ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

第18話 許諾

「……」

 シークは沈黙して先を促す。

「彼が学校を辞めた理由については今この場では関係のない話だ。しかし、空いた彼の闘技会出場枠を先延ばしにするわけにはいかない。もうすぐ後期の闘技会が始まる。故に、我々は現在、即戦力を欲している」

 ローエンの目が力強く光る。

「前置きが長くなったが、単刀直入に頼もう。闘技会のメンバーにならないか?」
「ならない」

 即、否定する。

「もういいか? 人を待たせている。ああ、安心してほしい。ここで聞いた話は他言しないと約束する」

 そう言ってローエン達に背中を向ける。

「待て」

 ローエンが冷静な声でシークを制止させる。

「まだ何か用か?」
「はあ……ヒツジ、お前の言った通りになったな」
「だから言ったでしょ。拒否するって」

 シークの問いかけには答えず、ローエンは溜息交じりにヒツジと話す。何か入れ知恵でもされたのであろう。

「だからといって理由も聞かずに即答で拒否されるとは思わなかったぞ」
「興味がないからな。それに、ただでさえ面倒事を抱えてんだ。これ以上はご免被る」

 シークが闘技会入りを果たせば変なやっかみや嫉妬の対象となる。同年代の一年生であればローエンの言ったとおり、何とかなる。
しかし、上級生達もこの事実に納得ができず勝負を挑んでくるかもしれない。一人一人倒していくのは骨が折れる。そういった面倒事に関わらない方法が、見ない、聞かない、興味を示さない、だ。

「はあ、やはり我々では説得は難しいか」
「わざわざ呼んでくれたのに悪かった……我々では?」

 とっとと退散しようと歩を進めようとした時、ローエンの言葉の取っ掛かりが気になり、足を止め振り返る。
しかし、そんな振り返ったシークの横を通り過ぎるようにヒツジが動く。その表情は先ほどまでと違い、キリッとしている。
ヒツジは普段から美しいほどの綺麗な姿勢を更に伸ばし、顎を少し下げ、射抜くような視線を前に向け、きびきびとした動きで歩くその姿は何処から見ても立派な淑女の姿であった。
だが今は、いつにも増してその表情は真剣そのもので、その足も歩くというよりは早足に近い。
 それから、ドアノブに手を掛けると、ドアを恭しく開け頭を下げる。
その動きの一つ一つが非常に洗練されたもので、これから来る者への敬意が窺えた。
気配を感じなくとも誰がそこにいるのかなど、簡単に予想できる。
何故ならヒツジが世話を焼き、敬意を表する者などこの学園にはたった一人しかいないからだ。

「どうぞお入りください、ジン様」
「何で……ジン義兄さんがここにいるんだ」

 扉の外から現れたのはジンその人だった。ジンは室内をぐるりと見回して、シークを発見すると、笑顔を浮かべながら近付いていく。

「やあシーク。三日ぶりだね。学校生活はどうだい?」
「たった今、ちょっと悪いから最悪に変わった」

 気軽に聞いてきたジンを、シークは恨めしげな目つきで睨む。

「ごめんごめん、秘密にしていたことは謝るよ」

 シークの目つきの意味とは別のことを謝っている。しかし、ジンのその言い方は確信犯のものだった。
問い詰めても何処吹く風という顔で受け流されてしまうのは経験から知っている。だから、シークは次の話題に進む。

「で、何で義兄さんがここにいるんだ? それに……」

 ちらりとこちらを見ているローエンを見ながら質問をする。

「秘密じゃなかったのか?」

 奈落山を筆頭に、各国の重鎮の家柄であれば、知っていたとしても不思議ではないが、他の一般生徒には秘密であるはずだ。

「学校生活は七年もあるんだよ? 隠し続けるなんて無理に決まっているじゃないか。それに、ヒツジもお世話になっているからね」
「……じゃあ義兄さんが出場すればいいだろ」

 シークがそう指摘すると、ジンは寂しそうな表情をする。

「それは無理なんだよ。絶対に勝ってしまう僕達は闘技会には出れないんだよ」
「闘技会には大きく分けて二つ、出場禁止ルールが存在する」

 後ろで状況を見守っていたローエンが、まず指を一本立てて説明する。

「一つ目、十神の次期継承者」

 次に二本目を立てる。

「二つ目、運命系能力者」

 そこでジンを冷静な視線で見て、敬意を持ちながらも断固たる態度で続ける。

「ジン様は次期砂神・ヴァネッサの継承者に当たる方だ。闘技会とは、生徒同士が知略を練り、訓練を重ね、血の滲むような努力によって培われた技術を見せる場だ。そこに相手を一瞬で倒してしまう人間が現れてしまっては闘技会の根幹が崩れよう。それは運命系も然り」

 ジンが努力をしていないとは言っていない。実際に、シークはジンがジンなりに努力していることを知っている。
しかし問題は、ジンは努力しなくても強いのだ。何もしなくても元から強く、少しの努力で更に爆発的に強くなり、そして能力の伸びしろも尋常ではないほど高い。世界中の能力者で最も高スペックな人間なのだ。
そんな人間に出てこられたら出場者達は堪ったものではない。才能の一言で努力を無にされてはならない。
それ故、彼らは出場禁止となっている。

「だから、シークを推薦したんだ。僕は仕方のないことだけど君は違うからね。これも一つの経験だと思ってさ。やってみない?」
「……幾つか質問をしていいか?」
「もちろんだよ」

 ジンは、本当は出たかったのかもしれない。
しかし、闘技会の規定上、また他の生徒達のやる気なども考えると、ジンの性格では決して無理に出ようとはしないはずだ。
列車内での発言も、もしかしたらそう言う意味も含まれているのかもしれない。

「何故俺なんだ? 俺より強い奴は上級生の中にいっぱいいるだろう」
「いや、シークよりも強い上級生は多くないよ。六年生や七年生でシークより強い人は就職活動の真っ只中だから無理として……。二年生から五年生の間でシークより強い能力者って言うと……ちょっと厳しいかな?」
「あの方々を除けば皆無ですね」

 ジンが控えめに言うが、ヒツジは単刀直入に断言する。いつも冷たい態度ではあるが、ヒツジもシークの実力はしっかりと認めているのだ。

「あの方々?」
綺條院湖白こはく様と牙條院湖赤こせき様よ」
「湖白に……湖赤、だと?」

 その名前にシークが反応する。それはシークが知っている名前だった。そしてシークやヒツジと同じ職に就く者達。

「いるのか? 奴が? このクラスに?」
「口を慎みなさい、シーク。あの方は貴方が奴なんて呼んでいい方々ではないわ」
「あーうん……悪かった」

 シークの返事は適当だ。湖白と湖赤は知っている。それどころか会ったことすらある。
そしてもう一人、シークが奴と言った、彼女達二人より更に偉い少女がいる。その三人は常に一緒におり、昔、ジンと一緒に会いに行った時も三人一緒に居た。
だが、はっきり言ってシークはその三人が物凄く苦手だった。

「まあ……貴方の気持ちは分かるのだけど」

 ヒツジもだった。そんな二人の様子を見てジンがお小言を言う。

「二人共、彼女達は凄く気の良い娘達だよ。人の一面だけを見て相手を判断するのは僕は感心しないな」
「はっ、申し訳ありません」
「わかった……」

 シークが微妙な返事をするが、ジンは笑顔で頷き、話を続ける。そう言う意味ではないのだ。
だがしかし、ジンが気付いていないのであればあえて論議するようなものでもない。

「それで、他に質問は?」
「あ、ああ、二つ目は、ここで話していいってことだから話すが、俺を探られた結果、義兄さんに行き当たるかもしれない」
「うん、それは構わないよ」
「は?」

 信じられない言葉を聞いて、シークは固まる。

「いいのか?」
「うん、というより列車内でも言ったけどシークはそう言うことは何も気にしなくてもいいんだって。吹聴されたりしたら流石に困るんだけど、僕はシークのそう言うところをちゃんと信頼している。だから繰り返すけど、僕のことについては何も気にしなくてもいいよ」

 シークがむやみやたらと情報を振りまくような人間ではないと、ジンは知っているのだ。普通に気をつけてくれれば、ジンにとってそれでいいのだ。

「わかった。質問は……以上だ」

 正直言えばまだある。例えば、湖白や湖赤は無理なのか、とか。
しかし、無理だから自分にお鉢が回ってきた、と考えるのが妥当であろう。それにそろそろ答えを出さないと一時間目に間にあわない。

「それで、受けてくれるかい?」
「……ああ。受けるよ」

 仕方がない。ジンが直接頼みに来ている以上、結果は変わらない。
だとしたら、ここでグダグダと言うのは格好が悪い。後か先か、という話になるので、ならばここで受けるといった方が格好がつく。それを聞いたローエンが顔を綻ばせて喜ぶ。

「おお、受けてくれるか! 感謝する。ジン様、それにヒツジも、説得に立ち会ってくれたこと、感謝申し上げます」
「いえいえ、これくらいは構いませんよ、ローエン先輩。それと……僕は後輩ですからため口で構いませんよ」
「いえいえ、ジン様にため口などとんでも御座いません。どうか、このままで」
「そうですか……」

 ジンはあっさり引き下がる。既に何度もしてきた話だからであろう。

「では時間も圧してきている為、シークへのメンバーの紹介は放課後としよう。能力と一緒に覚えてもらった方がよいのでな。シーク、今日の放課後に闘技会専用の練習場へ直接赴いてくれ。建物が大きいから道に迷うこともなかろう。では、解散!」

 ローエンが最後にそう締めると、シークの返事も聞かずに座っていた闘技会のメンバーが一斉に立ち上がる。

「シーク君、頑張りたまえ。では、ジン様、お先に失礼します」

 ローエンに続き、他のメンバーもシークに一言言ってから部屋を出て行った。

「で、何か僕に言いたい事があるってフラグマから聞いたけど……」

 メンバーが退室して三人になった部屋で、ジンが早速シークに話しかける。

「ああ、フラグマから聞いたと思うが……、死を纏った怪物がいた」
「うん、ヒツジよりも強いって聞いたんだけど……」
「神憑級と私は聞いたのだけど……寝ぼけてたんじゃないの?」
「だったらよかったんだけどな」

 ジンは信じているみたいだが、ヒツジは懐疑的だ。逆の立場で、ヒツジが同じことを言っていたらシークも疑う。そのあっさりした切り返しにヒツジは沈黙で先を促す。

「どうすんだ、義兄さん。しかも奈落山に義兄さんの正体とか俺の正体とか色々バレてんぞ。ヴェリエールの情報封鎖ってそんなザルだったのか?」

 ジンはヘリオス内でも重要人物にしか知られていない。存在は知られていても、顔と名前まで知っている人間はヘリオス国内でもほとんどいないのだ。
それにもかかわらず他国の人間に存在や周りの関係が身バレをしている。ジンの安全を考えればここで中退を促すべきだろう。
しかし、ジンはそれを聞き、大笑いする。

「いやいやそんなことはないよ。彼らは本当に優秀な人達だ」
「だが、実際漏れているだろうが」
「漏れているのではなくて漏らしているんだよ」
「は?」
「さて! じゃあ僕達も授業に向かおう!」

 シークが聞き返そうとすると露骨に話をそらされてしまう。こういう時のジンは突き詰めても話さない。

「はぁ、何かあったら言えよ」
「ありがとう。そのときはよろしく頼むよ」

 だから、シークはそう言うしかなかった。

「ノーリミットアビリティ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く