ノーリミットアビリティ
第53話 貫く心臓
「シーク!」
突然前に飛び出したシークに驚いたシャーリーが思わずシークに手を伸ばす。
その様はまるで親の下を離れたがらない幼子のようだった。
そんなシャーリーの背後からシャーリーを狙って堕天教団の一人が飛び出してくる。
だが、その男は数歩と動かずに身体をバラバラにされて地面を転がる。
その前方ではシークが月光刀を振っていた。
前を向いていても、しっかりと全体を把握しているのだ。
(……あと二人)
シークは冷静に周りを見ながらジャックへと走る。
もう一人の男は、まるで感情の抜けた人形のようにただ立ち尽くしているだけだった。
シークは太刀を大上段に構え、一気に振り下ろす。
「おっと、危ないデスね」
ジャックはそれを横っ飛びに避け、続けて持っていた短剣をシークへと突き刺してくる。
「ちっ……」
(想像以上に速いな……。ただのイカれた野郎って訳じゃねぇわけだ)
奈落山ほどではないにしろ、かなりの速さで繰り出される突きにシークは翻弄される。
この接近戦ではシークに分が悪いのだ。
だが、離れることはできない。
シークはジャックの能力が空間系、しかも転移型の能力だと気付いたからだ。
最初の一撃でシークの一番の狙いはジャックだった。
そして、シークは黒い穴に自分の太刀が吸い込まれていくのを確認した。
突然仲間の首を落とされ、ジャックが慎重になっていたからこそ、今まではなんともなかったが、シークの能力が知られた以上、接近戦に持ち込むしかない。
数度の突きを避け、一瞬の隙をついて月光刀を振る。
だが、その刃は途中で鞘から上が消失し、ジャックの周りから現れる。
脚、両腕、首、そして背中の五箇所から現れた月光刀の刃はジャックを切り刻もうと迫る。
だが、その刃は惜しくも空を切ることとなる。
突然、ジャックの足元に真っ暗な空間ができ、そこに吸い込まれていったのだ。
そしてもう一人の仲間の頭上に同じ空間が現れ、中からジャックが出てくる。
「ちっ……」
「惜しい!非常に惜しいデスね!素晴らしい身のこなし!そして私の一瞬の隙を見逃さないその眼!羨ましいですねぇ、その才能溢れる肉体が!」
「気色悪りぃこと言ってんじゃねぇよ」
シークが吐き捨てるように言うが、ジャックはその言葉に耳を貸すことなく恍惚とした表情で独り言を続ける。
「ああ……なんと、なんと素晴らしい日なのデスか!才能溢れる若き騎士の魂を奪える日が来ようとは!」
「狂ってやがる……。で、話は終わりか?んじゃ、そろそろ死ね!」
見ている人間に本能的に恐怖を抱かせるようなジャックの挙動にも、シークは少しだけ動揺しながらもすぐに心を持ち直し、ジャックにトドメを刺そうと走る。
「待つのデス!」
「あ?今更命乞いか?」
「これを見なさい!」
そう言って、ジャックは最後の一人の黒装束のフードを取る。
男だ。
年は二十にはなっていないだろう。
目は虚ろでどこを見ているわけでもなく、肌は栄養のあるものを食べていないのか痩せ細っていた。
(誰だ?……いや、何処かで見たことがあるような……)
シークの記憶にはない人間だ。
だが、その男の正体をシークに教えたのは、シークの後ろで戦闘を見守っていたシャーリーだった。
「……まさか」
「シャーリー、この男を知っているのか?」
「シーク、お前の前に闘技会のメンバーだった人だ!入学式の時、ローエン先輩の横にいた……」
「そういえばいたような……」
あの時、シークはヒツジがあの場にいることに驚いていて周りをほとんど見ていなかった。
一応、ヒツジの横にいたので、目には写ってはいたものの記憶には殆ど刻まれていなかった。
言われてみれば、いたかもしれないくらいの内心だった。
「まあ、お前が言うならそうなんだろうな。で、その先輩をどうする気だ?」
「もちろん……」
ジャックはゆっくりと短剣を男子生徒の首元に持っていく。
「人質として使うに決まってるじゃないデスか?」
「……逃げれると思うのか?」
「逃げる?逃げるわけないじゃないデスか!貴方のような素晴らしい魂を前に背を向けるなど、私には出来ないのデス!」
「その熱意をもっと別のところに向ければ、もっといい暮らしが出来たろうよ!」
シークは呆れたように呟く。
「もっといい暮らし?何を言ってるのかわかりませんねぇ?私は今、最高の暮らしをしているのデス!才溢れる若き天才の魂を奪い、その未来を断つ!これ以上素晴らしいことが!楽しいことが他にあるわけがないのデス!」
「……で、何が望みなんだ?俺の命か?」
「その通りデス!私が今欲するのはただ一つ!貴方の魂だけデス!」
発狂し、口の端から泡を飛ばしながらジャックがまくし立てる。
シークは一度大きなため息を吐いて、
「断るに決まってんだろ?」
「ほぉ?この生徒を見殺しにする、と?」
「それは違うな。見殺しってのは、死にかけてるやつを放っておくって意味だろ?放ってはおかねぇよ。俺は顔も名前も知らん奴のために命を投げ出せるほど馬鹿じゃねぇってだけだ。その先輩には気の毒だが……。その代わり……」
次の瞬間、シークは殺気を放ちながら、
「仇はとってやるからよ!」
そう叫び走り出す。
何度もジャックの剣筋を見て癖は分かった。
交差する一刀の元に仕留める。
そんなシークを眺めながらジャックは首を横にふる。
「やれやれ、ガッカリデス」
そう言うと、ナイフを構えていた手をゆっくり下ろす。
(諦めたか?だが、容赦はしねぇ!)
ここで奴を殺さなければ後悔することになるとシークの本能が告げていた。
それに、そもそもシークはジャックのことを微塵も信用していない。
一度殺すと決めた以上、相手が降伏をはっきりと宣言でもしない限り止まる気はない。
だが、ジャックは刻一刻と殺意を秘めて走ってくるシークに対し、少しも怯えることはなく、むしろ獲物を狩る肉食動物のような視線を向けている。
「勇敢にして勇猛!ああ、貴方の魂は私だけのものとなるのデス!」
シークはジャックの妄言を無視し、ジャックまであと数メートルと迫る。
その時だった。
「では……死になさい」
「……!?ガハッ!」
突然、胸に起こった衝撃にタタラを踏み、立ち止まってしまう。
「シーク!」
シャーリーの悲壮の声が背後から聞こえてくる。
ゆっくりと自分の胸を見ると、そこには青白い、骨に皮がついただけとしか思えないような腕が生えてきていた。
そして、その手の中には身体から切り離されても未だ動き続ける心臓が握られていた。
「な、んだ、これ?」
「ああ、残念デスね?もう少し、あと少しで私の命が奪えたのに!今の気分はどうデスか?虚しいデスか?悲しいデスか?それとも悔しいデスか?結構!それら全ての憎悪が、悲壮が、絶望が!魂を輝かせる糧となるのデス!」
「クハッ!」
シークは天を仰ぎ、口から血を吐き出す。
「シーク?シーク!返事をしてくれ!」
口から血を出すシークの背後から、シャーリーが叫ぶ声が聞こえる。
「未だ立ち続けるとは、なんたる精神力!やはり貴方は最高の魂デス!」
未だ天を仰ぎ見たまま動かないシークに、ジャックは続ける。
「冥土の土産に私の能力について教えて差し上げましょう。私が我が主より授かった能力は『空穴』。空間に穴を開け、その中を自由に移動できる、と言う能力デス!」
腕を広げ高らかに宣言する。
「座標さえ分かれば、どんな遠いところでもそれが例え四方を密閉された壁の中でさえ一瞬で飛ぶことができるのデス!そして、それはもちろん、貴方の体内にも侵入ができる、と言うわけデス!」
「……」
「どうデスか?これぞまさに無敵の能力!私が神に選ばれた揺るぎなき証拠!ああ、素晴らしい!」
「シーク!返事をしてくれ!シーク!!」
シャーリーの泣き声混じりの叫びが響き渡る。
その叫び声をまるで子守唄のように聞きながら、ジャックは告げる。
「では、さよならデス!」
ジャックは左手に力を込めると、持っていた心臓をグシャリと握りつぶす。
「グハッ!」
口から大量の血を吐き出し、そのまま地面に膝をつき、地面に顔を付ける。
「あり、得ない……」
青白く、血の気の引いた唇からそんな声を出す。
「あり、得ない……デス」
突然前に飛び出したシークに驚いたシャーリーが思わずシークに手を伸ばす。
その様はまるで親の下を離れたがらない幼子のようだった。
そんなシャーリーの背後からシャーリーを狙って堕天教団の一人が飛び出してくる。
だが、その男は数歩と動かずに身体をバラバラにされて地面を転がる。
その前方ではシークが月光刀を振っていた。
前を向いていても、しっかりと全体を把握しているのだ。
(……あと二人)
シークは冷静に周りを見ながらジャックへと走る。
もう一人の男は、まるで感情の抜けた人形のようにただ立ち尽くしているだけだった。
シークは太刀を大上段に構え、一気に振り下ろす。
「おっと、危ないデスね」
ジャックはそれを横っ飛びに避け、続けて持っていた短剣をシークへと突き刺してくる。
「ちっ……」
(想像以上に速いな……。ただのイカれた野郎って訳じゃねぇわけだ)
奈落山ほどではないにしろ、かなりの速さで繰り出される突きにシークは翻弄される。
この接近戦ではシークに分が悪いのだ。
だが、離れることはできない。
シークはジャックの能力が空間系、しかも転移型の能力だと気付いたからだ。
最初の一撃でシークの一番の狙いはジャックだった。
そして、シークは黒い穴に自分の太刀が吸い込まれていくのを確認した。
突然仲間の首を落とされ、ジャックが慎重になっていたからこそ、今まではなんともなかったが、シークの能力が知られた以上、接近戦に持ち込むしかない。
数度の突きを避け、一瞬の隙をついて月光刀を振る。
だが、その刃は途中で鞘から上が消失し、ジャックの周りから現れる。
脚、両腕、首、そして背中の五箇所から現れた月光刀の刃はジャックを切り刻もうと迫る。
だが、その刃は惜しくも空を切ることとなる。
突然、ジャックの足元に真っ暗な空間ができ、そこに吸い込まれていったのだ。
そしてもう一人の仲間の頭上に同じ空間が現れ、中からジャックが出てくる。
「ちっ……」
「惜しい!非常に惜しいデスね!素晴らしい身のこなし!そして私の一瞬の隙を見逃さないその眼!羨ましいですねぇ、その才能溢れる肉体が!」
「気色悪りぃこと言ってんじゃねぇよ」
シークが吐き捨てるように言うが、ジャックはその言葉に耳を貸すことなく恍惚とした表情で独り言を続ける。
「ああ……なんと、なんと素晴らしい日なのデスか!才能溢れる若き騎士の魂を奪える日が来ようとは!」
「狂ってやがる……。で、話は終わりか?んじゃ、そろそろ死ね!」
見ている人間に本能的に恐怖を抱かせるようなジャックの挙動にも、シークは少しだけ動揺しながらもすぐに心を持ち直し、ジャックにトドメを刺そうと走る。
「待つのデス!」
「あ?今更命乞いか?」
「これを見なさい!」
そう言って、ジャックは最後の一人の黒装束のフードを取る。
男だ。
年は二十にはなっていないだろう。
目は虚ろでどこを見ているわけでもなく、肌は栄養のあるものを食べていないのか痩せ細っていた。
(誰だ?……いや、何処かで見たことがあるような……)
シークの記憶にはない人間だ。
だが、その男の正体をシークに教えたのは、シークの後ろで戦闘を見守っていたシャーリーだった。
「……まさか」
「シャーリー、この男を知っているのか?」
「シーク、お前の前に闘技会のメンバーだった人だ!入学式の時、ローエン先輩の横にいた……」
「そういえばいたような……」
あの時、シークはヒツジがあの場にいることに驚いていて周りをほとんど見ていなかった。
一応、ヒツジの横にいたので、目には写ってはいたものの記憶には殆ど刻まれていなかった。
言われてみれば、いたかもしれないくらいの内心だった。
「まあ、お前が言うならそうなんだろうな。で、その先輩をどうする気だ?」
「もちろん……」
ジャックはゆっくりと短剣を男子生徒の首元に持っていく。
「人質として使うに決まってるじゃないデスか?」
「……逃げれると思うのか?」
「逃げる?逃げるわけないじゃないデスか!貴方のような素晴らしい魂を前に背を向けるなど、私には出来ないのデス!」
「その熱意をもっと別のところに向ければ、もっといい暮らしが出来たろうよ!」
シークは呆れたように呟く。
「もっといい暮らし?何を言ってるのかわかりませんねぇ?私は今、最高の暮らしをしているのデス!才溢れる若き天才の魂を奪い、その未来を断つ!これ以上素晴らしいことが!楽しいことが他にあるわけがないのデス!」
「……で、何が望みなんだ?俺の命か?」
「その通りデス!私が今欲するのはただ一つ!貴方の魂だけデス!」
発狂し、口の端から泡を飛ばしながらジャックがまくし立てる。
シークは一度大きなため息を吐いて、
「断るに決まってんだろ?」
「ほぉ?この生徒を見殺しにする、と?」
「それは違うな。見殺しってのは、死にかけてるやつを放っておくって意味だろ?放ってはおかねぇよ。俺は顔も名前も知らん奴のために命を投げ出せるほど馬鹿じゃねぇってだけだ。その先輩には気の毒だが……。その代わり……」
次の瞬間、シークは殺気を放ちながら、
「仇はとってやるからよ!」
そう叫び走り出す。
何度もジャックの剣筋を見て癖は分かった。
交差する一刀の元に仕留める。
そんなシークを眺めながらジャックは首を横にふる。
「やれやれ、ガッカリデス」
そう言うと、ナイフを構えていた手をゆっくり下ろす。
(諦めたか?だが、容赦はしねぇ!)
ここで奴を殺さなければ後悔することになるとシークの本能が告げていた。
それに、そもそもシークはジャックのことを微塵も信用していない。
一度殺すと決めた以上、相手が降伏をはっきりと宣言でもしない限り止まる気はない。
だが、ジャックは刻一刻と殺意を秘めて走ってくるシークに対し、少しも怯えることはなく、むしろ獲物を狩る肉食動物のような視線を向けている。
「勇敢にして勇猛!ああ、貴方の魂は私だけのものとなるのデス!」
シークはジャックの妄言を無視し、ジャックまであと数メートルと迫る。
その時だった。
「では……死になさい」
「……!?ガハッ!」
突然、胸に起こった衝撃にタタラを踏み、立ち止まってしまう。
「シーク!」
シャーリーの悲壮の声が背後から聞こえてくる。
ゆっくりと自分の胸を見ると、そこには青白い、骨に皮がついただけとしか思えないような腕が生えてきていた。
そして、その手の中には身体から切り離されても未だ動き続ける心臓が握られていた。
「な、んだ、これ?」
「ああ、残念デスね?もう少し、あと少しで私の命が奪えたのに!今の気分はどうデスか?虚しいデスか?悲しいデスか?それとも悔しいデスか?結構!それら全ての憎悪が、悲壮が、絶望が!魂を輝かせる糧となるのデス!」
「クハッ!」
シークは天を仰ぎ、口から血を吐き出す。
「シーク?シーク!返事をしてくれ!」
口から血を出すシークの背後から、シャーリーが叫ぶ声が聞こえる。
「未だ立ち続けるとは、なんたる精神力!やはり貴方は最高の魂デス!」
未だ天を仰ぎ見たまま動かないシークに、ジャックは続ける。
「冥土の土産に私の能力について教えて差し上げましょう。私が我が主より授かった能力は『空穴』。空間に穴を開け、その中を自由に移動できる、と言う能力デス!」
腕を広げ高らかに宣言する。
「座標さえ分かれば、どんな遠いところでもそれが例え四方を密閉された壁の中でさえ一瞬で飛ぶことができるのデス!そして、それはもちろん、貴方の体内にも侵入ができる、と言うわけデス!」
「……」
「どうデスか?これぞまさに無敵の能力!私が神に選ばれた揺るぎなき証拠!ああ、素晴らしい!」
「シーク!返事をしてくれ!シーク!!」
シャーリーの泣き声混じりの叫びが響き渡る。
その叫び声をまるで子守唄のように聞きながら、ジャックは告げる。
「では、さよならデス!」
ジャックは左手に力を込めると、持っていた心臓をグシャリと握りつぶす。
「グハッ!」
口から大量の血を吐き出し、そのまま地面に膝をつき、地面に顔を付ける。
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