お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

ふふ…おいしい?

「ねえ、あなたのお名前は?いえるかな?」

その問いを音として、その場に響かせるのは、クラスメイトである美鈴のスペアの制服に身を包み、完全に女子生徒にしか見えない状態となっている涼羽。
その問いを向けられるのは、そんな涼羽の胸の中で心底幸せそうな顔をしながら甘えている、四~五歳ほどの幼い少女。

優しさに満ち溢れた声、そして口調に聞き心地のよさを感じながら、その鈴の鳴るような可愛らしい声で、涼羽の問いに答えようとする。

「みなかみ かな。よんさい」

少し舌足らずになりながらも、ちゃんと答えることのできた少女。
そんな少女――――かな――――に、涼羽の顔に浮かぶ笑顔は絶える様子を見せない。

「うふふ、よく言えたね。じゃあかなちゃんって、呼ぶね?」
「うん。えへへ」

ちゃんと答えることのできたかなちゃんの頭を、優しく撫でて褒める涼羽。
そんな風に褒めてくれる涼羽の撫で撫でが嬉しくて、幸せ一杯の笑顔を涼羽に向けて、ぎゅうっと抱きつくかなちゃん。

そんなほのぼのとした雰囲気に包まれた二人。

まるで、本当の母娘のような雰囲気で…
まるで、本当の姉妹のような雰囲気で…

見ている者の心を和ませるその光景。

そんな光景を見ているのは、涼羽のクラスメイトである美鈴。

「………む~………」

美鈴にとって、もはやただのクラスメイトではない存在。
大好きで大好きでたまらない…
自分だけのものにしたくてたまらない…
涼羽は、美鈴にとってそれほどの存在となっているのだ。

そんな涼羽が、いかに幼い少女が相手とはいえ…
その慈愛に満ち溢れた可愛らしい笑顔を、そっちだけに向けている。

まるで、自分だけが除け者にされているかのようなこの寂しさ。

さらには、自分だけの涼羽を奪られてしまったかのような、喪失感。

涼羽の胸の中で思う存分に甘えて、思う存分にべったりとしている幼子を見て、どうしてもヤキモチをやいてしまう美鈴。



――――あれは、私だけのなのに――――



涼羽に関しては非常に独占欲の強い美鈴が、こんな光景を見せられ続けて、いつまでも我慢できるはずもなく…

「涼羽ちゃあ~ん!!」
「!ひゃっ!?」

自分の腕の中のかなちゃんに気を取られていた涼羽の無防備な背中に、美鈴がべったりと抱きついてくる。

そして、もう我慢できないといった様子で、その長い髪に隠れているうなじに顔を埋めて、その華奢な身体をかなちゃんごとぎゅうっと抱きしめてしまう。

「み、美鈴ちゃん!?」
「………」
「ど、どうしたの?」
「………」

突然に美鈴に抱きつかれてしまい…
驚きながらも、自分の胸の中のかなちゃんをしっかりと抱きかかえ…
その上で、首だけを自身の背中にべったりと抱きついている美鈴の方に向ける涼羽。

戸惑いの色を含みながら、優しい口調で美鈴に声をかけるも…
ただ黙って、涼羽のうなじに顔を埋めてぎゅうっと抱きついている美鈴。

「?美鈴ちゃん?」

そんな美鈴に、もう一度声をかける涼羽。
少々、困ったような表情をその顔に浮かべながら。

「…………もん」
「え?」
「その子ばっかり、ずるいもん」
「え?え?」
「私も、涼羽ちゃんに甘やかしてほしいもん」
「!み、美鈴ちゃん…」
「涼羽ちゃん、その子ば~っかり相手してるから…寂しいもん…」
「………」

とても同学年とは思えない…
あまりにも子供っぽく、可愛らしい美鈴のヤキモチ。

まさに、大好きなお母さんが、後から生まれてきた子供に奪られてしまったかのような…
そんな寂しくて、切ない思い。

そんな思いを隠すこともなく、思いっきりぶつけて…
目一杯、甘えてくる美鈴の姿…

そんな美鈴の姿が、妙に可愛く見えてしまう涼羽。

自分のうなじの左側に埋められている美鈴の頭を、左手で優しく撫で始める。

「ん…」
「ふふ…美鈴ちゃん、ほ~んとにちっちゃい子供みたい」
「涼羽ちゃんがお母さんみたいだから、こうなっちゃうんだもん」
「…それは、知らない」
「だあめ。だから、私のこと、い~っぱいぎゅうっとして、なでなでしてくれないと、だめなの」
「…美鈴ちゃん、もうお姉ちゃんなんだから…」
「や。涼羽ちゃんが甘えさせてくれなくなるなんて、絶対にや」
「…はあ…」

あまりにも子供っぽくなってしまっている美鈴に思わず溜息をついてしまう涼羽。

しかし、その表情は甘えてくれることによる嬉しさがあるのか…
そんな風に甘えてくれる美鈴が可愛いのか…

まさに、優しく子供を包み込む母親のような慈愛と母性に溢れた笑顔が、浮かんでいる。

「もっと、もっとかなのこと、ぎゅうってして?なでなでして?」
「か、かなちゃんまで…」
「そのおねえちゃんばっかりなんて、や」
「…はいはい」

自分の胸の中にいるかなちゃんからも、さらなるおねだりが飛び出してくる。
せっかくの甘やかしが美鈴の方に向いてしまっているのが、気に入らないようだ。

そんなかなちゃんに対し、少しあきれたような口調になってしまうものの…
やはりその慈愛に満ちた笑顔を崩すことはなく…
右腕でかなちゃんの小さな身体を抱え込むようにしながら…
その小さな頭を再び優しく撫で始める涼羽。

自分の胸には、小さく幼い少女が。
背中には、同学年の美少女が。

涼羽をサンドイッチするようにべったりとしてくる二人を優しく甘えさせながら…
目の前の小さな幼子をどうしようかと、考えこむ涼羽であった。



――――



「かなちゃんは、どうしてこんなところにいたの?」

ひとしきり甘やかされて、どうにか落ち着いた感じのある美鈴とかなちゃん。
それでも、二人とも涼羽にべったりと抱きついたままなのだが…

このままだと埒が明かないと判断した涼羽は、仕方なしにこのままの状態で、かなちゃんに事情を聞いてみようと、声をかけ始めた。

「…あのね、かなね、おかあさんにあいにきたの」
「お母さん?かなちゃんのお母さん、ここにいるの?」
「うん」
「なんで?お家には、誰もいなかったの?」
「…おとうさんも、おしごとだし…おかあさんも、おしごと…だれも、いないの」

どうやら、かなちゃんの家は親子三人暮らしらしく…
共働きで、なかなか一緒にいれない、とのこと。

そして、その母親は、この学校の職員ということらしい。

ここまでのやりとりで、そこまでの事情は、涼羽にも理解することができた。

「え?じゃあかなちゃん、いつも一人でお留守番、してるの?」
「ううん、いつもはおばあちゃんがきてくれるの」
「そうなんだ…」
「でも、きょうね…おうちにおでんわがあって、おばあちゃん、これないって…」
「え?」
「おばあちゃん、おかあさんにでんわするからっていってたけど…おかあさん、ぜんぜんかえってこなくて…」
「…それで、寂しくて、お母さんのところに、来ちゃったんだ?」
「そうなの…」
「でも、お母さんのいるところが分からなくて…」
「…うん…」

こんな小さな子供を一人留守番させて共働きなんて…
と思っていたら、実際にはかなちゃんのおばあちゃんが面倒を見てくれていた、とのこと。

しかし、何があったのかは分からないけど、そのおばあちゃんも来れなくなってしまい…
しかも、おばあちゃんが連絡をしておくといってたお母さんは、全然帰ってくる気配もなく…

結局、お母さんに会いたくて、ここまで一人で来てしまった。
でも、お母さんのいるところが分からなくて、うろうろしている間に、迷ってしまった、と。

こんなに小さな子が、よく一人でここまで来れたもんだ、と、涼羽は思った。

近いのか遠いのかは分からないけど。

涼羽は、その時のことを思い出して表情が沈んでしまったかなちゃんの頭を、また優しく撫で始める。

「そっか…頑張ったね、かなちゃん」
「え?…」
「かなちゃん、よく一人でここまで来れたね?えらいね?」
「…ほんと?」
「うん、ほんと」
「…えへへ」
「でもね、かなちゃん。かなちゃんはまだちっちゃいから、一人で歩いたりすると、危ないからね?」
「…うん」
「だから、一人で歩いたりするのは、もっと大きくなってからに、しようね?」
「…うん」
「だから、今日は一緒に、かなちゃんのお母さんを探しにいってあげるから」
「!ほんと?」
「うん、ほんと。だから、もう危ないことはしないように、しようね?」
「…うん!」

ひたすらに優しくかなちゃんを包み込み…
よくできたことは褒めながらも、釘を刺すところはしっかりと刺す…
それでいて、常に優しい口調で…

そんな、涼羽のとろけるかのような優しさに包まれているかなちゃん。
もうずっとべったりとしているのに、未だにその手が、身体が離れる様子を見せることなどなく…
逆に、もっと涼羽にべったりと抱きついてしまう。

「そうだ。かなちゃん」
「?なあに?」
「かなちゃん、お腹空いてるんじゃ、ないかな?」
「!うん!」

だろうと思った。
そんな状況で、結局母親の帰りを待ちきれずに飛び出してきたのなら、少なくとも朝食べてから今まで何も食べていないはずだ。

もう昼と言うには遅く、あと少しで晩御飯の時間となるのだが…

せめて、おやつ程度のものでも食べさせてあげたい。

そう思った涼羽は…

「お弁当の残りのおにぎりがあるんだけど…食べる?」

ここのところ、学校では美鈴にべったりと抱きつかれるなどして…
実際には、昼食もままならない状況が多い涼羽。

この日も、お弁当を食べている間にひたすらべったりとされてしまい…
そんなやりとりをしている間に全て食べることができずに、昼休みが終わってしまっていたのだ。

この日も、妹の羽月に合わせて作ってきた、可愛らしさが目立つお弁当。
その中の、食べやすいサイズで握られた、おにぎり。
それが、まるまる一つ、手付かずの状態で残っているのだ。

自分の弁当の残り物ではあるが、せめて、それだけでも、と思ってかなちゃんに勧めてみる涼羽。

そして、当のかなちゃんの反応は…

「!おにぎり!?たべる~!」

お腹を空かせていたこともあり、ものすごい勢いで食いついてきた。
そんなかなちゃんに、涼羽も嬉しそうな表情がその美少女顔に浮かんでくる。

「うん。じゃあ、ちょっと待っててね」
「うん!」

そうして、一度かなちゃんを地面に降ろし…
背中にべったりと抱きついていた美鈴も一度離すと…

涼羽は自分が持ってきていたバッグの中から、自分の弁当箱を取り出す。
そして、その蓋を開き…
その中に一つ、ぽつーんと残っているおにぎりを、その左手で掴んで取り出した。

「わ~…」

涼羽の手に取られたおにぎりを見て、ますますかなちゃんの表情が待ちきれない、といった感じになる。

「かなちゃん、おいで」
「うん!」

そんなかなちゃんに自分の方へと来るように促す涼羽。
その涼羽の声に、素直に返事し、とことこと涼羽のそばまで寄ってくるかなちゃん。

この短時間で、すっかり涼羽に懐いてしまったようだ。

そんなかなちゃんに目線を合わせるようにしゃがみこむと…
再び、かなちゃんを自らの膝の上に乗せ…
右腕でしっかりとかなちゃんの身体を支えるように抱きしめる。

「ほら、かなちゃん。あ~ん」

そして、慈愛に満ちた、嬉しそうな表情でかなちゃんにあ~んしてあげる涼羽。

「あ~ん…ぱくっ」

そうして、涼羽から出されたおにぎりを、その小さな口でぱくっとかじる。

「ん…あむ…」

よほどお腹が空いていたのだろう。
その小さな口の中で、しっかりと噛み締め…
しっかりと、その味を吟味する。

「どお?かなちゃん?」
「うん!おいしい!」

小さな子供らしい、天真爛漫な笑顔。
そんな笑顔で、美味しいといってくれるかなちゃんに、涼羽の顔もさらに笑顔になる。

「よかった。ほら、あ~ん」
「あ~ん」

まさに幼子にご飯を食べさせてあげる母親、といった光景。
作ってから時間が経っているとはいえ、料理上手な涼羽が作ったおにぎり。

空腹というスパイスもあって、今のかなちゃんにとってはよっぽどおいしいものとなっているようだ。

「ふふ、おいしい?」
「うん!おいしい!もっと!」
「ほら、まだあるから…あ~ん」

こんなにも優しくしてくれて…
こんなにも甘えさせてくれて…
こんなにもおいしいおにぎりを食べさせてくれて…

かなちゃんの中で、目の前の可愛いお姉ちゃんが、本当に大好きな存在になっていく。
目の前のお姉ちゃんに、本当に自分だけのお姉ちゃんになってほしくなる。

もともと、人見知りが激しく、家族や親族以外の人間には、まず近づくことすらしないかなちゃん。

そんなかなちゃんが、ここまで懐いてしまうのは、かなちゃんの関係者が見れば、まさに驚愕の光景としか見えないだろう。

そんな風に、女子高生の姿でその溢れんばかりの母性を発揮している涼羽が男だなどと、誰が見ても思うことなどないと思われる。

そんな光景をそばで見ている美鈴も、涼羽が男であることを忘れ、女性の理想像を見ているかのようなうっとりとした表情で、自身の想い人を見つめていた。

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