お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話
ここまではよろしいでしょうか?
「…………」
息子である進吾の過去の話を、本当に幼子に昔話を語るように丁寧につらつらと話していた健吾が、ここで一息をつく。
場所は、高宮家の初めての家族旅行の宿泊先となる山荘の一室。
一部屋一部屋が広く間取りをされていて、翔羽、涼羽、羽月の三人一緒でも問題なく過ごせる宿泊部屋。
ここまでの健吾の話を、一字一句すら逃さないようにと集中して聞いていた涼羽。
自分のことを容赦なく糾弾し、言われるはずもない誹謗中傷をぶつけてきた進吾の過去の話を途中まで聞いて、やはりその複雑な人間関係の中に、自分のような人間を嫌うきっかけがあったのでは、と思ってしまう。
もともと進吾のことを責めるつもりも、怒るつもりもなく、ただただ、進吾がなぜそんなことをしてしまったのかがずっと気になっていたからこそ、健吾がしてくれる進吾の過去話が本当にありがたく思えてくる。
そんな涼羽のことを翔羽は包み込むように抱きしめ、ただただ進吾の誹謗中傷に傷ついたであろう涼羽の心を慰めようとしている。
そんな父、翔羽と同様に、羽月も涼羽にべったりと抱きついて涼羽の心を慰めようとしている。
当人である涼羽と違い、翔羽も羽月も正直、進吾の過去話にそこまで思い入れはなく、自分達にとって命に代えても惜しくは無いほどの大切な存在である涼羽に言われのない罵詈雑言を浴びせた進吾に対する憤りは決して収まってはいない。
だが、当の涼羽自身がそんな進吾のことを理解しようと懸命に健吾が話してくれる進吾の過去話に集中している姿を見て、正直納得がいかないものの、涼羽の好きなようにさせてあげようという思いの方が強くなっているだけに過ぎない。
その分、涼羽のことをぎゅうっと抱きしめて慰めようとはしているのだが。
「…かなり長くお話をしてしまいましたが、ここまではよろしいでしょうか?」
そんな翔羽と羽月の様子が嫌でもその目に映ってしまうこともあり、せっかく離れ離れになっていた家族が一緒になって初めての家族旅行に来ている高宮家の面々に、これ以上その貴重な時間を無駄にさせるようなことをしてもいいのかと、健吾は思っている。
それゆえに、いくら当事者である涼羽本人が望んでいるとは言え、本音は今すぐにでも話を切り上げて三人が家族の楽しい思い出を作れるように全力でサポートすべきではないのかと言う思いが際限なく膨れ上がっていく。
だが、それも肝心の涼羽がそれ以上の進吾の過去話を求めなければの話。
だからこそ、確認の意味も込めて、健吾は一度区切りの言葉を口にする。
「…はい」
だが、すぐにでもあの傍若無人にしか見えない進吾のことを忘れて家族水入らずの時間を過ごしたい翔羽と羽月の想いとは裏腹に、涼羽は自分が父と妹に抱きしめられているということにすら気づく様子も見せず、真っ直ぐに進吾の過去の語り手のなる健吾の目を見つめながら、その先を促すように肯定の意を示す。
「…もう一度確認させて頂きますが、本当にこの続きをお聞きになりたいのですか?」
「はい」
「…別に、あの馬鹿息子のことにそこまでされなくても、よろしいのですよ?」
「え?…」
「…藤堂様からある程度のことはお聞きいたしております…涼羽様のお母様が早くにお亡くなりになられたこと…涼羽様達ご家族が同じ家で過ごすことができるようになられたのが、本当に最近のことだということ…そして、この度のご旅行が、家族がご一緒になられてから初めてのものだということ…」
「………」
「…そのような貴重なお時間をこのような話に使わせてしまうなど…私と致しましても非常に心苦しく思います…あの愚息のことをお許し頂くばかりか、そこまでお気にかけてくださるだけでも嬉しく思います」
「………」
「…それに、先程も言いましたが…この話は決していいものではなく、むしろ皆様のご気分を害するようなものになるでしょう…今でしたらまだ…」
視線で話の続きを促してくる涼羽に対し、健吾は涼羽の意向に沿わなくなることを承知の上で、今からでも家族水入らずの時間を過ごせるように勧める。
翔羽や羽月がそれを望んでいるというのもあるが、何よりも当事者である涼羽がその時間を割いてまで息子である進吾のことを理解してくれようとしているからこそ。
こんなにもいい子が、そんなことのためにせっかくの貴重な時間をこれ以上無駄に消費する必要などないと思ってしまうから。
だからこそ、健吾はここで話を終えて、家族三人でせっかくの時間を過ごしてほしいと願ってしまう。
進吾がしでかしたことに対するフォローは、父親である自分が全身全霊で取り組む。
進吾に関しては、もはやその存在すらこの三人に意識させないようにする。
そんな思いを込めた言葉を、涼羽に対して紡いでいく。
「…ごめんなさい、青山さん」
「!りょ、涼羽様!?」
「…僕のわがままで、そんな思いをさせてしまって…」
「!い、いえ!何をおっしゃいますか涼羽様!涼羽様がそのような…」
「…でも、お願いします…僕は、続きを聞かせて欲しいです」
「!な、なぜ…どうしてそこまで…」
そんな健吾の思いがその言葉で伝わってきたのか、涼羽の口から飛び出してきたのは、まさかの謝罪の言葉。
いきなりそんな言葉を涼羽が自分に向けてきたことに、健吾は驚いてしまう。
しかも、それを承知で話の続きを聞かせて欲しいと涼羽が言ってきたことに、健吾はさらに驚いてしまう。
「…僕の知り合いにも、本当の自分の思いを誰にも理解してもらえなくて、ずっと苦しんできた人がいるんです」
「!!涼羽様…」
「…その人は、僕とお話するのを本当に楽しそうにしてくれて…僕自身人見知りで人と話すのが苦手だから…こんな僕でも、人にそう思ってもらえるのが嬉しくて…」
「涼羽様…」
「…だから…うまくは言えないんですけど…もしかしたら進吾さんも本当は自分の思いを理解してもらえなくて…苦しいのかなって思えて…」
「!!……」
「…だから…今ここでちゃんと進吾さんのことをちゃんと聞いて…ちゃんと知っておかないと…進吾さんだけが苦しいままになっちゃいそうな気がして…」
「………」
「…あんなにも嫌われてる僕が進吾さんに何かできるかって言われたら、何もないと思います…でも、何かしないと本当に…進吾さんが嫌な人って思われたままになっちゃいそうで…僕、それが嫌なんです」
自分がいわれの無い誹謗中傷を浴びせられたことなどまるで気にも留めず、ただただ進吾のことを気遣って、その進吾のために何かしようとする涼羽の言葉、そして姿。
かつて涼羽自身も、周囲からずっと誤解されて生きてきたからこそ、そう思ってしまう。
その思いが、そのまま聞いた人間に伝わるような、素直で純粋な言葉。
その言葉に、健吾は言葉を失ってしまう。
「…だから…お願いします…僕に、お話の続きを…聞かせてください」
一転の曇りもない真っ直ぐな涼羽の表情、そして言葉。
そんな表情を見せられたら。
そんな言葉を聞かされたら。
もはや健吾としては何も言えなくなってしまう。
何よりも、他ならぬ涼羽にあんなひどいことをした息子のことをそこまで思ってくれるなどと知ってしまっては…
年齢を重ねて脆くなってしまっている涙腺が刺激されるのをこらえきれなくなってしまう。
しかし、それを何が何でもこらえようとする作業に、必死になってしまう。
どうしようもなくて少しの間その顔を俯かせて、その感情が形となって零れ落ちてしまうのをこらえる作業に集中することとなってしまった健吾。
そして、涼羽がこの話の続きを聞くことを望んでいるのなら、これ以上余計なことを言うのはよろしくないと思い直し…
気持ちを切り替え、しかし目の前の美少女然とした容姿の、本当に天使のような純粋で底抜けに優しい少年である涼羽のためにも、しっかりと息子の過去話の語り手となろうと、健吾はしばらく俯かせていた顔を上げて、真っ直ぐな視線を向けてくる涼羽を見つめ返しながら話の続きを語り始めるので、あった。
息子である進吾の過去の話を、本当に幼子に昔話を語るように丁寧につらつらと話していた健吾が、ここで一息をつく。
場所は、高宮家の初めての家族旅行の宿泊先となる山荘の一室。
一部屋一部屋が広く間取りをされていて、翔羽、涼羽、羽月の三人一緒でも問題なく過ごせる宿泊部屋。
ここまでの健吾の話を、一字一句すら逃さないようにと集中して聞いていた涼羽。
自分のことを容赦なく糾弾し、言われるはずもない誹謗中傷をぶつけてきた進吾の過去の話を途中まで聞いて、やはりその複雑な人間関係の中に、自分のような人間を嫌うきっかけがあったのでは、と思ってしまう。
もともと進吾のことを責めるつもりも、怒るつもりもなく、ただただ、進吾がなぜそんなことをしてしまったのかがずっと気になっていたからこそ、健吾がしてくれる進吾の過去話が本当にありがたく思えてくる。
そんな涼羽のことを翔羽は包み込むように抱きしめ、ただただ進吾の誹謗中傷に傷ついたであろう涼羽の心を慰めようとしている。
そんな父、翔羽と同様に、羽月も涼羽にべったりと抱きついて涼羽の心を慰めようとしている。
当人である涼羽と違い、翔羽も羽月も正直、進吾の過去話にそこまで思い入れはなく、自分達にとって命に代えても惜しくは無いほどの大切な存在である涼羽に言われのない罵詈雑言を浴びせた進吾に対する憤りは決して収まってはいない。
だが、当の涼羽自身がそんな進吾のことを理解しようと懸命に健吾が話してくれる進吾の過去話に集中している姿を見て、正直納得がいかないものの、涼羽の好きなようにさせてあげようという思いの方が強くなっているだけに過ぎない。
その分、涼羽のことをぎゅうっと抱きしめて慰めようとはしているのだが。
「…かなり長くお話をしてしまいましたが、ここまではよろしいでしょうか?」
そんな翔羽と羽月の様子が嫌でもその目に映ってしまうこともあり、せっかく離れ離れになっていた家族が一緒になって初めての家族旅行に来ている高宮家の面々に、これ以上その貴重な時間を無駄にさせるようなことをしてもいいのかと、健吾は思っている。
それゆえに、いくら当事者である涼羽本人が望んでいるとは言え、本音は今すぐにでも話を切り上げて三人が家族の楽しい思い出を作れるように全力でサポートすべきではないのかと言う思いが際限なく膨れ上がっていく。
だが、それも肝心の涼羽がそれ以上の進吾の過去話を求めなければの話。
だからこそ、確認の意味も込めて、健吾は一度区切りの言葉を口にする。
「…はい」
だが、すぐにでもあの傍若無人にしか見えない進吾のことを忘れて家族水入らずの時間を過ごしたい翔羽と羽月の想いとは裏腹に、涼羽は自分が父と妹に抱きしめられているということにすら気づく様子も見せず、真っ直ぐに進吾の過去の語り手のなる健吾の目を見つめながら、その先を促すように肯定の意を示す。
「…もう一度確認させて頂きますが、本当にこの続きをお聞きになりたいのですか?」
「はい」
「…別に、あの馬鹿息子のことにそこまでされなくても、よろしいのですよ?」
「え?…」
「…藤堂様からある程度のことはお聞きいたしております…涼羽様のお母様が早くにお亡くなりになられたこと…涼羽様達ご家族が同じ家で過ごすことができるようになられたのが、本当に最近のことだということ…そして、この度のご旅行が、家族がご一緒になられてから初めてのものだということ…」
「………」
「…そのような貴重なお時間をこのような話に使わせてしまうなど…私と致しましても非常に心苦しく思います…あの愚息のことをお許し頂くばかりか、そこまでお気にかけてくださるだけでも嬉しく思います」
「………」
「…それに、先程も言いましたが…この話は決していいものではなく、むしろ皆様のご気分を害するようなものになるでしょう…今でしたらまだ…」
視線で話の続きを促してくる涼羽に対し、健吾は涼羽の意向に沿わなくなることを承知の上で、今からでも家族水入らずの時間を過ごせるように勧める。
翔羽や羽月がそれを望んでいるというのもあるが、何よりも当事者である涼羽がその時間を割いてまで息子である進吾のことを理解してくれようとしているからこそ。
こんなにもいい子が、そんなことのためにせっかくの貴重な時間をこれ以上無駄に消費する必要などないと思ってしまうから。
だからこそ、健吾はここで話を終えて、家族三人でせっかくの時間を過ごしてほしいと願ってしまう。
進吾がしでかしたことに対するフォローは、父親である自分が全身全霊で取り組む。
進吾に関しては、もはやその存在すらこの三人に意識させないようにする。
そんな思いを込めた言葉を、涼羽に対して紡いでいく。
「…ごめんなさい、青山さん」
「!りょ、涼羽様!?」
「…僕のわがままで、そんな思いをさせてしまって…」
「!い、いえ!何をおっしゃいますか涼羽様!涼羽様がそのような…」
「…でも、お願いします…僕は、続きを聞かせて欲しいです」
「!な、なぜ…どうしてそこまで…」
そんな健吾の思いがその言葉で伝わってきたのか、涼羽の口から飛び出してきたのは、まさかの謝罪の言葉。
いきなりそんな言葉を涼羽が自分に向けてきたことに、健吾は驚いてしまう。
しかも、それを承知で話の続きを聞かせて欲しいと涼羽が言ってきたことに、健吾はさらに驚いてしまう。
「…僕の知り合いにも、本当の自分の思いを誰にも理解してもらえなくて、ずっと苦しんできた人がいるんです」
「!!涼羽様…」
「…その人は、僕とお話するのを本当に楽しそうにしてくれて…僕自身人見知りで人と話すのが苦手だから…こんな僕でも、人にそう思ってもらえるのが嬉しくて…」
「涼羽様…」
「…だから…うまくは言えないんですけど…もしかしたら進吾さんも本当は自分の思いを理解してもらえなくて…苦しいのかなって思えて…」
「!!……」
「…だから…今ここでちゃんと進吾さんのことをちゃんと聞いて…ちゃんと知っておかないと…進吾さんだけが苦しいままになっちゃいそうな気がして…」
「………」
「…あんなにも嫌われてる僕が進吾さんに何かできるかって言われたら、何もないと思います…でも、何かしないと本当に…進吾さんが嫌な人って思われたままになっちゃいそうで…僕、それが嫌なんです」
自分がいわれの無い誹謗中傷を浴びせられたことなどまるで気にも留めず、ただただ進吾のことを気遣って、その進吾のために何かしようとする涼羽の言葉、そして姿。
かつて涼羽自身も、周囲からずっと誤解されて生きてきたからこそ、そう思ってしまう。
その思いが、そのまま聞いた人間に伝わるような、素直で純粋な言葉。
その言葉に、健吾は言葉を失ってしまう。
「…だから…お願いします…僕に、お話の続きを…聞かせてください」
一転の曇りもない真っ直ぐな涼羽の表情、そして言葉。
そんな表情を見せられたら。
そんな言葉を聞かされたら。
もはや健吾としては何も言えなくなってしまう。
何よりも、他ならぬ涼羽にあんなひどいことをした息子のことをそこまで思ってくれるなどと知ってしまっては…
年齢を重ねて脆くなってしまっている涙腺が刺激されるのをこらえきれなくなってしまう。
しかし、それを何が何でもこらえようとする作業に、必死になってしまう。
どうしようもなくて少しの間その顔を俯かせて、その感情が形となって零れ落ちてしまうのをこらえる作業に集中することとなってしまった健吾。
そして、涼羽がこの話の続きを聞くことを望んでいるのなら、これ以上余計なことを言うのはよろしくないと思い直し…
気持ちを切り替え、しかし目の前の美少女然とした容姿の、本当に天使のような純粋で底抜けに優しい少年である涼羽のためにも、しっかりと息子の過去話の語り手となろうと、健吾はしばらく俯かせていた顔を上げて、真っ直ぐな視線を向けてくる涼羽を見つめ返しながら話の続きを語り始めるので、あった。
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