都市伝説の魔術師

巫夏希

第四章 少年魔術師と『二大魔術師組織間戦争』(15)

 ハイドは両手を広げて、笑みを浮かべる。
 カナエたちはその行動を見て理解できなかったが、

「負けだよ、僕の負けだ」

 ハイドは開口一番、そう告げた。

「……何ですって?」

 それに一番驚いたのはほかならないユウ・ルーチンハーグだった。

「もうデータは十分とれた。アリス・テレジアがどう出るか解らないけれど、少なくとも僕としてはもう自分の役目を果たしたよ。自分が何をしたいのか、自分が何をしたくてここにいるのか、ということをね……。それが理解できているからこそ、僕はここにいる。そして研究を続けているということだから。理解できないかもしれないが、僕という人間はこうやって長々と続けてきた」
「何を言っているか解らないが、ここから逃がすと思っているのか?」

 そう言って一歩踏み込んだのは隼人だった。
 隼人が持っている手錠を見てハイドは笑みを浮かべる。

「それで捕まえるというのかね、警察官よ? そんな手錠で魔術師を捕まえることが出来るのかね?」
「……お前は魔術師ではない、そうだろう?」
「どうだか。それはいったいどこを情報源としているのかな?」
「魔術師でないという証拠を見せろよ」
「どうやって?」

 ハイドは笑みを浮かべて、首を傾げる。

「魔術師である証拠はすぐに見せることが出来る。だって、ここで僕がコンパイルキューブを出して魔術を使えばいいのだから。だが、その逆を証明しろ、というのは難しい話だよ。悪魔の証明、とでもいえばいいかな? そういうことだよ、要するに」
「ぺらぺらと話している余裕があるのか?」

 さらに一歩近づく隼人。

「確かに。そんなことを話している時間はないね。もう少し時間があれば、君とゆっくり話をしたかったものだけれど。こうなってしまった今、話をする時間もない。とにかく今は、僕はこの場から退場することにしよう」

 そう言って、ポケットから何かを取り出した。

「動くな!」

 隼人はコンパイルキューブを取り出す。
 しかしそれよりも早く、ハイドはポケットから取り出した何かを思い切り床に投げつけた。
 それが煙玉の一種であることに気づいた時には、もう遅かった。
 隼人たちの視界が徐々に煙に遮られていく。ハイドの声だけが空しく響き渡る。

「僕はもうここには用事はない。調査もすべて終了したからね。あとは心置きなくアリス・テレジアを倒すがいい。だが、僕はまだここで捕まるわけにはいかないのだよ。だから逃げさせてもらうよ。どうせ今の状況なら、遅かれ早かれアリス・テレジアは死ぬ」
「待て、ハイド・クロワース! それが通用すると思っているのか!」
「しないだろうねえ。けれど、これは僕の自己満足さ。自己満足だからこそ、自分の意見を曲げたくない。通用しないとしても、僕は逃げるよ。アリス・テレジアという泥船に、これ以上乗っていてもメリットはないからね」

 そして、ハイドの気配は完全に消えた。
 煙が晴れて、残っていたのは手枷足枷が外されたユウだけだった。

「ボス!」

 夢実はユウの無事を確かめるため、彼女に近寄った。
 ユウは息を絶え絶えに、夢実のほうを見て小さく頷いた。

「……夢実、か。まさかここまでやってくるとは思いもしなかったよ。さすがに私もここで終わりかと思っていたが、どうやらカミサマとやらはまだ私を働かせるつもりらしいな。……まったくもって素晴らしいことだよ。まあ、別にそれが悪いこととは断然思わないけれどね」
「とにかくここから脱出しましょう!」
「脱出……だと? アリス・テレジアはどうする、サンジェルマンはどうするつもりだ?」
「それもありますが、ひと先ずは態勢を整えたほうがいいでしょう。地上に出て、仲間と合流します」
「仲間……『ヘテロダイン』の人間が生き残っていたというのか? 私たちがアジトにいたとき、誰もいなかった。みな、倒れていたじゃないか!」
「ええ、そうですが……。とにかく、ここを離れましょう。時間はもうない。急がないと、政府がこの町もろとも魔術師を滅ぼそうとします!」

 それを聞いてユウは耳を疑った。

「……それはいったい、どういうことだ?」
「実は木崎市は既にアレイスターの占領下にあり、アレイスターは政府に対し独立を宣言しているのですよ」

 そう言ったのは隼人だった。

「すぐにこちらから状況を電話したのですが、無理でした。既に決定されていることを変更することは出来ない。逆にこちらにいるのではなく、急いであるべき立ち位置に戻れ、とも言われましたよ」
「……ならば戻ればいいではないか。この戦いはヘテロダインとアレイスターだけで決着を着ければいい。まあ、ヘテロダインが圧倒的に劣勢ではあるが」
「この状況を見て、逃げ出せと? そんなこと、できるはずがありませんよ。それに俺も、魔術師ですからね」

 その言葉を聞いてユウは頷く。そして改めて理解する。高知隼人、彼もまた魔術師であるのだということを。

「それじゃ、脱出しますよ。いいですね?」

 こくり、と再び頷くユウ。
 そこで彼女は違和感に気づいた。
 その違和感は右手にあった。
 掌で何かを握っていたのだ。もちろん、そんなことはしていない。もしかしたらハイドが何かを渡したのかもしれない。そう思ってユウは握っていた右手を開く。
 そこにあったのは金色の鍵だった。持つほうには大きく目が描かれている、独特なシルエットの鍵だった。

「……何だろう、これ?」
「さあ? ……とにかく急いで脱出しましょう。ここを見つかってしまったらいくら私たちでも対処ができません」

 そしてユウたちは、アレイスターのアジトから脱出するため部屋の外へと向かった。

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品