お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

…マジで?

「…マジで?」

「あ、あの…」



出張開始から一週間が経ち、周囲は自然物ばかりで遊びに行けるところが何もない田舎町にもかなり慣れてきたところ。

むしろ、その自然いっぱいの風景のおかげで、麗香との関係もギクシャクしていたこともあって妙にささくれだっていた精神が癒される感覚まで芽生えてきた進吾。



その間、一日とかかさず晶からの熱烈なアプローチは続くこととなり、この日は進吾の宿泊先にまで押しかけて部屋飲みにまで発展。

翌日は進吾の仕事が休みと言うこともあり、晶もこれまで以上に気兼ねすることなく、進吾の宿泊する部屋に入り浸っていた。

そうして、たまたま晶がトイレに入った後に進吾もトイレに入って、何気なく用を足して気づいたこと。







――――トイレの便座が、上がったままになっていたこと――――







これが、この時点で部屋にいるのが進吾だけだったのなら決しておかしいことは何一つない。

今となっては男性でも洋式トイレなら座って用を足すことも多いし、女性なら立って用を足す必然性など皆無。

だが進吾は昔からの男性の流儀とも言える、立って用を足す派であるため、彼一人の状態ならトイレの便座が上がったままでも、何も不自然なことはない。



だが、今この時においては女性である晶がこの部屋にいる。

しかも、進吾が入る直前に晶が用を足している。

少し酒が入っている頭ゆえにぼんやりとトイレに入って、そのまま用を足していたのだが、それが終わって水を流したその瞬間に、ハッと気づいた。



自分が入る前から、トイレの便座が上がっていたことに。



最後に自分が入って、それから誰も入っていないのならまだしも。

今この瞬間は女性である晶が直前に用を足しているのだ。

なのに、トイレの便座が上がっているのはおかしいのではないか。

そんな不自然さを感じ、この一週間で晶に対して感じていた違和感のようなものがクリアになっていくのを進吾は感じてしまう。

しかも、そのもしかしてという仮説が、進吾の違和感に対する答えとしてあまりにもしっくりとくるものになってしまい、進吾は抑えが利かなくなり、晶に自分の仮説をぶつけることとなってしまう。



もしかして、晶は男性ではないのか、という仮説を。



これが本当にトイレの便座が上がっていたという事実だけなら、進吾もそこまで疑うことはなかっただろう。

もしかしたら、次に使う進吾に気を遣ってくれただけなのかも知れないから。



しかし、晶の女性にしては結構な、むしろ男性に近いハスキーな声。

一般的な男性より若干低い程度の、女性としては長身と言える身長。

スリムでスレンダーと言えばそうなのだが、女性にしては骨っぽく、柔らかさに欠ける体格。

さらには、トイレから出た後に晶を見て、目に入ってしまったのが晶の首元。



初めて出会った時には気にも留めていなかったのだが、今ここでこの一週間ずっと会っていて、それを思い返してみると、晶はずっと首に何かを巻いていたり、首元を隠すタートルネックの衣類を着ていたことに思い当たる。

この日は黒のチョーカーを巻いていたのだが、その巻いている部分にあまり目立たないが、少しぽっこりとした形が浮き出ていたのが、目に入ってしまった。

それは、おそらく女性にはないはずのもの。

進吾は自分のその性格ゆえ、多くの女性と交流を持ち、多くの女性を見てきたからこそ、そこに不自然さを感じずにはいられなかったから。



最初に自分が男性ではないのかと進吾に問われた晶は、一体何を、という感じで軽く否定していたのだが…

進吾がここまでで晶に感じていた、女性としての不自然な部分を指摘として一つ一つ上げられ、それを疑惑の材料としてぶつけられていくごとに、晶の顔色はどんどん悪くなっていく。

決して怒るわけではなく、それでいて淡々と事実確認をしようとする進吾に返す言葉がなくなったのか、







「………そうです……私……男なんです……」







と、観念したかのような表情で、恐る恐る進吾に、自身の本当の性別を告げることとなる。



それを告げられた進吾は、さすがに驚きを隠すことはできなかった。

進吾自身、学生時代に文化祭などのイベントで女装した男というものを見たことはあったのだが、それは本当に男が女性の服装をしているだけという、まさにネタ的なものだけだったから。



だから、男が女の格好をするなど、お笑いの域を出ないものという認識しかなかった。



それだけに、晶と言う存在は男でありながら、多少不自然さを感じさせるものの、普通に見れば女性として十分に通るものであった。

しかも、顔立ちは男っぽさを感じさせず、美人と言えるもの。



「…なんで、男のあんたが、女の格好して生活してるんだ?」



晶にとって、決して言いたくなかったであろうことを聞き出してしまったことに言いようのない居心地の悪さを覚えた進吾。

しかし、それでも気になってしまったからには止められないのか、努めて柔らかな口調で怒っていないことをアピールしながら、なぜ晶が男性でありながら女性として生活をしているのか、問いかけの言葉を声にした。



実際、進吾からすれば本来の性別を隠して自分に迫ってきたわけであり、だまされたと言ってもおかしくない立場である。

だが、この一週間ずっと晶の真摯で真っ直ぐな想いをぶつけられていたからか、不思議と怒り、憤りなどといったものを感じられなかった。



だからこそせめて、どうして自分の性別を偽るようなことをしているのかを、聞いておきたかった。



「…私、身体はこの通り男です……」



そんな進吾の問いかけに、晶は思うところはあったのか沈黙の時間が少し続いたが、恐る恐る自分の中に有るものを確かめるようにしながら、ぽつりぽつりと抱えているものを声に出していく。



「…でも…」

「でも?」

「…小さい頃からずっと、違和感…みたいなのがあったんです…」

「?違和感?それは、何に対してだ?」

「…私、なんで男の子の身体なんだろうって…ずっと思ってて…」

「!え…ってことは、あんた…」

「…私、心では自分は女だと、はっきりと自覚があるんです…」

「…マジか…そういう人がいるってのは、聞いたことはあったけど…あんたが…」



そこから、晶はこれまで溜め込んできたものを吐き出すかのように、自分のことを話していく。



小さい頃はヒーローもののおもちゃよりも、おままごとに使うおもちゃや可愛らしいぬいぐるみを好んでいたこと。

幼稚園に入ってから制服が半ズボンなのにひどく違和感があって、どうして自分はスカートじゃないのかと何度も思ったこと。

小学校に入ってからひどく趣味、嗜好が女の子な自分に両親がそれを矯正して正常な男の子の方に向けようとしてきたこと。

それに自分がひどく抵抗して、両親と不仲になってしまい、家庭内が非常にぎくしゃくとしてしまったこと。

そんな家庭内に反して学校では、その女の子よりの容姿と趣味、嗜好がいい方に働いて女子の人気が高かったこと。

逆に男子からは女子の人気を独り占めされているという妬みから、よくいじめられていたということ。

高校は生まれ持った性別に沿った生き方をさせようとした両親によって、強制的に男子校への受験、入学を余儀なくされたこと。



「…………」



自分の中にあるものをある程度声に出し、一息つく晶を見ている進吾。

ここまで聞いたものでもまだ一部に過ぎないのだが、それだけでも目の前にいる存在がどれほどに自分の思いと現実とのギャップに苦しんで生きてきたのか…

普通に身体は男で、心も男として生きてきた進吾にとって、身体と心の性が一致しないということがひどく現実味がなく、想像もつかない世界だと言うことを思い知らされる。



心は女性だと言っていたし、自分に積極的にアプローチをかけてきてたから恋愛の対象も当然男なんだろうと言うことも分かる。

だからこそ、身体は男だという現実が、晶にとって非常に受け入れがたいものだということも分かる。

理屈としては理解できるのだが、それが本当に実感の持てない、つかみどころの無い絵空事のような…

普通に男として生きてきた自分には分からない領域だと思わされる。



「…高校に入ってすぐに…私の容姿が女の子よりだということもあったから…他の男子達が私に…女の子の服を用意して、それを来て欲しい…だなんて言って来たんです」

「!………」

「…私が普通の男の子だったなら、それはおかしいで終わってた話なんでしょうけど…でもずっと男としての生活を強要されてきた私には、それが救いの言葉のように思えて…私、二つ返事でそのお願いにいいよって言っちゃったんです」

「…そうか…」

「…すごく頑張って、両親にバレないように女の子として顔も身体も磨いてきてたから…その男の子達もよっぽど女の子に餓えてたからなのか…下着まで用意してて…」

「………」

「…でもそれが、私には本当に『君は女の子として生きていいんだよ』って言ってもらえたみたいで…本当に嬉しくて…でも恥ずかしいからその男の子達に教室から出てもらって…渡された下着と、他所の学校の女子制服に…着替えてたんです…」

「…………」

「…着替え終わった瞬間…本当に自分が女の子として認めてもらえたみたいで…本当に嬉しくて涙が止まりませんでした…私の身体を締め付ける下着の感触も…腰から下がスースーするスカートの感覚も…何もかもが嬉しくて…心地よくて…ようやく本来の私になれたみたいで…嬉しくてたまりませんでした…」

「…そう…なのか…」

「…着替え終わった私を見た男の子達が…私のことを本当に可愛いって言ってくれて…一人の子がスカートめくりなんてしてきて…恥ずかしくてものすごく嫌がっちゃったけど…でも本当は嬉しくて嬉しくてたまりませんでした…だってこんな私のことを、女の子として見てくれてたから…」



自分の性に疑問を持たなければならない生活。

自分の望まない方向に行くのが当然だと、強要されることの辛さ。

自分の本当の性を認めてもらえない苦しさ、悲しさ。

そんな晶の思いが、ここまでの話には溢れんばかりに詰まっている。



でも、半ば無理やり入れられた男子校で女装を強要されることとなってからの晶の高校生活は、本当に幸せに溢れるものだったと、晶は語る。



家を出て、普通に授業を受けている間は男として過ごしていたが…

放課後に何人かの男子と時間をずらして屋上で会っていたこと。

その時にもらった下着と女子制服に身を包んで、男子達と会っていたこと。

密かに練習していたメイクもして、初めての時よりもっと女の子らしくなれた姿を見てもらえた時、その場にいた男子達が絶賛して、自分のことを本物の女子にそうするように抱きしめてくれたこと。

それからは、自分のことを女子として認識する男子が増えていったこと。

校内の紅一点であり、美少女として多くの男子達からチヤホヤされたこと。

たまにスカートをめくってきたり、お尻を触ってきたりする男子もいたが、そんなことをされるのも嬉しくてたまらなかったこと。



そして、それによりやはり自分は女の子なんだと、女の子として生きたいんだという、確固たるものを自覚するようになったこと。

高校を卒業して地元から離れた大学を受験し、合格。

そして、念願の一人暮らしを始めてからは自分を女の子にしていくのに歯止めが利かなくなっていったこと。

気がつけば、家でも学校でも常に女装状態になっていたこと。

自分の磨き上げた容姿が周囲にも好意的に受け入れられ、それがまた嬉しかったこと。

しかし、完全に女性としての生活をしている自分を両親に知られたくなくて、一人暮らしを始めてから今に至るまで実家に帰ることができていないこと。

時折自分の一人暮らし先を見に来るという連絡もあるが、その度に用事があると断っていたこと。



しかし、恋愛においてはやはり自分の性自認と違う造りの身体だったことが、自分の思っていた以上に大きく響いており、身体が男でも、という恋人に巡り会うのは並大抵の努力ではなせなかったこと。

そこまでしてようやく巡り会えた恋人も、自分の束縛や奉仕が重く感じられて、ことごとく長続きしなかったこと。

中には、身体が男だと知った瞬間に容赦なく自分を捨てる男もいたこと。

幸い実家が地元でも有名な資産家でお金には困らず、今のこの状況も親の多額の仕送りのおかげで成り立っていること。

そこまでを、晶は静かに話し終えた。



「…………」



そこまでの晶の独白を静かに聞いていた進吾。



正直、言葉が出ないほどに驚いている。

そして、不憫だと思ってしまう。

心は間違いなく女性のはずなのに、身体が男ということで、他の人が持っている『当たり前』にことごとくその人生を抑圧され続けてきた晶。

本来は人情家でもある進吾は、そんな晶の人生を聞かされてますます性別を偽ってアプローチをかけられていたことを怒ることができなくなってしまう。

元々怒る気などなかったのだが、なおさらそうなってしまう。



男との恋愛など考えたこともなかった進吾だが、こんな晶に一途に好いてもらえていることは素直に嬉しいと思ってしまう。

だが、自分にはもうすでに心に決めた人がいる。

だから、どんなに心苦しくてもその想いに応えることはできないと言わなければならないし、そもそもすでにそのことはこの一週間で何度も言っている。



だが、こんな話を聞かされては晶をむげにできない気持ちも大きくなってくる。



しかし、どうにかしてやりたいとは思っても、一体何をどうすればいいのかなど、皆目検討もつかない。



進吾は、自分一人で抱えるには重過ぎる晶の過去話を聞いてしまったことに後悔を覚えることと、なってしまうのであった。

「お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く