ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

第44話 レイン

シャーリーは今日も授業に来ていた。
時間ギリギリの一限目始まりのチャイムが終わるかどうかというその瞬間に、彼女は扉から入ってくる。

そして、彼女の特等席と言わんばかりに一つだけ空いた一番前の真ん中の席に腰を下ろす。

そのすぐ後に入って来たシャーリーの姉であるコスモスはシャーリーの様子に少し顔を悲しませる。
だが、学園の教師と生徒という立場で、妹であるシャーリーを特別扱いするわけにはいかなかった。
誰にも後ろ指を指されない為にも、コスモスはシャーリーに声を掛けるわけにはいかなかった。

「はぁーい!今日も授業を始めるわよー」

先日と変わらない口調で彼女は授業を開始する。
だがしかし、四年もの間一緒にいたシークなら分かる。
声のトーンがほんの少しだけ低いことが。

周りの生徒達はそのことに気づかなかった様で、いつもと変わらずノートを取りながらコスモスの話を聞いていた。

だがしかし、いつもと変わっていることもあった。
それは授業が終わり、コスモスが教室を出て行った時に起こった。

授業中、ずっと俯いたままだったシャーリーが少しだけ顔を上げてゆっくりと立ち上がる。
そして、トボトボと歩き出して教室を出ようとしたその時、この授業を一緒に受けていた四人の女子がその前に立ち塞がった。

「ねぇホロウさん!次の授業、一緒に行かない?」

言葉だけを聞けば優しい女子が、シャーリーを励ます為に誘っている様に見えるだろう。

しかし、誘った女の子の顔を見ればそういうことではないのは一目瞭然であり、後ろでシャーリーを小馬鹿にした様に笑う三人の女子達を見れば、イジメであることは疑いようがないだろう。

「……」

シャーリーは俯いたまま何も言わず、だからといって押しのけることもできず立ち尽くしてしまう。

「ホロウさん、何か言ったらどうなのぉ?」
「折角私達が誘ってあげてるのに無視するなんて酷過ぎじゃなぁい?」
「クスクス」

シャーリーが何も言えないのをいいことに、彼女達の口は滑らかになっていく。
だがそれも、数秒後には収まってしまう。
シャーリーの後ろに突然、シークが現れたからだ。

その顔は感情が少しも伺えない無表情だが、唯一その真っ黒な瞳だけは怒気に満ち溢れていた。

「い、行きましょう!」
「え、ええそうね」

そう言って、四人は教室を出て行った。

一方でシャーリーは、後ろを振り向くことなく教室をトボトボと出て行った。
その後ろ姿を無言で見守ったシーク。
そんなシークの肩をレインが叩く。

「何だ?」

振り向いたシークの眼前には、呆れた顔のレインと困った顔の奈落山が立っていた。

「ん……」

シークの顔を見たまま親指で自分の後ろ、教室内を指し示す。
相当シークが怖かったのだろう。
一様にして、恐怖の色をその顔に張り付かせて固まっていた。

「とりあえず……教室を出よっか?」

機転の利く奈落山の誘いにのって、シークも教室を出て行った。

「何だあの不愉快な女子共は!」

シークは取り敢えず一旦落ち着く為に、人気のないところに行った途端に声を荒げる。

「ほんっとに腹立つぜ!なあ、お前等もそう思うだろ?」

後ろからついてきていたレインと奈落山の方を振り向きながら、シークは乱暴に聞く。
同意してくれると思ったのだ。
自分と同じ様に怒り、そして何かしらの対抗策を練ってくれると思っていた。

しかし、振り向いたシークの目に映ったのは、困った顔をする奈落山と何か考え事をするレインだった。

「どうした、お前等?何で頷いてくれない。俺、おかしな事を言ったか?」

シークが昔住んでいたスラム街ならばそれくらいは当たり前であり、むしろ罵倒で済んだだけマシと納得できる。
だが、ここは銃で突然背後から撃たれる心配も、言葉一つで誇張抜きの殺し合いにまで発展するような殺伐とした場所ではない。
世界で唯一の超能力者の学校、セントラル。
生徒同士が研鑽しあい、そして己を高めあいながらも友情を育んでいく。
シークはこのセントラル、否、学園というものはそんな場所だと思っていた。
シャーリーが自分に絡んできたのは、この学園の外での問題であるから、その考えは少しも色褪せていなかった。

だがしかし、彼女達の行動には何の意味も意義も見出せないし、どう見ても友達作りの為でもない。
シークには彼女達の行動に悪意が見えた。
そのことに納得のいかないシークは、その不満を二人にぶつける。

その言葉に帰ってきたのは、レインの思いがけない一言だった。

「お前、前から薄々思ってたんだけどさ。もしかして、幼年舎に通ってなかったのか?」
「ああ、通ってねぇよ?だから何だ、今の話とは関係ないだろうが!」
「……」

レインはショックを受けた顔をしている。
しかし、シークにはその理由がよくわからない。

「いや、関係大有りだよ、シーク」
「は?ここは学園だぞ?」
「うん、だからこそ関係があるんだよ」

意味が分からず困惑するシークに奈落山はさらに畳み掛けた。

「有り体に言えば、これくらいのことは日常茶飯事だって事」
「……」
「私も、レインもそれを分かっていたんだよ。教室にいるみんなだってあんまり気にしてなかったでしょ?」

言われてみれば、誰もシャーリーの事を見ていなかった気がする。
いや、正確には見てはいたがすぐに視線を外したり、気にせず友人と話していたりしていた。
彼らは一様にして同じ様な光景を何度も見てきていたのだ。よくある光景の一部としてそれを捉えていた。

だから誰も何も言わなかったし、誰も気にしなかった。

「シーク、お前には社会常識って奴が欠けてんだよ」

先程まで固まっていたレインが思い切ってその言葉を告げた。

「なっ……」
「一般常識はあるんだよ。超能力者としての常識とかは、ね?ただ、シークは学校の常識、もっというと、子どもの無邪気な悪意に疎すぎるんだよ」
「そんなことは……」

ないとは言えない、かもしれない。

「けど、今回の件はまだ運がいいほうなんだよ。今の状態のシャーリーはまだしも彼女は強い。前の調子に戻ればすぐにイジメもなくなるから」

超能力者界は世界的に見ても超実力者社会である。
強い者が上に行き、弱い者はそれ相応の立場を強いられる。
それ故……。

「強い子にイジメられた弱い子を守る人がいなかったんだよ」

奈落山は寂しそうに言った。

「俺の時もそうだったぜ?別に俺と奈落山の学校が特別だったわけじゃねぇ。残酷なことに、こんなもんは何処にでもある当たり前の風景だ。それでイジメられた奴に何かあっても、イジメた人間に対してこれといった制裁はない。教師も問題になるギリギリになるまで何もしねぇ。そのタイミングを見極める目も持ってねぇクセしてな」

レインはいつになく饒舌だ。
先日も言っていた、嫌なことを思い出しているんだろう。
顔を思いっきり顰め、歯をギリギリとさせている。

「俺からすれば、学校を好きな奴ってのは頭がお花畑の奴か、運が物凄い良い奴くらいだろうよ」

そこにはいつになく感情が込められていた。
その言葉を聞いて、少し打ちのめされたシークはゆっくりと奈落山の方を向く。

「……奈落山も、そう思うか?」
「……私は嫌いじゃないよ。レインが何を見てきたのかは私には分からないけど、多少なりともそういう現場を見てきた。それでも、私は……」
「強いからそんなことが言えんだよ」

奈落山の言葉の途中で、レインが口を挟む。

「実力者社会でお前はその頂にいたからそう思えるんだ」
「それは……」

レインが更に言葉を紡ごうとしたその時、チャイムが鳴る。
二時間目が始まる鐘の音だ。

レインはいち早くくるりと身体を反転させ、無言のまま教室へと戻っていった。

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