お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

あの子は、本当にこの会社にとっての恩人なんだよな…

「高宮君、君から報告を受けた件だが…」
「はい、その件については、どうされるか決定したのでしょうか?」
「ああ、今後はこのようにしようと思っているのだが…見てもらえるかね?」
「はい。……そうですね、できればここをこのように――――」

社内でもトップクラスの優秀さを誇る、生粋の実力派の部長である、高宮 翔羽。
その翔羽の家族とのご対面を目的とした、慰労会。

その翌日から、それまでになかった光景が、いつもの部署のオフィスで展開されている。

「ふむふむ…なるほど。そういう狙いでいくということか」
「あくまで私個人の私的な見解によるものですので…それに対して、意見を頂ければ」
「いやいや、さすがは高宮君だと思ったよ。ぜひ、この案で行こうではないか」
「ありがとうございます」

これまでの、どうすることもできない、超えられない一線。
それが、まるで嘘のように、この会社の今後の展開のことについて、熱く語り合っているのは…
今まさに、今後の改革の中心となるであろう三人の男達である。

腐敗した社内を是正し、もっとよりよきものとしていこうと、日々努力を惜しまない…
社内でもトップクラスの地位にいる、専務、常務の二人。
その二人と共に、決して媚びへつらうようなことはなく…
かといって、二人を拒絶するようなこともなく…
あくまで、自身の意見を包み隠さず、はっきりと申し立て、今後の改革に向けて様々な意見をぶつけていっている、高宮 翔羽。

これまで、この三人が関わり合う度に、一触即発の空気になってしまい…
周囲の人間は、常にそれをハラハラしながら見ていることしかできなかった。

ところが、それまでの険悪な関係が、昨日を境にまるで嘘のようになくなり…
それどころか、三人が三人共、まるで長く友好関係を築いてきたかのような…
まさに、共通の目的のために、巨大な敵と共に戦おうとする、戦友そのもののような関係となっている。

昨日の慰労会に出ていた、翔羽の部署の社員達は、なぜこの三人におよって、このような光景が展開されることとなったのか…
そのことを十全に理解している。

だが、事の顛末を知らない他の社員達は、この光景を見る度に…
まるで、未確認飛行物体でもその目で見てしまったかのような、呆気にとられた表情で、驚きを隠せなくなってしまう。

特に、翔羽以外の権力主義に凝り固まった管理職の社員達や…
魑魅魍魎の部類とされる、他の役員達は、まさに青天の霹靂といった状態で…
まさに、戦々恐々とした状態とまでなっている。

これまで、徹底的に社内の是正の取り組み続けている専務、常務の二人組に、とことん甘い汁を吸おうとしていた行動を戒められてきたのだが…
その度に、その目をかいくぐっては、また新たに小悪事を重ねていくという…
まさにいたちごっこな状態ではあった。

現場からの叩き上げでその地位まで上り詰めた二人は、常に社員のことを重要視し…
常に、社のために働いてくれている社員達に無理をさせまいと、奮闘し続けてきた。
加えて、自分達の足元を支えてくれる社員達が、私欲に目がくらんだ権力者に、不当に扱われないようにと…
日々、是正を続けてきたのだ。

だが、それでも、癒着の激しいところもあり…
加えて、うまく社内のルールの穴をついて、逃げ道を作っていることもあり…
少しずつ好転はしていってはいたものの、実際には、ダムの水を柄杓でくみ出すようなものだったのだ。

それもやはり、専務、常務の側にはその取り組みをサポートできる人材がいなかったことが、最大の要因となっていた。
だからこそ、それでも懸命に是正に取り組む彼らを疎ましくは思いながらも…
決して根本から自分達が脅かされることはないだろうと、タカをくくっていたのだ。

そんな中、唯一懸念し、最も恐れていたこと。

あの二人の側に、この社内屈指の実力者である、高宮 翔羽…
彼が、ついてしまうこと。

もしあの高宮 翔羽が、専務、常務の側についてしまったら…
それこそ、これまでのような、スキをついて逃げ道を作る、といったこともままならなくなるだろう…
それどころか、徹底的に自分達の利益の温床を叩き潰されてしまうかもしれない。

それほどに、高宮 翔羽という存在が、あの二人につくことを、恐れていたのだ。

もしそうなれば、自分達の側にいる、権力にしがみついてばかりで、実力など皆無に等しい手駒達など…
まさにあってないようなもの。

翔羽からすれば、『テメエらが何人束になっても、負ける気など起こらない』と、確信を持って言えるような…
それほどに、絶望的なほどに基本的なスペックが違いすぎるのだ。

ゆえに、その私利私欲を肥やそうとせんがための取り組みにしがみついてきた役員達は…
どうにかして翔羽を自分達の方へと取り込もうとは、していた。

だが、いかに懐柔しようとも…
いかに好待遇をちらつかせようとも…
時には、その居場所を奪おうとしても…

翔羽は、頑として彼らの言葉に、首を縦に振ることはしなかった。

会社そのものに常に強い不信感を抱いていた翔羽からすれば…
その全てが余計にその不信感を煽るようなものであり…
むしろ、ただでさえあってないような状態の忠誠心が、さらになくなってしまっていくようなものだったのだ。

無論、翔羽の実力ならば、どこへでも通用するのは周知の事実。
ゆえに、下手にこの会社から追い出す、などというような言動を見せれば…
それこそ、この極めて優秀な人材は、何のためらいもなく辞表を提出することとなってしまう。

それは、ひいてはこの会社にとって大きすぎるほどの損失となってしまう。

だからこそ、せめてあの三人が決して手を取り合わない、平行線の状況が続いてくれること…
それによって、自分達の最も恐れていることが現実にならないようにと、願うことしかできないでいた。

そして、そのおかげで、目の上のたんこぶ達の是正から、すり抜けることができていたのだ。

だが、その恐れていたことが、ついに現実となってしまった。

もうすでに、どうしようかと頭を悩ませ…
基本的に無能である手駒達の尻を叩いて、案を出させようとはするが…
当然ながら、あの三人に対抗できるような案が出てくるはずもなく…

ただただ、自分達のところにまで是正のメスが及んでくることに怯えながら…
いたずらに時間を過ごすことしかできないでいる状態と、なってしまっている。

そして、それとは別の、事情を知らない一般の社員達からは、一体何があったんだ、と…
常に、驚きの表情で問いかけられるのだが…

その問いかけに、翔羽の部下達は常にこう答えている。



――――昨日、ウチの部署に、天使が舞い降りてきてくれたのさ――――



と。

自分達が尊敬してやまない上司である、高宮 翔羽。
その翔羽の子供達。

そして、その中の長男である、高宮 涼羽。

涼羽のおかげで、翔羽と専務、常務のわだかまりが、取り払われることとなった。
涼羽のおかげで、翔羽は常に、社内でその圧倒的なパフォーマンスを発揮することができている。
涼羽のおかげで、専務、常務のモチベーションがより上がることとなった。

さらには、あの高宮 翔羽が本当に頼りにしている、などと聞かされては…
もはや彼らにとっては、涼羽は一介の男子高校生ではあるが…
本当に雲の上のような存在であり…
また、尊敬の対象にしかならない存在とまで、なってしまっている。

加えて、見るものを常にほんわかと、穏やかな気持ちにさせてくれる…
そのおっとりと、ふんわりとした性格に雰囲気。
さらには、今年十八歳の男子高校生とは思えないほどの、童顔美少女な容姿。

そんな涼羽を目の当たりにし…
さらには、父、翔羽を彷彿させる、その圧倒的なパフォーマンスのことまで…
他ならぬ、翔羽の口から聞かされることとなっては…

今となっては、彼らにとって…
涼羽はもはや、TVに出てくるアイドルのような存在であり…
また、幼い頃にTVでずっと見ていた、ヒーローのような存在となっている。

一緒にいて、本当に心が癒されることも手伝って…
昨日会ったばかりだというのに、もう涼羽に会いたくてたまらない状態となっている、翔羽の部下達。

仕事そのものは、妥協することなく黙々とこなしてはいるものの…
どこか、浮ついただらしなさが見え隠れする表情と、なってしまっている。

「(あ~…またあの涼羽ちゃんに会いて~な~…)」
「(あの子、本当に一緒にいると、癒されるっつーか…)」
「(それでいて、話に聞いてるだけでもすっげー子だから…)」
「(あの子に負けてられねーって気持ちにもなれて、すっげー頑張れるんだよな…)」

昨日、初めて会ったにも関わらず…
涼羽は、すっかり彼らのお気に入りとなってしまっている。

今は、翔羽の力になるどころか、頼りにもしてもらえていない状態。
なのに、涼羽はそんな翔羽が頼りにしているという存在。

あの子に負けないように、もっともっと頑張らないと。
そして、あの子のこと、年長者として可愛がってあげられるようにならないと。

そんな強い思いが、彼らの中で芽生え…
それが、強いモチベーションを生むこととなっている。

「(何より、部長と専務、常務をあんな風に結びつけてくれた恩人だから…)」
「(俺らも、少しでもいいから、あの子に恩返ししてーんだよな)」
「(あの三人が本気で手を取り合ってくれたら、マジでこの会社、もっとよくなっていく未来しか見えないしな)」
「(そのきっかけを作ってくれたあの子のこと、お兄さんとして助けてあげられるようにならねーと、な)」

翔羽が、そのわだかまりを解きほぐして、専務、常務と共に社内の膿と戦っている中…
その部下達も、この光景が見られるきっかけを作ってくれた恩人である涼羽に、少しでも恩返しできるようにと…
ひたすら、自分自身と戦うかのように、目一杯業務に励んでいる。

そうして、より一層結びつきを強くすることのできた翔羽の部署。
これから、より向上していくことと、なるだろう。



――――



「りょ~おちゃん♪」
「!わっ!」

場所は変わって、木造の古い感じの校舎の中。
いつもの学び場となっている、3-1の教室。

その中で、休憩時間となったその瞬間に…
涼羽のことが大好きで大好きでたまらない美鈴が、真っ先に涼羽にべったりと抱きついてくる。

そして、いつまで経ってもそれに慣れない涼羽が、いきなり抱きつかれたことで、驚きの声を上げてしまうのも、もはや日常茶飯事な光景となっている。

「えへへ~♪涼羽ちゃん今日もすっごくいい匂い~♪」

後ろからべったりと抱き着いて、涼羽の露になっている左頬に頬ずりしながら…
そのふんわりとした、芳しい匂いまでしっかりと堪能する美鈴。

日に日に涼羽に対する好きが、歯止めが利かないほどに膨れ上がっていっているのもあって…
もう、常にこうしていないとしっくりこない、というほどになってしまっている。

「だ、だから匂いなんてかがないで…」

そして、今時の女性よりも慎ましやかで恥ずかしがり屋な涼羽が、こんな風にされて平常でいられずはずもなく…
もはや日常茶飯事のことながら、未だに鳴れる様子も見せることなく…
その可愛らしい顔をほんのりと染めて、儚げな抵抗の声を漏らしてしまう。

「だあめ♪こんなにもいい匂いを堪能させてくれないなんて、涼羽ちゃん意地悪すぎるよ~」
「!い、意地悪だなんて…」
「私、涼羽ちゃんのこと、こ~んなにも大好きなんだよ?」
「そ、それはいつも言われてるから、知ってるけど…」
「涼羽ちゃんのことが大好きで大好きでどうしようもないから、こんな風にべったりしたくなっちゃうんだよ?」
「そ、それでも恥ずかしいのは恥ずかしいの…」
「えへ♪涼羽ちゃん本当に可愛い♪」

そして、こんな美少女同士のゆりゆりした戯れのような…
見てる方が恥ずかしくなってくるようないちゃらぶっぷりを…
もはや、当たり前と言わんばかりに展開している美鈴と涼羽。

大好きで大好きでたまらない涼羽とこんな風に触れ合うことが、美鈴にとって何物にも代えがたい貴重な日常であり…
同時に、どんなに繰り返したとしても、決して飽きることのない幸せでもある。

「あ~!また美鈴ばっかり涼羽ちゃんにべったりして~!」
「も~!いっつもいっつもずるい~!」
「あたしも、涼羽ちゃんのことぎゅ~ってする~!」
「私も~!」

そして、それを幸せだと思っているのは、美鈴だけでなく…
クラスの女子全員が、涼羽との触れ合いに、言いようのない幸福感を感じてしまっている。

だからこそ、一人抜け駆けして、涼羽を独り占めしている美鈴のことが羨ましくなってしまい…
こうなると、我も我もと、他の女子達もこぞって涼羽にべったりと抱きついてくる。

「あ~、涼羽ちゃん今日もすっごく可愛い~♪」
「うふふ~♪髪もお肌もすっごく綺麗~♪」
「恥ずかしがって真っ赤にしちゃってる顔も、本当に可愛い~♪」
「涼羽ちゃんって、もう何もかも可愛い~♪」

実際には涼羽は男子であるのだが…
どこからどう見ても、女子同士のやりとりにしか見えないこの状態。

このクラスの女子達も、美鈴同様…
涼羽のことが本当に大好きで、可愛がりたくて可愛がりたくてたまらないのだ。

「あ、あの…離して…」

当然、異性とこんな風に密着することに、激しい抵抗感を未だに拭えずにいる涼羽は…
いつものごとく、その顔を目一杯羞恥に染めて、ひたすらに恥ずかしがりながらも…
無駄にしかならないであろう、か弱い抵抗をすることになるのだが。

「も~!涼羽ちゃん可愛すぎ~!」
「だあめ~♪そんないけずなこという涼羽ちゃんは、絶対に離してあげな~い♪」
「えへへ~♪可愛い涼羽ちゃんにべったりできて、本当に幸せ~♪」

結局、そんなか弱い抵抗は、むしろ女子達の心をよりくすぐることとなり…
離してもらえるどころか、より一層べったりとされてしまう。

常に自己の向上に取り組み、失敗に対して反省もし、常に自分をよりよきものにしていこうとする涼羽なのだが…
こういう場面では一向に学習能力がないと言える。

そんな抵抗も、あまりにも可愛らしくなってしまうことに全くの無自覚なのだから…
いつまで経っても、同じことの繰り返しとなってしまっている。

「や、やめて…」

涼羽自身にとっては悪循環となってしまっており…
美鈴含む女子達にとっては良循環となってしまっているこのやりとり。

これも、涼羽がどれほどに愛される存在であるのか…
それを、証明している出来事と、なっている。

結局、休み時間中、涼羽は女子達に目一杯可愛がられることとなってしまい…
授業が始まる頃には、少しぐったりと、してしまっていた。

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