【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

リリナの決意

 ユウマが村から離れた頃、アライ村から南西の川のほとりに無数のキツネ達が集まってきていた。

「むっ……空気が変わりおった」
 ユウマのライバルである狐達の頭目は慌てて、川の中から出たあとに周囲の空気を嗅ぐように鼻を鳴らす。

「九尾様、どうかされましたか?」
 リリナは突然、匂いを嗅ぎ始めた狐に声をかける。
リリナに声を掛けられた狐は女の姿に変化する。
 そして、口を開くと――。

「リリナよ、お主は何も感じないのか?周囲の山々の霊力が急速に落ち込んできておる」
 ――と告げてきたがリリナには何を言われているのか理解できない。
 最近になってようやく《神楽》の特技を少しは理解できるようになったばかりのリリナでは周囲の霊力を感じるまでにはまだ至ってないのだ。

 そもそも、ユウマが住んでいる村に来たのは神楽の特技上の理由だからだ。
 古来より山には不思議な力があると言われていた。
 そのため、もっとも山裾に近い村を探し移り住んできたのだ。

 そしてユウマと仲直りをした次の日、一人のキツネがリリナに話しかけてきたのだ。
 キツネは人の姿…女性の姿に変わると『神楽の力を持つ者よ。我と契約をせんか?』と提案してきた。
 リリナは、ユウマがいつも無茶な事をして怪我ばかりしてた事を思い出し、彼を守るために契約をしたのだ。
 契約は、リリナが神楽の巫女として彼女に仕える事。
 そして彼女は変わりにリリナに力を貸すという誓約であった。

「霊力が?でもどうしてでしょうか?九尾様」

「待っておれ、調べる」
 九尾はそのまま感知範囲を広げていき村をもその範囲に取り込む。
 そして在るべき存在がいないことを突き止める。

「まずいのう」
 リリナは、契約して10年近くたつがここまで動揺している九尾を見るのは初めてであった。

「ユウマが村を離れ追った」

「―――え?」
 リリナは、九尾が一瞬何を言っているのか理解が出来なかった。
 ユウマが村から出て行った?
 意味が分からない。

「九尾様、ユウマ君がいなくなったってどういうことですか?」

「……詳しいことは分からんが恐らく歴代の者と同じく……」
 歴代?歴代なんてどうでもいい!ユウマ君はどうしていなくなったの?

「リリナよ、落ち着くんじゃ。おぬしは我と契約をしているのじゃぞ?おぬしの心の動揺が分からぬと思うたか」

「今から言うことは他言無用じゃ、よいな?」
 リリナは頷く。
 なんでもいい、ユウマ君の情報がほしい。

「ユウマは、異世界人の知識を植え付けられた弊害で心が成長していないのじゃ」

「心が成長してない?」

「そうじゃ、人間というのは失敗を繰り返し経験を経て成長し理解を深め行動していく。なら最初から膨大な知識だけを持つ者はどうなると思う?」

「……最初から理解をしているから経験を経ず成長しない?」
 リリナは自分で言いながらユウマの置かれた状況がどれほど危険かを理解してしまった。
 それは子供に武器を与えて使わせているのと同じではないか?
 そんな状態の子供が悪意に染まったらどうなるのか……。

「そうじゃ。だから我はユウマが魔法を使えるまで我の所有物だとマーキングを施した。他の魔物や悪意からユウマが傷つかないようにな……じゃが……どこにいく?リリナよ」
 リリナは、九尾の話の途中でユウマを連れ戻そうと歩き出した所で腕を捕まれた。

「今のお主では、ユウマの移動速度には着いていけぬ。足手まといになるのが関の山じゃ。それにこれからお主の村には多くの自然災害が降り注ぐ。神楽の巫女として村を守るのがお主の仕事になるじゃろう」

「それでも!」

「一人の感情で数百人の命を切り捨てるつもりか?ユウマが居たからあの村は、この枯れた国であっても飢饉にあわず厄災に見舞われる事もなく、病に冒されることもなかった。これからはそれらが降り注ぐことになるのだぞ?それでも行くのか?」

「……私は、どうしたら……」
 リリナはそのまま蹲ってしまう。
 ずっと続くと思っていた日常がこんな風に崩れるなんて思っても見なかった。
 ユウマ君が居なくなるその日が来るなんて想像していなかった。

「あきらめるしかないのう。あの者は、この世界にとっての……」
 九尾の最後の言葉は、到底信じられない内容であった。

「私は絶対、ユウマ君を助けて見せます」

「よう言った、それでこそ我の契約者じゃ。この大陸の狂った四神に灸をすえてやらんとな」




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