転生したからって、ざまぁされなくてもいいよね?~身内との8年間、攻略対象達との3年間の駆け引き~

外交王子の探し物Ⅱ

 クロード王子が去って行った後、そこには奇妙な沈黙が落ちた。
 しかし、いつまででも黙ってじっとしているわけにはいかなかったので、クロードから本を渡された少女は元の場所に戻そうと奥に行こうとした。
「待て」
 この図書館の司書、マラットは少女を呼び止めた。呼ばれた少女は、少し肩を震わせながらマラットの方を振り向いた。マラットは彼女を鋭い視線で見据えており、その視線に少女は一瞬怯えたが、すぐに平静を装った。
「お前は自分の立場・・を分かっているのか」
 マラットの言葉に瞬時に彼女は頷いた。しかし、内心ではやはり怯えているのか、かなり震えた言葉が唇から出た。
「は、はい―――――承知しております」
 彼女は小さな声で言った。しかし、マラットは彼女の言葉をきちんと聞き取ったみたいで、そうか、と呟いた。
「ならば、初めにそれらを返してきなさい」
 マラットはそう言うと、先ほどクロードがいた図鑑のある方へ向かった。



 その晩、クロードは非常に居た堪れない気分になって与えられた自室に籠っていた。もちろん、昼の事件・・についてだ。クロード自身は様々なことをここにいる間も学んできたと思っていたが、どうやらそれでも不十分だったみたいだ。それを年下の少女に指摘され、自分は逃げたのだ。
 あの少女に謝りたかったのだ。しかし、あの出来事で自分はすぐさま逃げたから彼女の名前さえ聞いていない。覚えているのは小柄であり灰色のおさげだけだ。明日にでももう一度図書館へ行き、あの司書に尋ねてみよう、と思ったとき、不意に自室の扉がノックされた。
「誰だ」
 この時間に――――しかも彼がこの部屋にいるのを知っている人物は限られた人数だろう。一応彼自身も応戦できるような得物も持ってきているので、たとえ曲者であろうとも問題ないであろうと判断し、扉を開けた。

 彼は一瞬幻なのかと思った。
 なぜかというと、そこにはちょうど彼が会いたいと願っていた少女が立っていたからだった。
「君は――――――」
 クロードが驚いてその言葉の続きが言えなかった。すると、その少女は何も言わずに手に持っていた本を差し出した。その本のタイトルを読んでみると、『世界植物目録』と書かれており、この大陸に自生する植物がすべて書かれている図鑑だったのだ。彼女はどうやらそれをわざわざ届けに来たらしい。
「入ってくれ」
 クロードは目的の少女が来たこと――――そして、彼女が自分の探し求めているものを持って来てくれたことについて、心が落ち着かなかった。しかし、彼は極めて自分の気持ちを落ち着け、彼女に向かって言うと、今度は彼女がひどく驚いた。どうやら彼女はクロードに渡した後はすぐに帰る予定だったらしい。
「時間がないのか」
 少女の態度に疑問を持ちながらも、彼女の意思を無視してお茶へ誘っては申し訳ないと思い彼女に尋ねたが、彼女は首を横に振った。
「すみません、作法に疎く、この場にお招きされてよかったのかどうかが分からなくて」
 彼女の言葉に一瞬、どういうことだと思いつつも、深く尋ねるわけにもいかなかったので、そうかとだけ呟き、再び彼女を―――今度は態度だけで示した――――招き入れ、彼自身がお茶を淹れた。
「女性たちが嗜むように、菓子などは用意していなくて申し訳ない」
 クロードはカップを少女の前に置きつつ、そう言った。少女はいえ、と小さい声で言い、カップに口をつけた。彼女はお茶を一口含み、そのまま何も言わずにソーサーへ戻した。クロードは初めて・・・不安になった。
「何か味に問題でもあったか」
 少女に尋ねると、彼女はいいえと言う。自分でも一口飲んでみたが、自分自身ではいまいち味がわからなかったので、帰国してから自分の入れたお茶がおいしいのか誰かに尋ねようと思った。

「その本はたぶん誰かが間違えてあの場所へ置いたのだと思います」
 しばらくしてから、彼女はぽつりと言いだした。
「まあ、本が勝手に動く、という現象が普通は当たり前ではないだろうから、そうなのだろうな」
 クロードは笑う事もせずに言う。もちろん彼女が置いた張本人だとは思えない。なぜなら、彼女がもし仮に置いたのだとしたら、クロードを知っているという事に他ならないからだ。今もそうなのだが、クロードのことを知っていての態度ではないだろう。クロードが図書館を去ってから司書に聞いた可能性も薄いだろう、と彼は判断した。
「言いたいことはそれだけか」
 彼はなかなかしゃべらない彼女にイラついていた。彼女が手にしているものを見ればそうでないことはわかっていたものの、もどかしさから少しきつく言ってしまった。
 案の定、彼女は少し震えていた。クロードは一呼吸置き、
「すまない。きつく言ってしまったね」
 と謝った。その瞬間、彼女は驚きで目を見開いた。
「えっと、こちらこそ申し訳ありませんでした」
 そう言うと、彼女は深々と頭を下げた。このままでは収拾がつかなくなると思ったクロードは少し笑ってしまった。
「あなたはどうやら僕が思っている以上に、僕を恐れていないようだね」
 彼の言葉にまたもや、彼女は驚きの反応を示した。クロードはクスリと笑い、言葉を続ける。
「もうすでに、あの司書に僕の身分は聞いたのかな」
 その問いかけに彼女が頷き返すと、少し寂しげに言う。
「だったら話は早い。僕はある事情でセリチアの王族の王籍を返上している。でも、セリチアの王子クロード・ナルバディアを知っている人間は、気軽に声をかけることはできない。それが貴族の世界では常識というもの。僕自身はあまり気にしないんだけれど、他の人が気にしてしまってね。」
 その言葉に再び少女は項垂れる。しかし、クロードは責めるような口調ではなく、むしろ申し訳ないという口調だった。
「だから、君が僕に喋りかけてくれたから、こうやって僕が本の題名さえ見ていなかったこともはっきりと分かったんだよ」
 そう言って、クロードは少女の頬へ手を伸ばし、撫でた。
「それに、何より―――――」
 彼はいったん言葉を区切った。少女を見ているようでもあったが、その眼は少女を移していなかった。
「―――――――いいや。何でもない」
 区切った先の言葉を彼は飲み込んだ。その内容を少女は知りたかったが、その場で彼が語ることはなかった。

 その後、少女―――――――カテリーナ・ポルドルフとクロードは、カテリーナが持ってきた植物図鑑を見ながら夜遅くまで語り合った。
「これかもしれない。これで、陛下にお伝えできる」
 最後の最後で見つけた花―――――――薄紫色の花を持つ草であり、遠い大陸が原産と言われる花ではないかと思われたのだ。その花の色―――青―――は、セリチアの国の色であるし、何よりその花言葉はセリチアの国のスローガンにもなっている。
「よかったです」
 カテリーナもクロード以上に喜んでくれた。しかし、クロードは彼女の眼が少し寂しげに笑ったことに気づいていなかった。

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