ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

第17話 ゴミと残飯と貴族の料理

 次の日、いつも通り支度を終え食堂に行くと、彼方此方からヒソヒソ話が聞こえた。

「ねぇ聞いた? 昨日、あのホロウ家が自分より強い生徒にいちゃもんをつけたって話」
「聞いた聞いた。コキノス組一年生で一番強い人に不正したとか言って侮辱した話でしょ?」
「周りの注意も聞かずに尊大な態度で帰っていったらしいわ」
「あり得ないわよね」
「ねー」

 シークの耳はそれらの囁きの幾つかを拾う。どうやら昨日の揉め事が一年生の間で広まってしまったらしい。

「なぁ、周りの奴らは何の噂をしてるんだ?」

 当事者だったシークとすぐ横で現場を見ていた防蔓は何のことかすぐに分かる。
しかし、四時間目のあと昼食を食べて、すぐ部屋に戻った二人には何のことだか分からない。

「座ったら話すよ……っと、いた」

 朝食を貰ったあと、奈落山が恐らく席を取っといてくれるだろうとその姿を捜すと、やはり奈落山は四人分の席を確保してくれていた。
昨日の昼と夜は保健室で奈落山の持ってきてくれたお弁当を食べたので、今日が二日ぶりの食堂での食事となる。
今日は二日前と違うところが二つ。まず一つ目、シャーリーがいないこと。これは仕方がない。昨日の今日で仲良くするのは難しいだろうから。そして二つ目が……。

「やあ、おはようシーク。レイン。アルト。防蔓」
「おはよう」
「おはようございます」

 舞華と昇華が奈落山の横にいることだ。

「おはようって……何でここに二人がいるんだ?」
「ああ、言ってなかったか? 私達はルームメイトだ」
(聞いてない!)

 そう内心で叫ぶシーク。それが顔に出ていたのだろう。舞華は苦笑し、昇華はお淑やかに笑う。

「私達は二日前も彼女の横にいたんだがね……」
「ふふふ」

 全く気がついていなかったシークは驚きながらも慌てて謝罪する。

「え、マジか。すまん、気付かなかった」
「そう言うことを素直に言うのはよくないよ、シーク」
「ああ、そうなのか? とにかく悪かったよ」

 遠まわしに、横にいても舞華達が目に入らなかったと言っているのに等しい。

「おい、こっちの質問を無視してそっちとばかり話すな」

 前に座っているレインが話を戻してくる。

「ん? ああ、実は……」

 シークは昨日の顛末を説明する。

「んでまあ、俺ら、コキノス組で一番強いグループだったらしいんだわ」
「ああ、それ俺も言われた。真ん中よりもちょっと上だって。はっはっは」

 途中で口を挟んだレインが自分で言って自分で笑っている。

「笑っていいのか分からねぇよ。とにかく話を戻すぞ」
「ああ、めんごめんご。で、どうした?」
「ん、それで先生は断言しなかったんだが、まあなんだ。コキノス組一年で一番強いのが……まあ、なんだ。うん」
「シークだね。私とシークが戦って、シークが勝ったよ」

 自慢をしているみたいで少し言い辛かったのだが、横の奈落山がはっきり答える。それをきいたレインが驚いて立ち上がる。

「はぁ? お前、奈落山……」
「静かにしろ」

 シークは唇に指を押し当てて静かに、のジェスチャーをする。

「騒ぐんじゃねぇよ。無駄になんか凄い能力者だ、みたいな視線に晒されるだろうが」

 強者は爆発などといった目に見える派手な攻撃を得意とする、と勘違いしている人間が偶にいるのだ。
だが、シークの能力は限りなく細く見え辛い、糸。寧ろ見えないことに意味がある。あまり期待されても困るのだ。
昨日、シャーリーもその類では、と思っての質問だったのだが、違ったようだ。

「遅かれ早かれすぐにばれると思うけど……」

 奈落山がそう呟いた瞬間、食堂のドアが勢いよく開かれる。

「一年の諸君、お食事中失礼する! ドバイ・ローエンだ。昨日、四限目の模擬戦にてフラグマ教員の授業を受講したシーク・トトという生徒を捜している。該当する生徒、もしくは知っている生徒がいれば教えてほしい!」

 突然のローエンの登場に生徒達は一瞬だけ静まるも、すぐに天井が爆発するような騒ぎとなる。
新入生歓迎会の勧誘をしたローエンの名前と顔、そして彼が今年の闘技会のリーダーであることを知らない者はいない。
彼がシークを捜している理由は彼の役職から考えればすぐに分かるだろう。

「シーク、呼ばれてるよ」

 奈落山が声を掛ける。
しかし、当のシークはドアの方を振り向きもせず、ただ黙々と目の前の魚をナイフとフォークで突っついていた。

「……うまっ」
「シ、シーク君、こっちに近付いてくるよ」

 そちらをおどおどしながら見ている防蔓が、ちらりとも視線を向けないシークに情報を伝えてくる。

「下を向いておけ。どうせ分からん。誰も俺のことを知らないんだからな」
「だ、だけど、ずっとこっちを見てるよ」
「偶然だ。気にする必要は……あ? 何の用だ?」

 更に魚の頭を攻めようとしていたシークの手が、覚えのある気配を感じて止まる。彼女も闘技会のメンバーだった。

「シーク、聞こえなかったの? ローエン先輩が貴方を呼んでいたわよね?」

 シークは名前を言われ仕方なくそちらを見やる。
 闘技会メンバーで若きエースと紹介されたヒツジが真っ直ぐに向かった先で、シークの名前を口にした。
もう誤魔化しようがない。
周りの生徒達も件のシークが誰かを完全に特定しまい、静かな囁きが辺り一帯を充満して行く。シークはたった二日で面倒ごとが重なる現実に少しだけ苛立ちを感じながら返事をした。

「面倒事は御免なんだよ、ヒツジ」
「いいから来なさい。話があるわ」

 ヒツジは有無を言わせぬ態度でそう伝えると、さっさとドアの方へと向かってしまった。

「……これ、うめぇ」
「い、行かなくていいの?」
「俺、行くなんて一言も言ってねぇし」

 思春期特有の反骨精神を武器に、シークはその場に留まることを選択した。
しかし、そのすぐ後、寮内アナウンスが流れる。

「生徒の呼び出しをします。四年前まで、出される食事を秘密裏に蓄えていた一年生のシーク・トト君、三十五階会議室までお越しください。来ない場合、一分毎に貴方の恥ずかしい過去を暴露します」
「あんの、くそ女ぁ!」

 机を叩いて立ち上がりながら激昂する。
 シークはヴァリエール家に連れて行かれた当初、こんなうまい話はないと疑っていた。
だから、いつそこを追い出されてもいいように日持ちする食べ物を事あるごとに盗んでは隠していた。更には、飾ってあった美術品をこっそりと盗んではお金に換える事までやっていた。
しかも、盗んで売り払ったはずの美術品が次の日には買い戻されて同じ場所においてあるのを見て、しめしめ、こいつら俺が盗んだことに気付いてないな、と鼻で笑っていたのだ。
暫くして、シークが裏路地で盗品を売り払っていた骨董品店の店主が実はジンの変装した姿だったと知った時は天地がひっくり返るほど驚いたものだ。
今のシークからすれば思い出すだけで顔から火が噴き出すほど恥ずかしい過去。

「ぶっ殺す!」

 シークは殺意を抱きながら猛ダッシュして食堂を飛び出した。
 そして、外から糸を使って外壁を三十五階分よじ登ると、開いている窓から中に入る。そのままの勢いで会議室のドアを蹴り開けた。

「ざけんなよてめぇら!」
「あら、早かったわね」
「外から登ってきたんだよ!」

 会議室内には、既に闘技会のメンバーがヒツジも含めて五人いた。

「来たか。君の秘密なら気にするな。ここにいる者達はそんなことは気にしない」
「あんたらはな! 他の奴らは気にするだろうが!」
「それも問題ない。一年最強となった君を表立って侮辱する愚か者はいないだろうからな」
「……いるんだよ、それが」
「ほぉ?」

 シャーリーの顔を思い出して、興奮していた頭が急激に冷めていく。

「では言い直そう。ほとんどいない。少なくとも君がその者よりも強い限り、君を助ける側の方が多数側であろう。この学校では強いと言うことはそれだけ優遇されるのだ」
「そうか……」

 これは神憑達が世界で最も強いことから起因する。神憑の中で最弱の者ですら、一流の能力者千人を相手に、圧倒できるほどの力を持つ。事実、カオスにいる神憑の一人は革命を謳った反乱軍一万人を相手に、たった一人で一方的に虐殺した。
更には、強い能力者は大抵国の要職に就いている者が多く、将来的なエリートになる可能性が高い。

このことから、ここセントラルにおいても、必然的に生徒の強さ順のヒエラルキーが存在してしまう。それは、出身や家柄を差し置いても優先されるものだった。
そして現在、暫定的に一年コキノス組のヒエラルキーの頂点に君臨しているのがシークであった。

(面倒くさくなりそうな予感しかない)

 フラグマがあんな事を宣言してしまったせいで、いつの間にかシークはコキノス組の一年で最強と噂されるようになってしまった。
目の前にその噂に更に拍車をかけようとしている人間がいる。

「私からも一つ、気になったことを聞いてもいいか?」
「ああ」

 シークの苗字に名前に心当たりがないことか、それともシークの出身か。あるいはヒツジとの関係性か。どれにしても答えは準備してきている。
ローエンが息を吸い込むと、重々しく口を開く。

「昔、日持ちする食べ物を盗んでいたとのことだが、それを盗むくらいなら宝石類の一つでも盗んだ方がよかったのではないか?」
「その話、ぶりかえすのかよ!」
「いやすまない。気になったものでな。で、何故だ?」

 予想外の質問に、また恥ずかしい記憶が蘇ってくる。ローエンは構わず質問をしてくる。

「……俺が今まで食べてきた物とは比べ物にならないくらい美味い飯だったからだよ」

 ジトリとした目でぽつぽつと白状する。

「美味い飯のためなら金に糸目をつけないって言っていた、俺が元々住んでいた地域の貴族の台所で盗んだ残飯の百倍は美味かった」

 冗談でも誇張でもない。
シークは孤児時代、能力のおかげもあり、食べるのには困っていなかった。お腹がすいたら露店から果物なんかを盗めばいい。
それでも決して恵まれた生活ではなかった為、最初は胃に入れば何でもよかった。

しかしある時、自分の前を通りがかった見たこともないほど太った男を見て、美味いご飯、というものに興味を持ってしまった。
自分の食べているこれとどれくらい違うのだろうか、と。早速、能力を使ってその男の館に忍び込み、残飯を盗んで食べた。そして、世の中にはこんな美味しい物があるのか、と。
今まで俺が食べてきたものは何だったのか、と、衝撃を受けたのを覚えている。

だが、ヴァリエール家で出された食事はそれすら一瞬で霞ませるほどの料理だった。

「惜しかったんだよ。飯がな」

 自嘲気味に笑う。冷静に考えれば宝石類を盗んだ方がいいに決まっている。
しかし、当時七歳だったシークにとっては、価値のわからない宝石類よりも目先の上手い飯のほうがよっぽど重要だったのだ。

「というわけだ。ご納得いただけたか」
「ああ、嫌な記憶を思い出させて悪かったな」

 シークは無言で肩をすくめる。

「では、本題に入ろう」

 いつの間にかシークの剣呑な雰囲気も消えていた。もしかしたらローエンの狙いはそこだったのかもしれない。

「もう分かると思うが、今ここには闘技会の現メンバーが勢揃いしている」
「ああ……ん? 全員?」

 新入生歓迎会の時は、ヒツジが闘技会のメンバーであったことが衝撃的で、そちらにばかり意識を向けていた。だが、おぼろげではあるが確か闘技会のメンバーは六人だったはずだ。一人足りない。

「そうだ、一人足りないのだ。実は昨日、彼は突然この学校を去った」

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