お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話
これからはこんな機会をいっぱい、作っていこうな…
「ふい~、さすがに疲れたかな~」
予定よりも一日早く、家族旅行に向かうことができた高宮家。
週末ではあるが、まだ平日ということもあり、比較的交通状況もいい中で、順調に目的地へと進むことができている。
そして、出発から走り続けること三時間程。
都会の喧騒から離れた、山々に囲まれた風景の中にある、最初の休憩地点として入るサービスエリア。
ずっと運転し続けていた翔羽は、車からその長身痩躯を出すと、同じ姿勢で凝り固まった身体をほぐすかのように伸ばし始める。
「お父さん、お疲れ様」
そんな父、翔羽に、いつの間にか買ってきていたスポーツドリンクのペットボトルを差し出す涼羽。
周囲の誰もが目を奪われるであろう笑顔を浮かべ、その笑顔を翔羽に向けながら。
「!おお、ありがとう…涼羽…」
目に入れても痛くないと豪語できるほどに溺愛している息子の涼羽の気配りがまた嬉しくて…
その嬉しさを隠すどころか、思いっきり周囲の人間に見てもらおうとするかのように、とびっきりのさわやかな笑顔として表現する。
コーヒーや炭酸がいまいち苦手で、こういったスポーツドリンクが自分の好みであることを、涼羽がちゃんと把握してくれていることも嬉しくなる要員の一つとなっている。
「ううん、こっちこそありがとう。お父さんがずっと車運転してくれてるから、俺も羽月もずっと楽させてもらえてるし」
「そうだよ!お父さん、ありがとう!」
そして、最愛の子供達である涼羽と羽月にこんなことを言ってもらえると、翔羽は本当にこの家族旅行に行けてよかったと、心の底から思えてくる。
せっかくの人並み以上に整った顔が、少しだらしなくなってしまうのはご愛嬌と言ったところか。
翔羽はそのスタイルのよさがはっきりと分かる、仕事着普段着兼用の半袖の白のYシャツに、涼しげな水色のスリムジーンズ、それにスポーツ用のスニーカーといういでたち。
涼羽はいつも通りの、少し暑さを感じる季節になっているにも関わらず、長袖のパーカーに少しダボっとしたジーンズで、上下共黒一色。
羽月は明るさを感じさせる薄い緑色の半袖カットソーに、白のフレアータイプの膝丈のスカート、水色のハイソックスというコーディネイト。
翔羽と羽月の二人が、清涼感を意識した涼しげなコーディネイトの中、涼羽はその季節感をまるで無視しているかのような黒一色の布面積の多いものを、好んで着ている。
出かける前にも、父と妹の二人から、『この時期にそれは…』という渋い顔をされているのだが、涼羽本人がどうも黒一色のコーディネイトを非常に好んでおり、しかも肌を出すことを嫌っているため、翔羽と羽月の二人も、涼羽のこの意思を変えることは、残念ながらできなかった。
だが、それでもその亡き母の容姿を受け継いだ、今年十八歳になる男子とは思えないほどに整った、幼げな美少女顔と、その清楚でお淑やかな雰囲気が、コーディネイトの駄目さをまるで感じなくさせてしまっている。
しかも、同じように母の容姿を受け継いでおり、幼げだが整った美少女顔に天真爛漫で無邪気な雰囲気の羽月に、爽やかで若々しく、線が細く整った、まさに美形と言える顔立ちの翔羽まで揃っており…
そんな家族が周囲の目を惹かないわけなどなく…
「ほほ~…すごいべっぴんなお嬢ちゃん達に、男前な兄さんがおるな~」
「あらまあ、見てるだけでいい気分になれちゃう…」
高宮家の三人を見て、いいものを見たという気分に浸れている老夫婦。
「おいおい!あの娘達、めっちゃ可愛くね?」
「うわ、マジ可愛いな!」
「しかも、ちっちゃい娘の方…妹ちゃんかな?お姉ちゃんにめっちゃべったりしてるな!」
「しかもお姉ちゃんの方が妹ちゃんのこと、めっちゃ優しく甘えさせてるし!」
「あんだけ可愛かったら、アイドルとしてTVにも出てそうだよな!」
涼羽と羽月の仲睦まじい様子を見て、思わず鼻の下を伸ばしてしまう若い男子グループ
「ね、ねえねえ!見て見て!あそこ!」
「!やだ~、すっごいイケメン!」
「爽やかだし、身長高いし、スタイルいいし…しかもすっごく仕事できそう!」
「あ~んもお!見てるだけで目の保養になっちゃう!」
子供達の仲睦まじい様子を見て幸せそうな笑顔を浮かべている翔羽を見て、きゃいきゃいと盛り上がってしまう女子グループ。
それぞれが、美形揃いの高宮家の面々を見て、目の保養としてしまっている。
「うわあ~…いいないいな…この山に囲まれた風景…」
そんな周囲の視線などまるで気にすることなどなく、ただただ、涼羽はこの山々に囲まれた、自然に満ち溢れた風景を見て、無邪気に喜んでいる。
いつもなら、お淑やかで落ち着いた感じの笑顔なのだが、今この時は本当に幼い子供のように無邪気な笑顔を、その顔に浮かべている。
「ほんとほんと!すごいね!お兄ちゃん!」
そんな兄、涼羽に引っ張られるかのように、羽月も無邪気な笑顔を浮かべながら、涼羽と一緒に喜んでいる。
涼羽も羽月も、旅行どころか自宅と学校の往復がほとんどであり、どこかに出かけるとしても、せいぜい最寄の駅前が精一杯だったのだ。
学校行事としての旅行は確かにあったのだが、涼羽は家庭を最優先させるためにその手の行事を全て欠席してきてしまっているのだ。
加えて、以前は本当に誰も寄り付かない状態であったため、友達とどこかに行く、ということもなく、本当に学校と自宅以外の風景を見ることなど、なかったのだ。
羽月は、涼羽と離れるのが嫌で本当はそういった旅行系の学校行事を欠席しようとしたのだが、他でもない兄、涼羽の『羽月はちゃんと行ってきて。羽月まで、俺みたいにすることなんて、ないよ』という一言があり、無事に参加することができ、そういった行事に参加できなかった兄の分までしっかりと楽しむことができている。
そこまでして家のため、家族のために尽くしてきてくれた兄、涼羽が今、こんな風に自分と一緒に旅行に行くことができて、しかもこんなにも無邪気に喜んでいる姿を見て、羽月は今、そのことが本当に嬉しくて嬉しくてたまらない。
兄の幸せは、自分の幸せのように感じてしまう。
兄の喜びは、自分の喜びのように感じてしまう。
まだ出発したばかりの旅行ではあるのだが、もうすでに兄妹揃って目一杯楽しんで、喜んでいる。
「(涼羽も羽月も…俺がいなかったばっかりに不憫な思いばかりさせてしまって…でも、これからはこんな機会をいっぱい、作っていこうな…)」
翔羽は、今回の家族旅行に行こうと思う前に、羽月からこっそりと、涼羽が学校の旅行行事を欠席してまで家のためにしてきてくれたこと、そして、自分が行けなかったにも関わらず、妹である羽月にはちゃんと行ってくるように言ってくれたことを聞かされている。
涼羽本人が、わざわざそんなことを自分から言うはずもないのは、この世に生まれてからずっと一緒に暮らしてきた妹である羽月が一番、よく分かっているから。
そして、それを父、翔羽に伝えないと、今回のような機会を得ることはできないんじゃないかと、思ったから。
当然のごとく、それを今まで一番近くで見てきた羽月からそれを聞かされた翔羽は、そんな涼羽が本当に不憫でたまらなくなり、同時にそこまでして家のことに取り組み、家族のために尽くしてきてくれたことに感謝の思いでいっぱいになってしまう。
もちろん、単身赴任から帰ってきて、涼羽が自分のことをいろいろとしてくれるようになってから、その感謝の思いは日に日に積み重ねられ、大きくなっていっているのだが…
そんな話を聞かされては、もうすでに高く大きく積み重なっているものに、さらに大きなものが積み重なってしまうのは、当然と言える。
今更、過ぎてしまった時間が戻らないのは当然のことなのだが、それでもこれから、そういう機会を作っていくことはできる。
その思いもあり、今回の旅行を決めたわけなのだが。
もうすでに、こんなにも無邪気に喜んでくれる二人の子供を見て、翔羽は本当に嬉しくて幸せな思いでいっぱいになってくる。
これからも、二人が喜んでくれることをいっぱいしていこうと、翔羽は改めて心に決めるのであった。
「あ!お兄ちゃん、あれ見て!」
「え?どれ?」
「ほらほら!足湯だって!」
「あ!ほんとだ!」
「ねえねえ、お兄ちゃん、一緒に足湯入ってみようよ!」
「うん!入ってみよう!」
サービスエリアの施設となる建物の隅の方に、足湯のスペースがあるのを羽月が見つけ、それを涼羽に教えて、一緒に入ろうと促してくる。
涼羽もそれを見て、面白そうでたまらなくなり、羽月と一緒にそのスペースまで、ぱたぱたと足音を立てながら移動していく。
「お、おいおい!どうせならお父さんも一緒に入れてくれ!」
そんな二人を見て頬を緩ませながら、涼羽と羽月を追いかけるように足湯スペースに翔羽も移動を始める。
これが家族揃っての初めての旅行ということもあり、三人共、本当に楽しそうに嬉しそうにしている。
特にいつも落ち着いて、大人しい印象の涼羽が、羽月と同じように無邪気にはしゃいでいる様子は、羽月と翔羽にとっても非常に新鮮で、そんな涼羽を見ているだけで旅行そのものが本当に楽しくなっていく。
「えへへ~♪足湯なんて初めてだね~」
「うん、初めてだね」
「お父さんも初めてだな!」
さほど時間もかからず、足湯スペースについた翔羽、涼羽、羽月の三人は、入り口で靴とソックスを脱ぐと、宿の温泉を思わせる石造りのスペースにそのままの並びで入り、座っていく。
そして、ジーンズである涼羽と翔羽は裾をめくって膝の下まで露にすると、程よく湯気のたっているお湯にそっと、足を浸からせる。
「ふあ~、あったか~い」
「あったかくて、気持ちいい~」
「あ~、疲れが吹き飛びそうだな~」
足から伝わってくるそのほんわかとした感覚に、三人共ほうっとした、幸せな表情を浮かべる。
実際、本当に日々の疲れを癒してくれそうな温かさがたまらなくて、親子三人仲良くそれに浸っている。
この日は平日で大型連休などでもないため、比較的すいていてすんなり入ることができたため、それほど後から入る人を気にすることもなく、少し羽を伸ばすかのようにそこにいることとなった。
「お、おい…あの黒尽くめの子の脚…」
「ああ…形良くて、めっちゃ綺麗だよな…」
「ちっちゃい方の子も、いい感じの形で綺麗な脚してるよな」
「しかも透き通るような真っ白な肌だから、余計に目立つよな」
足湯に浸かるということで、当然ながら涼羽と羽月の脚が露になり、そこに注目が行くこととなる。
特に涼羽は、黒一色のジーンズの裾をめくっていることもあり、そこから見える肌の白さが余計に対比を生み出しており、なおのこと目立ってしまう。
「…(なんだこの男共は…うちの子達の脚をジロジロと…)」
だが、チラ見というレベルで収まらずかなり露骨に、無遠慮に可愛い子供達の脚を見られていることに対し、二人の父親である翔羽は当然ながらいい気分になどなれない。
「あの~…」
「?え?」
「隣の二人の子って、あなたの妹さんですか~?」
「もしかして、お子さんですか?」
急激にその気分が下降しているところの翔羽に、いきなりかかる声。
声の方に振り向くと、そこには清涼感ある服装で綺麗に着飾った、若い女性達の姿がある。
ナチュラルだが化粧もしており、それなりに大人びた感じはあるものの、顔の造詣そのものはまだ幼さが残っているところから見て、現役の女子大生といったところか。
普通に見ても十分に綺麗だと言える、整った顔立ちをしており、通っている学校でもかなり異性から言い寄られているのではないかと、思える。
翔羽を見る目が、TVに出ているようなイケメン俳優を見るような感じであり、俗に言う逆ナンを仕掛けてきているであろうことが、周囲の人間からは分かってしまっていた。
「あ、ああ…あの子達は私の子供ですが…」
「わ~!そうなんですね~!すっごく可愛いです!」
「それに、すっごくお若いお父さんなんですね~!」
「ど、どうも…」
「もしかして、俳優とかされてるんですか?」
「え?い、いや…そんなことはないですよ。至って普通の会社員をしてます」
「え~そうなんだ~…だって、今時の俳優とかアイドルとかと比べても、すっごくイケメンなのに」
「は、はは…そんなことは…」
「あの~、もしよかったら、お時間ありますか?」
「は?」
「よかったら、私達とお食事でもどうですか?」
いきなり見知らぬ若い女子達に、食事に誘われることとなった翔羽。
一体この子達は何を言っているんだろうと、少し間の抜けた表情を浮かべてしまう。
「あ、あの…ちょっと聞きたいのですが…」
「そんなにかしこまった口調じゃなくてもいいですよ」
「私達、今年二十歳になるところなんで、年下だと思います」
「なので、敬語なんてこっちがかしこまっちゃうくらいですから」
「そ、そうか…では改めて…君達には、私はいくつくらいに見えているんだい?」
「?なんでそんなこと、聞くんですか?」
「な、なんとなく聞いてみたくてね…」
「え~?どう見ても二十代半ばくらいですよね~?」
「うん、私もそうにしか見えない」
「そ、そうか…」
いきなりな翔羽の質問に、今度は女子大生達がきょとんとする番となるものの…
それが当然と言わんばかりに返される彼女達の声を聞いて、翔羽はがっくりするようにうなだれてしまう。
自分の子供である涼羽とそれほど変わらない年齢の女子達にナンパされていることに、翔羽はやはり自分には年齢相応の威厳というか、渋みというものはないのかと思ってしまう。
「?お父さん、その人達は?」
それまで自分の隣に座っている妹、羽月と楽しく会話をしていた涼羽だったが、ようやくと言った感じで逆隣に座っている父が見知らぬ女子達と会話をしていることに気づき、声をかける。
「あ、ああ…俺も知らない子達なんだが、いきなり声をかけられてね」
「そうなんだ…何かお父さんに用でもあるの?」
「いや…なんか一緒に食事でもどうか、って言ってきててな」
その容姿ゆえ、割と逆ナンに遭遇することの多い翔羽なのだが、本人がやはり自分の容姿に自覚があまりないのか、こういう場面ではどこかおろおろとした印象になってしまう。
ましてや、自分の子供と言っても差し支えのないほどの年齢差のある女の子にそんなことをされると、嬉しいという思いなどなく、逆に年齢相応の威厳というものがないと言われているようでがっくりしてしまう。
「わあ~…顔もすっごく可愛いけど、声も可愛い~」
「ねえねえ!もうちょうどいい時間だし、これからお食事するんでしょ?これから、私達もご一緒させてもらってもいいかな?」
割と図々しく、家族水入らずである高宮家の食事に混ざらせてもらおうとまで思っている女子大生達。
自分達がナンパしようとしている男性の子供である涼羽が本当に可愛らしいこともあって、どうせならと涼羽と羽月も一緒にと思っている。
さすがに彼女達のそんな声を聞いて、せっかくの家族水入らずを満喫しようと思っていた翔羽は冗談じゃないという思いになり、しかしなんと言って断るべきかと頭をフル回転させている。
「そうなんですか…でも、ごめんなさい」
しかし、父、翔羽がまとまっていない言葉を発そうとするよりも先に、涼羽がやんわりとお断りと、それによる謝罪の二つの意味を含んだ声を、女子大生達に返す。
「え?なんで?」
「何かまずいことでもあるの?」
涼羽のその一言だけでは納得がいかなかったのか、女子大生達は思わず涼羽に食いかかるように疑問の言葉を発する。
「今日は、僕達家族の、初めての家族水いらずの旅行なんです」
「!え、そうなの?」
「そうです。こうして家族一緒に旅行に行くこと自体が本当に初めてで…」
「………」
「そのためにお父さんも、かなり無理して仕事してようやく取れた休暇なので…お父さんをゆっくりさせてあげたいって思ってて…」
「…そうなの…」
「お姉さん達のお誘いは嬉しいんですけど…ごめんなさい…今回は、僕達家族だけでゆっくりさせてもらっても、いいですか?」
そんな女子大生達にぽつぽつと語られる涼羽の思いと、これが一家で初めての家族旅行であること。
決して相手が悪いとは思わず、むしろせっかくのお誘いをフイにしてしまって申し訳ないという、そんな思いが込められた涼羽の表情。
そんな言葉を聞かされて、そんな表情を見せられて…
これでまだ、自分達の意思を通そうとするのなら、本当に自分達の方が悪者であると思えてしまう女子大生達。
もちろん、そんなことを意に介さず我意を通そうとする輩もいるのだが、幸いにもこの女子大生達はそういう類の人間ではなかったようだ。
「…そうなのね、むしろこっちがごめんなさい」
「ようやくって感じで行けた家族水入らずの旅行を邪魔するような真似、しちゃって」
「!い、いえ…そんな…」
「あ~ほんとあなたがうらやましいな~」
「え?」
「だって、そんなにも無理して仕事して…そこまでして子供達を旅行に行きたいって思ってるなんて…こんなにもいいお父さんがいるなんて、ほんとにうらやましい」
「………」
「ね、だから初めての家族旅行、思いっきり楽しんできてね」
「お父さんも、ゆっくりお休みしながら、いっぱい子供達と楽しんできてくださいね」
「あ、ああ、ありがとう」
「ありがとうございます…お姉さん達」
自分達が今、大学在学中で一人暮らしをしていることもあり、なんだか実家に帰って、家族と団欒を過ごしたくなってきた女子大生達。
こんなにも仲睦まじい雰囲気を見せてもらえて、本当に幸せをおすそ分けしてもらえたような感覚にまで、なってしまう。
そんな高宮家の面々を微笑ましい目で見ながら、彼女達はその場を後にする。
「涼羽、羽月…この旅行、思いっきり楽しもうな」
「うん、お父さん」
「うん!」
家族で初めて。
それだけで、もう全てが楽しみで仕方がない。
次はどんな楽しみが訪れるのか、遠足前の子供のような、わくわくした感覚が絶えない涼羽と羽月、そして翔羽の三人なので、あった。
予定よりも一日早く、家族旅行に向かうことができた高宮家。
週末ではあるが、まだ平日ということもあり、比較的交通状況もいい中で、順調に目的地へと進むことができている。
そして、出発から走り続けること三時間程。
都会の喧騒から離れた、山々に囲まれた風景の中にある、最初の休憩地点として入るサービスエリア。
ずっと運転し続けていた翔羽は、車からその長身痩躯を出すと、同じ姿勢で凝り固まった身体をほぐすかのように伸ばし始める。
「お父さん、お疲れ様」
そんな父、翔羽に、いつの間にか買ってきていたスポーツドリンクのペットボトルを差し出す涼羽。
周囲の誰もが目を奪われるであろう笑顔を浮かべ、その笑顔を翔羽に向けながら。
「!おお、ありがとう…涼羽…」
目に入れても痛くないと豪語できるほどに溺愛している息子の涼羽の気配りがまた嬉しくて…
その嬉しさを隠すどころか、思いっきり周囲の人間に見てもらおうとするかのように、とびっきりのさわやかな笑顔として表現する。
コーヒーや炭酸がいまいち苦手で、こういったスポーツドリンクが自分の好みであることを、涼羽がちゃんと把握してくれていることも嬉しくなる要員の一つとなっている。
「ううん、こっちこそありがとう。お父さんがずっと車運転してくれてるから、俺も羽月もずっと楽させてもらえてるし」
「そうだよ!お父さん、ありがとう!」
そして、最愛の子供達である涼羽と羽月にこんなことを言ってもらえると、翔羽は本当にこの家族旅行に行けてよかったと、心の底から思えてくる。
せっかくの人並み以上に整った顔が、少しだらしなくなってしまうのはご愛嬌と言ったところか。
翔羽はそのスタイルのよさがはっきりと分かる、仕事着普段着兼用の半袖の白のYシャツに、涼しげな水色のスリムジーンズ、それにスポーツ用のスニーカーといういでたち。
涼羽はいつも通りの、少し暑さを感じる季節になっているにも関わらず、長袖のパーカーに少しダボっとしたジーンズで、上下共黒一色。
羽月は明るさを感じさせる薄い緑色の半袖カットソーに、白のフレアータイプの膝丈のスカート、水色のハイソックスというコーディネイト。
翔羽と羽月の二人が、清涼感を意識した涼しげなコーディネイトの中、涼羽はその季節感をまるで無視しているかのような黒一色の布面積の多いものを、好んで着ている。
出かける前にも、父と妹の二人から、『この時期にそれは…』という渋い顔をされているのだが、涼羽本人がどうも黒一色のコーディネイトを非常に好んでおり、しかも肌を出すことを嫌っているため、翔羽と羽月の二人も、涼羽のこの意思を変えることは、残念ながらできなかった。
だが、それでもその亡き母の容姿を受け継いだ、今年十八歳になる男子とは思えないほどに整った、幼げな美少女顔と、その清楚でお淑やかな雰囲気が、コーディネイトの駄目さをまるで感じなくさせてしまっている。
しかも、同じように母の容姿を受け継いでおり、幼げだが整った美少女顔に天真爛漫で無邪気な雰囲気の羽月に、爽やかで若々しく、線が細く整った、まさに美形と言える顔立ちの翔羽まで揃っており…
そんな家族が周囲の目を惹かないわけなどなく…
「ほほ~…すごいべっぴんなお嬢ちゃん達に、男前な兄さんがおるな~」
「あらまあ、見てるだけでいい気分になれちゃう…」
高宮家の三人を見て、いいものを見たという気分に浸れている老夫婦。
「おいおい!あの娘達、めっちゃ可愛くね?」
「うわ、マジ可愛いな!」
「しかも、ちっちゃい娘の方…妹ちゃんかな?お姉ちゃんにめっちゃべったりしてるな!」
「しかもお姉ちゃんの方が妹ちゃんのこと、めっちゃ優しく甘えさせてるし!」
「あんだけ可愛かったら、アイドルとしてTVにも出てそうだよな!」
涼羽と羽月の仲睦まじい様子を見て、思わず鼻の下を伸ばしてしまう若い男子グループ
「ね、ねえねえ!見て見て!あそこ!」
「!やだ~、すっごいイケメン!」
「爽やかだし、身長高いし、スタイルいいし…しかもすっごく仕事できそう!」
「あ~んもお!見てるだけで目の保養になっちゃう!」
子供達の仲睦まじい様子を見て幸せそうな笑顔を浮かべている翔羽を見て、きゃいきゃいと盛り上がってしまう女子グループ。
それぞれが、美形揃いの高宮家の面々を見て、目の保養としてしまっている。
「うわあ~…いいないいな…この山に囲まれた風景…」
そんな周囲の視線などまるで気にすることなどなく、ただただ、涼羽はこの山々に囲まれた、自然に満ち溢れた風景を見て、無邪気に喜んでいる。
いつもなら、お淑やかで落ち着いた感じの笑顔なのだが、今この時は本当に幼い子供のように無邪気な笑顔を、その顔に浮かべている。
「ほんとほんと!すごいね!お兄ちゃん!」
そんな兄、涼羽に引っ張られるかのように、羽月も無邪気な笑顔を浮かべながら、涼羽と一緒に喜んでいる。
涼羽も羽月も、旅行どころか自宅と学校の往復がほとんどであり、どこかに出かけるとしても、せいぜい最寄の駅前が精一杯だったのだ。
学校行事としての旅行は確かにあったのだが、涼羽は家庭を最優先させるためにその手の行事を全て欠席してきてしまっているのだ。
加えて、以前は本当に誰も寄り付かない状態であったため、友達とどこかに行く、ということもなく、本当に学校と自宅以外の風景を見ることなど、なかったのだ。
羽月は、涼羽と離れるのが嫌で本当はそういった旅行系の学校行事を欠席しようとしたのだが、他でもない兄、涼羽の『羽月はちゃんと行ってきて。羽月まで、俺みたいにすることなんて、ないよ』という一言があり、無事に参加することができ、そういった行事に参加できなかった兄の分までしっかりと楽しむことができている。
そこまでして家のため、家族のために尽くしてきてくれた兄、涼羽が今、こんな風に自分と一緒に旅行に行くことができて、しかもこんなにも無邪気に喜んでいる姿を見て、羽月は今、そのことが本当に嬉しくて嬉しくてたまらない。
兄の幸せは、自分の幸せのように感じてしまう。
兄の喜びは、自分の喜びのように感じてしまう。
まだ出発したばかりの旅行ではあるのだが、もうすでに兄妹揃って目一杯楽しんで、喜んでいる。
「(涼羽も羽月も…俺がいなかったばっかりに不憫な思いばかりさせてしまって…でも、これからはこんな機会をいっぱい、作っていこうな…)」
翔羽は、今回の家族旅行に行こうと思う前に、羽月からこっそりと、涼羽が学校の旅行行事を欠席してまで家のためにしてきてくれたこと、そして、自分が行けなかったにも関わらず、妹である羽月にはちゃんと行ってくるように言ってくれたことを聞かされている。
涼羽本人が、わざわざそんなことを自分から言うはずもないのは、この世に生まれてからずっと一緒に暮らしてきた妹である羽月が一番、よく分かっているから。
そして、それを父、翔羽に伝えないと、今回のような機会を得ることはできないんじゃないかと、思ったから。
当然のごとく、それを今まで一番近くで見てきた羽月からそれを聞かされた翔羽は、そんな涼羽が本当に不憫でたまらなくなり、同時にそこまでして家のことに取り組み、家族のために尽くしてきてくれたことに感謝の思いでいっぱいになってしまう。
もちろん、単身赴任から帰ってきて、涼羽が自分のことをいろいろとしてくれるようになってから、その感謝の思いは日に日に積み重ねられ、大きくなっていっているのだが…
そんな話を聞かされては、もうすでに高く大きく積み重なっているものに、さらに大きなものが積み重なってしまうのは、当然と言える。
今更、過ぎてしまった時間が戻らないのは当然のことなのだが、それでもこれから、そういう機会を作っていくことはできる。
その思いもあり、今回の旅行を決めたわけなのだが。
もうすでに、こんなにも無邪気に喜んでくれる二人の子供を見て、翔羽は本当に嬉しくて幸せな思いでいっぱいになってくる。
これからも、二人が喜んでくれることをいっぱいしていこうと、翔羽は改めて心に決めるのであった。
「あ!お兄ちゃん、あれ見て!」
「え?どれ?」
「ほらほら!足湯だって!」
「あ!ほんとだ!」
「ねえねえ、お兄ちゃん、一緒に足湯入ってみようよ!」
「うん!入ってみよう!」
サービスエリアの施設となる建物の隅の方に、足湯のスペースがあるのを羽月が見つけ、それを涼羽に教えて、一緒に入ろうと促してくる。
涼羽もそれを見て、面白そうでたまらなくなり、羽月と一緒にそのスペースまで、ぱたぱたと足音を立てながら移動していく。
「お、おいおい!どうせならお父さんも一緒に入れてくれ!」
そんな二人を見て頬を緩ませながら、涼羽と羽月を追いかけるように足湯スペースに翔羽も移動を始める。
これが家族揃っての初めての旅行ということもあり、三人共、本当に楽しそうに嬉しそうにしている。
特にいつも落ち着いて、大人しい印象の涼羽が、羽月と同じように無邪気にはしゃいでいる様子は、羽月と翔羽にとっても非常に新鮮で、そんな涼羽を見ているだけで旅行そのものが本当に楽しくなっていく。
「えへへ~♪足湯なんて初めてだね~」
「うん、初めてだね」
「お父さんも初めてだな!」
さほど時間もかからず、足湯スペースについた翔羽、涼羽、羽月の三人は、入り口で靴とソックスを脱ぐと、宿の温泉を思わせる石造りのスペースにそのままの並びで入り、座っていく。
そして、ジーンズである涼羽と翔羽は裾をめくって膝の下まで露にすると、程よく湯気のたっているお湯にそっと、足を浸からせる。
「ふあ~、あったか~い」
「あったかくて、気持ちいい~」
「あ~、疲れが吹き飛びそうだな~」
足から伝わってくるそのほんわかとした感覚に、三人共ほうっとした、幸せな表情を浮かべる。
実際、本当に日々の疲れを癒してくれそうな温かさがたまらなくて、親子三人仲良くそれに浸っている。
この日は平日で大型連休などでもないため、比較的すいていてすんなり入ることができたため、それほど後から入る人を気にすることもなく、少し羽を伸ばすかのようにそこにいることとなった。
「お、おい…あの黒尽くめの子の脚…」
「ああ…形良くて、めっちゃ綺麗だよな…」
「ちっちゃい方の子も、いい感じの形で綺麗な脚してるよな」
「しかも透き通るような真っ白な肌だから、余計に目立つよな」
足湯に浸かるということで、当然ながら涼羽と羽月の脚が露になり、そこに注目が行くこととなる。
特に涼羽は、黒一色のジーンズの裾をめくっていることもあり、そこから見える肌の白さが余計に対比を生み出しており、なおのこと目立ってしまう。
「…(なんだこの男共は…うちの子達の脚をジロジロと…)」
だが、チラ見というレベルで収まらずかなり露骨に、無遠慮に可愛い子供達の脚を見られていることに対し、二人の父親である翔羽は当然ながらいい気分になどなれない。
「あの~…」
「?え?」
「隣の二人の子って、あなたの妹さんですか~?」
「もしかして、お子さんですか?」
急激にその気分が下降しているところの翔羽に、いきなりかかる声。
声の方に振り向くと、そこには清涼感ある服装で綺麗に着飾った、若い女性達の姿がある。
ナチュラルだが化粧もしており、それなりに大人びた感じはあるものの、顔の造詣そのものはまだ幼さが残っているところから見て、現役の女子大生といったところか。
普通に見ても十分に綺麗だと言える、整った顔立ちをしており、通っている学校でもかなり異性から言い寄られているのではないかと、思える。
翔羽を見る目が、TVに出ているようなイケメン俳優を見るような感じであり、俗に言う逆ナンを仕掛けてきているであろうことが、周囲の人間からは分かってしまっていた。
「あ、ああ…あの子達は私の子供ですが…」
「わ~!そうなんですね~!すっごく可愛いです!」
「それに、すっごくお若いお父さんなんですね~!」
「ど、どうも…」
「もしかして、俳優とかされてるんですか?」
「え?い、いや…そんなことはないですよ。至って普通の会社員をしてます」
「え~そうなんだ~…だって、今時の俳優とかアイドルとかと比べても、すっごくイケメンなのに」
「は、はは…そんなことは…」
「あの~、もしよかったら、お時間ありますか?」
「は?」
「よかったら、私達とお食事でもどうですか?」
いきなり見知らぬ若い女子達に、食事に誘われることとなった翔羽。
一体この子達は何を言っているんだろうと、少し間の抜けた表情を浮かべてしまう。
「あ、あの…ちょっと聞きたいのですが…」
「そんなにかしこまった口調じゃなくてもいいですよ」
「私達、今年二十歳になるところなんで、年下だと思います」
「なので、敬語なんてこっちがかしこまっちゃうくらいですから」
「そ、そうか…では改めて…君達には、私はいくつくらいに見えているんだい?」
「?なんでそんなこと、聞くんですか?」
「な、なんとなく聞いてみたくてね…」
「え~?どう見ても二十代半ばくらいですよね~?」
「うん、私もそうにしか見えない」
「そ、そうか…」
いきなりな翔羽の質問に、今度は女子大生達がきょとんとする番となるものの…
それが当然と言わんばかりに返される彼女達の声を聞いて、翔羽はがっくりするようにうなだれてしまう。
自分の子供である涼羽とそれほど変わらない年齢の女子達にナンパされていることに、翔羽はやはり自分には年齢相応の威厳というか、渋みというものはないのかと思ってしまう。
「?お父さん、その人達は?」
それまで自分の隣に座っている妹、羽月と楽しく会話をしていた涼羽だったが、ようやくと言った感じで逆隣に座っている父が見知らぬ女子達と会話をしていることに気づき、声をかける。
「あ、ああ…俺も知らない子達なんだが、いきなり声をかけられてね」
「そうなんだ…何かお父さんに用でもあるの?」
「いや…なんか一緒に食事でもどうか、って言ってきててな」
その容姿ゆえ、割と逆ナンに遭遇することの多い翔羽なのだが、本人がやはり自分の容姿に自覚があまりないのか、こういう場面ではどこかおろおろとした印象になってしまう。
ましてや、自分の子供と言っても差し支えのないほどの年齢差のある女の子にそんなことをされると、嬉しいという思いなどなく、逆に年齢相応の威厳というものがないと言われているようでがっくりしてしまう。
「わあ~…顔もすっごく可愛いけど、声も可愛い~」
「ねえねえ!もうちょうどいい時間だし、これからお食事するんでしょ?これから、私達もご一緒させてもらってもいいかな?」
割と図々しく、家族水入らずである高宮家の食事に混ざらせてもらおうとまで思っている女子大生達。
自分達がナンパしようとしている男性の子供である涼羽が本当に可愛らしいこともあって、どうせならと涼羽と羽月も一緒にと思っている。
さすがに彼女達のそんな声を聞いて、せっかくの家族水入らずを満喫しようと思っていた翔羽は冗談じゃないという思いになり、しかしなんと言って断るべきかと頭をフル回転させている。
「そうなんですか…でも、ごめんなさい」
しかし、父、翔羽がまとまっていない言葉を発そうとするよりも先に、涼羽がやんわりとお断りと、それによる謝罪の二つの意味を含んだ声を、女子大生達に返す。
「え?なんで?」
「何かまずいことでもあるの?」
涼羽のその一言だけでは納得がいかなかったのか、女子大生達は思わず涼羽に食いかかるように疑問の言葉を発する。
「今日は、僕達家族の、初めての家族水いらずの旅行なんです」
「!え、そうなの?」
「そうです。こうして家族一緒に旅行に行くこと自体が本当に初めてで…」
「………」
「そのためにお父さんも、かなり無理して仕事してようやく取れた休暇なので…お父さんをゆっくりさせてあげたいって思ってて…」
「…そうなの…」
「お姉さん達のお誘いは嬉しいんですけど…ごめんなさい…今回は、僕達家族だけでゆっくりさせてもらっても、いいですか?」
そんな女子大生達にぽつぽつと語られる涼羽の思いと、これが一家で初めての家族旅行であること。
決して相手が悪いとは思わず、むしろせっかくのお誘いをフイにしてしまって申し訳ないという、そんな思いが込められた涼羽の表情。
そんな言葉を聞かされて、そんな表情を見せられて…
これでまだ、自分達の意思を通そうとするのなら、本当に自分達の方が悪者であると思えてしまう女子大生達。
もちろん、そんなことを意に介さず我意を通そうとする輩もいるのだが、幸いにもこの女子大生達はそういう類の人間ではなかったようだ。
「…そうなのね、むしろこっちがごめんなさい」
「ようやくって感じで行けた家族水入らずの旅行を邪魔するような真似、しちゃって」
「!い、いえ…そんな…」
「あ~ほんとあなたがうらやましいな~」
「え?」
「だって、そんなにも無理して仕事して…そこまでして子供達を旅行に行きたいって思ってるなんて…こんなにもいいお父さんがいるなんて、ほんとにうらやましい」
「………」
「ね、だから初めての家族旅行、思いっきり楽しんできてね」
「お父さんも、ゆっくりお休みしながら、いっぱい子供達と楽しんできてくださいね」
「あ、ああ、ありがとう」
「ありがとうございます…お姉さん達」
自分達が今、大学在学中で一人暮らしをしていることもあり、なんだか実家に帰って、家族と団欒を過ごしたくなってきた女子大生達。
こんなにも仲睦まじい雰囲気を見せてもらえて、本当に幸せをおすそ分けしてもらえたような感覚にまで、なってしまう。
そんな高宮家の面々を微笑ましい目で見ながら、彼女達はその場を後にする。
「涼羽、羽月…この旅行、思いっきり楽しもうな」
「うん、お父さん」
「うん!」
家族で初めて。
それだけで、もう全てが楽しみで仕方がない。
次はどんな楽しみが訪れるのか、遠足前の子供のような、わくわくした感覚が絶えない涼羽と羽月、そして翔羽の三人なので、あった。
「その他」の人気作品
書籍化作品
-
-
1978
-
-
440
-
-
93
-
-
1
-
-
969
-
-
516
-
-
2813
-
-
841
-
-
23252
コメント