ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

閑話 メイドと命令

「ご……ご主人、様……。わ、私めに何か御用はありませんでしょうか!?」
「……いや、別にないのだが。てか、なんでちょっとキレてんだよ……」
「ぐぅ……」

十畳ほどのダイニングに、奥に部屋が二つと寮にしては広いその部屋で黒髪黒目の少年、シークが呆れたような顔をしながらソファーに座っていた。
その視線の先、目の前にはシークも実際には殆ど見たことがないメイド服というものをきて恥ずかしそうにプルプル震えながら立つシャーリーがいた。

ここはシークがレイン達と暮らす3333号室であり、女子生徒は立ち入り禁止の男子寮である。
男子生徒、もしくは女子生徒を呼び出したい場合は、部屋に電話がある為、それでまず連絡を取って外で落ち合うのが寮の決まりのはずだ。

しかし今、何故かシークの部屋にはシャーリーが居り、しかもメイド服まで着ているのだ。

「な、何か御用は御座いませんでしょうか!」
「はぁ……」

上ずった声で聞いてくるシャーリーにため息を吐きながらシークはシャーリーが来た時のことを思い出す。



その日、シークは自室のダイニングでテレビを見ながらのんびりと過ごしていた。
その日のその時間は、シークがヴァリエール家にいた頃から見ていたテレビ番組がやっているからだ。
幸いにもシークと同じようにテレビを愛用しているレインがいない為、言い争うようなこともなく(大抵シークの言い分が通る)、シークは防蔓が作り置きした飲み物を飲みながらその番組を楽しんでいた。

そんな時だった。
室外に取り付けられているインターホンが押され、室内に音が鳴り響く。

「誰だ?ったく、いいところだってのに……」

レインやアルト、防蔓ならばインターホンどころかノックもなしに入ってくる。
つまり今玄関の外にいる人間は、この部屋の住人ではないということだ。

それでも居留守を使うのはあまりにマナーが悪いと思ったシークはのそりと立ち上がる。
そして、それと同時にまたインターホンが室内に鳴り響く。

「せっかちなやつだなー。今開けるからちょっと待ってろ!」

そう言いながら玄関まで歩いて行き、ドアを開ける。

「お、おかえりなさいませ!ご主人様!」

そこに立っていたのはメイド服を着て、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも笑顔を作っていたシャーリーだった。

「……」

ガチャリ。

「ちょっと待て!なんで閉めるんだ!?」

オートロックなどという防犯装置などついていないドアである。
すぐさま外から開けられて、怒った顔のシャーリーがドアから顔を出す。

「うおっ!いきなり入ってくんな!」
「いきなりじゃないだろう?一回私を見たのになんで閉めるんだ?」
「いや、見ちゃいけないものを見た気がしたからよぉ……」
「い、いけないわけあるか!そ、それとも何か、そんなに私のこの服は似合っていないかっただろうか?」

シャーリーは怒った顔からシュンとした表情なり、落ち込んでしまう。
その姿は、メイド服と相まってとても庇護欲をそそられるものだった。

「いや似合ってるぞ。可愛いと思う」

そう素直に口にする。

「かっ……可愛いなどと……そんな、ことは……ない」

最後の方は掠れてよく聞こえなかったが、髪をいじるシャーリーが照れているのだということはわかった。

(やっぱ女の子は誉められた方が嬉しいのか……。ヒツジめ……、何があなたに誉められても少しも嬉しくないだ。んなのお前だけだっつうの)

と、シークは内心でヒツジに怒る。

「お、おい……急に黙るな。恥ずかしくなってくる……」
「ああ悪い。まあ取り敢えず入れ」

ここは男子寮であり、女子生徒は立ち入り禁止だが、シークはそんな細かいことをいちいち気にしたりはしない。

レイン達が戻って来たらお互い知らぬ中でもないしいくらでも誤魔化しが効く。

「こ、ここが男子の部屋……。案がいけ綺麗にしているんだな」

シャーリーがキョロキョロとリビングを見回している。

「ああ、アルトと防蔓が掃除してくれるからな。そこ座っていいぞ。あ、何か飲むか?防蔓の野菜ジュースは美味いぞ」

テレビの前にコの字型に並んでいるソファを指しながら、シークは冷蔵庫へと向かう。

「ま、待ってほしい!私がやる!」
「あ?いや、別に構わないが……」
「私がやりたいんだ!」
「お、おう……」

シャーリーがそう言うならばと、シークは先ほどの定位置に戻る。
暫くしてシャーリーは自分のコップを持ってくる。
しかし、それをシークの目の前の机にコップを置くとシークの横に佇む。

「……座っていいぞ?」
「いや、メイドたるものご主人様の前では座らん!」
「そ、そうか……」

もう色々間違っていることに、シークも気付いているがあえて突っ込まないと決め、番組の続きを観る。

「はははっ!」
「……」
「くくっ!」
「……」
「へー!」
「……おい」
「ぶわっはっはっは!」
「シーク!」
「ぐおっ!」

危うく笑い転げそうになったところにシャーリーに胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。

「お前っ!この私がメイドをしてやると言っているのに無視するとは何事だ?」
「そんなこと言われても困るんだが……。やって欲しいことがあるほど切羽詰まってねぇし」
「切羽詰まってなくても何かやって欲しいことがあるだろう」
「例えばなんだ?」
「た、例えば……その、エ、エッチな命令……とか」

先程以上に顔を真っ赤にしながら俯き、小さく呟く。
しかし、顔を間近にしたこの距離で、シークは耳もいい。
当然聞こえていた。

「エッチな命令?」

と、シークは聞き返す。

「そ、そうだ!き、今日は私がお前の言うことを何でも聞いてやるからな!何でも命令するといい!」
「声が上ずってるぞ?」
「う、うるさい!ほら、何でも言ってくれ!何でもするぞ?」
「そうか、んじゃ取り敢えずこれ、離してくれ」

と、シークはまず自分の胸ぐらを掴んでいる手を指す。

「!?す、すまない……」
「いや、別にいいが……。それで……」

どかりソファーに座り込みながらシャーリーを見上げる。

「エッチな命令か?」
「い、いや、別にエッチな命令ではなくてもいいんだ!とにかくこの恥ずかしい状況を何とかしたい」
「そうか……。で、そのエッチな命令っつうのは具体的に何て命令すればいいんだ?」

と言うシークの質問に対し、シャーリーはもじもじしながら答える。

「それはその……い、言わなくてもわかるだろ?」
「……いや、すまん。本当に分からないんだが」

惚けている、と言うことではない。
正真正銘、本当に分からないのだ。

「俺は小さい頃からこの能力で一人で生きていけた。誰にも頼る必要がなかったから、年に一度、人と話すかどうかっつう生活を送ってたんだ。それにヴァリエール家では八年の遅れを取り戻すために修行しかしてなかったから世俗に疎いんだ。実はエッチっつう言葉は聞いたことがある、ってくらいだよ」
「……」

シャーリーは唖然とした表情で固まってしまう。
そんなシャーリーを下から見上げながらシークは尋ねる。

「で、俺はお前に何て命令すればいいんだ?」
「そ、それは……その……」

言いづらそうにしていたが、暫くしてか細い声で、

「ふ、服を……その……」
「服をその?」
「そのぉー……う、うぅ……うわーん!シークのバカァァァァァァァ!」

聞き返した途端、シャーリーは叫び声をあげて出て行ってしまった。

「……?相変わらず分かんないやつだなー」

シークはそんな呑気なことを言いながら、テレビの視聴に戻った。

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