都市伝説の魔術師

巫夏希

第四章 少年魔術師と『二大魔術師組織間戦争』(12)





 不老不死。
 それは人類たっての悲願ともいえるだろう。
 しかしながらそれは神への反逆ともとれる。エデンの園をアダムとイブが追放処分され、人類は『原罪』を得た。そしてその原罪は、寿命の始まりともいわれている。
 そのしがらみをなくすということは、即ち神が与えた罪を否定することと繋がる。

「そんなことが出来れば……もし可能であるのならば、それは神に対する反逆だ!」
「神、神、うるさいわねえ……。そもそも、カミってほんとうに存在するのかしら? 実際問題、神とは弱者が生み出した虚像なのではなくて?」
「そんなこと……!」
「だって、そうでしょう?」

 アリスは両手を空に掲げる。

「もし、神というものがいるとするならば、もし不老不死が神に反逆する行為であるとするならば、私はここで神の裁きとやらを受けてもおかしくはないでしょう?」
「それは……!」
「さて、それじゃ、もう終わりにしましょうか」
「終わり、ですって……?」

 それを聞いたユウは目を細める。
 アリスは笑みを零したまま、呟いた。

「そうよ。もう何もかも終わりにするの。私の目的を、私の望みを叶えるための必要なピースは揃ったから」
「おい、それっていったい――」
「さようなら、そしてまた会いましょう。……いいや、それは訂正ね。もう二度と会うことはないでしょう。皆、私のために魔術師として死んでもらうのだから」

 そしてアリスは光に包まれた。
 思わずユウたちは目を瞑ってしまう。
 それを狙ったのが時雨だった。素早く彼女たちの腹に蹴りを加えて、気絶させる。
 魔術による防護障壁を形成させる余裕も作らずに、一瞬にして彼女たちを気絶させた。
 そして、彼女たちはそのまま――連れ去られた。







 機械がゴウンゴウン、と駆動するその音で目を覚ました。


 ――ここは?


 目を開けると、そこに広がっていたのは緑がかった視界だった。白衣の研究者が何か資料を見つめながらその人間とにらめっこしている。

「どうやら、目を覚ましたようだね」

 その声を聴いて、女性は耳を疑った。
 そこに立っていたのは、ハイド・クロワースだった。
 ハイドはニヒルな笑みを浮かべて、試験管に触れた。

「まさか、ユウ・ルーチンハーグほどの大魔術師の身体を研究対象に置くことが出来るなんて」

 試験管にいる女性――ユウはハイドを睨みつけていた。
 ハイドがまた、この前のように何か人類のためにならないことを仕出かすのではないか、そう思っていたからだ。
 ユウは自分の身体を流し見する。ユウは裸にさせられていた。そしてちょうど下腹部のあたりから管が接続されている。管は試験管の上を通り、何かの装置を通して、ユウが入っているそれよりも何倍も小さい試験管に蓄えられている。その液体は赤黒く、それでいてドロドロしていた。

「あれは……」
「人間が、人間を生み出すための要素……とでも言えばわかるかな? 男性にあるものと女性にあるもののうちの、後者。それがあのタンクに蓄えられている」

 人間が人間を生み出すための要素。
 それは、女性が体内に構成している、赤子の揺籠を満たしている液体。
 それが何であるか――ユウは言わずとも理解していた。

「貴様、何をしようとしているのか、解っているのか」
「解っているとも。だが、魔力を構成している要素はこれであると研究で明かされている以上、こうせざるを得ない。魔術師は何も理解していないかもしれないが、研究者はすでに理解している。そもそも魔力とは、母親の胎内で生み出されているものだということは研究で実証されている。胎児の夢、とはよく言ったものだよ」
「胎児の夢?」
「人間が人間になるまで、胎児は胎内で生物の歴史を見ているのではないか、ということだ。胎児はもともとすべての人類の性格を足し合わせた形で生まれる。だが、それはダメだ。すべての人間の性格を処理するのに時間がかかりすぎて、人間の持つ『脳』というスーパーコンピュータであろうと処理には永遠にも似た時間がかかるのだ。それは最終的に意味を持たない。だから胎児は生物の歴史を見て、感じる。一つの感情を、一つの大きすぎる感情を、エッセンスとして胎内でプラスされる。その感情がどうであるかランダムだ。推測と傾向によるものだがね」
「それが……魔力とどういう意味を?」

 ユウがその言葉を言ったタイミングで、試験管に注がれ続けてきた赤い液体が、完全にストップした。
 吸入を強くする。ユウはその痛みで思わずたじろいでしまうが、それでも液体が出ることはない。

「……枯渇したか。ほんとうはもう少し欲しいのだけれどね。まあ、十分集まった。それにユウ・ルーチンハーグほどの魔力を持った人間の胎内だからね。きっと魔力がいい感じに濃縮されているに違いない」

 ハイドがユウの入っている試験管の前に置かれている機械のボタンを押すと、彼女から管が外された。管が接続されていた部分はぽっかりと穴が開いていた。完全に液体を吸い取られた彼女は、どこかやせ細ったようにも見えた。顔色は少し青白くなり、ふっくらとしていた身体はあばら骨が浮かび上がっている。液体を吸われている途中ではほのかにピンク色だった胸の突起も、今はどこか茶黒い。血がうまく回っていないからかもしれない。

「安心したまえ、女性は月の物があるからね。一か月に一度……それは解らないけれど、またいつかタイミングに応じてその液体は君の器に満たされるはずだ。まあ、それをまた吸い取るのだけれどね。僕の研究と、アリス・テレジアの望みのために」
「アリス・テレジアと、あなたは……いったいどういう関係なの」
「僕とアリス・テレジアはただの協力関係だよ。僕にとって旨味がなくなれば、同時に必要がなくなる。きっとそれは、アリス・テレジアも一緒だと思うけれどね。……さて、長く話しすぎた。ユウ・ルーチンハーグに睡眠導入薬を与えろ。そして眠りについたらそのままどこかに放り込んでおけ、ああ、手錠は忘れるなよ?」

 そう言ってハイドはどこかに消えていった。
 そして残された研究者がどこかボタンを押すと、ユウの意識は徐々に眠気に支配されていく。それはきっと、先ほどハイドが言った睡眠導入剤のせいなのだろう。

「ハイド・クロワース……、貴様、絶対に許さない……!」
「そいつは結構。だけど、今の君の状況で僕を殺すことが出来るのかな? 君はコンパイルキューブを奪われ、文字通り丸裸の状態。しかもコンパイルキューブを取り返しても液体をすべて奪ったから魔力は一ミクロンも生まれない。つまり君はただの人間と同じってことだよ。ユウ・ルーチンハーグほどの魔術師が最初から持っている魔力、それは僕がすべて回収してしまったからね。アリス・テレジアのために。さあ、ゆっくりお休み。そして僕の気が済むまで、僕の研究のために身体を弄らせておくれ」

 そして――ユウの意識は再び遠ざかった。

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