ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

第41話 天條院秋沙

次の日の放課後、一年生の寮からは少し離れた三年生の寮へと足を運ぶ。幸いにも、二年生と思しき生徒や、三年生以外の上級生と思しき生徒もそれなりにいるため、シークが怪しまれることはない。
エレベーター内などで偶にチラリと見てくる人間はいたが、声をかけてくる程ではないので気にしない。

そして、最上階につき屋上テラスへの扉を開けようとしたその時、肩を叩かれ振り返る。
そこには黒髪黒目の一人の三年生が立っていた。

「シーク・トト君で合っているかな?」
「ああ」
「僕の名前は綺條院四島。和室で天條院秋沙様がお待ちだよ。付いて来てもらえるかな?」
「分かった」

正直、最初から一般公開されている屋上テラスで話し合うのはおかしいなと思っていたのだ。

そこから少し歩き、屋上テラスの裏側にある畳と呼ばれる五條院家が治める領地ではよく見かける珍しい床材である。
各寮に、一部屋しかないそこは五條院家が人を呼び出したり話し合いをするために用いられている。

二人は、その部屋の前に着く。
一見、他の部屋のドアとは何ら変わりはない。
しかし、ドアを開けるとそこには靴を入れる下駄箱と一段高い敷居がある。
そして畳の横一枚先は襖で奥が見えないようになっていた。
 四島は襖の横に座り、シークは襖のすぐ裏側に立つ。
既に漏れてくる圧倒的な重圧。
肌が灼ける様な、力の圧である。
ジンの圧とはまた違う、近くにいるだけで気持ちが高まり息が荒くなる。

「準備はいいかい?」
「ああ」

それを何とか抑えながら四島の問いに応える。

「秋沙様、シークが参りました」
「入って来なはれ」
「畏まりました」

四島が両手で襖を開ける。

「うっ……」

シークの目は燃え滾る炎を幻視した。
一瞬後、そこは普通の畳の部屋に変わっていた。

三十畳ほどの奥に広い和式の部屋であった。
そしてその一番奥に三人の少女が鎮座していた。

シークから見て右横に座る、黒髪をポニーテールに纏め、舞花によく似た、しかし舞花よりも圧倒的に大人びて見える少女がいた。
彼女こそ牙條院舞華の実の姉、牙條院湖赤である。

そしてそのまま、シークから見て左横に座る、夜空に星を散らした様な美しい輝きを放つ黒髪を腰まで伸ばした昇華のよく似た顔の少女。
彼女こそ綺條院昇華の実の姉、綺條院湖白である。

何より、その中央にふてぶてしい顔で他の二人よりも一段高い敷居の場所に居座り、業火の如く燃えるような圧倒的存在感を放つ少女がいた。

燃えるような紅い髪をポニーテールしており、見ているもの全てを焼き焦がしそうなほど紅い瞳はまるでシークを品定めするかのように細められている。
その様はまるで、訪ねてきた相手を品定めする王の雰囲気を醸し出していた。
何を隠そう、彼女こそ炎の神憑の次期継承者、天條院秋沙である。

シークが秋沙に会うのはこれが初めてではないのだが、何度会ってもその押し潰されそうな気迫に緊張してしまう。
それでも、意を決して三歩程前に進み、部屋に入る。
後ろの襖が閉められる音が聞こえる。
まずは典型的な前口上を述べようと口を開いたその瞬間、

「待ちなんし」

秋沙に遮られてしまう。

「この距離だとお話しがし辛いやろ?もっと近くに寄りなはれ」

シークと秋沙の距離は凡そ十メートル弱。
呼び出された部屋ではそれが限界なのだから仕方がないが、たかだか二、三回会ったことがある程度の人間なら、当主の安全のためもっと離れるのが一般的である。

しかし、秋沙は真逆の言葉を口にしているのだ。
過去の経験から予測していた事態にシークは、静かに遠慮する。

「私の様な若輩者ならば本来……」
「そういうのはええから、もっと近くによらんかい」
「……」

天條院家に限らず、五條院家は古くからある格式の高い名家であり行儀作法や礼儀作法などはヴァリエール家よりも余程厳しい。
その教えは彼女も例外ではないはずで、次期神憑である秋沙と、次期神憑であるジンの侍従でしかないシークでは埋められない差がある。

それ故、シークは礼節を持って接しようとしているのだが、当の秋沙は気にしなくていいという。

「……」

シークは如何しようか迷う。
だがしかし、いつまで経っても動かないシークを見ていた秋沙は更に推してくる。

「シークはうちに頼み事をしに来はったんやろ?なら、うちの頼み事を聞いてくれてもバチは当たらんのとちゃうか?」
「……分かった。では……」

そう言ってシークは立ち上がり三歩ほど距離を縮める。

「この位で……」
「遠い。もっとや」
「……」

シークは複雑な顔をして、もう二歩程近寄る。

「これで十分ではないでしょうか?」
「まだまだ遠すぎるやろ!うちの目にはシークが遥か彼方に見えるわ」
(病院に行け)

目を少し抑えて少しオーバー気味にリアクションを取る秋沙に、シークは内心で冷静に突っ込む。

そんなシークの内心を知ってか知らずか、秋沙は目を覆った手の指の間をチラチラと開け閉めしてシークの次の行動を確認している。
もう威厳も格式もあったものではない。

シークも格式をそれ程重要視しているわけではないが、流石に秋沙程の地位の高い人間にこれ以上近付くのは気がひける、というより御免こうむりたいのだ。

困ったシークは助けを求めるべく、左右の付き人の二人に視線を移す。

だがしかし、綺條院はニコニコしているだけで何も言わず、牙條院に至ってはピクリともせずシークを見続けている。
その切れ長の目から見える吸い込まれそうなほど美しい真っ黒な瞳には、特に非難や敵意の色はみえない。
むしろ、その瞳にはシークに対して友好的な色さえしているのだ。

「うちとシークの仲やないか。気にせんともっと近付いて構わせんよ」
「俺とあんたの間には特に何もないはずなんだが……?」
「何を言うとるんや!姉と弟の仲やないか!」
「いつ俺があんたの弟になったんだよ……」

シークはジンとは兄弟の契りを結んでいるが、秋沙とは勿論結んでいない。
戸籍上は勿論のこと、精神的にも姉弟という関係ではない、はずだ。
どさくさに紛れて既成事実を作ろうとする秋沙にシークは呆れてしまう。

しかし、秋沙はふてくされた様に座敷に寝転がり反対方向を向いてしまう。

「あーあ、お姉ちゃん悲しゅうて泣きそうやわ。折角可愛い弟のために時間をとって足を運んだのにこんな寂しいことを言われるなんて……。ああ、なんてうちは可哀想な女なんや」 

そう言ってさめざめと嘘泣きを始めた秋沙を見て、遂にシークは折れる。

「分かりました!分かりましたよ!」
「ほんまかいな!言質はとったで?とうとううちを姉として認めてくれたんやな!嬉しいわー、お姉ちゃん、今の喜びで空を飛べそうや!」

秋沙は寝転んだ姿勢からバッと元の態勢に座り直すと、喜びの笑顔を浮かべながらそう言う。

「そうか……、それはよかったよ」
(そんなことは一言も言ってないんだが……。やっぱこの人は苦手だ)

実のところ、こう言ったことは今回だけではなかった。
秋沙とシークが会うのはこれで四度目なのだが、前回も前々回も同じようなアプローチを受けている。

一度目は軽い挨拶をしただけで、シークが名乗った以外の話はしなかった。

彼女の態度が急激に変わったのは二度目。
シークに対してちらりと視線を向けただけで特に挨拶もしなかった一度目と違い、二度目は露骨にグイグイ迫ってきた。

だが、その時はジンがいたしヒツジもいたのでここまで積極的ではなかったのだ。

しかも、シークは頼み事をしに来ていると言う立場から逃げるわけにもいかない八方塞がりな状況だった。

(はぁ……)

内心溜息を吐いて、強引に話を始める。

「そろそろ本題に入ってもいいか?」

シークの真面目な雰囲気を悟ったのか秋沙も居住まいを正し、再びシークの方に向き直る。

「ええよ、というかまあ予想はつくんやけどな。シャーリーちゃんの事やろ?」
「……やっぱ知ってたのか」

特に驚く事なくシークは聞き返す。

「そら知っとるやろ。うちを誰やと思っとんねん。天下の天條院家、世界で最も金を持つ世界最大の商家やで?商売の基本は情報や。この程度の情報は仕入れられて当然!」

先ほどとは打って変わりカラカラと快活に笑いながら秋沙は続ける。

「まあ、うちがシャーリーちゃんの情報を集め始めたんはシークに会いたいって言われた時やけどな?」
「流石だな。それで……何処まで知っている?」
「ん?取り敢えずシャーリーちゃんの過去に何があって、それがいつどう変わった末に何故シークに絡んで今どうして落ち込んでいるのか、位は調べ終わったで?」
「……!」

これには流石のシークも驚いてしまう。
シークが天條院にコンタクトを取ってからまだ一日しか経っていない。
それにも関わらず既にシークの知らない情報までをも集め終わっているという。

「すげーな」
「ふふ、ありがとう。ついでに言えばシークがうちに何を頼みに来たのかも、ちゃーんと分かってるで?」
「なら話は早い。シャーリーの噂の火消しをたの……」

早速頼み事をしたシーク。
それに対し、秋沙から帰って来たのは、聞き間違いのしようがないほど明確な答えだった。

「嫌や」

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