ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

第16話 勝敗と不服


それから暫くして、砂煙が晴れる。
そそて表れたのは地面に倒れたシークとその首筋に木刀を押し付けた奈落山だった。

次の瞬間、その光景を見ていた生徒達から歓声が湧き起こる。それはシークに対するエールと奈落山に対する賞賛の声だった。

「惜しかったな、シーク!」
「さすが奈落山!」

そう言った声があちこちから聞こえる。
しかし、それも勝敗がついたはずなのに未だ動かない二人を見て急速に鎮まっていく。
そんな中、奈落山の声がポツリと呟く。

「一体いつからこの手を考えていたの?」

しばらくの沈黙の後、奈落山がシークに問いかける。

「お前の能力が空間系で空振だとわかった時からだ」
「これが?」

奈落山が自身の身体についているものを指す。
糸だった。それも一本や二本ではない。大量の糸が奈落山の身体中に複雑に絡み合っていた。
もちろん普通の糸でもなければ偶然でもない。
意図的にシークが絡ませたものだった。
点ではなく線で。
線で無理なら面で。
面に限りなく近づけるように蜘蛛の糸もより複雑に奈落山に絡み付いていた。
一見すると、奈落山はその拘束で動けなくなり、戦闘続行不能で敗北したように見える。

「だけど私はここまで読んでいたよ」

奈落山を拘束しているはずの糸には緩みがあった。何故かシークが糸を緩めてもいないのに奈落山が手を動かせるくらいの自由度があるのだ。

「シークが私の木刀を腹で受けた時、普通ならシークが吹き飛ぶよね。けど私が弾かれた。それでシークは地面に自分を縫い付けているんだなって思っていたんだよ。だから可能性は頭に入れていたんだけど……」

重量としてはシークの方が少し重いだろう。
シークが攻撃を受けた時、奈落山は地に足をしっかりつけ、最大の力を振り絞って下からの薙ぎ払いを入れた。
たとえ糸の鎧でダメージがゼロだったとしてもシークは吹き飛ぶはずだ。
しかし、結果としてシークはまるでそびえ立つ木の如く、その場から全く動くことはなかった。
奈落山はその並外れた戦闘センスから、答えは地面にあると辿り着き常に注意を怠らなかった。
事実、辺りの地面をよく見ると、所々に小さな亀裂が入っている。
奈落山が地面の空間を振動させて亀裂を入れ、アンカーの役割をしていた糸を緩ませたのだ。
線で無理なら面で。それは当然の帰結であり、シークが点と線である糸を限りなく面に近づけてくるのも分かっていた。
だからこそ、今の奈落山の手足はシークにとどめを刺すだけの自由がある。
これでは勝者は変わらないはずだ。

だが、シークの不敵な笑みを変わらない。

「もちろん……」

奈落山の木刀を横目で見やる。

「ここまでだ」

奈落山の木刀から何か小さいものが落ち続けていた。ポロポロと落ちるそれは木の欠片。
次の瞬間、奈落山の木刀に強烈なヒビが入り、音を立てて崩れる。
それを確認したシークは呟く。

「普段から良い木刀を使っていると気付かないよな。武器の耐久度、頭から抜けていたろ?」
「……」

 シークは列車内で奈落山の木刀を見ていたし、実際に触らせてもらっていた。
奈落山が普段、訓練で使っている木刀は奈落山絶専用に素材から刀身の反り具合まで、奈落山の能力を計算して作られた一級品である。

ところが今回、奈落山が使用しているのは全生徒が使えるような汎用性の高さが売りの、しかも使い回された普通の木刀。
 普段の奈落山の木刀や真剣と同じような使い方をしていれば、それらより圧倒的に耐久度の低い木刀が壊れてしまうのは当然であろう。
シークの目は、木刀が壊れる境目を正確に見抜いて見せたのだ。

「そうか……こういう落とし穴もあるんだね。一つ学んだよ」

 手の中から零れ落ちていく木刀の欠片を一気に開放しながら呟いた。

「奈落山絶、武器損壊。この戦い、シーク・トトの勝利とする」

 それをみたフラグマが勝者の名前を高らかに叫んだ。まさかの結末に生徒達からは驚きと賞賛の声が出てくる。
シークも溜息を一つ吐いて、気持ちを落ち着かせるために一度、目を閉じる。各々が今まで固唾を呑んで見守っていた分を吐き出すように騒いでいる。

「やっぱり……悔しいな」

そんな中、その小さな呟きだけはシークの耳にはっきりと届いた。

「えっ……」

 空耳かと思い、目を開けて奈落山を見る。目を開けた先には、瞼をきつく閉じ下唇をギュッと噛む奈落山がいた。普段、少し大人びていてさっぱりしている奈落山が、初めて見せた年相応の悔しそうな顔。

「ふぅ……」

 それは一瞬のことで、息を一つ吐いた彼女の表情には既にその面影は綺麗さっぱりなくなっていた。
そして、その顔に穏やかな笑みを浮かべるとシークに近付いていき、手を差し出す。

「やっぱり高いね。同年代に目標にできる人がいて嬉しいよ」

 手を差し伸べた奈落山に対する喧騒が一層に激しくなる中、それらを無視して奈落山は言った。シークはその行動と言葉に、苦笑いが出る。

「お前のその思い切りの良さを俺は見習いたいよ」
「あっはっはっは、私のこれは元からの性格だからね。シークはそのままでいいと思うよ」
「……」

 奈落山の言葉に頬を掻くと、そのまま奈落山の手を握る。

「うん……うん!」
「?」

 何故か凄い嬉しそうに二度頷いていた。シークにはその意図が分からず疑問に思うが、聞くほどの事ではない。というかどう聞けばいいか分からない。
だからそのまま手を離した。

「あ……」
「どうした?」
「い、いや、何でもないよ!」
「そうか?」

 名残惜しそうにしながら手を戻す奈落山を不思議に思いながらも、シークは生徒達の元へと戻っていく。
シークに待っていたのは生徒達の称賛の嵐だった。
奈落山の名は伊達ではなく、名前に見合うだけの実力があった。
それでもなおシークはその上を行く。ここにいる全員が力自慢の強者だ。自分以上の強さを持つシークに敬意を表さない者はいない。
ただ一人を除いて……。
呼びかけてくる声を軽い会釈と控えめに手を上げて応えていたシークに、真っ直ぐ近付いてくる影が一つ。

「相手を倒したわけでもなく、寸止めをしたわけでもない。ただ逃げ続けて武器破壊を待つなどという中途半端な勝ち方をして、いいご身分だな」
「ん?」

 後ろから聞こえてきた剣呑な声に振り返ると、何故か怒っているシャーリーがいた。

(え、何でこいつは怒っているんだ?)

 侮辱された怒りより、シャーリーが自分に敵意を向けてくる事に対する疑問の方が大きい。

「あー、俺はルール通りに従っただけだが?」

 何となく無駄な気がしたが、一応反論と言うよりは正論を述べてみる。
だが、シャーリーはそれを鼻で笑い飛ばした。

「腑抜けた考えだな。何時如何なる時でも戦いとなれば最善を尽くすべきだろ? それとも何か? 武器破壊などという結果が貴様の最善なのか?」
「……」

 シャーリーの言っていることは何となく分かる。実戦では武器を破壊したとしてもまだ戦える。
シークとてこれが実戦ならば武器破壊で終わらせなどはせず、完全に相手が無力化されるまで徹底的に叩き潰すくらいのことはする。
 しかしこれは模擬戦だ。即ちシャーリーの言っていることは明らかに言いがかりに過ぎない。

「……結局何が言いたいんだ?」
「何が言いたいか、だと?」

 素直に詳細を聞こうとしたシークだったが、それを口にしたら突如としてシャーリーはその表情を一変させ、敵意以上の怒りをぶつけてきた。

「ならはっきり言ってやる! 何故本気を出さない!」
「あ? 俺が手を抜いていたように見えたのか? そんなつもりはなかったが……」
「手を抜いていただろう!」

 なおも食い下がってくるシャーリーだが、シークには本気で何のことだが分からない。

「いや、抜いてないが……。あれが俺にとってあらゆる可能性を吟味した上での最善だ。他の奴からどう見えていたのかは知らないが、少なくともさっきの歓声はふざけた奴におくられるようなもんじゃなかったと思うぜ?」
「では……お前の本気はその程度なのか?」

 シャーリーが愕然としたように呟く。

「……」

 シークは沈黙する。
 意味が分からない。自分にとってこの勝ち方はルールー上の勝利として最善だった。見ている人間を愕然とさせるほど酷い戦いでもなかったはずだ。
確かに能力を大々的に使った派手な戦いではなかったが、もしかしてそのことを言っているのだろうか。

「あー、シャーリー。もしお前らの戦いのようなドンパチした派手な戦いを……」
「そうではない! そうではないんだ……」

 最後まで言えず、否定されたシークはますます困る。一方でシャーリーは何故か意気消沈している。

「シャーリー!」

 シャーリーの後ろからその美しい表情は戦闘後ということもあって興奮して赤くなり、額に皺が寄せた奈落山がいた。シャーリーもゆっくりと振り返る。

「幾ら私でもその言葉は流石に許せないよ? 今すぐシークに謝罪なよ。さもなければ私が君を無理やり謝罪させる」

 シークの見立てではシャーリーと奈落山の力はほぼ拮抗している。奈落山の方が若干強いくらいだが、誤差の範囲だ。

「では貴女に問おう」

 意気消沈したシャーリーが静かに奈落山に問いかける。

「シークは貴女が納得するだけの実力だったか?」
「当たり前だよ。シークは強かった。私はもちろんここにいる誰もシークには勝てない。もちろんシャーリー、君もね」
「……お前は、何も分かっていない」

 シャーリーは奈落山を軽蔑するような瞳で吐き捨てるように言った。

(まずい!)
「シャーリー!」

 奈落山が激昂して一歩前に出るのとシークが糸を飛ばして奈落山をその場に縫い付けるのは同じだった。

「奈落山、落ち着けって」
「シーク、止めるな! シャーリーは言っちゃいけないことを言った!」
「分かってる。だからいったん落ち着け」

 シークは人生で喧嘩の仲裁をしたことなど一度もない。だから、か細い知識の中から、とりあえず落ち着かせることが優先だと判断する。そこまでは分かっている。
しかしながら、残念なことにシークは興奮している人間を落ち着かせる方法も知らないのだ。

(やべぇ……)

 自分の知識の乏しさを恨みながら、何とか目の前の状況を纏めようと頭を働かせる。
糸で奈落山の足を止めるのも限界がある。周りの生徒もおろおろしている。フラグマもどうすればいいのか分からないという顔をして困り果てている。
 そんな中、救いの声が聞こえてきた。

「シャーリー・ホロウ!」

 そろそろ、シークが奈落山を抑えきれなくなっていたとき、横から舞華が昇華と珊瑚を連れて近付いて来た。シャーリーもそちらを見る。三人はシャーリーの前で立ち止まると、舞華がシャーリーを睨みつけながら怒鳴る。

「シャーリー・ホロウ! シーク・トトと奈落山絶の戦いは紛う事なき強者の者であった。お前とてそれが分からないわけでないだろう。自分が最強で在りたいという心意気はかう! だが、だからと言って他者を貶める行為はこの牙條院舞華が許さん!」

 舞華が木刀をシャーリーに突きつけながら宣言する。

「二人に謝罪しろ。シークには侮辱したこと。そして奈落山には見下したことを。さもなくばホロウの名が泣くぞ!」

 家名を出されたシャーリーは、ハッと我に返った。今、自分が誰を敵に回そうとしているのかを思い出したみたいだ。
一度固く目を瞑ると、奈落山の方に向き直り、頭を下げる。

「貴殿は私よりも強く、その強さに見合うだけの努力が垣間見える戦いであった。それを貶めたこと、深く反省する。大変申し訳なかった」
「……私は別にいい」

 奈落山は小さくそう呟く。彼女の怒りはまだ収まっていない。
 ゆっくりと頭を上げたシャーリーは、今度はシークの方へと近付いてくる。そのままシークの前で止まると、その目を真っ直ぐに見つめてくる。
シークは目を真っ直ぐに見つめられ、たじろいでしまう。だが、そのことがシャーリーには気に食わなかったらしい。
 その顔はみるみる怒りの表情に変え、憎悪に満ちた表情でシークを睨みつける。そして、俯くとぼそりと呟く。

「……めない」

 心の底から搾り出したような声だった。沸々と沸きあがる激情をシークに爆発させる。

「認めない! 私はお前なんか認めない! お前のような奴に私の研鑽の日々を無駄にされてなるものか!」
「ホロウ!」
「シャーリー!」

 舞華と奈落山の声が届く事なく、彼女は走って教室へと向かってしまった。
 その時、ちょうど授業終了のチャイムが鳴る。

「んー、ゴフン、あー授業はこれで終わりだ。勝った者も負けた者も研鑽を忘れぬように! では解散!」

 複雑な空気で終わった初回授業を無理やり終わらせたフラグマは、後片付けに入る。
生徒達もそれに乗じて、せっせと逃げるように帰りの準備に入っている。

(誰か一緒に俺を連れて行ってくれ……)

 心の底から頼む。その願いは当然誰かに届くことはない。

「はぁ……」

 溜息を一つ吐いて、奈落山達に近付いていく。
 奈落山は未だ興奮冷めやならぬといった感じで怒っている。既に奈落山を縛っていた糸は外してある。
それでも奈落山が動かないのは、シークが怒っていないからに他ならない。

「あーなんだ。お前ら、俺を庇ってくれてサンキューな」

 何を言っていいのか分からなかったシークは、素直な気持ちを告げる。
 居た堪れなくなった奈落山は泣きそうな表情になり手を伸ばし、シークの服の襟を掴む。

「シークは……シークはあそこまで言われて悔しくないのかい? 何でそんな平然としていられるんだい? 私は……悔しいよ。シークがあんな風に侮辱されて堪らなく悔しい」

 シークは服の襟を掴まれたことには驚かず、穏やかな声で返答する。

「悔しいよ。全くとして平然としているわけでもない」
「なら……」

 顔を近付けて迫ってくる奈落山を手で押しとどめ、続きを口にする。

「俺以上にお前が怒ったからな。ここまでされて俺が一緒に怒るわけにもいかんだろ」

 ハッとした奈落山は、目を落としその勢いを急激に下げていく。

「……ごめん」
「ははは、なんでお前が謝るんだよ。さっきも言ったろ? 怒ってくれたことには感謝してるって」
「私が怒ったから君が怒れなかったんだろ?」
「いやいや方便だから。重要なのは俺がお前に感謝しているって事だけだ」
「けど……私は結局何もできなかった……」

 奈落山は自分が場を乱しただけのことに責任を感じているようだ。

「いや、本当に何もしなかったのはお前じゃない。なぁフラグマ先生?」

後片付けをしてさっさと帰ろうとしていたフラグマに呼びかける。
当のフラグマはびくりと肩を震わせて立ち止まる。捕食者に捕まった獲物のようにビクつくフラグマに近付いていき、その横腹をどつく。

「おう、フラグマ先生よぉ。見て見ぬ振りしてんなよ、お? 生徒同士の争いの仲裁も先生の仕事の一つだろ?」
「ぐっ……」

 シークは強気だ。なにせ、シークがここに来るまでにしていた訓練の先生は他でもないフラグマだった。ジンの家に行って数年、毎日ぼろぼろになるまでしごかれてきた恨みをこれでもかと言うほどぶつける。

「なぁ、俺、困ってたんだぜ? 見て分からなかったか、お?」

 絡み方が完全にチンピラだった。
 しかし次の瞬間、フラグマがシークの首に腕を回す。そのままシークの首を絞めるのかと思いきや、シークにしか聞こえない小さい声で言い訳を始めた。

「妻から女子同士の喧嘩には絶対に首を突っ込むなって言われているのだ」
「は?」

 突然の情けない言い訳に、シークの怒りも萎えてくる。

「女子同士の言い争いに男が介入しても絶対にいい方向に転がることはないから黙って見ていろ、と妻が言っていた。実際、今の言い合いに私が介入してどうにかなると思うか?」
「それを何とかするのが教師だろ。俺のときみたいに拳骨の一つでも落とせばよかっただろ?」
「彼女が私の弟子ならば私も容赦はしない。しかしここは学校だ。生徒を殴ったりすれば私は明日から職を失う。それはまずいのだ」

 最後の言葉にシークも沈黙せざるを得ない。

「……やっぱ命令か?」
「この私が好きであの方のお傍を離れるわけなかろう」

 その言葉には悲痛な叫びがあった。

「……ちっ」

 シークは舌打ちをする。フラグマがここにいるのがジンかコルトの命令だった場合、ジンの護衛として横にいるシークにとっても遠まわしな命令だ。フラグマが命令でここにいるならば、その命令を遂行できるようにするのもまた、シークの仕事となる。

「わかったよ」

 納得はいかないが、悪評が廻ってクビになられても困る。しかも一因として自分がいればなおさらだ。シークの言葉にフラグマは嬉しそうな表情をしてシークの肩を強めに握る。

「そうか! 分かってくれたか!」
「ああ、上の命令なら仕方ないだろ。シャーリーの件はこっちでやる……」
「頼む!」
「あ、待て!」

 そう言って離れようとしたフラグマを引き止める。

「ミゼラブルって名前に憶えはないか? この学校の生徒か、もしくはそうじゃないかもしれない」
「ミゼラブル……、記憶にはないがその娘がどうかしたのか?」

 やはりフラグマも知らなかった。そのことに少し落胆しながらも注意喚起をする。

「もしかしたらそいつは、ジンの命を狙っているかもしれない」
「何?」

 一瞬で先ほどまでの情けない顔から、一流のボディーガードの顔つきへと変化する。

「そいつはもしかしたらジンを殺せるかもしれない。そして恐らく……ヒツジよりも強い」
「ヒツジより? つまりお前はそいつが十神級だと本気で言っているのだな?」
「ああ、本気だ」

 これが赤の他人の話ならばそんな馬鹿なと一笑に付したかも知れない。
しかし、その言葉を言っているのがこの数年間、十神の一人の傍にずっと居た人間であれば話は変わってくる。
酒場の親父ならばあり得ないと笑う。十神は例外なく全能力者で最強。負けるはずがないと。
だが、同じように笑っていられるほど、彼らが守っている者は軽くないのだ。

「了解した。他の者への注意喚起は私からやっておこう。では、そろそろ怪しまれる。お前は戻れ」

 既に遅すぎるほどに遅いが、いまシークを待っているのは国でも重要な役割に就く親を持つ子どもだ。少し話せば納得してもらえるだろう。

「分かった。じゃあよろしく頼む」
「シークもな」

 フラグマは校舎へと、シークは奈落山の下へとそれぞれ戻っていった。

「待たせて悪かったな」
「私は全然構わないよ」
「ああ」

 奈落山達が頷いたのを見て、

「お前達もそうだが……防蔓も」

 シークは四人とは別の方向を向く。
そこには、指をもじもじとさせ、自分がどうすればいいのか分からずおろおろとしている癒雲木防蔓が立っていた。

「悪いな。こんな争いの現場を見せて」
「いいいいえいえ、ぼ、僕の方こそ何もできなて……奈落山さんみたいに」
「ははは、場を掻き乱さなかっただけ上出来だ」
「それは遠まわしに私を非難しているのかい?」

 その言葉に、シークはまた笑う。

「ははは、あててて……」

 笑った拍子に脇腹が痛くなった。

「だ、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫」

 心配して診て来ようとする奈落山を手で制する。
恐らく、奈落山の瞬間移動に対処しようと反射的に身体を捻ったとき、無理をしていたのだろう。
どっしりと前を向き、奈落山の強烈な一撃に対処しようと構えていた筋肉を、動く準備をさせることなく無理やり回転させたので、それによる負荷が今頃やってきた。
 触ることのできない筋肉の内側と背骨に少し痛みを感じる。

「本当に大丈夫かい? 保健室まで一緒に行くよ?」
「いや、本当に大丈夫。準備運動もせずに無理やり筋肉を動かしたから少し筋を痛めただけ」

 因みに奈落山は、シークが欠伸をしていた時にその隣できちんと済ましていた。
シークの面倒くさがりな性格が裏目に出た。脇腹を擦りながらシークは五人に見回す。

「じゃあ、とにかくそういうことだから。舞華達はサンキューな。初日から色々あったがこれから七年、よろしく」

 シークは心臓の横、そこにある超能力者にしかない特殊な器官に右手を当てて挨拶をする。
 これが超能力者の基本的な挨拶だ。
舞華達はそれを暫くジッと眺め、次に奈落山と防蔓を見る。

「……そうだな。とりあえずはそれでいいだろう。だが……」

 舞華は手を差し出す。

「挨拶はこっちで、だ」
「お前……! いつの間に挨拶で握手をすることが当たり前になったんだ?」

 彼女達がシークに常識を崩されるように、シークも彼女達によって常識を崩されていた。

「と、いうと?」
「奈落山は会って二日で握手したぞ」
「会って二日?」
「ああ、早すぎだよな?」

 問いかけるシークを横目に、舞華が奈落山に向かってニヤリと笑う。

「二日……か。いや、遅くないと思うぞ。寧ろ遅いくらいだ」
「は? え、あれ、おかしいなー……」

 シークが頭を抱えて悩みだす。一方で、奈落山達は熾烈な女の戦いを繰り広げていた。

「そうだね、シーク。ちょっと私が迂闊だったよ。二日は流石に早かったね。だからこれからは最低でも三日は待つべきだと思うよ」
「いやいや、本来ならばそうだが、私はあの牙條院だ。身元もしっかりとしている。もちろん私の方は問題ないぞ。目の前でシークの強さと誠実さは拝見させてもらったからな」
「いやいや問題大有りだと思うなー。たった一日で握手するぐらい相手を信頼しちゃうなんて」
「兵は拙速を尊ぶとも言うだろう? まごまご迷うよりも急いだ方がより早く信頼関係を結んだ方がいいと思っての判断だが?」
「その例えは戦の場合だよね? 急いては事を仕損じるって言葉もあるよ? 意味は言うまでもないよね?」

 二人の言い合いに呆れたシークは頭を上げ、脇腹を押さえながら仲介に入る。

「お前ら、いてて、こんな所でことわざの知識勝負するな。防蔓、悪いが先に帰ってレイン達に昼食は先に食っていいって言っといてくれ。奈落山、悪いが弁当を一つ、保健室まで頼むわ」

 四時間目が終わり次は昼食の時間。学内にある食堂でお弁当も作ってくれる。今日の授業はこれで終了しているため、少し遅れても問題ないはずだ。

「舞華、せっかく手を差し出してくれたのに悪いな。脇腹の痛みが酷くなりそうだから俺はもう戻らせてもらうよ」

 舞華もその言葉を聞き、素直に手を下げ晴れ晴れした笑顔で首を振る。

「いや、こちらこそ怪我人に無理を言ってすまなかった。許してほしい」
「構わんよ。じゃ、奈落山、防蔓、行こうか」
「はい!」
「うん」

 シークは脇腹を擦りながら背中を向けて歩き、奈落山は素直に頷いてシークの横に付いて行く。舞華達が見えなくなった頃に、奈落山が聞いてくる。

「で、なんで彼女と握手しなかったんだい?」
「ん? そんなもん決まってるだろ」

 俺が彼女らを信用できなかったからさ。そうシークは言った。

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