都市伝説の魔術師

巫夏希

第三章 少年魔術師と『幽霊少女、四谷さん』(11)

「人工魔術師の開発……ほんとうに成功するのでしょうか?」
「失敗すると思っていれば、簡単に失敗してしまうよ。問題は、どのように成功させるかと言うモチベーションを常に維持していかねばならない、ということかな。それさえできれば、あとは簡単。ただ先人たちが作り上げてきた理論に肉付けしてやればいい。それは君だって経験があるのではないかね? 力の弱い魔術師が、それを底上げするための技術……それを応用するだけのことだよ。別に、難しい話は何も言っていない」
「それは……」

 彼女にはその技術に心当たりがあった。いや、無ければおかしかった。なぜならば彼女はその技術について、少なくとも知っている側の人間であったからだ。
 斧乃井イリアは、斧乃井凌という優れた姉が居た。学力、魔力、運動能力、すべてにおいて秀でていた彼女はいつしかイリアの憧れでもあった。
 だが、姉妹はいつしか別々の道を歩むようになった。それは、イリアと凌の間にあった『溝』が原因だった。表面上は仲睦まじい姉妹であり、周囲からも羨ましがられる存在であった。
 しかしイリアはそれが面白くなかった。少し話をすると姉の凌の話に変わってしまうからだ。結局、イリア自身の話は全体の一割も無く残りは凌の話をしている、というケースも多い。
 だから彼女は敢えて姉と違う魔術師になろうと誓った。姉と別々の道を歩もうとして、結局姉と同じ職業を選択するのは、やはりどこかで姉に対する憧憬があったのかもしれない。
 彼女が『アレイスター』に入ったのは一年前のことだ。当時はとてもじゃないが、魔術師界隈で有名だった組織からオファーされたこと自体が彼女にとって異常であり、何より信じられないことだった。だから詐欺ではないか、と恐る恐るその場に向かった。だが、それは違った。彼女は手厚い歓迎を受け、リーダーであるアリス自身も彼女が来てくれたことを喜んでいた。
 彼女がアレイスターに入って暫くして、冗談混じりでアリスにそのことを話すと、アリスは失笑し、こう言った。
「そんな自分を卑下するものではない。君は優秀な魔術師だ。君の姉、斧乃井凌も確かに優秀で、表面上は君よりも秀でているのかもしれない。だが、ダイヤモンドの原石という話がある。燻って見えるような原石でも、磨けば誰もが羨む輝きを得ることが出来る。今の君は、その段階に居る。そして、私がその原石を一番輝かせることが出来る。だから君をここに呼び寄せたのだよ」
 イリアはその言葉を聞いて、ますます彼女に惹かれた。
 そして彼女が言うところの『原石を磨く』作業、それこそが魔術師の魔力を底上げする技術なのであった。それを受けた彼女は凌にも引けを取らなくなり、彼女の妹、という凌ありきの紹介は無くなった。彼女自身の手で、それを勝ち取ったのだ。

「……話は戻るが、ヘテロダインについて一つ実行しようとしていることがあってね」

 その言葉を聞いて、彼女は我に返った。今まで、長い昔話を誰かに話しているような気がしたが、今の彼女にはそんなことはどうでも良かった。
 アリスの話は続く。

「ヘテロダインと交渉をしようと考えている。内容は一つ、ヘテロダインとアレイスターの統合だ。無論、こっち主導でね」
「そんなこと……向こうが二つ返事で了承するとは思えませんが」
「もちろん策は打ってある。とはいえ、元からその予定ではいたがね」
「?」

 イリアはアリスの言葉に含まれた真意を理解できていないようだった。
 そして、彼女は告げる。

「もしもユウが断れば、アレイスターは全面戦争を行う準備を進める、と伝えるのよ。アレイスターの戦力は彼女も断片的に知っているはず。いいや、敢えてばら撒いているのだから知ってもらっていないと困る。絶対に勝てないと解っている戦を、引き受ける馬鹿なんてそうそう居ないわよねえ……?」

 イリアは知らなかった。いや、恐らく現時点でその境地へ辿り着いている人間は誰一人として居なかった。
 アリスが何を企み、そして具体的に何を目標としているのか。
 そしてその視線の先に、何を見ているのかということを。


 ◇◇◇


 ユウ・ルーチンハーグがその話を聞いたのはそれから四時間後のことであった。はじめは差出人不明の郵便物に戸惑い、そのまま処分してしまおうかと思ったが、何か嫌な気配を感じ取った彼女が封を開けてみると、白い便箋にそのことが書かれていたのだった。

「何よ、これ……。いったいアレイスターは何を考えているの⁉︎」

 ユウの絶叫を聞いて、春歌は訊ねる。

「あの……いったい何があったのでしょうか……?」
「アレイスターは最初からこれが目的だったのよ! 魔術師組織の再編! 前回私が行ったのは組織ぐるみの犯罪で、リーダーが居なくなってしまったから私が引き取る形で統一した……そんな正当な理由があったのに、これは……! ただの独り善がりな理由で再編なんて出来るわけがない!」

 彼女が怒りを露わにする理由も、当然だった。かつて一つの魔術師組織が力をつけすぎてしまったがゆえに魔術師が組織に何も言えなくなる、という事態になってしまったのだ。弱い魔術師であればあるほど仕事は選べない。いい仕事はボスのお気に入りが優先的に実行出来る。だから魔術師はボスに気に入られようと必死になるグループと独立を画策するグループに分けられた。しかし後者のグループは前者のグループに密告され、そして殺されてしまう。
 今はそんなことの起きないよう、組織間である程度規律を統一している。そしてユウの危惧していることはまさにそれだった。魔術師組織が一つに再編されてしまえば、いつかまた独立の動きは出てきて必ず崩壊する。今でさえ一枚岩ではない組織が殆どを占めているのだから必ず起きる。

「……だから、アレイスターがやろうとしていることは魔術師組織にとって禁忌だ。絶対にしてはいけないことなんだよ。どうしても、というのなら各組織のリーダーが集まって会議を開き、そこで承認を得なければならない。得るためには、全員がそれに納得し、賛成意見を出す必要があるがね。だがアレイスターはそれを何段階か吹っ飛ばして直接交渉をしてきた。これは由々しき事態だということは、君にも理解できただろう?」

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