転生したからって、ざまぁされなくてもいいよね?~身内との8年間、攻略対象達との3年間の駆け引き~

ヒロインの困惑と正統派王子の本音

 あの時の鐘の音。澄み渡る青空。そして、皆に祝福される二人。
 全てが美しく、このように大勢の人に祝福されることはないが、自分たちもこのような式を挙げることになるのだと思うと、ベアトリーチェはその日を夢見ていた。





 ある日。王妃となった幼馴染に呼ばれて、王宮に上がったベアトリーチェは、廊下で聞こえてきた会話に思わず立ち止まってしまった。
「え――――」
 ベアトリーチェ・セレネはそれ・・を侍女たちから盗み聞きしてしまったとき、一瞬、聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。周りにいるほかの侍女たちも同じようなことを口にしている。柱の陰に隠れて、驚きの声が漏れないように口を自分の手でふさいだ。
 彼女はつい最近までは王太子の婚約者として王宮におり、貴族の中でも口さがない人たちによって身分の事とかあることないことを言われてきていた。しかし、婚約者となるより前に侍女としていた時の同僚の侍女たちは優しかったのに、今は違って彼女たちがその噂の中心にいる。彼女たちが話す内容は本当なのだろうか。もし、本当だとしたら、自分はどうやってと接すればいいのか分からなくなった。
「困ったねぇ」
 その声が聞こえた時、ベアトリーチェは自分が本当に声に出してしまったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。目の前には、この王宮の新たな持ち主となった赤毛の青年がいたのだ。彼の存在に対して二重に驚いた。もちろん、王宮自体はもうすでに彼の物と同じような状態であるので、いてもおかしくないのだが、今は確か彼女の婚約者と会うと言っていた時間帯のはずであり、ここに来ることはできないはずだ。そして、何より、彼女たちの会話をしっかりと彼は聞いていたらしい。
「まさか、君はそれを信じたりしないよね?」
 彼は困ったようにベアトリーチェに尋ねた。本当に彼女たちの話はただの噂であるという事なのだろうか。一瞬頷きかけたが、頷けなかった。それを見た彼は、
「そうか」
 と呟き、
「早まったことだけはするな」
 と言って、彼女まえから去って行った。ベアトリーチェはその去って行く姿を見て、噂の重要な人物でもある彼の方はどう思っているのだろうか、と気になってしまったが、その答えを見つけることはできなかった。



「どこに行っていたのよ、リーチェ」
 ベアトリーチェが王妃の部屋に行くと、部屋の主である王妃はお茶を飲みながら数人の女性たちの相手をしていた。ベアトリーチェは申し訳ありません、と謝ったが、どこに行けばよいのか分からなくて、視線だけを彷徨わせた。
「ここにきて」
 そんな彼女の様子に気づいた王妃は、彼女の隣を指さした。
「リーチェったら、この場所がわからないなんて言う事はないでしょうに」
 王妃が困ったように笑うと、他の女性たちも微笑んだ。だが、そこにはただ同情めいた意味合いしか含まれておらず、先ほどの侍女たちが見せたような笑いはなかった。
「で、セレネ伯爵令嬢も揃ったので、本題に入りましょう」
 王妃の言葉にベアトリーチェも先ほどのことは一旦、忘れようと決めた。
「あなたたちを私直属の侍女にしたいのだけれど」
 ここにいるのはベアトリーチェを除いて全て公爵家、侯爵家の令嬢や夫人たちばかりだ。そんな中に自分がいていいのだろうか、そして、何よりもうこの王宮には存在しないはずの自分がそんな役割を負ってしまってもよいのかと思ってしまった。だが、次の王妃の言葉に今度こそ絶句した。
「そして、セレネ伯爵令嬢には、『中』と『外』との折衝を受け持ってもらう侍女長になってもらいたいわ」
 彼女の発言に他の女性たちは驚きはしたものの、反対の声は上がらなかった。むしろ、それが妥当だと頷いている。
「待ってください」
 王妃の言葉にベアトリーチェは待ったをかけた。
「私では力不足だと思います。身分で言っても私はここにいる皆様方より下ですし、まともに家を動かしたことのない人間です。なので、私ではなくほかの方にお願いしたいと思います」
 ベアトリーチェがこういうと思っていなかったのだろう、王妃を除いた他の女性たちは目を丸くしている。しかし、そこは王妃。彼女はくすっと笑った。
「ねぇ、リーチェ。私だってまともに家の事なん動かしたことはないのよ?」
 彼女の発言にベアトリーチェが首を傾げた。いつだって彼女は、自ら物事を動かしていたではないか。
「私が動かしたのは自分。偶々皆さんがそれに耳を貸してくださっただけよ。もちろん、侍女長と言う役割を背負う以上、常に完璧でなくてはいけない、と思うかもしれないけれど、そんなのは傲慢。私だって常に完璧でいようと思ったら、あなた方にどのような態度を取ればいいのでしょうね」
 そう言って、王妃はここにいる面々を見回す。
「それに、あなたを侍女長に抜擢する理由がもう一つ。単純な話だけれど、あなたにはほかの人にはないメリット、元王太子様の婚約者であるという事よ。ある程度は宮中の作法にも詳しいし、さまざまなことを経験しているから。だからこそ気を配れる部分が多いと思うわ」
 王妃の発言にほかの女性たちが頷く。そう言われてしまっては断れないベアトリーチェは、渋々であったがその話を受けた。

 王妃の専属になるという話の後、ベアトリーチェは王妃に呼ばれて、彼女の私室に招かれた。そこでお茶とお菓子を振舞われた。
「美味しいでしょう。はい、これも食べて」
 王妃は昔と同じようにベアトリーチェと時を過ごしている。マカロンを一つ掴むとベアトリーチェに渡した。
「あ、はい」
 しかし、ベアトリーチェはやはり先ほどの話が気になってしょうがなかった。気もそぞろにお菓子を食べていると、
「ねえ、ベアトリーチェ」
 と声をかけられた。何でしょうか、と彼女の方を見ると、
私が・・あなたを誤解させている原因なのは知っているわ」
 と申し訳なさそうに言った。まさか、と思った。
「そうね、そのまさかよ」
 王妃はベアトリーチェの手の上に自分の手を重ねた。

「あなたは聞いたのでしょう。クリスティアン様が好きなのはだと」
 王妃のアメジスト色の瞳は真っ直ぐ彼女眼を見ていて、ベアトリーチェは嘘をつけなかった。コクリと頷くと、王妃はやっぱりと言う。
「侍女たちが勝手に広めているのは知っているわ。もっとも、一番悪いのは、最初に言いだした本人なんだけれどね」
 その言葉にベアトリーチェはえぇっと思わず言ってしまった。その反応に王妃が笑う。

「全くね。これは私が言うのを信用してもらわないといけないのだけれど、こないだ戴冠式の前にあの方も含めて打ち合わせした時に、ちょうど侍女たちがお茶を持ってきてくれた時に『の私だったら変わらず好きだな』って言ったのよ。それが、尾ひれ背びれくっついて、『今でも・・・私のことが好きだ。本来ならば私と結婚していたのに』という話になっていたのよ」
 その噂にベアトリーチェも笑うしかなかった。もちろん、昔から知っている王妃のことを疑うことが出来るベアトリーチェではない。『人の口には何とやら』と言うような状況がまさに起こってしまったのだ。
「私もアランもその噂を戴冠式前から知っていたけれど、しばらくたったらそんな話は消えているだろうと思っていたから、何も対策をしてこなかったのよ。ここまで広がるって思わなくって。申し訳なかったわね」
 王妃はベアトリーチェに頭を下げた。別にベアトリーチェは王妃に頭を下げさせたかったわけではない。とんでもありません、と言って、彼女に頭を上げてもらった。
「今からでも何とかするわ」
 王妃は微笑んだ。ベアトリーチェはほっとするのが自分でもわかった。すると、

「じゃあ、これで心おきなく侍女長の役職も引き受けてくれるわね?」

「へっ?」
 王妃の口から出た言葉に間の抜けた声を出してしまった。
「リーチェはそれを聞いたから、引き受けるのを渋っていたんでしょう?」
 王妃は柔らかい言い方をしたが、確信をもって言っているようで、ベアトリーチェは反論できなかった。確かにそれも引き受けたくなかった原因の一つとしてあったからだ。微かに頷くと、ほらやっぱり、と王妃は笑う。
「今日のところは帰って、きちんと話し合いなさい。たぶん、向こうもお灸をすえていることでしょうし」



 その後、他愛もない話をして、日が暮れるころ、城下にある小さな家に帰った。
 すでに婚約者は帰ってきており、居間のソファに座って、何か考え事をしている様だった。
「クリスさん」
 婚約者を愛称で呼んだ。王宮にいたころ、婚約を結んだ時から本人がそうして欲しいって言ったからそうしているが、今日はなんだか違った響きを持っていた。婚約者はベアトリーチェの存在に気づき、ああ、と言った。
「早かったのですね」
 ごくありきたりなことだな、と自分でも思いつつ、の話を自分から切り出せなかった。再び、ああ、とだけ言った彼は、数拍の間黙っていた。その沈黙の間はベアトリーチェも何も動くことはできず、彼を見つめたままで立ち止まっていた。

「あんな噂になるような真似をしてすまなかった」
 頭を下げるとともに、言ったのはあの噂に関する謝罪だった。
「昔はイロイロあって彼女の事を敬遠していた。だが、いつの間にか好きになったのは間違いない」
 彼から発せられた言葉にベアトリーチェは胸が締め付けられた。
「だが、父上と共に他国との交渉の場での話を聞いたり、あの内乱での活躍を見ていたりしても彼女には敵わないことが分かる。だから、いま僕が彼女に持つことが出来る感情は畏怖、もしくは敬愛だけだ」
 クリスティアンはベアトリーチェに再び頭を下げた。
「それでもやっぱり許せないよね?」
 ベアトリーチェはその言葉に思いきり首を横に振った。
「いいえ」
 クリスティアンの側により彼の手を握った。
「陛下御夫妻は恋愛のこととなると互いの事しか見えていないと思いますけれど、クリス様の方が人間味があって良いと思います」
 ベアトリーチェの言葉にクリスティアンは目を丸くした。
「それに。こう言ってはいけないと思いますが、全てこうなってよかったと思います。もちろん、クリスさんが王になってもいい治世になったと思います。でも、多分他の貴族から見たら、今の陛下御夫妻の方が目立っていたかと思います。そうすれば、比較されやすくなってしまい、後々面倒なことになっていると思います」
 ベアトリーチェはそうはっきりと言った。普段、なかなか政治の事とかあまり二人の間ではなさないので、その言葉にクリスティアンは呆気にとられ、思わず笑ってしまった。
「そうだな。これでよかったんだ」
 そう呟くと、彼はソファから立ち上がり、ベアトリーチェの目の前に跪いた。いったい、これから何が起こるのだろう、と思ったが答えはすぐに分かった。

「ベアトリーチェ・セレネ伯爵令嬢。こんな僕だけれど、結婚していただけますか」
 二度目のプロポーズだった。彼はしっかりとベアトリーチェの眼を見た。
「はい」
 少しの間もあかずにベアトリーチェは答えた。
「私の方こそよろしくお願いします」





 それから一か月後、新国王夫妻の側近となる侍従と専属侍女の名前が発表された。侍従の中にはかつて王太子を務めたことのある男が、専属侍女長には彼の婚約者である女性の名前が記されていた。人々は様々なことを噂したが、国王夫妻ともにその噂を否定したので、しばらくしてその噂は立ち消えた。
 そして、噂がかすかに残っていたころ、その王太子だった男とその婚約者は結婚した。さすがに彼らだけを贔屓するわけにはいかなかったので、結婚式には参加しなかったものの、『結婚祝い』と称して盛大な贈り物を渡したと言われた。

 生涯、二人の間には三人の息子と二人の娘が生まれ、そのうちの一人は後年、国王夫妻の孫の教育係を務めることとなった。

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