お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

なんだ、よかったじゃねえか

「へえ~、そうなのか!」

「ええ、そうなんですよ」



出張初日の現場からの帰り道で驚きの再会を果たすこととなった進吾。

その再会の相手は、以前に道で転んで膝を強打してしまったところを助けた、今目の前にいる女性。

その女性は、未だ進吾に名乗っていなかったことを思い出し、ようやくと言った感じの自己紹介をすることとなった。



女性の名前は、烏丸 晶(からすま あきら)。



少し肉付きに乏しいところはあるものの、モデルばりのスレンダーなスタイルを強調する服装。

その綺麗な顔立ちをさらに魅力的にするメイク。

実際、この店に入ってからかなりの数の男性客が晶の方に、まるで誘蛾灯にふらふらと誘われる蛾のように視線を向けている。

そんな晶と共に、進吾はこの日の宿泊先となるホテルのすぐ近くにある居酒屋に入ることとなる。



すでに所狭しと人が多く入っている中、まるで二人が来ることを待ち望んでいたかのように空いていた、店の隅っこにあるテーブル席。

そのテーブル席にある椅子に、お互い向かい合う形になって座るととりあえずビールを頼む。

そのビールが来ると、あの時からの再会を祝しての乾杯。

恋人である麗香とうまく行っていないこと、さらにはその麗香を置いての出張と言うこともあり、進吾は知らず知らずのうちに一人が寂しく感じていたのだろう。

だからこそ、出張先の道端で偶然再会した晶の飲みの誘いに二つ返事で了承することとなった。



しかし乾杯してからすぐは、進吾もまだ緊張があったのか特に自分から会話をすることもなく…

ただただ、晶の話を聞く役に徹していた。

だが、酒が入るに連れてその緊張も解けてきたのか、いつの間にか晶との会話が盛り上がっていった。

単純に晶の話が進吾にとって非常に面白いものなのもあるが、それ以上に本心ではこんな楽しい会話を進吾は求めていたのだろう。



「しっかし、ますます分かんねえな」

「?何がですか?」

「あんたみてえな話しやすくて、話すのが楽しい美人をフッちまう野郎がいるなんて、さ」



そして、だからこそ進吾はおかしいとしか思えない。

なぜ、目の前にいる晶のような話してて楽しい、しかもモデル風の美人を振ることができるのかが。

進吾自身、麗香という恋人がいるにも関わらず、この日たまたま会っただけの晶に対して非常に好感を持てているのだから。







――――麗香という恋人がいなければ、間違いなく進吾は晶の恋人として立候補していたと確信できるほどには――――







メイクのためか、少しキツ目の印象を受けるところがあるのだが、実際に話してみるとおっとりとしていて、しかし口下手ではなく、むしろ話し上手で聞き上手。

自己主張はお世辞にも強いとは言えないが、むしろその引っ込み加減が却って男の庇護欲を誘うものとなっている。

そんな第一印象とのギャップも、進吾の晶に対する好感度をより引き上げることとなる。



「そんな…私なんて痩せぎすで女としての魅力に欠けますし…」

「ん?そんなの、好きになったら関係ねえんじゃねえの?」

「!…でも…彼、私の身体に明らかに魅力がなさそうな感じで、全然求めてもくれなかったから…」

「なら、その分優しかったとかは?」

「…いえ、全然…なんだか…私なんかいてもいなくても、みたいな感じで…気がついたら他の女に目を向けてた感じです…」



ただ、晶自身は別れた彼氏にかなりひどい扱いをされていたようで、そのことをぽつりぽつりと、まるで傷口から悪性物質を抜き出すかのような辛い表情を浮かべながら言葉にしていく。

聞いているだけで嫌悪感が増してくるような晶の別れた彼氏の人柄。

それを辛そうに言葉にしていく晶に対しても、進吾は特別表情を変えることなどなく…

しかし、あっけらかんとした様子でぽつりと口を開く。



「なんだ、よかったじゃねえか」

「?え?…」

「そいつ、あんたのこと本当に好きなんかじゃなかったってことだろ?」

「!……」

「しかも、聞いてる限りだとあんたのこと、自分に都合のいいもの扱いしてたみてえじゃねえか。ならもしまだ別れてなかったとしても、この先そいつがあんたに対して本気になる、なんてこと絶対になかったって、俺は断言できるぜ?」

「………」

「なら別れてくれてよかったと思うぜ?俺は。俺だったら嫌な思いしてまでそんな奴と付き合うなんてことしたくねえし、何より女性を大切にすることができねえ奴なんて反吐が出てくるね」

「…青山さん…」



表面上では、ひどいフラれ方をした直後の傷心の女性に対して無神経な言い方をしているようにも聞こえる進吾の言葉。

しかし、晶にはそんな進吾の言葉一つ一つが、本当の意味で救いになるような思いだった。

言葉や口調こそぶっきらぼうだが、しかしその言葉一つ一つが、本当の意味で晶を気遣い、晶を励ますものとなっている。

そして、晶を本当の意味で前向きにさせようという思いが込められている…

そんな進吾の思いが、晶には砂が水に染み込むかのように伝わってくる。



「………」



なんだか、心が温かくなってくる。

初めて見た時から、目の前にいる進吾のことが気になっていた。

偶然の再会に本当に心が躍る思いだった。



そして、こうして話していくと、もうその気持ちが何なのかを、見ないフリをすることなんてできなくなってくる。

前の彼にはかけらもなかったと言える、女性を大切にしようという心。

それが、進吾は当たり前と言わんばかりに言葉にするし、何よりも言葉より先に行動で示すことができている。



この人が、欲しい。

この人の、そばにいたい。

この人に、愛されたい。



すでに相思相愛の仲となる決めた相手がいることは、以前初めて会った時に察していた。

それも、決してそこに入り込む余地などないと、思わされてしまうほどに仲睦まじいことも。



しかし、それでも心が抑えられない。

すでにお互いに想い合っている二人の仲を引き裂くような真似など、してはいけないという理性に反して、そんな悪魔のような所業をしてでも、この人が欲しいと願う本能。

その本能が、理性を抑え、ねじ伏せる。

その本能が、どちらかと言えば引っ込み思案な晶をわがままにしてしまう。



「?どうした?烏丸さん?」

「…?え?…」

「なんか、顔がえらく赤くなってきてるけど…もしかして酔ったか?」

「…そ、そうですか?…」

「気分悪くなってきてるなら、無理すんなよ?宿泊先はどこだ?送ってってやるからな?」

「!い、いえ…大丈夫です…」

「そうか?ならいいけど…本当に気分悪くなってきてんなら、すぐに俺に言ってくれよ?」

「…はい…」



目の前にいる、自分にとって本当に魅力的な男性が欲しいという思いが、晶の顔にほんのりと色をつけることとなっていた。

まるで熱に浮かされたようなふわふわとした感覚。



それを進吾が目ざとく見つけ、指摘してくる。

大雑把な印象の進吾が、そんなにも目ざとく自分のことを気にしてくれているという事実にまたしても晶の心が震える。

こんな自分を、こんなにも気にかけてもらえているという嬉しさが抑えられなくなりそう。



それだけでも嬉しくて嬉しくてたまらないのに、心底こんな自分を心配して、とにかく自分が楽になるように言ってくる進吾の言葉。



やばい。

抑えられなくなりそう。

この人に、寄り添ってほしくてたまらなくなる。

この人に、抱きついてしまいたくてたまらなくなる。



すでにふわふわとした幸福感でいっぱいとなっている晶の心が、さらに満たされていく。

幸福感と言う名の熱に浮かされた心が、晶の口からちょっとしたわがままを言わせてしまう。



「…あの…」

「?ん?どうした?」

「…ちょっと…そっちに行っても…いいですか?…」

「??あ、ああ…」



向かい合わせとなっている今の位置関係。

それがもう、晶にはもどかしい位置関係となってしまっている。

進吾のそばにいたいと言う思いがこみ上げてきて、抑えられなくなって…

晶は、進吾に一言断りの言葉を入れ、進吾の了承を得ると、今の心境を表すかのようなふわふわとした、それでいてゆっくりな足取りで進吾の隣の席に移動する。



進吾の隣に座ると、そのまま重力に従うかのように晶は進吾の左肩にその顔を埋めて寄りかかってくる。



「!お、おい?…」

「…ごめんなさい…ちょっと酔っちゃったみたいです…」

「だ、大丈夫か?」

「…ちょっとだけ、このままでいさせてもらっても、いいですか?…」

「?あ、ああ…別にそのくらいは構わねえけど…」

「…ありがとう…ございます…」



いきなり晶が自分にもたれかかってきたことに、さすがに進吾も驚きの反応を隠せない。

だが、当の晶がこうしてほしいと控えめにおねだりをしてくるのを見てしまっては、進吾も断る手段を持つことが出来ず、されるがままとなってしまう。



晶がその身で感じる進吾のたくましさ。

まるで、どんな不幸からも自分を包み込んで護ってくれそうな、そんな屈強さを感じる。

こうして進吾に触れているだけで、ますます自分の心が騒いでくる。

でも、それは決して嫌なものではなく、むしろもっとこうしていたいとさえ思える、本当に心地のいいもの。

ますます、欲しいと思ってしまう。







――――この、青山 進吾という男性を――――







欲しくて欲しくて、たまらなくなってくる。

こうして触れているだけで、そんなわがままな心が暴れまわってくる。

愛しい。

愛してる。

愛して欲しい。



わがままな自分の思いが、天井知らずに膨れ上がっていくのを自覚する。

そして、それを止められない。

否、もう止める気など起こらない。

むしろ、この暴れまわる本能のままに行動したくてたまらなくなってくる。



それは、晶にとってどれほど甘美で、どれほどの劇薬になるのか…

その味を知ってしまえば、決して戻ることなどできないと断言できる。



パズルのピースが噛み合うように、晶の中でカチリと音を立てて何かが噛み合う。

そして、それが動き出す。

もう止められない。

止まらない。



そんな晶の心境など知る由もなく、進吾は戸惑いの表情を見せながらもただただ、晶の身体を支える役割を果たすのであった。

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