都市伝説の魔術師

巫夏希

第一章 少年魔術師と『七つ鐘の願い事』(11)

「……対策を立てることが出来ないから、諦めるって言うんですか?」

 香月の言葉に、ユウは眉をひそめる。

「今の言葉は聞き捨てならないな。私が逃げるとでも?」
「だって、そうにしか聞こえませんよ。今の発言ならば」
「そうにしか聞こえない、か……。ふふ、確かにそうかもしれない。私も一人の魔術師ならば、参戦していた。一つの組織を相手取ってでも、その魔術師と戦っていただろう。……だが、ここは組織。ヘテロダインという一つの共同体だ。言い回しを変えて、こう言ってもいい。『運命共同体』とね。運命共同体という言葉の意味を知らないわけでも無いだろう?」
「……それがどうしたというんだ」
「つまり単純なことだ。私が出てしまったら、私が先陣を切ってしまったら、それは組織のリーダー失格だ。その意味が解るだろう?」
「エリアよりも……組織を守ることが大切だと、そう言いたいんだな?」
「間違ってはいない」

 香月は立ち上がり、アイリスの腕を掴む。

「どこへ向かうつもりだい、香月クン」

 ユウの言葉を聞いて踵を返す。

「アレイスターに殴り込みに行くよ」
「冗談を言っているんじゃないよ。そんなこと無理に決まっているじゃないか。はっきり言わせてもらう。無理だ。君の実力じゃ彼には敵わない!」
「ふうん、その魔術師は『男』なのか」

 それを聞いて不味い、とユウは思った。
 香月の話は続く。

「大丈夫、組織の名前は一切出さない。僕が直接殴り込みに行く。ボスは何も考えなくていい」
「馬鹿じゃないの、馬鹿でしょう! いったい、何を考えているの! ヘテロダインと同規模、いや、それ以上と言われているアレイスターにたった一人で挑むですって? そんなこと、出来るはずがない! いや、私が許しません!」
「……そうですか。でも、僕は止まりません。絶対に」
「好きにしなさい」

 それ以上、何も言わなかった。
 そして、香月とアイリスは部屋を後にした。
 誰も居なくなった部屋で、ユウは呟く。

「……ほんとうに、ほんとうに馬鹿者だよ。一人の少女を救うために、それほどのことをしようとするとは……」

 ワイングラスを傾け、中に入っている液体を飲み干すユウ。

「ほんとう、親子そっくりですよ……。夢月?」

 彼女の背後には一人の男性が壁に寄りかかっていた。

「ハハハ。だが、さすがの私もあれ程の若さでは経験しなかったぞ。アレイスターが出来たときだから、ええと……」
「それはこの場所では禁句だとお伝えしたはずですが?」
「ああ、そうだったな。すまんすまん、ここのルールも未だ把握しきっていないものでね。ついつい口が滑りそうになったよ」
「まったく……。君には毎回悩ませることばかり起きるよ。トラブルメーカーってやつかい? それだよ、まさにそれ」
「解ったよ、悪かったよ。俺が言い過ぎた。だから、何も言わないでくれよ。君は怒ったあとの対処が大変なんだから」
「何よ、まるで人を厄介者のように言って」
「別にそんなことは……」

 夢月は微笑みながらそう言った。
 そして二本目のワインに手を伸ばすユウ。

「……ちょっと飲み過ぎなんじゃないのか? どうした?」
「あなたもみていたでしょう? 香月クンのしたことですよ。一人の少女のためにあれ程のことをしようとしますか、普通」
「それは過去の俺に対する皮肉か?」
「いいや、別にそうじゃないわよ」

 酔いが回ってきたためか、若干饒舌になるユウ。

「そうだろう、実際。……それにしても、あいつもモテるのは構わないのだが、女性を無視し過ぎじゃないのか?」
「……まさか、君が俺のことをそう思っているとは、あの時は知らなかったんだ」
「言い訳ですよ、それは」

 ユウはワインを飲み干していく。彼女の顔が徐々に赤くなっていく。火照っていく、というよりも酔ってきているのだろう。
 夢月は若干、というかかなり嫌な予感を覚えながら、ユウの方を見た。
 彼女は涙こそ流していなかったが、涙を滲ませていた。

「……おい、ここで泣かれると誰か見られたときにどう答えればいい」
「夢月のことを見たら、過去のことを思い出したから泣いている、って言うよ」
「それはそれで不味いだろう! その、もっと……なんかいい言い訳は無いのか!」
「無いかどうかと言われると、ありませんねえ」
「無いのかよ!」

 夢月はここまで言ったところで思い出した。もともと彼女はこうやって他人を弄ぶような人間だったということを――。
 夢月はやり取りに飽き飽きしつつも、この状態を脱するために話を切り出す。

「……これからどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「決まっているだろ。香月の馬鹿が何を仕出かすか解らない。そのためにヘテロダインとしてどう決断を下す?」
「別に私としてはどうでもいいのですが……やはりここまで単独行動が続くと内部から批判も出てきますからね……。年齢的なものもあります。それについては致し方ありません」
「批判を封じるか?」
「今のところは。ただ、今回を最後に」
「……というと?」
「簡単なこと。……柊木香月をヘテロダインから永遠に追放する。ただそれだけのことです」

 ただそれだけのこと。
 ユウはそう言い切ったが、実はこのことはそう簡単に流せるものではない。もっと重要なことである。魔術師にとって組織から追放されるということは、他の組織に所属することが難しくなる。香月程のランキングホルダーならばその条件をどうにか出来るかもしれないが、仮にそれが出来ないとしたら、仕事を受けることが非常に困難になる。それは、仕事を魔術師組織が一括して受けているためである。即ち、ギルドに登録していない冒険者には仕事など流さない、ということである。

「それについては彼も理解しているはずですが……。まあ、それについては誰も解りません。張本人にしか、ね」
「……それじゃ、質問を変えようか」

 夢月は歩き始める。はじめ、ユウの背後に立っていた夢月だったが、徐々に彼女の前方に向けて歩き出す。
 そして、彼女と向かい合ったところで立ち止まり、彼女を見つめる。

「――ユウ・ルーチンハーグ個人の意見はどうだ?」

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