で魔法を使っているのですね。これは実に興味深い――しかも生活魔法ではなく攻撃魔法でとは……貴方は一体何者なんでしょうね?」

 俺は男の話を聞きながらも、【肉体修復】により肩の細胞を修復し完治させる。

「ほう!? 血が止まったと言う事は、【回復魔法】ですら詠唱なしで? これは……」

 男は懐からナイフを取り出すと腰を落として構えてくる。
 俺は男の姿を見ながらも――。

「何者か……そうだな、人は俺を……魔王ユウマと呼ぶ」
「魔王ユウマ?」

 まぁ俺が名づけた適当なネーミングセンスな訳だが、男の声色が少し変わった所を見ると趣旨返しが成功したかもしれない。

「いいでしょう。魔王の力見せてもらいましょうか!」

 またしても男の姿が消える。
 視界から消えるが、俺は――!

「バ……バカナ?」

 男のナイフは俺の胸に突き刺さっている。
 それと引き換えに【身体強化】で強化された俺の拳は男の鳩尾を殴りつけていた。
 後方へ男の体は吹き飛び地面を転がり、その場で止まった。

「バカな……こんなバカな事を実行する奴が……」

 俺は男の言葉を聞きながらもナイフを抜き【細胞修復】の魔法により肉体を修復。
 刺された肺を完全に治す。
 そして口元についていた血を拭うと男に近づく。
 男は俺を見上げてくると。

「まさか……こんなバカげた方法で戦ってくる人間がいるとは……貴方は狂っていますね」

 そういうと、男は10cmほどのナイフを取り出して投げた。
ナイフが飛んでいく先には――。

「リネラス!」

 俺は、一瞬でリネラスとの距離を縮めるとそのままリネラスを地面に押し倒す。
 背中に痛みを感じたが、そんなのはこの際はどうでもいい。

「ユウマ!」

 リネラスが悲痛な叫び声を上げてくる。
 ただ、よく声が聞き取れない。
 目の前が良く見えなくなり意識が混濁していく。

「やれやれ……戦いの最中に相手に背を向けるとはね。まぁ……」

 男の言葉と同時に右腕からの感覚が焼失した。
 そして遅れて痛みを理解した。
 激しい痛みが、先ほどまでと比較にならない程の熱が俺の脳内を駆けめぐる。
 右腕に視線を向けると……俺の右腕は切り落とされていた。

 血が絶えず地面を濡らしていき、意識が遠のいていくのを感じる。

「なるほど……だいたい貴方の力は理解しました。戦場に身をおいているのに他人を助ける為に勝機を逃すなど愚行もいい所です。少しは期待したんですがね……まぁいいでしょう」
「お前、一体何者なんだ? どうして……クルド公爵を殺害した?」

 俺の質問に男は顎に手を当てながら考え。

「正直、今の君に説明するのもバカバカしいのですね。君は甘すぎる。それでは誰も救えないし……」

 そこまで、聞いた所で俺の意識は途絶えた。

「ユウマ! ユウマ! ユウマ!」

 声がする。
 俺の名前を呼ぶ声だ。
 体がだるい。
 力が入らない。
 それでも必死に「ユウマ」と俺の名前を呼ぶ声に俺は……。

「……り、リネラス……」

 俺は辛うじて意識を取り戻す。
 俺の頬をリネラスが流した涙が濡らしていくのが分かる。

「ど、どうしたんだ? そんな目で俺を見て……」
「ユウマ!? ごめんなさい! 私を庇ったばかりに私が足手まといになったばかりに!」

 俺は泣いているリネラスの頭を撫でようと右手を使おうとして気がつく。
 そうか、俺の右手は男に……。

 俺はすぐに【肉体修復】の魔法を発動させ修復する。
 その様子を見ていたリネラスは目を見開いて俺を強く抱きしめてきた。

「あの男は?」

 俺の言葉を聞いたリネラスは。

「ユウマは殺す価値もないって、何の為の力すら理解していないって言って去っていったの! 私には、何も出来なかった……ユウマが私を庇ってくれたのに……」

 そう言うとリネラスは、また泣き始める。
 俺は今度こそ、リネラスを撫でようとしたがやはり体に力が入らない。
 恐らく、投げられたナイフに毒が仕込まれていたのだろう。
 即死の毒じゃなくて助かった。

「助かった?」
「で、でも……ユウマが生きていて……命があって良かった。私は、ユウマが死んだと思って……でもユウマなら必ず次には! きっと勝てるはずです!」

 リネラスの言葉を聞きながらも……俺は思い至る。
 奴は、俺を見逃した。
 そして俺は、卑怯な手を使われたとは言え結果的に負けた。
 慢心がなかったとは言わない。
 だが! それは……。
 俺は、まだ体が麻痺していたが自分自身が負けた事に憤りを感じずにはいられなかった。


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