お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

心配させないで…ね?

涼羽が、保健室に連れられてその顔の治療を受けている頃…
ここ、三年一組の教室では…

「あれ?涼羽ちゃんいない?」
「もう授業始まるのに…」
「どこ行っちゃったのかな?」

美鈴を筆頭に、涼羽のことがお気に入りな女子達の疑問の声。
涼羽が授業に遅れてくることなど、これまで一度もなく…
しかも、その授業を受ける態度も真剣そのものだということ。

それらを知っている美鈴は、特に疑問に思ったようだ。

「おっかしいな~…涼羽ちゃんって、授業に遅れてくるなんてこと、絶対にしないはずなのに…」

だからこそ、こういう言葉が飛び出してくる。

遅れてくる、なんてことすら絶対にしないだけに…
ましてやサボるなんて、もってのほか。

「何かあったのかな~?」
「トイレに行くって言って、出てったきりだもんね~」

昼休みも、これでもかというくらいに涼羽にべったりとしていた女子達。
その中でも、美鈴は特にべったりとしていた。

人見知りで、人との接触が苦手な涼羽は、なかなか彼女達のアプローチに慣れることができず…
話しかけられたりする度に、その華奢な身体をびくりと震わせてしまっていた。

そんな涼羽を取り囲むように集まっていた女子達は、涼羽のそんなおどおどとした様子も…
可愛くて可愛くてたまらなく…
そんな可愛い涼羽が見たくて、ついつい意地悪なアプローチもしてしまっていたのだが。

特に美鈴は、他の女子ができないでいる…
涼羽の身体にべったりと抱きつく、ということをしていた。

もはや日常の風景となっているそれだが…
その対象となる涼羽がいつまでたっても慣れることが出来ず…
どれだけ言っても無駄だということは分かりきっているはずなのに…
それでも、そんな美鈴を諭すような言葉を、美鈴にぶつけるのだ。

ただ、恥ずかしがっておどおどとした様子でそんなことを言われても…
当の美鈴からすれば、そんな涼羽があまりにも可愛すぎて…
もっとべったりと抱きついて、困らせたくなってしまうのだ。

「あ、先生来ちゃった」

気がつけば、この三年一組の担任である京一が、その姿を教室に現していた。
そして、淡々とした…
それでいてよく通る声を、その教室に響かせる。

「ほら、授業始まるぞ~。みんな、席につけ~」

そんな京一の言葉に従い…
教室にいる全員が、そそくさと自分の席へと戻っていく。

「(涼羽ちゃん、どうしちゃったんだろ?)」

すでに授業の時間が始まり…
担当の教師が姿を現しているにも関わらず…
一向に涼羽の姿が、この教室内に見えないでいる。

その事実に不安な思いが大きくなっていく美鈴。

だが、その不安な思いの元となる疑問を解消してくれる声が、教卓から響いてくる。

「ああ、そうそう…高宮 涼羽だが、ちょっと怪我をした、ということで保健室で治療を受けると、連絡があったから、心配はいらないぞ」

涼羽に首っ丈な美鈴を筆頭とする女子達の疑問…
それに明確に答える、淡々とした声。

そんな京一の声に、女子達が思わず驚きの声をあげてしまう。

「え!?」
「涼羽ちゃんが」
「怪我したって」
「本当なんですか!?」

すごい勢いで立ち上がり、まるで京一を問い詰めるかのような声。
加えて、食い入るような追求の視線。

そんな女子達に、さすがに京一も思わずびくりと、身体を震わせてしまう。

「あ、ああ」

隠し切れない戸惑いがそのまま声となって出てしまっている、京一の声。
そんな京一の声に、女子達の追及の声がさらに大きくなっていく。

「い、一体涼羽ちゃんは、どこを怪我したんですか!?」
「怪我って、ひどい怪我なんですか!?」
「そもそも、なんで怪我なんてしちゃったんですか!?」

もはや質問というよりは尋問となりつつある、女子達の声。
その声と共に、その身体をも京一のところまで運び…
さらなる追求の手を、伸ばそうとしている。

「ま、待てお前ら…とにかく落ち着いて話を…」

すごい剣幕で自分に迫ってくる女子達に恐れを感じたのか…
とにかく落ち着かせようとする京一。

しかし、京一のそんな思いもまるで通じず…

「これが落ち着いていられますか!!」
「涼羽ちゃんが怪我したなんて!!」
「あんなに可愛い涼羽ちゃんが怪我だなんて!!」
「そんなこと聞かされて、落ち着いていられるわけないじゃないですか!!」

落ち着くどころか、さらにヒートアップしていく女子達。

「先生!!涼羽ちゃんは、どこを怪我しちゃったんですか!?」

その中でも、美鈴は特にヒートアップしており…
その事実を確認するまでは、絶対に引かないと言わんばかりの剣幕と勢いで…
ひたすら、自身の担任である京一を問い詰めていく。

「わ、分かった!!言うから!!言うから落ち着け!!お前ら!!」

問い詰められる側の京一もさすがにこの状況に耐えられるわけもなく…
とにかく、一度みんなを落ち着かせようとする。

「先生!!早く!!」
「早く教えてください!!」
「涼羽ちゃんが心配で心配でたまらないんです!!」

まるで自分の子供が大怪我をしてしまった、過保護な母親のような女子達。
ちょっと前まで、美鈴を除いて…
あれほどまでに涼羽を敬遠し…
徹底的に関わらないようにしていたのが、まるで嘘のようだ。

「(涼羽のやつ…あの顔を晒しただけで、ここまで扱いが変わってるのか…)」

今となっては、ひたすらに涼羽にべったりなこのクラスの女子達。
特に美鈴は、他の女子が積極的に涼羽に絡んでくるようになってからは…
今まで以上に涼羽にべったりとするようになっている。

人見知りで、人との対話が苦手な涼羽なだけに…
この状況に慣れる事が出来ないでいるだけで…
周囲がこれでもか、といわんばかりに交流を図ってくる。

「(やっぱり…あの髪型にして、顔を露わにする、というのは正解だったかな…)」

こんな時ではあるが、自分の考えが間違ってはいなかったと思う京一。
むしろ、いい方向に変わりすぎて驚いているくらいだ。

「先生!!涼羽ちゃんは、涼羽ちゃんはどうなってるんですか!?」

とにかく涼羽のことが心配で心配でたまらない…
そんな思いがそのまま表面で表れてしまっている美鈴。

そんな美鈴の声に…
涼羽のことを心配する女子達の声に…
それらに、応えるように…

京一が、ゆっくりと口を開き…
彼女らが聞きたがっていることを音にしていく。

とはいえ、京一自身もそこまでの詳細を聞かされているわけではないので…

「あ~…なんか聞いた話だと、顔を怪我したとか、なんとか…」

とにかく知っていることを、そのまま伝えることにした。

ただ、その内容…
あの涼羽の、非常に可愛らしい美少女顔が怪我してしまったというその内容…

それを聞いた女子達の反応は…

「!!え!!??」
「か、顔!?」
「涼羽ちゃんの、あんなにも可愛い顔が!?」
「そ、そんな!!」

その内容に、激しいショックを受けてしまい…
中には、その途轍もない絶望感が表情に表れている者すらいる状態。

「ど、どうして涼羽ちゃんの顔がそんなことになってるんですか!!」

美鈴に至っては、文字通り京一に掴みかかり…
さらに、その詳細を追求しようとする。

「!!お、俺に聞かれても答えられん!!俺もそのくらいしか聞いてない!!」

逆らったら、どうされるか分からない…
そんな剣幕と勢いの美鈴に、半ば懇願するかのような声。

京一も、詳しいことは聞かされていないため、これ以上のことは答えられないのだ。

「すみません!遅くなりました」

そして、このタイミングで、今話題の中心となっている…
高宮 涼羽その人が、この教室に姿を現した。

以前はその顔の上半分を覆い隠すようだった前髪が…
顔の左の方で分けられて、露わになっているその左頬。

このクラスの女子達が夢中になっているその可愛らしい顔。
その輪郭が明らかに変わってしまっており…
さらには、そこに貼られた冷湿布が、その痛々しさを強調している。

「?あれ?授業…始まってないんですか?」

火の出るような痛みを発していたその左頬も、保健室で手当てを受け…
今貼られている冷湿布のおかげで、それなりにおさまってはきている。

だが、あの志郎の全力の拳で殴られたおかげで、その形が変わってしまっているため…
嫌でも、その痛々しさが前面に押し出されてしまっている。

そんな自分の姿に自覚のない涼羽の、きょとんとした表情。
そして、少し間の抜けた声。

顔にこれだけの怪我を負いながらも、その天然の可愛らしさは変わらなかった。

「!涼羽ちゃん!」

そんな涼羽に、真っ先に美鈴が近寄っていく。
そして、その痛々しい頬をじっと見つめる。

「?美鈴ちゃん?」

そんな美鈴に、またしてもきょとんした顔と声の涼羽。
そんな涼羽に、もう気が気でない様子の美鈴。

「涼羽ちゃん…可哀想…こんなに可愛い顔が、こんなになっちゃって…」

心底、涼羽のことを心配しているその表情。
そして、声。

そんな痛々しい頬を晒している涼羽に、べったりと抱きつく美鈴。

「!み、美鈴ちゃん!今は授業中だから…」
「涼羽ちゃん、何があったの?なんで、こんなひどい怪我、してるの?」

いきなり抱きつかれて、驚き、慌てて離そうとする涼羽。
そんな涼羽を離すまいと、べったりと抱きついたまま、不安げな顔でじっと覗き込むように涼羽の顔を見つめる美鈴。

自分にとって、この世で最も大好きで…
最も大事にしたい人である涼羽。

その涼羽が、まさかこんな怪我をするなんて…
それも、よりによってその顔に…

半ば問い詰めるような口調で、一体何があったのかを涼羽から聞き出そうとする。

「!あ、あ~…ちょっと、派手に転んで顔を壁にぶつけちゃって…」

さすがに志郎とのことをここでは言いたくない涼羽。
ゆえに、しどろもどろの嘘をついてしまう。

「ほんと?」

しかし、お世辞にも嘘がうまいとは言えない涼羽。
その涼羽のそんな嘘に対し、美鈴は確認を促す声。

「ほ、ほんとだよ?」

あくまでシラを切り通そうとする涼羽だが…
声にはっきりとしたものを感じさせない、そのおどおどとした様子では…
美鈴を始め、涼羽のことを心底心配していた女子達を納得させるだけのものが、あるはずもなかった。

「涼羽ちゃん…私達、ほんとに心配してたんだからね?」
「そうよ。涼羽ちゃん」
「こんなに可愛い涼羽ちゃんが、こんなにもひどい怪我して…」
「私達に、こんなに心配かけてるのに…」
「嘘なんてつかれたら、私達、すっごく傷ついちゃう」

嘘は絶対に許さない。

こんなにも、こんなにも心配したんだから。

そんな彼女達の想いが、まさに重圧となって涼羽にのしかかる。

「う…」

自分のことを心底心配してくれているのが心底分かってしまう。
だからこそ、嘘をついてしまっていることに罪悪感を感じてしまう。

でも、それでも言えない。
言いたくない。

ここで、愛理のこと…
そして、志郎のこと…
自分を含めた、その三人の間で起こったこと…

それは、当人達だけの中でおさめておきたいことだから。

でも、自分を心配してくれている人達に嘘をつくのも、心苦しい。

どうしよう。
どうすればいいんだろう。

心底困り果てている涼羽を見て、美鈴は…

「…涼羽ちゃん。そんなに言えないことなの?」
「!…う、うん…」
「…ごめんね。涼羽ちゃん」
「え?」
「こんなにひどい怪我してる涼羽ちゃんを、困らせるようなこと、しちゃって」
「!う、ううん…そんなこと…むしろ、こんなに心配してくれて、ありがとう」
「!えへへ♪やっぱり涼羽ちゃん、優しい」

嘘はつきたくない。
でも、言えない。

そんな涼羽の心境を察した美鈴は、むしろ涼羽を問い詰めるようにしてしまったことを反省。
そして、そんな風に困らせてしまったことを素直に謝罪する。

そんな美鈴に対し、涼羽はこんなに自分のことを心配してくれたことに感謝の念を言葉にする。
そんな涼羽の言葉が嬉しくて、美鈴はさらに涼羽にべったりと抱きついてしまう。

「でも、涼羽ちゃん」
「?なに?」
「…もう、こんなひどい怪我するようなことなんて…しないでね」
「…美鈴ちゃん…」

涼羽の痛々しさが残る顔を見て、心配で心配でたまらなかった美鈴。
そんな想いが、言葉として涼羽に向けられる。

実際、いつも当たり前に始業前に教室にいた涼羽が、授業が始まってもいなかったことで…
何があったんだろうと、不安で不安でたまらなかったのだ。

そんな心境の中、遅れてきた涼羽の怪我した顔を見てしまったため…
さらにその不安が大きく、膨れ上がってしまった。

大好きで大好きでたまらない涼羽に、何かあったら…
そう考えるだけで、背筋が凍るような思いになってしまう。

「…心配かけて、ごめんね。美鈴ちゃん」

そんな美鈴の想いを感じたのか…
半ば幼子を慰めるかのように、美鈴の頭を優しく撫で始める涼羽。

その顔には、美鈴にそこまで不安な思いをさせてしまった申し訳なさと…
そこまで自分を心配してくれたことに対する感謝が…
少し困ったような笑顔となって、顔に出ていた。

「そうだよ。涼羽ちゃん」
「私達も、すっごく心配したんだからね?」
「おまけに、こんなひどい怪我までしちゃって」
「だめだよ?もう、こんなことになっちゃ」

周囲の女子達も、涼羽のことが心配でたまらなかったのだ。
だから、涼羽に対して抗議するような、たしなめるような声が向けられる。

本当に、本当に自分のことでみんなに心配をかけていたのだと思うと…
そのことに対する申し訳なさ…
そして、そこまで心配してくれていたことに対する感謝…

それらの想いが、涼羽の心に染み渡るように広がっていく。

「…ごめんね、みんな…心配してくれて、ありがとう…」

美鈴に見せた、少し困ったような、それでいて可愛らしい笑顔。
その顔を、惜しげもなく周囲の女子達に向ける涼羽。

そんな健気な涼羽がよっぽど可愛らしかったのか…

「もう!涼羽ちゃんったら、ほんとに可愛すぎ!」

涼羽を取り囲むようにして、近寄っていた女子の一人が…
もう我慢ができない、といった感じで涼羽の身体にべったりと抱きついてきたのだ。

「!ちょ、ちょっと…」
「わ~、涼羽ちゃんって、すっごくいい匂い。それに、抱き心地すっごくいい!」

いきなり、これまでそれほど親しくもなかった女子に抱きつかれ…
心底困ったような表情と声が飛び出す涼羽。

そんな涼羽もまた可愛らしく見えたのか、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるかのように…
しっかりと涼羽の身体を抱きしめ、その抱き心地と芳しい匂いを堪能する女子。

一人がそんな行為に出てしまったことで、これまでそんな行為に対して抵抗感を持っていた他の女子達も…
もはや我慢ができなくなった、という感じで…

「可愛い!涼羽ちゃん!」
「わ、ほんとにいい匂い~!」
「それに、抱き心地すっごくいい~!」
「すっご~い!」

おろおろと戸惑い続ける涼羽の身体に、べったりと抱きついてしまった。

「み、みんな…離して…」

もうすでに結構な期間、美鈴にべったりと抱きつかれたりしているはずなのに…
未だにこういったことに慣れず、激しい抵抗感が出てしまう涼羽。

かといって、相手は女の子であるため、乱暴なこともできず…
こうした、言葉による儚げな抵抗しかできないのだが…

それがまた、可愛すぎてもっとしたくなってしまうものがあり…
美鈴はもちろん、この日初めて涼羽にこんなことをしている女子達も…
離れるどころか、よりべったりと涼羽に抱きついてしまっている。

「も~、涼羽ちゃんたら~」
「ほんとに可愛すぎ~」
「こんなの、絶対に離したくなくなっちゃうよ~」
「涼羽ちゃんほんとに可愛い~」

困った様子の涼羽が本当に可愛らしく…
むしろ、もっと困らせたくなってしまうものがある。

だからこそ、もっとべったりと抱きついてしまいたくなる。

「えへへ~♪涼羽ちゃ~ん♪」

一番最初にべったりと抱きつき…
ひたすらにその抱き心地のいい身体と芳しい匂いを堪能している美鈴。

もう、涼羽とこうして触れ合えることが幸せでたまらない…
それを表すかのような、輝かんばかりの笑顔が、その美少女顔に浮かんでいる。

「み、美鈴ちゃんも…もう、離して…」
「や。涼羽ちゃん大好きだから、離すなんて、や」

どうにかして離れてもらおうと、儚い抵抗を繰り返す涼羽だが…
まるで聞き分けのないわがままな幼子、といった感じで…
よりべったりと抱きついて、一向に離そうとしない美鈴。

「美鈴ばっかりずる~い」
「いっつも涼羽ちゃんにこんなことして~」
「こんな心地いいことなんだって知っちゃったら…」
「私達ももっとしたくなっちゃうよ~」

他の女子達も、一度心のタガが外れてしまったら…
今後は、気安く抱きついてくることになるだろう。

実際、よほど抱き心地がいいのか…
今も、涼羽のことを離そうとする女子は、一人もいない。

心底困り果てた様子で、美鈴をはじめとする女子達にべったりと抱きつかれ…
どうすることもできないでいる涼羽。

そんな涼羽にきゃっきゃうふふと、まさに同性の気安いスキンシップといった感じでべったりとしている女子達。

「…あのさ、今、授業中なんだけどな…」

未だに授業を開始できずにいる担任、京一のそんな言葉も…
涼羽にべったりとくっついてきゃあきゃあと楽しんでいる女子達の耳には届かず…

この教室に淡く響いて、消えることとなってしまった。

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