お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話
いや~明洋君、ほんとにすごい勢いで回復してってるね~!!
「なんでよ…どうして私ばっかり…」
もう入院してからしばらく経つのだが、未だに他の患者と親しくなれないばかりか、ますます孤立していっている千茅。
確かに美人ではあるのだが、自分中心の思考によるとっつきづらさがこのところますます表に出てしまっているため、最初は美人だと思って鼻の下を伸ばしていた男性患者達ですら、彼女を嫌悪するようになってしまった。
自分は正しい。
間違っていない。
だが、その思考を通そうとすればするほど、周囲は自分を嫌悪するようになっていく。
自分の主張を通そうとすればするほど、自分から人が離れていく。
現在計画中のプランも、相変わらず求める人材の募集がない。
それどころか、目に見えて募集が減っていっている。
誠一での会社でのやりとり…
あまりにも自分の方が優れているとでも言わんばかりの傲慢な態度はすぐに他の会社にも噂として伝わっていき、現在、千茅の会社の評判が急激に下落していっている。
今のところ、社のスタッフが千茅の尻拭いをしようと、懸命にフォローして、時には目一杯、商談相手はもちろん関連業者、協力会社に頭を下げて、致命的なダメージにならないように奮闘している。
しかしそれでも、契約を終了させる会社も出てきており、それは日に日に、じょじょにだが増えていっている。
このままでは、会社の存続が危ぶまれることは間違いない。
本当に、そんな局面に来ている。
社長である千茅が入院していることも手伝って、社の株価の下落は続く一方。
そのことも当然ながら千茅の耳に入っており、それがさらに千茅の心を蝕んでいく。
先日のデイルームでの大騒ぎ以来、千茅は個室となる自分の病室を出ていない。
誰からも嫌悪の目で見られる今の状況にとても外に出る気になれない。
ゆえに、涼羽にも会うことはできていない。
とはいえ、涼羽に会えたとしても、肝心の涼羽が千茅のことを完全にその心から排除してしまっており、まるで路傍の石ころを見つめるような目で何の関心もない反応をされるのがおちではあるのだが。
「……私…どうすれば……」
社のスタッフ達も懸命に会社を存続させようとはしているが、それはあくまで自分達の生活を守るための行動。
別に千茅のための行動ではない。
やはり普段からの、傲慢でヒステリックな千茅に対し、社内の人間も嫌悪を抱いている者ばかりであり、現在の千茅が入院している状況を喜んでいる節すらある。
今は千茅の会社であり、社長である千茅の判断があるからこそ、ここまでの会社になったという認識はあるのだが、それも今となっては裏目に働くことが多くなってきていて、さすがに千茅を社長としておくのも、もはや限界があるという経営判断まで出てきてしまっている。
本当は人一倍の寂しがりやで、孤独というものを心から憎む性質である千茅。
だが、根が素直ではなく、どうしても自分をよく見せようと余計な虚栄心が働いて、自分が本当は望んでいない方向に意図せず進んでしまうことの方が多い。
今、まるで自分以外誰もいないとさえ思えてくるこの状況に陥っているのも、全ては自業自得であり、それは自分の心の持ち方、人との接し方一つで一気に好転していくものなのだが…
やはりどうしても、これまでの生い立ちから来る歪んだ認識と、その傲慢さの元となっている高すぎるプライドが邪魔をしてしまっている。
非常に真っ直ぐで、好きなことや決めたことにはとことんな性質なのだから、ちょっとその方向性がいい方向に定まるだけで、全てが変わってくるはずなのに。
いい方向へと導いてくれる存在に出会うきっかけすら排除してしまっている千茅は、ただただ、自分の状況を嘆き、自分は悪くないと、自分で自分を慰めることで精一杯の状態と、なっているので、あった。
――――
「いや~明洋君、ほんとにすごい勢いで回復してってるね~!!」
「毎日毎日、すごく前向きにリハビリに取り組んでて、俺らも負けてられんって気にさせてもらえるよ!!」
「最初見たときは『根暗でとっつきづらそうな奴だな』とか思ってたけど、いや~、人は見かけによらないってほんとなんだな!!」
千茅が完全にふさぎこんで、自身の病室に引き篭もっているその時も、明洋はもはや見慣れた風景となっているリハビリテーションルームで、自身の歩行リハビリに真面目に取り組んでいる。
手術が終わり、リハビリの最初の頃は、ろくに膝が動かず、歩くこともできなかったのだが、それが今ではかなりの距離を普通に歩くことができるようになっていっている。
担当の医師からも、もはや後遺症の心配はないだろうと太鼓判を押してもらっており、リハビリ担当のスタッフも本当に真面目に黙々と、しかしそれでいて前向きにリハビリに取り組む明洋の姿に、非常に好印象を抱いている。
明洋の父である和洋、母である明子も、日に日に息子である明洋がこれまで見たこともないほどに前向きに、これまでの遅れを取り戻さんがごとくに社会復帰を目指している姿を見る度にその嬉しさを表情として顔に浮かべて、喜んでいる。
じょじょにだが、歩行リハビリの取り組みと、健康的な食事と生活の影響で太っていた身体も無駄が減っており、今では入院の当初とは見違えるほどに痩せていっている。
最初は重度の肥満だったのが、今ではやや肥満気味というレベルになっていることを考えると、どれだけ明洋が真剣に、真面目にリハビリに取り組んでいるのかがよく分かる。
そのおかげで、陰気だった見た目も以前より明るい雰囲気になっており、決して容姿がいいとは言えないが、どこか愛嬌のあるとっつきやすさがどんどん表面に現れていっている。
そのおかげで、明洋と同じように身体に大怪我を抱えてしまい、その運動機能に支障をきたしてしまっている患者達は、ひたむきな明洋の姿をいつも見せてもらうことで、どこか萎えていたリハビリに取り組む心を起こしてもらっているような感覚まで覚えている。
自身がずっと蔑まれていたこともあり、本当に人のことに対して親身になってくれる明洋と会話するだけで、何か自分の中の醜く汚いものが洗い流されていくかのような気持ちにまでさせてもらえることもあり、今ではここにいる患者達は必ず明洋に声をかけてくる。
「あ…ありがとう…ございます…」
今もこうして、明洋に対して称賛と感謝の声をかけてくれる他の患者達に対し、明洋はどこか申し訳なさそうな感じで、お礼の言葉を返す。
そして、そうしながらも歩行リハビリに取り組んでいっている。
明洋自身は、自分がこんなにも人にいい言葉をかけてもらえることに未だ戸惑いを隠せず、やはり受け答えにどもったりしてしまうものの、今となってはそんな姿も奥ゆかしい感じで見られるのか、周囲には好意的に受け止められており、むしろ明洋の個性として認識されている。
「またまた~…君は本当に控えめだね~…」
「今までが今までだから、仕方ないけどね~」
「でも、そんな君が涼羽ちゃんと羽月ちゃんみたいな子達を、身体を張ってチンピラ共から護ったってんだから、やる時はやる男なんだね~」
「そうそう!おかげで俺たちも、涼羽ちゃんと羽月ちゃんに会うことができるし!!」
「明洋君はいろんな意味で、俺たちにとって恩人だな!ほんとに!」
「機械オンチな俺にも分かりやすく、機械の使い方教えてくれるしな!!」
そして、他の患者達は、明洋のそんな前向きでひたむきな姿だけでなく、自分達が涼羽と羽月と出会えたきっかけ、そして日々会える機会を作ってくれていること。
また、機会オンチが多い患者達にとっては、今時の最新機器に詳しく、その使い方などを分かりやすく教えてくれることなど、いろいろと明洋に感謝することが多いのだ。
「…そ、そんな…でも…僕…なんかでお役に立ててるのなら…嬉しい…ですね…」
そんな他の患者達が、そんな風に自分のしたことで喜んでくれているのを見ると、なぜか本当に嬉しくなってくる今の明洋。
こんな自分でも、他の人の役に立てる。
こんな自分のしたことで、こんなにも喜んでくれる。
これまでの人生で、まるで味わったことのないその感覚。
それが、本当に嬉しくて、もっともっと味わいたくなってくる。
そして、もっともっと人の役に立ちたくなってくる。
涼羽の父である翔羽は、明洋が涼羽よりも最新の機器に詳しく。その取り扱いにも長けていること、そして涼羽が現在進行形で学習し、少しずつ向上させているプログラミングにも興味を持っていて、涼羽から読み終えた専門書籍を借りて、それを非常に楽しそうに、食い入るように読みふけっていることを、涼羽から聞かされている。
現在、翔羽の部署ではそういった技術系に長けた人材に乏しいこともあり、明洋の父である和洋、母である明子に、翔羽は明洋が退院した後、自分の会社の自分の部署で明洋を雇わせてもらえないか、とまで頼んでいる。
専門がハードウェアである明洋、ソフトウェアである涼羽が、二人してお互いの得意分野の情報共有を積極的にしており、不足している知識をさらに向上させていっていることもあり、明洋はそういった技術系の分野で必ず自分達の力になってくれると、翔羽はすでに確信しているのだ。
そのことを実際に翔羽の口から聞かされた和洋と明子が、自分の息子が、まさかあの高宮 翔羽から必要とされる人物となるとは、と、盛大に驚くと同時に、明洋のことを本当に誇らしい息子とまで、思えるようになり、非常に喜んだのは、言うまでもない。
今では母である明子にお願いして、自宅に置いてある自分のノートPCを自分の病室にまで持って来てもらい、涼羽から貸してもらった専門書籍の内容に基づいて、環境の構築から始め、実際にプログラミングを始めていっている。
そして、涼羽が来た時に今取り組んでいるところで分からないことを聞いたりして、とにかく楽しく学習に励んでいる。
涼羽は涼羽で、最新の機器の関する情報や、その使い方などで分からないことを明洋に積極的に聞いているので、本当に持ちつ持たれつの良好な関係ができている。
懸念材料となっている対人関係も、今こうして他の患者達とのやりとりによって少しずつではあるが、改善に向かっていっている。
翔羽の会社の専務である幸助も、明洋のことを翔羽から聞かされており、それほどに見込みのある人材ならぜひと、明洋の雇用にむしろ積極的になっているほど。
幸助にとっても実の孫同然の存在である涼羽と羽月を、その身を挺してまでチンピラの暴力から護り抜いてくれたということも、幸助にとって非常に好印象となっているのも、理由の一つとなっている。
全てがいい方向へと向かっており、それを自身でも感じられるのか、明洋は今、生きることが本当に楽しくて、嬉しくてたまらない。
「……………」
周囲の他の患者達からの言葉も、言葉や表情ではうまく表せないものの、本当に嬉しくて、有難くてたまらない。
だが、一方で今、非常に気になっている存在も、いる。
「(…あの女社長さん…最近ぜんぜん姿を見ないけど…大丈夫…なのかな?…)」
つい最近まで、明洋のことを苛烈なまでにヒステリックに責め立て、汚物を見るような目で見ていた存在である、鳴宮 千茅。
あのデイルームでの一件以来、院内でまるで千茅と顔を合わせることもなくなったことが、なぜか明洋には妙に気になって仕方がない。
四十台前半という若さで、一つの会社の社長とまでなった千茅に、明洋は自分でもよく分からないが、どこか自分と同じようなものを感じている。
あのデイルームの一件で、千茅は完全に他の患者達とは相容れない、決定的な溝を作ってしまっていることもあり、明洋は千茅がかつての自分と同じような状態に陥っているのではないかと、思っている。
自分のことをこれでもかというほどに蔑んできた、本来ならば忌むべき存在であるはずなのに。
すでに明洋の中では、自分を蔑んできたことなど何事もなかったかのようになっており、もし今、かつての自分と同じ状況になっているのなら、それが本当に心配でならなくなっている。
あんな思いするのは、自分だけで十分だから。
あんな思いは、他の誰にもさせたくないから。
加えて、千茅のことを完全に自分の中から切り捨ててしまっている涼羽のことも、明洋は気になって気になって仕方がない。
涼羽は、決してそんなことをするような子ではないと、明洋は思っているだけになおさら。
涼羽には、自分と同じ思いをする人間を生み出して欲しくないと。
千茅には、自分と同じような思いを味わって欲しくないと。
ここ最近、ずっとそのことが気がかりになっている明洋。
だからこそ、明洋は次に涼羽と会うときに、思い切ってそのことを話してみようと、その心に決めるので、あった。
もう入院してからしばらく経つのだが、未だに他の患者と親しくなれないばかりか、ますます孤立していっている千茅。
確かに美人ではあるのだが、自分中心の思考によるとっつきづらさがこのところますます表に出てしまっているため、最初は美人だと思って鼻の下を伸ばしていた男性患者達ですら、彼女を嫌悪するようになってしまった。
自分は正しい。
間違っていない。
だが、その思考を通そうとすればするほど、周囲は自分を嫌悪するようになっていく。
自分の主張を通そうとすればするほど、自分から人が離れていく。
現在計画中のプランも、相変わらず求める人材の募集がない。
それどころか、目に見えて募集が減っていっている。
誠一での会社でのやりとり…
あまりにも自分の方が優れているとでも言わんばかりの傲慢な態度はすぐに他の会社にも噂として伝わっていき、現在、千茅の会社の評判が急激に下落していっている。
今のところ、社のスタッフが千茅の尻拭いをしようと、懸命にフォローして、時には目一杯、商談相手はもちろん関連業者、協力会社に頭を下げて、致命的なダメージにならないように奮闘している。
しかしそれでも、契約を終了させる会社も出てきており、それは日に日に、じょじょにだが増えていっている。
このままでは、会社の存続が危ぶまれることは間違いない。
本当に、そんな局面に来ている。
社長である千茅が入院していることも手伝って、社の株価の下落は続く一方。
そのことも当然ながら千茅の耳に入っており、それがさらに千茅の心を蝕んでいく。
先日のデイルームでの大騒ぎ以来、千茅は個室となる自分の病室を出ていない。
誰からも嫌悪の目で見られる今の状況にとても外に出る気になれない。
ゆえに、涼羽にも会うことはできていない。
とはいえ、涼羽に会えたとしても、肝心の涼羽が千茅のことを完全にその心から排除してしまっており、まるで路傍の石ころを見つめるような目で何の関心もない反応をされるのがおちではあるのだが。
「……私…どうすれば……」
社のスタッフ達も懸命に会社を存続させようとはしているが、それはあくまで自分達の生活を守るための行動。
別に千茅のための行動ではない。
やはり普段からの、傲慢でヒステリックな千茅に対し、社内の人間も嫌悪を抱いている者ばかりであり、現在の千茅が入院している状況を喜んでいる節すらある。
今は千茅の会社であり、社長である千茅の判断があるからこそ、ここまでの会社になったという認識はあるのだが、それも今となっては裏目に働くことが多くなってきていて、さすがに千茅を社長としておくのも、もはや限界があるという経営判断まで出てきてしまっている。
本当は人一倍の寂しがりやで、孤独というものを心から憎む性質である千茅。
だが、根が素直ではなく、どうしても自分をよく見せようと余計な虚栄心が働いて、自分が本当は望んでいない方向に意図せず進んでしまうことの方が多い。
今、まるで自分以外誰もいないとさえ思えてくるこの状況に陥っているのも、全ては自業自得であり、それは自分の心の持ち方、人との接し方一つで一気に好転していくものなのだが…
やはりどうしても、これまでの生い立ちから来る歪んだ認識と、その傲慢さの元となっている高すぎるプライドが邪魔をしてしまっている。
非常に真っ直ぐで、好きなことや決めたことにはとことんな性質なのだから、ちょっとその方向性がいい方向に定まるだけで、全てが変わってくるはずなのに。
いい方向へと導いてくれる存在に出会うきっかけすら排除してしまっている千茅は、ただただ、自分の状況を嘆き、自分は悪くないと、自分で自分を慰めることで精一杯の状態と、なっているので、あった。
――――
「いや~明洋君、ほんとにすごい勢いで回復してってるね~!!」
「毎日毎日、すごく前向きにリハビリに取り組んでて、俺らも負けてられんって気にさせてもらえるよ!!」
「最初見たときは『根暗でとっつきづらそうな奴だな』とか思ってたけど、いや~、人は見かけによらないってほんとなんだな!!」
千茅が完全にふさぎこんで、自身の病室に引き篭もっているその時も、明洋はもはや見慣れた風景となっているリハビリテーションルームで、自身の歩行リハビリに真面目に取り組んでいる。
手術が終わり、リハビリの最初の頃は、ろくに膝が動かず、歩くこともできなかったのだが、それが今ではかなりの距離を普通に歩くことができるようになっていっている。
担当の医師からも、もはや後遺症の心配はないだろうと太鼓判を押してもらっており、リハビリ担当のスタッフも本当に真面目に黙々と、しかしそれでいて前向きにリハビリに取り組む明洋の姿に、非常に好印象を抱いている。
明洋の父である和洋、母である明子も、日に日に息子である明洋がこれまで見たこともないほどに前向きに、これまでの遅れを取り戻さんがごとくに社会復帰を目指している姿を見る度にその嬉しさを表情として顔に浮かべて、喜んでいる。
じょじょにだが、歩行リハビリの取り組みと、健康的な食事と生活の影響で太っていた身体も無駄が減っており、今では入院の当初とは見違えるほどに痩せていっている。
最初は重度の肥満だったのが、今ではやや肥満気味というレベルになっていることを考えると、どれだけ明洋が真剣に、真面目にリハビリに取り組んでいるのかがよく分かる。
そのおかげで、陰気だった見た目も以前より明るい雰囲気になっており、決して容姿がいいとは言えないが、どこか愛嬌のあるとっつきやすさがどんどん表面に現れていっている。
そのおかげで、明洋と同じように身体に大怪我を抱えてしまい、その運動機能に支障をきたしてしまっている患者達は、ひたむきな明洋の姿をいつも見せてもらうことで、どこか萎えていたリハビリに取り組む心を起こしてもらっているような感覚まで覚えている。
自身がずっと蔑まれていたこともあり、本当に人のことに対して親身になってくれる明洋と会話するだけで、何か自分の中の醜く汚いものが洗い流されていくかのような気持ちにまでさせてもらえることもあり、今ではここにいる患者達は必ず明洋に声をかけてくる。
「あ…ありがとう…ございます…」
今もこうして、明洋に対して称賛と感謝の声をかけてくれる他の患者達に対し、明洋はどこか申し訳なさそうな感じで、お礼の言葉を返す。
そして、そうしながらも歩行リハビリに取り組んでいっている。
明洋自身は、自分がこんなにも人にいい言葉をかけてもらえることに未だ戸惑いを隠せず、やはり受け答えにどもったりしてしまうものの、今となってはそんな姿も奥ゆかしい感じで見られるのか、周囲には好意的に受け止められており、むしろ明洋の個性として認識されている。
「またまた~…君は本当に控えめだね~…」
「今までが今までだから、仕方ないけどね~」
「でも、そんな君が涼羽ちゃんと羽月ちゃんみたいな子達を、身体を張ってチンピラ共から護ったってんだから、やる時はやる男なんだね~」
「そうそう!おかげで俺たちも、涼羽ちゃんと羽月ちゃんに会うことができるし!!」
「明洋君はいろんな意味で、俺たちにとって恩人だな!ほんとに!」
「機械オンチな俺にも分かりやすく、機械の使い方教えてくれるしな!!」
そして、他の患者達は、明洋のそんな前向きでひたむきな姿だけでなく、自分達が涼羽と羽月と出会えたきっかけ、そして日々会える機会を作ってくれていること。
また、機会オンチが多い患者達にとっては、今時の最新機器に詳しく、その使い方などを分かりやすく教えてくれることなど、いろいろと明洋に感謝することが多いのだ。
「…そ、そんな…でも…僕…なんかでお役に立ててるのなら…嬉しい…ですね…」
そんな他の患者達が、そんな風に自分のしたことで喜んでくれているのを見ると、なぜか本当に嬉しくなってくる今の明洋。
こんな自分でも、他の人の役に立てる。
こんな自分のしたことで、こんなにも喜んでくれる。
これまでの人生で、まるで味わったことのないその感覚。
それが、本当に嬉しくて、もっともっと味わいたくなってくる。
そして、もっともっと人の役に立ちたくなってくる。
涼羽の父である翔羽は、明洋が涼羽よりも最新の機器に詳しく。その取り扱いにも長けていること、そして涼羽が現在進行形で学習し、少しずつ向上させているプログラミングにも興味を持っていて、涼羽から読み終えた専門書籍を借りて、それを非常に楽しそうに、食い入るように読みふけっていることを、涼羽から聞かされている。
現在、翔羽の部署ではそういった技術系に長けた人材に乏しいこともあり、明洋の父である和洋、母である明子に、翔羽は明洋が退院した後、自分の会社の自分の部署で明洋を雇わせてもらえないか、とまで頼んでいる。
専門がハードウェアである明洋、ソフトウェアである涼羽が、二人してお互いの得意分野の情報共有を積極的にしており、不足している知識をさらに向上させていっていることもあり、明洋はそういった技術系の分野で必ず自分達の力になってくれると、翔羽はすでに確信しているのだ。
そのことを実際に翔羽の口から聞かされた和洋と明子が、自分の息子が、まさかあの高宮 翔羽から必要とされる人物となるとは、と、盛大に驚くと同時に、明洋のことを本当に誇らしい息子とまで、思えるようになり、非常に喜んだのは、言うまでもない。
今では母である明子にお願いして、自宅に置いてある自分のノートPCを自分の病室にまで持って来てもらい、涼羽から貸してもらった専門書籍の内容に基づいて、環境の構築から始め、実際にプログラミングを始めていっている。
そして、涼羽が来た時に今取り組んでいるところで分からないことを聞いたりして、とにかく楽しく学習に励んでいる。
涼羽は涼羽で、最新の機器の関する情報や、その使い方などで分からないことを明洋に積極的に聞いているので、本当に持ちつ持たれつの良好な関係ができている。
懸念材料となっている対人関係も、今こうして他の患者達とのやりとりによって少しずつではあるが、改善に向かっていっている。
翔羽の会社の専務である幸助も、明洋のことを翔羽から聞かされており、それほどに見込みのある人材ならぜひと、明洋の雇用にむしろ積極的になっているほど。
幸助にとっても実の孫同然の存在である涼羽と羽月を、その身を挺してまでチンピラの暴力から護り抜いてくれたということも、幸助にとって非常に好印象となっているのも、理由の一つとなっている。
全てがいい方向へと向かっており、それを自身でも感じられるのか、明洋は今、生きることが本当に楽しくて、嬉しくてたまらない。
「……………」
周囲の他の患者達からの言葉も、言葉や表情ではうまく表せないものの、本当に嬉しくて、有難くてたまらない。
だが、一方で今、非常に気になっている存在も、いる。
「(…あの女社長さん…最近ぜんぜん姿を見ないけど…大丈夫…なのかな?…)」
つい最近まで、明洋のことを苛烈なまでにヒステリックに責め立て、汚物を見るような目で見ていた存在である、鳴宮 千茅。
あのデイルームでの一件以来、院内でまるで千茅と顔を合わせることもなくなったことが、なぜか明洋には妙に気になって仕方がない。
四十台前半という若さで、一つの会社の社長とまでなった千茅に、明洋は自分でもよく分からないが、どこか自分と同じようなものを感じている。
あのデイルームの一件で、千茅は完全に他の患者達とは相容れない、決定的な溝を作ってしまっていることもあり、明洋は千茅がかつての自分と同じような状態に陥っているのではないかと、思っている。
自分のことをこれでもかというほどに蔑んできた、本来ならば忌むべき存在であるはずなのに。
すでに明洋の中では、自分を蔑んできたことなど何事もなかったかのようになっており、もし今、かつての自分と同じ状況になっているのなら、それが本当に心配でならなくなっている。
あんな思いするのは、自分だけで十分だから。
あんな思いは、他の誰にもさせたくないから。
加えて、千茅のことを完全に自分の中から切り捨ててしまっている涼羽のことも、明洋は気になって気になって仕方がない。
涼羽は、決してそんなことをするような子ではないと、明洋は思っているだけになおさら。
涼羽には、自分と同じ思いをする人間を生み出して欲しくないと。
千茅には、自分と同じような思いを味わって欲しくないと。
ここ最近、ずっとそのことが気がかりになっている明洋。
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