ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

第42話 交換条件

秋沙は素気無く断った。
何故だ、と詰め寄りそうになるシークに無言の重圧がのしかかり口を噤んでしまう。

「うちは格式を重んずる天條院家やで?そんな頼み方で、はい分かりました、なんてなるわけないやん?」

秋沙は目を細め、威圧するようにシークを見る。

(さっきまで散々ふざけてただろうが)

内心で舌打ちをする。
しかし、シークもそこまで常識知らずではない。
確かにこんな頼み方で動かせるほど、次期神憑への頼み事というのは安くないのだ。
もっと真面目に頭を下げて頼むべきである。
そう思って、腰を折って頭を下げる。

「頼む。あいつの悪い噂を消す為に貴女の力を貸してほしい」

シークとしては最大限努力したつもりだった。しかし……。

「ちゃうやろ?」
(これでダメなのか……)

しかし、これ以上となれば膝を折らなければならない。
シークにも、次期とはいえ他の神憑に仕えているという立場がある。
それ故、シャーリーの為にそこまですることはできない。
これで駄目ならお手上げだ。

「そうか、それは残念だ……」

シークは俯く。

「時間を取らせたこと、謝罪する。じゃあな」

そう言って頭を上げて振り返り、諦めて帰ろうとしたその時、秋沙から慌てた声が聞こえてくる。

「ちょっと待たんかい!そう結果を焦ることないやん。うちはただ頼み方がなってないちゅうとるだけや」
「……腰は折れても膝は折れねーよ。俺にも立場がある」
「分かっとる分かっとる。うちも次期神憑。それくらい重々承知しとるわ。そうやなくてな、天條院家には代々伝わる天條院家流の頼み方っちゅうもんがあるんや。それで頼んでくれたらバッチングーやで?」

右手でオーケーサインを出しながら秋沙は言った。

「バッチングーて。まあそう言うことなら……」

頭を下げる、もしくは膝をついての土下座以外にも頼み方があることを知らなかったシークは、秋沙の言葉に興味を惹かれて向き直る。

「……っ!?」

振り返ったシークの視線の先、そこには今までとは比べ物にならないほど真剣な眼差しで真っ直ぐにシークを見据える秋沙がいた。
そのあまりの気迫に、シークは思わずゴクリと唾を飲み込んでから、気合いを入れ直す。

「一度しかやらんからしっかり見ときぃ!」

コクリとシークが神妙に頷いたのを見て、秋沙は息を軽く吸う。
そして両手を顔の横に祈るように合わせて置き、満面の笑顔で言った。

「助けてほしいです、お姉ちゃん」

空気が凍った。
そう錯覚するほど、先程までの肌をヒリヒリさせるような熱のある重圧が消え去り、鳥肌がたった。

「……?」
(どう言うこと……?)

いよいよもって本当に意味が分からず、シークは絶句してしまう。

(と、とにかくこれはやばい奴だ!に、逃げないと!)

人生でこれ程困惑したことがあっただろうかと言うほどシークは今、困惑していた。
そしてそのまま一歩、二歩と後ずさる。
本能が言っているのだ。
逃げろ、と。
そのまま後退りして部屋を出ようとする。
その様子を見て、自分のミスを悟ったのか秋沙が慌てて声をかけてくる。

「ちょい待ち!い、今のなし!」
「……」

シークはその言葉に答えることなく、そのままもう一歩下がり、部屋から体が半分出る。すると、今まで口を開くことはなかった湖白が話しだす。

「ごめんなさいね、シークちゃん。いつもはもっとちゃんとしてるのよ?でも、今日はシークちゃんといっぱい話せたから舞い上がっちゃってるの。堪忍してあげてな?」
「お、おう……」

未だ困惑の色をその瞳に滲ませながらシークは頷く。

「普段はな、もっと真面目な守銭奴なんよ。誰が相手でも物怖じせず、話せるんやで?」
(真面目な守銭奴って何……?)
「せやせや!うちかていつもこんなんちゃうで?今日は可愛い弟がわざわざ訪ねてきて、うちにお願いがあるっちゅうから、ちょっと舞い上がってるだけや」
「……そうか。よくわからないが分かった。それで、シャーリーの為に俺に力を貸してくれるのか?」
「勿論やで!情報操作は任しとき!」
(……不安だ)

秋沙は大きく頷き、その大きな胸をドンと叩く。
だが、本来頼もしいはずのその様子を見ても、シークは一抹の不安を拭いきれないでいた。
そのシークの微かな不安を敏感に感じたのか、今度は湖赤が口を出す。

「シーク、安心したまえ。こう見えて秋沙はやるときはやる女だ」
「 そうはとても見えないが……」
「何でや!どこからどう見ても頼り甲斐のあるお姉ちゃんやろ!」
「ふっ」
「あー、湖赤!今、鼻で笑うたやろ?!」
「……まあ、牙條院先ぱ」
「湖赤でいい。舞華もいるし紛らわしいだろう?」
「分かった。湖赤先輩がそう言うなら信じよう。だが、見返りは?まさかタダで動いてくれる訳じゃないんだろ?」
「ふふふ、せやなー。本来ならうちらを動かすには莫大なお金がいる。それは学生に限らったことではないで」
「金か……」

それは困る。
シークは毎月コルトからそれなりの額のお小遣いを貰ってはいるのだが、貯蓄という考えがあまりない。
好きな時に好きな物を買う。
それ故、ほとんど手持ちがないのだ。

「もちろん可愛い弟からお金をせびるようなことはせぇへんよ?せやけど、無償でオーケーするにはちょっーと動く人数とかかる時間が、な。それに、タダっちゅうのはうちら天條院家の気質に合わへん」

そこで秋沙はずいっと体を前に突き出す。

「そこで、や!なんかあった時、うちとジンとの仲を取り持って欲しいんや!簡単やろ?」

快活に笑いながら秋沙が聞いてくる。

この光景を普段の秋沙を知る第三者が見たら驚くであろう。
何故なら、普段の秋沙は、異常なまでの利益至上主義者であるからだ。
それ故、ボランティアや募金などといった、金銭の利益がないものには全くとして興味を示さない。利益の出ない投資は絶対に行わない。
人によっては無慈悲、無情に見える程の金の亡者である。
しかし、そんな秋沙でも、利益度外視で動く幾つかの理由がある。

その一つが、ジン、正確にはヴァリエールの為である。
彼女達はヴァリエール家の血を身内に入れるために、少しでも距離を縮めたいのだ。
本来、呼び出すどころか会う約束が出来るかさえ難しい天條院がシークの呼び出しにあっさりと応じたのも、ジンがシークを弟として可愛がっているからだ。

天條院家がここまでヴァリエールに入れ込むのには訳がある。
それは過去に五條院家が起こした蛮行を、才能に溢れた金の亡者達による搾取をヴァリエールが完膚なきまでに叩き潰したから。

それ以降、千年以上もの間、彼女達はヴァリエール家にアタックをし続けているのだが、一向に芽が出ないのだ。

そこで、シークに仲介役を頼みたいのだ。
しかし、その頼み事にシークは難色を示す。

「……悪いんだが、今回の件はジンには秘密、というか関わらせないようにしたいんだ」

そもそもジンに頼っていいのであれば秋沙よりもジンに頼る。

「分かっとる分かっとる。別に場をセッティングしてくれって頼んでるわけやないねん。もし……あくまでもしも、うちとジンが話している時にシークがおったら、ちょろっとうちを推してくれたらええねん」
「……それだけか?本当にそれだけでいいのか?」
「天條院家に二言はないで」

顔は笑みのまま、その眼差しを真剣なものに変えて秋沙は答える。

「……」

シークの逡巡を見て、秋沙は更に一押ししてくる。

「別に断っても、動いて構わへんよ?けど、どうせならお互いwinwinの関係の方がええやろ? シークはウチの力が借りれて嬉しい。ウチもシークの力が借りれて嬉しい。ほら、一挙両得や!」
「……分かった。もし二人が会っている時に俺がいたら秋沙先輩の事を推そう」

秋沙の売り込みに、とうとうシークが根負けする。

「ほんま!?嬉しいわー!ありがとうな?」
「いや、そんな事でいいんだったら別に構わんが……」
「そんな事やあらへんで!うちにとっては何より価値のあるもんや!」
「そ、そうか……。分かった。じゃあ下準備だけ宜しく頼む。タイミングは俺から舞華に伝えるから」
「オーケーオーケー!万事任しとき!」
「宜しく頼む。じゃあ今日はここで失礼する」

秋沙が大きく頷いたのを見て、シークは頭を下げて感謝の言葉を述べる。
そして背中を向けて帰ろうとしたその時、ちょっとした不安、というよりも興味本位で秋沙に気になった事を訪ねてみる。

「ああ、そうだ。一応確認しときたいんだが……、推すっていうのは背中を押せばいいんだよな?それの何の意味があるんだ?」

「「「えっ……」」」

今度は秋沙達の空気が凍った音がした。

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