お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

料理って、こんなに楽しかったんだ…

「じゃあ、美鈴ちゃん。まずはお米を研ぐのをしてもらっていいかな?」

平成よりも昭和のカラーが濃い、古めかしい感じの一軒家。
その中にある台所で、一組の男女が夕食の準備を始めようとしている。

片方の男子は、この家の住人であり、この台所を日頃から庭としている高宮家の長男、涼羽。
片方の女子は、その涼羽のクラスメイトで、校内でも有数の美少女である柊 美鈴。

連休直前の平日となる、週末のこの日。
以前からずっと美鈴が望んでいた、涼羽による料理教室。

涼羽の方は完全に成り行きとはいえ、お互いに下の名前で呼び合える程度には打ち解けた二人。
…というよりは、美鈴の方が一方的に涼羽のことが好きで好きでたまらなくなっている、という方が正しいのだが。

とはいえ、妹である羽月と同じように甘やかすことで、心底幸せそうな素敵な笑顔が飛び出してくるので、それを見たさに涼羽もこれでもかというほどに美鈴を甘やかしてしまうのだが。

そんなやりとりのおかげで、羽月と同じように涼羽に懐いてべったりとしてしまっている美鈴。

それほどまでに大好きな涼羽と一緒に、大好きな料理までできるのだから…

その『私、幸せです!』と全力で書かれているであろうにこにこ笑顔が、美鈴の美少女顔から消えることもなく。

「うん!」

幼い子供がするような元気いっぱいの可愛らしい返事を涼羽に返す。

「今日は…美鈴ちゃんも来てるから、四合くらい炊いちゃおうか」
「は~い!」

見た目は、美鈴はもちろんのこと、涼羽も校内で間違いなく上位に入るであろう美少女然とした容姿。
そんな二人がとびっきりの笑顔で心底楽しそうに料理に取り組む姿はまさに眼福といったもの。

さらには、大好きなお母さんを手伝おうとする幼い子供のような雰囲気もかもし出しており…
そんな雰囲気が、二人の様子を非常に和やかに見せてくれる。

「じゃあ、はい。美鈴ちゃん」

冷蔵庫の横にある、キャビネットタイプの米びつ。
その中から、宣言した通りの量のお米を取り出し、水切り付きのボウルの中へと移し変えていく。

そして、そのボウルを流しの方へと移動させ、それを美鈴に研ぐように促す。

「はい!」
「分からないことがあったら、聞いてね。俺はすぐ横で別のことしてるから」
「分かった!」

元気よく、嬉しそうに返事をする美鈴を見ていると微笑ましいのか、涼羽の美少女顔にも自然と笑顔が浮かぶ。

そして、そうしながらも、涼羽はおかずとして出す予定のハンバーグ、サラダを作りにかかっている。
まずはハンバーグの種を作ろうと、ちょうど三人分となるであろう手ごろな量の合挽き肉。
それと、玉ねぎ、卵、パン粉、牛乳、塩コショウ、味噌、マヨネーズ。
一通りの材料に加え、それらを混ぜ合わせる大きめのサイズのボウル。
そして、昔ながらの木製のまな板に、切れ味のよさそうな万能タイプの包丁。

まずは、玉ねぎをみじん切りにするため、その皮を丁寧に剥いていく。
剥いた皮を流しの隅にある三角コーナーに捨てながら、丁寧に剥いていく。

そうして黙々と作業を進めていく涼羽を、横目で見ている美鈴。

「(うわ~、涼羽ちゃんやっぱり手馴れてる~。丁寧にしてるけど、ひとつひとつの動作が早いもん)」

そう、この手の作業に手馴れているのもあり、涼羽の作業はひとつひとつの動作が早い。
それも、決して無理のない、丁寧な早さ。

食材の準備。
準備した食材に手を加える作業。
さらには出たゴミをその場で処理する作業。

その全てを平行に行い、しかも十分すぎるほどに早い。

用意した玉ねぎの皮を全て剥き終わると、そのまま右手に包丁を持ち、ひとつひとつをみじん切りにしていく。
その動作もまたひとつひとつが早く、無駄のない洗練されたもの。

そんな涼羽の作業っぷりに、美鈴は目を奪われ、自分の手が止まってしまっていることに気づかなかった。

「…美鈴ちゃん。手が止まってるよ」
「!あ!」

しかし、目の前の作業に集中しているかと思いきや、しっかりとそんな美鈴のことも見ていた涼羽。
その涼羽から、指摘の声が飛ぶ。
まあ、指摘というには、その優しげな声のおかげで責めているようには全く聞こえないのだが。

「とりあえずお米を研いでしまってね。他にもまだまだすることはあるから、ね?」

一度内に入れてしまった相手にはとことん甘い、ということが一目で分かる涼羽の声、口調。
まさに、優しいお母さんが幼い娘に言い聞かせるかのような慈愛に満ちた声。

しかし、そんな声を出しながらも、目はまな板の上の玉ねぎに向け…
手はしっかりとみじん切りにする作業を続行している。

無意識のうちに自分の行動を合理化することに長けている涼羽。
そんな涼羽ならでは、と言える一面が、今まさにここで見られている。

「は、はい!」

そして、優しげな声で指摘を受けた美鈴も慌てて意識を自分の作業に戻す。
米が入れられたボウルに水をはり…
そして、利き手である左手を動かし、中にある米を研いでいく。



――――どこかしら、上から押さえつけるかのような固い手つきで――――



それを見た涼羽の口から、またしても声が飛び出す。

「…美鈴ちゃん」
「!は、はい!?」

まさに不意打ちと言ってもいいタイミングだったので、驚きを隠せない反応になってしまったが、それでもしっかりと返事をする美鈴。

声を美鈴に向けながらも、決して自分の視線は動かさず、手も止めないままの涼羽から優しげな声が飛び出す。

「お米って、結構モロいから、あまり上から押させつけちゃうと割れちゃうことが多いんだよ」
「え?そ、そうなんだ」
「だから、上から、じゃなくて、下から手のひらで優しく掬い上げる動きの方が、お米に優しいよ」
「はい!」
「もちろん、力は入れずに、優しく優しくかき回す、そんな感じでやってみて」
「わかりました!」

自分の作業に集中しながらも、しっかりと美鈴のことを見て的確なアドバイスをくれる涼羽。
そんな涼羽に、しっかりと敬意を払うような声を出しながらも、顔は常ににこにこ笑顔を崩さない。

自分の動作が不慣れで遅いのは分かっている。
だからこそ、教えてもらったことを確実に確実に実行していくこと。

美鈴は、それが一番大事だと本能的に感じ取り、じっくりとじっくりと手を動かしていく。

「うん、そんな感じ。無理に早くしようなんて思わないで、じっくりとその動きを自分の手になじませていくといいよ」
「はい!」

そして、それでいい、というところはしっかりとそれでいい、と言葉をくれる涼羽。

自宅では、母が娘の料理オンチにあきれてしまい、今では教えてもらうこともできずにいる美鈴。
学校でも家庭科は専用の実習室がなく、ほぼテキストのみでの授業。
それの弊害により、当然料理関連の部活も存在せず。

どういうわけか、自分の周りには家事はもちろんのこと、料理も一切できない友人ばかり。
やはり、類は友を呼ぶのだろうか。

そんな状況の中、やっと見つけた、自分にとっての希望。
それがまさか、校内でとっつきづらさNo.1の一匹狼、高宮 涼羽になるなんて。

本当は、すごく怖くて、ずっとためらってた。
でも、いつまでも大好きな料理ができないままなんて絶対に嫌。

その想いが、美鈴の身体を、心を突き動かした。

勇気を出して、話しかけてみた。

今では、あそこで勇気を出して、本当に良かったと思う。
わずか二十年にも満たない、まだまだ子供と言える人生の中で、あの時自分は最も素晴らしい選択をしたのだと。

今後何年、いや、何十年経とうとも胸を張って言える。

だって、だからこそ気づくことができたのだから。

涼羽が本当はどれほど優しくて、慈愛に満ち溢れているのか。
涼羽が本当はどれほど家庭的なのか。
そして――――



――――涼羽が、本当はどれほど可愛らしくて、愛されなければならない人物なのか――――



お米の基本的な砥ぎ方すら知らなかった自分にあきれもせず、しっかりと教えてくれる。
的確なタイミングで、的確なアドバイスを絶対にくれる。

それでいて、自分の作業を止めることもせず。

それでも、ちゃんと自分のことを見ていてくれる。
それも、とても優しく。
とても温かく。

今でも、あの時涼羽に思い切って話しかけた自分を褒めてあげたい。
声を大にして。

それほどに、このクラスメイトと関わりを持てたことそのものが嬉しかった。

そして、自分がゆっくりとお米を研ぐ作業に集中していると、隣の涼羽はもうみじん切りを終え、材料をボウルに移して混ぜ合わせていく作業に入っていた。

「(すっご~い!涼羽ちゃんったらもうみじん切りも終わってる!)」

それを見て、本当によかったと思う。



――――自分は、こんなにもすごくて優しい先生に、料理を教わることができてるんだ――――



――――自分は、こんなにも可愛くて優しいお母さんに、甘えさせてもらうことができてたんだ――――



――――と。

どうしよう。
すごく楽しい。

大好きな料理をこんな最高の形で行うことができて。

すごく嬉しい。

自分が、涼羽にとって甘やかしの対象となる人間になれて。

これだけすみやかに作業を行いながらも、決してその作業場は散らかっておらず…
常に綺麗に片付いている状態だ。

そんな涼羽の作業を見ることそのものが勉強になって楽しみで。
そして、そうしながらもしっかりと教えてくれる涼羽の期待に応えたくて。

美鈴も、しっかりと手を動かし、研ぎ汁を一度捨ててはまた水をはりなおし。
続けて、ひとつひとつ確実に米を研いでいく。

ここで、隣の優しい先生からのアドバイス。

「研ぐのは、水が透明になるまでじゃなくて、『うっすらと米が透けて見える』くらいまでがちょうどいいよ」
「え?は、はい!」
「研ぎすぎると、せっかくお米に含まれている栄養分とかも溶け出しちゃうから」
「分かりました!」
「だから…」

ここで混ぜ合わせる作業で手を動かしながらも、涼羽は視線を美鈴の方に向ける。

「…うん、後二回くらい、同じように研いで、水をはり替えたら、ちょうどいい感じになるかな」
「はい!」
「焦らなくていいから、落ち着いてやってね。で、一通りお米を研ぎ終えたら、俺に声をかけて」
「分かりました!」

すごい。
本当にすごい。

自分の作業を全く止めていないにも関わらず、美鈴のことをちゃんと見てくれている涼羽が。
そして、そうしながらも的確なアドバイスをくれる涼羽が。

心底、すごいと思う美鈴だった。

今まで教わるどころか、実践させてもらうことすらできなかった料理。
それを今、最高の形で行うことができている。

先程までの、その可愛らしさに対する愛情の念に…
今度は自分がろくにできなかったことを素晴らしい形でやってのけることに対する敬意が加わる。

大好き。

美鈴がまた、涼羽のことを好きになっていく。
美鈴がまた、涼羽に対しての愛情が膨れ上がる。

そして、ちょうど涼羽に言われたタイミングで声をかけ、涼羽にちゃんと合格点をもらえた美鈴は、適量の水をはった米をボウルから炊飯器に綺麗に移し変え、火を入れる。

涼羽にアドバイスされるがままに。

そして、今か今かと、涼羽の次の声を心底嬉しそうな…
そして、楽しそうな表情をその美少女顔に貼り付けて待つのであった。

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