ノーリミットアビリティ

ノベルバユーザー202613

第4話 列車内で


「単刀直入に聞きたいのだけどそこ、空いているかな?」

 シークが荷物を置いたベッドの上段を指差してそう言った。

「えっ、ここ?」

 レインが驚いて自分の座っているベッドを指差してしまう。思春期の真っ只中の男子三人の部屋に、女子一人を招くのには抵抗がある。大して広くもない部屋を一日とはいえ一緒に寝泊りをするのだ。何をする気がなくとも気を使ってしまう。
 シークの躊躇を悟った少女も困った顔をする。

「上でも下でも私は構わないさ。乗車時間ぎりぎりに列車に乗ってしまってね……」

 少女がそう言うと同時に、列車内に汽笛の音が響き渡る。いつの間にか出発の時間になっていたらしい。

「空いていないのなら仕方がないのだけれど……、これから探すのは勘弁したいところだね、あっはっはっは」

そう言いながらも愉快そうに笑う少女。確かにここから空いているコンパートメントを探すのは至難の業であろう。シークはベッドを二つ占領するつもりはもちろんない。

「俺は構わないぞ。レインとアルトはどうだ?」
「えっ……、いやまあ……一日だしまあいいか」
「僕も構いません」
「だそうだ。上、使ってもらって構わない」

 シークはベッドの少し端に移動して少女を招く。

「ありがとう」

 少女は感謝の言葉を述べ、シークの横に立ち自分が背負っていた荷物をベッドの上に置く。
 その瞬間、シークの鼻腔にふわりと女子特有の甘い香りがくすぐった。

「ん?この匂い……」

記憶に新しい匂いに、つい少し深く息を吸い込んでしまう。

「ん、どうしたんだい?」
「い、いやなんでもない」

少女がその様子に気付いてしまい、慌てて誤魔化す。

「そう?」

 嫌味のないまっさらな笑顔でそう言った少女は、暫定的にシークの物となっているはずのベッドに座る。

「それじゃあ自己紹介をしよう!」
「お、おう……」

(凄いコミュニケーション能力の高いやつだな……。俺、この女、苦手だわ)

 人にはパーソナルスペースと言うものがある。シークのそれは普通の人よりも広い。そこにあっさりと侵入してくる少女にシークは苦手意識を持つ。もちろんそれを表に出すほどシークは世間知らずではないのだが。

「では、私から……いや、すまない。私は最後でいいか?」

 少女は自分の名前を名乗ろうとして、止めてしまう。何か理由があるのだろうと察したレインが最初に名乗る。
「ん、構わないぞ。じゃあ俺から。一年、レイン・ジュゴスと言う。よろしく」
「初めまして、同じく一年のアルト・タウロスといいます。レインとは同郷になりますよろしくお願いします」

 レインとアルトは、それほど苦手意識は芽生えなかった様で先ほどのジンに名乗ったときよりも、よほど落ち着いていた。

「同じく一年、シーク・トト。よろしく」
「レイン君に、アルト君に、シーク君だね? うん、しっかり覚えたよ」

 シークは先程と同じようなあっさりとした挨拶をする。しかし、少女はそれを気にした様子もなく笑顔で一人一人の名前を言いながら頷く。

「では……。初めまして、私の名前は奈落山絶。君たちと同じ新入生だよ。あらためてよろしくお願いします」
「は?」
「ん……」
「え……」

奈落山が名乗ると、三者三様の反応をする。

「奈落山……だと?」

 シークが小さくそう呟く。

「ふふふ」

奈落山だけがその様子を見て小さく笑っている。

「あの奈落山、で間違いないんだよな?」
「私の知る限り有名な奈落山は一つしかないからそれで会っているなら、あの奈落山だ」

 奈落山はあっけからんと言うが、シーク達に走った衝撃はそんなあっさりしたものではすまなかった。

「は?!なんでヘリオスルートの列車にアネモニアの重鎮の一族がきてんだよ!」

 奈落山家。世界で最も有名な剣術の流派、絶刀流。世界中に道場があるその巨大な組織の総本山がある国こそがヘリオスの隣国、他国の情勢に対して不干渉を貫くアネモニア。
 アネモニアの現王は十神の一柱、雷神ブロンディを宿す神憑、武雷・ブロンディ・無動。
 その側近頭こそが絶刀流の総師範代、刀神・奈落山だ。すなわち、アネモニアの重鎮の一族ということになる。

「ちょうどヘリオスにいるときに入学式が近付いてきてしまってね。いやーまいったよ」
「……お前、嘘へたくそな」
「あっはっはっは」

 嘘が一瞬でばれたというのに、奈落山は豪快に笑っている。

「まあ、あながち嘘でもないよ。ヘリオスでやりたいことがあったのは事実だからね」
「へー、鎖国国家アネモニアの人間が他国に興味があるのか?」
「いやいや、アネモニアの人間が誰も他国に興味がないわけじゃないさ。私みたいにね」
「……」

 シークの険ある言い方にも、奈落山は気に留めた様子もなく笑顔のままだった。

「あっさり言い返されたな、シーク」
 レインがシークをニヤニヤしながら見ている。
「るっせー。……悪かった。試すようなマネをして」
「構わないさ。私も逆の立場だったら同じことを疑問に思うだろうからね」
「……お前、いい奴な」
「あっはっはっは、そう思うならこれから仲良くしてくれると嬉しいな。同じ学年の同じ組同士だから、ね」
「……」
「凄いな」
「同感だね」

 奈落山が積極的過ぎて、男三人は押されっぱなしだ。

「あー、それで奈落山は絶刀を受け継ぐのか?」

 絶刀流の名前の起源となっている神器の刀の名前だ。
 絶刀・空撃。
 絶刀流が代々受け継いでいる刀の名前だ。絶刀は四階位ある神器の第三階位に属している。
 しかし、それは誰しも受け継げるわけではない。神器には神が宿るといわれている。生まれながらの才能。神に選ばれる才能が必要なのだ。
それ故、大抵の場合は所有者の一族の中から選ばれるのだが、偶に他家の人間から継承者が見つかったり、継承者が見つからなかったりする。
神に選ばれたものを身内の者から出せなかった場合は、お家は断絶。これは絶刀に限らず、全神器に共通して言えることでもある。

そんな聞き辛い質問を平然とするところが、シークのコミュニケーション能力の低さを表していると言っていいだろう。
それでも、奈落山が少しでも答え辛そうにしたらすぐに引いて謝るつもりだった。
それで何とかなると思っているところがシークの……。(以下同文)

「いやいや、それは分からないよー。選ぶのは絶刀の方だからね」
「そうか……、そうだったな」

 軽い情報収集のつもりだったので、すぐに引く。

「けど……」

 奈落山は続ける。

「選ばれるといいな……」

 笑顔と共にそう呟く奈落山は、儚い花のように美しかった。

それからは奈落山の明るさもあり、場の雰囲気は和やかに進んだ。
しばらく四人で会話をしていると、またドアをノックする音が室内に響いた。

「あっと、どうぞ」

 レインが慌てて返事をする。

「車内販売です。何かご入用のものは御座いますか?」

 駅から学校まではノンストップで丸一日列車を走らせる必要がある。そのため列車内では前方の車両に売店の他に、ワゴン販売が朝食時と昼食時と夜食時に来る。列車の出発する時間帯によってそのどれかが来なかったりすることもある。

「買います」
「俺も」
「僕も」

 奈落山が立ち上がるのに釣られ、レインとアルトも立ち上がる。シークも無言で立ち上がり三人の一番後ろに立ち順番を待つ。
 シークが買ったのは弁当の中で一番高級だったステーキ弁当。奈落山が買ったのは、ヘリオスの一部地域で食されている和食弁当。アルトとレインは奈落山と同じ和食の弁当だが、その中でも懐石料理を詰め合わせた松花堂弁当を買った。

「ふーん、松花堂弁当なんていうものがあるんだな」

 弁当を全く買ったことがないシークにとって、松花堂弁当という物は珍しかった。

「うん、僕達も知らなかったよ。初めて見たから何となく買ってみたんだ」
「食への探究心か?」
「うーん、それとはちょっと違うけどね。珍しかったから」
「ふーん……」

 シークの質問に、アルトは苦笑しながら答える。

「シークはステーキ弁当か。夜にカロリー高いもの食べると太るぜ?」
「……カロリー気にして飯食べてたら美味しく食べれないぞ」
「はっはっは、違いない」

 レインはそういって笑うが、すぐに真面目な顔をしてシークに顔を近づける。

「なんだよ……」
「それ、美味しいか?」
「あ、このステーキか?」
「ああ」
「まあ、美味い……かな」

 ナイフで切るまでもなく歯で噛み千切れる程軟らかく、作って時間が経っているはずなのに未だ肉汁が溢れており、口に入れた瞬間、溶けるように旨みだけを残して消えていく。
 つまり……。

「よくあるステーキだな」
「そうは全く見えないんだが……」

 シークの常識がレインとアルトの常識とかけ離れているようだ。

「少し貰っていいか?」
「僕もいいかな?」
「ああ」

 レインとアルトはシークの弁当の中からステーキを一切れずつ貰うと口に入れる。

「う……」
「う?」

 レインが呻きとも取れる声を不思議に思ったシークが聞き返す。

「うぅ……」
「うっま――い!」
(うるせぇ……)

 レインが突然叫びだす。

「これは美味しいね」

 アルトも目を見開きながら頷く。

「そうか? 値段相応だったと思うぞ」

 シークの言葉は間違っておらず、この弁当も通常価格より値段を下げて提供しているわけではなく、むしろ少し高いくらいだ。
 レインの様子を見て気になったのか奈落山も横から顔を出して、弁当の中を覗き込んでくる。

「私も一枚貰ってもいいかい?」
「ん、お前もか? まあ、いいけど」

 女子が自分の弁当箱から食べ物を貰っていくことより、自分のステーキが減っていくことが気になってしまうお年頃だった。奈落山は自分のお弁当についていた箸で、ステーキを一切れ口に持っていく。
白い肌の中で唯一唇だけが鮮やかなほど赤く張りがあり、桜のように美しかった。肉のたれがこぼれないように手で支えながら、ゆっくりと小さな口の中に吸い込まれていく肉をシークはジッと見つめる。

「美味しいか?」

 口を手で隠しながら上品に食べる奈落山につい聞いてしまう。

「うん、美味しいよ」
「そうか……、それはよかった」

 気落ちしたようにそう呟いたシークを見て、その理由に気付いたらしい。奈落山は大笑いしながらシークの背中をバンバン叩く。

「あっはっはっは、肉一切れくらいでそんなに気を静めないでよ。ほら、私のお弁当分けてあげるからさ」

 奈落山は自分の和食弁当を見せる。今の時期が旬の野菜達が二十センチの正方形のお弁当箱を彩っており、十種類ほどのおかずと黒ゴマが少々かかっている白いご飯が入っていた。

「……じゃあ、これ」
「これだね? わかった」

 しばらく迷ってからシークが選んだのは今が旬の野菜ではなく卵焼きだった。だが、奈落山はそれに突っ込むことなく先ほどまで自分の口につけていた箸で卵焼きを掴むと、手を下に置きながらシークの口に持っていく。

「ほら、あーん」
「あーん」

 綺麗な焦げ目がついた黄色の軟らかい卵焼きがしーくの口の中に入れる。

「……ちょっと薄くないか?」

 濃い味の好きな方が多い年代真っ只中のシークは、卵焼きを食べた瞬間、不満を口にする。しかし、当然そう思わない者もいる。奈落山もその一人のようだ。

「そうかい? 私にはむしろ少し塩分が多い気がするが……。シークは濃い味に慣れすぎじゃない?」
「いや、ヘリオスならこれくらい当たり前だと思うぞ。アネモニアの料理は確か味が薄いって聞いたことがあるがそれじゃないか」
「うーん……」

 心当たりがあるのか奈落山が呻いている。

「因みに、セントラルの食事は基本的にヘリオスを基準にしているから今の内に慣れておくのが吉だぞ」
「何でだい? アネモニアの精進料理もなかなかだよ」

 ヘリオスの料理が出されると聞いて、何か不満があるのか奈落山がムッとして聞き返す。

「確か、アネモニアの食事は量も少なくて味が薄いから無しってことになったって聞いている。そうすると生徒達、特にヘリオス人の生徒が濃い味を求めて間食が増えるからな。量と味がしっかりしているヘリオスの料理がいいって話になったはずだ」
「むー……精進料理も美味しいのに……」

 未だ納得していないようだがこれ以上の説得は不要だと、シークは顔を自分のステーキ弁当へと戻す。

「まあすぐに慣れるだろうよ……ってあれ? 俺のステーキどこに行った?」

 ご飯はいまだ半分も残っているが、その上にはステーキが一枚も載っていなかった。落としたのではないかと、股の下や床を見る。そこで、床にステーキのソースが数滴落ちていることを発見する。そしてそれは前方へ伸びていた。顔を上げて前を見ると……。

「むぐむぐ……あっ、貰っておいたぞ」

 口にステーキを入れているレインがいた。その手には油で綺麗に輝くステーキの最後の一枚がフォークに刺さっている。

「おいそれ俺のステーキだろ! レインてめぇ返しやがれ!」
「むぐむぐ、んくっ、はー。長話で肉がダメになりそうだったから貰っておいてやったぞ。うまかった。サンキュー」

レインは満足げな顔で感謝の言葉を述べるが、シークがそれを許すわけがない。

「弁当用に加工しているからこれくらいじゃダメになんねーよ! 最後の一枚返せ!」
「いいだろ別に、普通のステーキなら。きっとこのステーキも美味しそうに食べる俺のほうに食べられたいと思っているはずだ」
「何言ってんだお前は。俺の弁当がご飯だけになんだろうが!」
「それは大丈夫だ。滴った肉汁で米に味がついているだろ? 何も問題はない」
「おおありだ馬鹿野郎」

 シークが立ち上がり、レインに近付こうとする。するとレインはアルトの後ろに隠れる。

「あ?」

 半切れ状態のシークは額に血管を浮かべながら威嚇する。だが、レインはその威嚇を物ともせず卑しい顔をして会釈をする。

「へへ、いただきやす」
「誰だよ」

 即座にそう突っ込んだシークは、肉の脂とタレで変色したご飯が半分だけ残っているお弁当を奈落山に渡す。

「ちょっとこれ持っといてくれ。俺は奴を殺す!」
「ふふ、うんいいよ」
「マジかよ! 後、奈落山は許可を出すな!」

 シークはレインにとび蹴りをかますが、レインもアルトを盾にして狭い空間をうまく使って逃げている。

「大人しく死ね」
「趣旨が変わってる!」
「「ははは」」

シークがナイフを片手にレインを追い、レインは慌てて逃げる。その光景を見て、アルトと奈落山は笑う。それは消灯時間が来て、列車内の明かりが自動的に切れるまで続いた。

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