お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

あ~!楽しかったぜ!

「…うわ…」
「…マジすげえ…なんだこの声量…」
「…めっちゃかっこいいじゃねえか…」

休日となる土曜の昼下がりから始まった、高校生達の合コン。

先程、涼羽がこの日が初めてとは思えないほどの見事な歌唱力を見せつけ、一同の心を鷲掴みにした後、今度は志郎が涼羽に続いてこの日初めてとなるカラオケを体験しているところだ。

志郎が選んだ曲は、少し前の年代で時代の注目を独り占めしていたといっても過言ではないほどの有名なロックバンドが歌っていたもの。
バンドのカラーとしてはとにかく熱く、とにかくエネルギッシュ。
豪快かつ爽快なシャウトをウリとする、激しさ溢れるヴォイスを武器に、理不尽だらけのこの世を生き抜こうとするその強い意志と反骨心を前面に押し出した歌詞、そしてその思いをそのまま形にしたかのようなロックな曲作り。
特に、十代~三十代の男子達に圧倒的な支持を受けることとなった。

このバンドを支持していた人間の評価として、『常に前向きで、決して諦めないその強さが、そのまま曲に、歌に乗り移っているかのようで、すごくエネルギーをもらえる』、『彼らの歌を聴いていると、こんなにも気弱で何をやっても駄目な自分でも、頑張ろうという気にさせてもらえる』などと、本当の意味でみんなに頑張るためのエネルギーを分け与えているかのような歌があげられている。

この曲をリリース後にしばらくして、突然の解散をしてしまい、今となっては多くの人に親しまれ、多くの人のパワーの源となっていた歌、それを本当にエネルギッシュでホットに歌い上げていた彼らの姿を見ることは叶わなくなってしまった。
だが、それでも彼らの曲は未だに衰えぬ人気を見せ付けており、カラオケでも、彼らの曲は本当に多くの人に歌われることとなっている。

そんなバンドの曲の中でも、志郎が選んだのは、本当にどうしようもない自分を、死ぬ気で変えていこうとする一人の青年の生き様そのものを歌としたもの。
その思いはまさに、実際にそれを体験し、乗り越えてきた人間でないと絶対に表現できないとまで言えるほどであり、それがそのまま歌詞にも、曲にも詰め込まれていた。
ハードで疾走感あふれる、とにかくその圧倒的なパワーを前面に押し出したリズムに、どんなに傷つき、倒れても決して諦めない不屈の魂を感じさせるヴォイス。
リズムそのものは非常に覚えやすいものであり、カラオケでも比較的歌いやすい分類には入っている。
だが、そのあまりにもパワー、そしてエネルギーに満ち溢れた声までは真似できず、よほどの声量を持っていないと彼らのように歌いきれず、大抵は妥協した形で歌うこととなる曲と、なっている。

かつての自分から決別しようと、本当に今、必死になって生きている志郎がこの曲に心惹かれるには、まさに必然だったと言えよう。

志郎が自分のお気に入りとしている曲の中で、最も好んで聴いている曲であり、一人でいるときは何気なく口ずさんだりするほどとなっているため、今の時点で最も歌えると言える曲なのである。

「…なにこれ…めっちゃかっこいい…」
「…あんなにスマートな感じなのに、めっちゃパワフル!」
「…この曲カラオケで歌う人結構いたけど、こんなに歌える人見たことない!」

そんな、文字通りパワーで押し切るくらいでないと歌いきれないこの曲を、志郎はその鍛えぬいた全身を目一杯に駆使して発揮している、圧倒的な声量で一切の妥協なく歌い続けている。

しかも、リズム感もしっかりとしており、決して下手などとは言えない、むしろ上手いとさえ言えるものとなっている。

かつてこの歌を歌い続けていたあのロックバンドのそれを思い出させるかのような…
下手をすれば、それすらも上回るかもしれないほどの、天井知らずのパワーとエネルギー。
パッと見では淡々としていて、クレバーな印象すら受けるスマートタイプの容姿からは想像もつかないほどの圧倒的なパワフルさ。

そして、その曲に込められた思いを何が何でも歌いきる、と言わんばかりに熱唱を続けるその姿。
それでいて、初めてその曲を歌うことを心の底から楽しんでいるその表情。

「…鷺宮マジかっこいい!」
「…なんだよあれ!本物が歌うより下手したらパワー溢れてんじゃねえか!」
「…ちくしょー!なんかすっげーパワーもらえる感じまでしてきた!」

そんな志郎の歌と姿に、男子達は聴いているだけの自分達まで本当にみなぎって来るかのような感覚を覚え、志郎に対して称賛の声をあげてしまう。

「…ヤバイ!めっちゃかっこいい!」
「…あ~んもう!本当に男らしくって、かっこいい!」
「…すっごい男らしくて、ワイルドで、本当にかっこいい!」

そして、志郎のワイルドで野性味溢れるその歌いっぷりに女子達はもうすっかり目も耳も、そして心も釘付けにされてしまっている。
今の本当にロックな志郎に、本当の意味で惹かれてしまっているようだ。

「…すっごい。志郎の歌、なんだかすっごくパワーもらえる感じがする…」

かつての氷のような無機質な感じがウソのような、まるで燃え盛る炎に包み込まれているかのような熱さを感じさせる志郎の歌いっぷりに、隣でそれを聴いている涼羽は本当に感激の表情を浮かべている。

そして、本当にパワーとワイルドさに満ち溢れている志郎に、喜びと感動すら覚えてしまっている。

一切の妥協なく、目標に向かって全力で邁進している今の志郎だからこそ、この姿を見せることができているのだと、思えてくる。
多少の不利や逆境など、その燃え盛らんばかりの炎とパワーでものともすることなくねじ伏せてしまいそうな感じに、満ち溢れている。

かつて、力だけが全てだと言い切り、そして文字通りその圧倒的な力で目の前の敵を全てねじ伏せてきた志郎。
その志郎が、今度は本当に目の前の理不尽、そして自分自身を成長させんがために立ちふさがる壁をねじ伏せるために、その溢れかえらんばかりのパワーとモチベーションを向けている。
そして、それが他のためになっていることに、本当に笑顔を見せることができるようになっている。

まるで今いる個室全体が、志郎の放つ燃え盛らんばかりの炎を包まれているかのような熱気さえ感じさせてしまう。
そんな熱気に、男子達も女子達も全力で引き込まれて、全力で同調していっている。

そして、その圧倒的な声量が室内の人間ばかりでなく、その部屋の前を通りがかる人間の足を止め、中を思わず覗き込ませる、などということをさせてしまう。

どんどん上がってくるテンションを抑えきれなくなっているのか、曲の間奏の中で、アドリブとなる本気のシャウトまで、志郎は思わずその個室の中に響かせてしまう。

「!か、かっけえー!!」
「!なんだそれなんだそれ!シビれたぜマジで!」
「!すっげすっげー!!」
「!うあーもお!!今のゾクってきちゃった!」
「!ダメ!ほんとにおかしくなっちゃいそお!!」
「!もおすっごいワイルド!!」

本家顔負けの、その魂の咆哮をそのまま声にしたかのようなシャウトに、それを聴いている者たちの心を震わせ、そのテンションを天井知らずに上げていってしまう。

その激しさと力強さで、熱く歌い続ける志郎の顔はもうこれ以上ないと言えるほど楽しさと熱さに酔いしれており、その歌い続ける一秒一秒を全力で楽しんでいっている。

そんな志郎の歌声に、部屋の前を覗き込む人の数はいつの間にか結構なものとなっており…
そんな、他のギャラリーの心をも惹きつけながら、志郎はその圧倒的なパワーとエネルギーをまるで周囲に分け与えんとするかのように、熱く歌い続けた。



――――



「…あ~!楽しかったぜ!」

人生で初めてのカラオケを堪能し、非常にご満悦な様子でマイクをテーブルに置く志郎。
そのタイミングで、周囲の自分に集中する視線に気づき、思わず間の抜けた反応になってしまう。

「?ど、どうかしたのか?」

カラオケがこんなに楽しいものだと、初めて知ることができ、今度また行ってみたいなどと思っていた矢先に、自分に対して向けられる、憧れをそのまま表したかのような視線に、思わず戸惑いを隠せないまま、何がどうかしたのかを問いかける声をあげてしまう志郎。

「さ、鷺宮!」
「!お、おお?な、なんだ?」
「お前も、本当にカラオケ初めてなのか!?」
「?あ、ああ、そうだけど…」
「ウソつけよー!!なんだあの上手さはー!!」
「いや、ただ単に上手いんじゃなくて、声量とか、声の表現力とかマジやべー!」
「そ、そうか?」
「なんだよあのパワーとエネルギーに満ち溢れた声は!!俺らめっちゃテンション上がっちまってたぜ!」
「マ、マジで?」

その圧倒的な声量、そしてパワーとエネルギーに満ち溢れた野性味溢れるヴォイスは、本当に男子達にとって憧れと言えるほど格好のいいものだったようで、しきりに志郎に詰め寄って称賛の声を贈り続ける。

「もうホント!すごかったよ!」
「!?え?」
「アタシ達、マジかっこいいってずっと思いながら聴いてたもん!」
「ホントホント!鷺宮君、声すっごくいい!」
「それに、本職のバンドでもそういないくらい、声量すごいし!」
「見た目こんなにスマートなのに、ビックリするくらいパワフル!」
「そ、そうなのか?」
「うん!アタシ達、マジでテンション上がりっぱなしだったもん!」

そして、それは女子達も同じだったようで、男子達と同じように志郎のところまで詰め寄って、ただただ、心からの称賛の声を贈り続ける。

特に女子達は、歌い続ける志郎の姿をうっとりとしながら見ていたこともあり、まさに一人のファンとして、憧れのミュージシャンを見るかのような目で、志郎のことを見続けている。

「いや~ほんとありがとう!!」
「!!??」

いきなり部屋のドアが開いて、誰かが飛び込んでくる音がする。
その音に、部屋の中にいる全員が視線を向けると、二十代前半~半ばほどの男性が数人、そして同年代だろうと思われる男子達が数人ほど、この部屋に入ってきたのだ。

そして、入ってきてそそくさと志郎のそばへと寄っていき、本当にいいものを見せてもらったと言わんばかりの笑顔を浮かべながら、戸惑いを隠せない志郎の手を取って、がっちりと固い握手をしてくる。

「あ、あの?」
「あ、ああこれは失礼。でも、本当によかった!」
「え?な、何がですか?」
「いや~、俺らが今でも神と崇めている、あのロックバンドの曲を、こんなにも熱くてパワーとワイルドさに満ち溢れた声で歌い上げてくれる人間がいたことに、だよ!」
「!!……」
「もう外からでも、すっごいボリュームで聞こえてきてさ!!思わずこの部屋の外から覗きこんで聴いてたくらいなんだよ!!」
「マジすごかった!!ホントホント!!もうあのオリジナルにはないシャウトなんか、鳥肌立ったくらいだから!」
「マジありがとう!キミのおかげで、俺ら久々にあのバンド追っかけてた頃の気持ち、思い出させてもらえたよ!!」
「俺ら結構このカラオケボックス、利用してるからさ!!よかったら今度はぜひ一緒に来て、俺らと一緒に今のように熱唱してくれよ!!」
「お、俺が!?」
「ああ!」
「もうこの際だ!ここで今、みんなで連絡先交換しようぜ!!」
「!それいい!しちまおう!」
「あのバンドのファンに、悪い人間なんかいないしな!」

この部屋に突如乱入してきた男性と男子達は全員、志郎が歌っていた曲のバンドのファンだった。
このバンドの曲のおかげで、日々をエネルギッシュに生きることができていた、と言っても過言ではないほどにそのバンドを信奉しており、ライブなどのイベントは常に最前列で追っかけていたほど。

それが、そのバンドが突然の解散をしてしまったことにより、彼らはまるで、人生の目標を失ってしまったかのように無気力となってしまっていた。
それほどに、そのバンドは、彼らにとって、なくてはならないものだったのだ。

こんな風にカラオケに来ては、自分達で歌ってみるものの、あの圧倒的な歌いっぷりを再現することもできず、どこか消化不良な感じでずっと過ごしてきた。
そんなところに、下手をすれば本家すら上回るかもしれないほどの圧倒的パワーに満ち溢れたヴォイスで、自分達が人生の糧として聴き続けてきた曲を熱唱する志郎の姿、そして声が自分達の目、そして耳に入ってきたのだ。

まるであのバンドが復活を果たしたとさえ思ってしまうほどのその歌いっぷりに、その心をも揺さぶられ、かつてのような熱さを取り戻していけた、とさえ言い切れるほどになっていた。
まさに、その曲を激しく熱唱する志郎の姿が、かつてライブなどで追い続けたあのバンドの姿に被って見えたのだ。

自分達にとっての神が、再び自分達の前に姿を現してくれた。

そんな思いさえ芽生えてきてしまい、もうどうにもこうにもすることができず、もはや勢いのままに志郎に接触してみようと、気がつけば思うがままに行動していたのだ。

「…すっげー…」
「…外で思わず足止めて聴いてしまうって…」
「…しかも、あの人達鷺宮のこと本当にあのバンドみたいだって、認めてるぜ…」

いきなりの事態に、どうすることもできずに固まっていた男子達も、改めて尊敬の眼差しで志郎の方を見てしまっている。
その歌いっぷりで、これまでまるで知らない人達の心をも動かしてしまう志郎が本当に凄いと思えてしまい、本当に志郎に対して称賛の声と思いしか浮かんでこない状態となってしまっている。

「…わ~、あのバンドのガチのファンに、あんなに認めてもらってる…」
「…もうみんな、鷺宮君のこと神様見るような目で見てる…」
「…あんなガチのファンから見ても、鷺宮君の歌いっぷりって凄かったんだ~…」

そして、女子達も今目の前で繰り広げられている光景に、驚きを隠せない状態となってしまっている。

あのバンドのファンは信奉者と言える存在が多く、にわかなファンは認めないという定評があったのだが、だからこそそのファンにその歌いっぷりを認められている志郎のことが、なおさらに凄く思えてくる。

「…ふふ。志郎、本当に凄かったし、凄く楽しそうだった…」

そして、そんな風に多くの人に囲まれて、自分のことを認めてもらえている志郎を見て、本当に優しそうで、本当に嬉しそうな表情を浮かべてしまう。
実際、涼羽自身も志郎の歌いっぷりに本当に心を揺さぶられ、思わずその小さな手を握り締めて、熱くなっていたのだ。
それほどに人の心に響くことをすることができるようになった志郎を見て、本当に嬉しくなってしまい、同時に本当に羨ましく思えてしまう涼羽。

そんな複雑な心境のまま、自分に対してこんなにも熱く、純粋な思いをぶつけて、接してくれる男性と男子達に、戸惑いながらも嬉しそうな笑顔を浮かべて、やりとりしている志郎を、本当に母親が見守るかのような穏やかで優しい眼差しを、向けるのであった。

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