都市伝説の魔術師

巫夏希

第四章 少年魔術師と『二大魔術師組織間戦争』(14)

「そう。少しでもあなたに期待した私が間違っていたよ。もう忘れてくれ、私が救いを懇願していたなんてこと。あなたに知られたまま死んでいくなんて真っ平ごめんだ」
「おや、死ぬのをもう理解したのかい? 稀代の魔術師の才能をもつ、ユウ・ルーチンハーグらしくない発言だ。現実に失望したか? 未来を渇望したか? ならばそれでも構わない。いろいろあってこんな風になってしまったけれど、今はこの状況を喜んでいるのだよ。ユウ・ルーチンハーグの死に立ち会えるのだから。それはとても素晴らしいことだよ。今後、語り継がれることになるだろう」
「そうかい。そいつは嬉しいね。まあ、私はここで死ぬことになってしまってとても悲しいけれど」
「抵抗しないのが、君らしいといえば君らしい。ユウ・ルーチンハーグはここで死ぬ。そして我々が生き残る。我々の勝利だよ」

 それを聞いてユウは鼻で笑った。
 ハイドは無言で彼女の頬を叩いた。彼女は何も言わなかった。何もしなかった。何もできなかった。
 ハイドはそれを見て優越感に浸っていた。普通ならば魔術でかなうことのない彼女に、屈辱的な仕打ちをしているのだから。
 そして彼は笑みを浮かべて、少しずつ後退する。

「一応、君が今からどのような処刑をされるか、説明しておこうか」

 そう言ってハイドは紙を取り出した。そしてそこにある文章をゆっくりと読み始めていく。

「最近はいろいろと法律が厳しくなったものでね……なるべく人間の形が残らないように、あるいは人間だと判別されないようにしておかないといけないわけだよ。それでいて、苦しみが残る形にしろ、とアリス・テレジアからのお達しが来たものだからね……。一応、言っておくけれどぼくとしてはこんなことを好んでする性格ではないことはご理解いただきたいね」
「言い訳をつらつらと並べて罪悪感を少しでも削減したい狙いか? だとすれば、そいつはお門違いだな。いいからさっさとその文書を読み終えて私を殺せよ」
「……君はこれから溶岩の中に落とされることとなる。肉も骨も融ける。残されたのは、ユウ・ルーチンハーグだった液体そのものだ。そしてそうなってしまえばもう人間として復活することもできない。そもそも、それが人間かどうかというのは曖昧な位置づけになってしまうからね。でもまあ、ほんとうに残念だよ」

 紙を機械の上に置いて、再びユウのもとへ近づくハイド。
 ユウは岬のところで仰向けにされており、身動きが取れていない状態となる。それを狙ってか、ハイドはナイフを取り出した。

「貴様、何をするつもりだ……!」
「生きた人間の解体、ってなかなか出来ないだろう?」

 それを聞いてユウはぞっとした。その言葉とこの状況だけで、理解できない人間などいるはずもなかった。

「私を解体しよう、というわけか。生きたまま」
「その通り。だってどうせ液体になってしまうからね。保存こそ出来ないが、その神秘を目に焼き付けておくことはできる。どうせ君は身動きが取れない、かつ魔術も使えないのだからね!! まさに絶好の機会とは言えないかね!」

 そう言って躊躇いもなく、ハイドはユウの腹部にナイフを突き立てた。
 ナイフにより肌が切り開かれていくと同時に、血が肌を伝い床に滴り落ちる。
 そして少しして、彼女の腹部が完全に開かれる形となった。
 それを強引に両手で切り開いていくハイド。ぶちぶち、と神経と血管が切れていく音がする。もちろん麻酔など使っているわけがなく、その痛みが直に彼女に到達する。あまりの痛さに身を捩るが、

「動くな、観察の邪魔になる」

 ハイドはそう言って強引に足で彼女の身体を押さえつけた。普段ならば押さえつけられてもすぐ払い除けることが出来たかもしれないが、魔力と体力を極端に消耗してしまった今ならばそれもできない。
 そのまま強引に手を入れて、ユウの体内を弄っていく。時折内臓を掴み、それを見たいがためにまた開口部を広げる。

「ふむ、これが腸か……おや、これが卵巣で、これが子宮か。成る程、実際に見てみるといろいろと解るものがある。これほどに小さいのだな、実際の内臓とは。やはりレントゲンやCTで見るよりも実物を見たほうがいい! しかも生きているということは血が通っているということだからな……。こんなものはなかなか見ることが出来ない」

 嬉々としてそれを見ていくハイド。それを虚ろな目で見つめていたユウには、新しいおもちゃを買い与えられた子供のようにも見て取れた。

(子供って、こんな感じなのかな……)

 ユウはふとそんなことを思った。無邪気で、自分のことを悪いとは一切認識しない。それが子供。そしてそれを諫め、苛め、認めるのが大人。正しい道へと進める道標とするのが大人。
 きっとハイドはどこかでその道を誤った。だから大人なのに子供のような行動をとる。
 ユウはそう解析していた。痛みで頭が回っていないにも関わらず、回転は凄まじく速かった。
 その時だった。
 何かを感じたハイドは立ち上がり、踵を返した。

「……誰だ、隠れているのは。こそこそと行動していないで、目の前に出てきたらどうだい?」

 それを聞いて一瞬ユウは何を言っているのか理解できなかった。
 しかし彼女はすぐにそれを理解せざるを得なくなる。

「ばれてしまっては仕方がないわね」

 そう言ってやってきたのは、カナエと夢実、そして隼人だった。

「……あなたたち……どうしてここが」
「どうしてここがわかった、お前たち。ここは極秘の場所のはずだぞ」
「とか言っている割には警備がザルだったけれど?」

 夢実の言葉に小さく溜息を吐くハイド。まさかここまで簡単に侵入を許すとは思っていなかったのだろう。

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