東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

魔人は酷く脆い

「あはははっ!神が無様ね!何よ、大したことないじゃない!」

 黒髪を振り回しながら少女が舞う。生贄に扮するための粗末な衣類は奇妙な色気を放っていた。
 人間離れした怪力、速度。そして魔力。それらを存分に発揮した連撃は確かに脅威だった。

「“いざ!我らが父の怒りを受けよ!”〈雷槍〉!」

 放たれる電撃の槍。世にも名高い上位魔法の一つだ。並の人間ならば確かに貫かれ、麻痺して終わる必殺の一撃。
 ソウザブはそれをあっさりと躱した。あまりにも見え透いていたため、容易に躱せたのだ。

「…なんだ貴方は?」

 戦いを演じる度に湧き出るのはただ、疑問だけだ。
 確かに強いことは強い。だがそれは性能から来るもので駆け引きだとか、相手の隙きを突くといった要素が欠片もない。

「まさかとは思うが…戦ったことが無いのか?」
「…っ!馬鹿にして!」

 まるで見た目通りの、戦いとは無縁の少女。それが与えられた力で癇癪を起こしているようにしか感じられない。何よりも…

「怒りが沸かない。貴方も衝動に駆られてはいないようだ。失礼を承知で聞く。…貴方は本当に魔人にござるか?それがしには感じられない。あの記憶も、怒りも何一つとして」
「…なに、ふざけたこと言ってるのよ!私は魔人!お母様の娘なんだもの!」

 ソウザブは粗末な剣の先を僅かに揺らした。
 見え透いたフェイントに自称魔人の鋭敏な感覚が反応して硬直する。
 次の瞬間に剣を揺らした方とは逆に回っての斬撃。

「姑息な!…えっ?」

 身体能力の高さから斬撃を受け止められそうだった・・・・・・・彼女はあっさりと地に倒された。剣撃に集中するあまり、自身の足元に差し込まれたソウザブの足に気付かずに転ばされたのだ。その呆気なさには仕掛けたソウザブの方が困惑するほどだ。

「このっ!何をする気よ!」

 …毒気が抜かれる。体術の基礎である組み伏せで立ち上がれなくなる無様。技の有無関係なしに多少の痛みをこらえれば魔人少女の身体能力ならば抜け出せるはずだが、それも出来ないのだ。

「…縛鎖、鬼縛、追儺〈ついな〉。〈鬼縛連陣〉」

 組み伏せた体勢のまま、一気に符を貼り付けていくソウザブ。
 本来は、戦闘中に使うようなものではない破邪の符術。相手を地面に縛り付ける無形の鎖が出現していく。見えぬ手枷は無理に引き剥がそうとすれば痛みを伴う。
 術が完全に作用したのを確認してソウザブはあっさりと敵から離れた。

「な、なによコレ!こんなもの!」

 そんな道理も解しないまま、動こうとした魔人もどきは悲鳴を上げて蹲ってしまう。
 痛みに対する耐性は、やはり無い。少なくとも同格相手の戦闘を行った経験は無いと見て間違いがない。鍛錬の経験すら怪しい。
 〈鬼縛連陣〉は本来、神事で大規模に行われる術を簡略化したものだ。これもまた、頑張れば・・・・抜け出せないようなものでは無いはずだが…。
 身につけていた粗末な衣装同様に、虜囚の身となった自称魔人をなんとも言えない表情でソウザブは眺めた。…切り替えよう。後背では既に戦闘の音が聞こえ出している。程なく、ここも争いの場になる。そう考えた瞬間だった。

/

『あら、やっぱりイチヒメちゃんじゃ駄目ねぇ』

 どこからか響く女の艶やかな声。慈悲と愛に満ちている響きが粘りついた欺瞞の声。
 蹲っていた女も希望に輝いた目で顔を上げた。

「お母様!あなた…もう終わりよ!お母様が来てくれたんだもの!」

 はしゃぐ声を他所に、女の声は続く。
 それが意味するところは人生経験に乏しいソウザブにすら分かった。この声の主はこのイチヒメとかいう魔人もどきと会話すらしていない。語りかけているようで、自分のことしか見えていない。

『あまり使う機会が無かったから、戦闘にも投入してみたんだけれど…半端な精神ではやはり魔人足り得ないわね。だめよ?痛みは楽しまなきゃ…』
「…お母様?」
『ああ、でも、心配することはないのよ?貴方の役目は妹達がちゃんと果たしてくれるわ。さぁニヒメ、サンヒメ、ヨヒメ。お姉ちゃんの代わり・・・をしてあげなさい』

 瞬間、魔人とは違う強者の気配がなだれ込んでくる。やはり怒りは沸かない。
 後ろから疾風のように滑り込んできた一撃を返す刃で切り裂くと、細い腕が飛んだ。動揺する間もなく頭上から振ってきた敵、身をよじるだけでソウザブは躱した。三撃目があるからだ。
 最後はトカゲのように、低く鋭く。低い姿勢のまま繰り出される突撃に合わせて、ソウザブは蹴りを見舞った。…細く白い顔が歪んだのを見た。

「…趣味の悪さが過ぎるのではないかな?戦には何を用いても良い、というわけでもあるまい」

 影の中、鬱蒼と立つ3つの人影。篝火がゆらめいて彼女たちの姿を照らせば、自称魔人の少女と全く同じ姿形だ。ただし、この3人は表情も声も抜け落ちている。
 お母様、同じ顔の存在、人を越えた能力。つまりは製造された存在であり、さらに量産までしているということか?

「…答えて貰えぬとは思うが、この子達はいかなる素性だ?」
『あら、それは開発者にとっては答えたくなる質問よ?意外に女の扱いが上手なのかしら?…この子達は私の初期の作品よ。私達…貴方達から見た魔人を再現しようとしたの。能力を再現することに腐心するあまり、魔人としてのあり方から離れてしまったのは失敗だったわ。そうね…合成生物というのが正しいかしら。後々の子供達の方が魔人としては近いけど、性能はこの子達の方が上よ』

 どこからともなく聞こえる声はあっさりと疑問を除いてくれた。魔人とは厳密に言えば違う生物。だからこそ、ソウザブの神としての要素も反発を示さなかった。

「そうにござったか。…べらべらと喋ってくれてありがたい。そこか・・・

 何も無い中空に向けて、ソウザブは短剣を投げ放った。影も気配も無い、ただの荒れ地にしか見えないソコに到達した途端、短剣は静止した。

「あら…?全部消したと思っていたのだけれど?やるわね、流石は神」

 わざわざ姿を表す真の魔人。ソウザブは気配や音を頼りに見切ったのではない。ただ怒りを感じる方角へと短剣を投げはなったのだ。


//
 スリットの深い黒いドレスに身を包んだ妖艶なる女が姿を表す。
 ついに対峙した真の魔人と新しき神。しかし、神代と異なるは新しき神が未だに不完全であること。独り立ちはかなわず、縛られたままだ。製造者に縛られた虜囚であることは、もはやソウザブの視界に無いイチヒメと変わりない。

「…こうして近くで見ると、どこかで見た忌々しい顔ね。悪いけど離れさせてもらうわ。自分で戦うのは趣味じゃないもの。貴方を見ていると堪えられる気がしないわ」

 それはコチラのセリフだ。忌々しい人形めが。未だ稼働していたのか、薄汚い雌狐、イレバーケ。さぁ潰そうぞ。我が子よ。

「…黙っていろ」

 敵ではなく、自身の内へと声を放つ。しかし、それは敵には分からず…

「そうさせてくれると助かるのだけど…。貴方と話していると耳が腐りそうよ。“馳走法神”イダーテ」
「…誰のことを言っている!」

 再現される過去。相争う神と魔人は劣化した神話を世界に表し始めた。
 地を蹴るのは敏捷神か、それとも…

///
 目の前で展開される魔戦を前にイチヒメは吐き気を催していた。
 愛する母、愛してくれるはずだった母は“自分と同じ顔をした生き物”を盾にしていた。自分と同じ指が飛ぶ。自分と同じ足が焼かれる。見ているだけで痛みが湧いてくる気がしていた。

 そして、それを母は気にも留めていない。“私達”は勝利のため…いいや意義を果たすために使い捨てる。だが、道具ですら無かった。愛とは一体なんなのだろうか。確かに母は私を愛していると送り出してくれたはずなのに…痛みばかりが増えていく。

 報われぬそれは親子愛ではなく、主従でもない。そう、イチヒメを初めとした魔人もどき達はイレバーケの作品である。そして永遠の生における無聊を慰めるための暇つぶしである。

「いやよ…こんなの…お母様ぁ」

 自覚した途端、溢れ出す自分の存在。
 魔人の能力を再現してみようという試作品。心を持たされていることすら、魔術という技法を行使できるようにという、ただそれだけ。
 故に戦闘で無様を晒したことすら、母にとっては失望にも値しない。
 なぜならば、ただ暇つぶしに作っただけなのだから。人の言う低位魔人達は道具であることすら求められていなかったのだ。
 路傍にあった投げるのに丁度いい大きさの石塊のようなもの。“たまたま近くにあったから、使ってみよう”。イレバーケの長い生という画板に描かれた落書きだ。

 せめて道具でありたかったと、イチヒメは自分と同じ姿が切り刻まれて行くのを泣きながら眺めていた。

////

 イレバーケとソウザブの戦いは、はたから見れば一方的にソウザブが押しているように見えたが事実は異なる。
 ソウザブが神速を発揮しようとする度に、割り込んでくる生きた人形達。幾度も切り払われた彼女たちは、人間ならば既に死んでいる姿のまま食らいついてくる。
 上半身だけで這って来るのをさらに刻む。指のない手で掴もうとしてきたのを蹴ってどかす。それでもイレバーケの作品達は声一つあげない。イチヒメとは似て非なるコンセプトで製造された彼女たちには精神というもの自体が存在しないのだ。
 それでも、その献身は正しく報われた。魔術による高速移動と隠形。そして娘達の愛によって、イレバーケは常に一定の距離を保持することに成功していた。

「貴様…」
「憎まれるのは心外ね。その子達を壊しているのは貴方でしょう?“いざ、父の威光はここにあり。慈悲の雨で汚れを落とせ”――〈天槍雨〉」

 結果として戦いは魔術戦の形を帯びてきていた。イレバーケもまた、古代の神々の作品。魔力特化型個体なのだ。それが操る魔術は現代には伝わっていない上に、威力は馬鹿馬鹿しいほどだった。
 魔人という呼称とは裏腹の光輝の柱が降り注ぐ。その数は百にも届き、一本一本が現代の上位魔術に匹敵する威力だ。

「顕神発揮――!」

 自身の権能を駆動させる。未だ扱いきれないが、ただ降り注ぐ槍の範囲から逃れられれば良いのだ。疾駆した先で無様に転がりながら、敏捷神は対抗の手段を用いる。

「“風、火、金、水、土!是の五種の元津気を以て、祓賜ひ清賜と申す事の由!”――〈五種の戒め〉!」

 あらゆる属性を混交させて放たれる縛鎖。コレをもって敵の移動を封じる。
 本来、使用できない上位魔術を符の助けを借りて無理矢理に起動させたが、しかし…

「面白い体系の術ね。でも、私には効かない」

 ソウザブから放たれる戒めと相反する色の鎖がイレバーケから放たれる。

「“追いかけ合う月の狼と太陽の馬車。辿り着くこと無き定め”――〈相反表裏〉」

 やはり、ソウザブも知らない魔術。相手と同じ効果を発動させて、魔術戦において完璧な防御と成す古代高等魔術。
 相殺される切り札。歯噛みするが、どうにもならない。ソウザブは符という限られた回数のもと、なんとか食らいついているだけである。術勝負という土俵の上に立っている以上はイレバーケには届かない。

「ならば!」

 目標を変える。心の軋みを無視して、足止めの人形に狙いを定めるソウザブ。
 そうだ、潰せと後押しする祖神の声を受けて、哀れな相手を最早動こうにも動けないほどに分解した。手に伝う感触で、昔のように心が堕ちていくのを感じる。

「覚悟!」
「あら、困ったわ。どうしましょう?…なんてね」

 足止めを潰して、いざ本命へ向かおうとしたソウザブは再び・・妨害された。現れたのが、少女の姿をしていないのが幸いか。背中から樹を生やした男、ムカデの下半身をした女、他にも他にも――無数の異形が地から這い出してくる。

「これは…どこから」
「魔人の臭いがしない子は気付き難いでしょう?…私が何年生きていると思っていたの?これぐらいの性能の子供達はいくらでもいるわよ?」

 どこまでも、噛み合おうとしないイレバーケ。
 イレバーケからすればわざわざ敵の有利なところで戦ってやる必要など無い。相手が逃げた場合は、厄介なことになるが秩序の神が、混沌の神から生まれた魔を見逃せるはずもない。未熟ならば尚更、阿呆のように向かってきてくれることだろう。

 そして、さらに揺さぶる。

「貴方はここからでも勝ち目が残っているから、そうやって睨んでいれば良いんでしょうけど。虫けらのような人間たちはどうかしらね?」

 子供達はいくらでもいる。その事実を先に見せているのだ。ならば当然、他の場所へも…
 どちらに回るのが希望か、絶望か。選択肢があるからこそ、神を雁字搦めにしていく。神ならば魔を狩らねばならぬ。人ならば仲間を助けなければならぬ。さぁどちら?

「舐めるなよ、魔人ごとき・・・が。それがしの仲間が貴様の模造品どもに遅れを取るとでも?」

 本当は無様でも駆け戻りたいけれど…信じると言ったのだ。

「貴様はそれがしに首を跳ねられる。造った者はそれがしの仲間が蹴散らす。…哀れだな、お前には何も残らぬ。お前が作り出されたのは全て無駄だったのだ」

 歯を噛み締めながら絞り出す。それはある種の負け惜しみだったのだが、思いがけぬ反応をもたらした。

「…無駄?」

/////

「…アハっ。アハハハハハッハハハ!?無駄!?私達が!?そうよ!私達は無駄だったのよ!神を倒すために作られたのに!気が付けば戦う相手も、お父様もいなくなって!それからずっとこの世界で、何の意味もなく!どこよぅ…置いて行かないでよお父様あ!」

 ソウザブは女魔人の豹変について行けない。
 そういえば内なる声は何と言っていたか?…『あれらの本質は酷く脆い』。それは嘘ではなかった。魔人は作られたモノだ。すなわち神々の道具。それが心を持たされることのなんと残酷なことか。
 振るわれることの無くなった剣。砂漠に置かれた水桶。いくら人間達を殺そうと、技術を高めようと、本来の用途では無いから満たされることは決してないのだ。

 だからソウザブを狙った。神を倒すことが存在意義だったのだから当然だ。しかし、もう命じるものはどこにもいない。成し遂げても価値が無くなっている。欲しいものは手に入らない。

 黒髪が嘆きに揺れる。それは前座であった彼女に良く似ていて…

「お母様…」
「ああ…ああ!イチヒメ、どこまで話したんだったかしら?貴方を誰に似せて造ったかは?」

 いつの間にか縛鎖から抜け出している魔人ですら無かった生き物。…抜け出す痛みに耐えて、辛い現実へと足を踏み出していた。その姿は華奢な容姿でありながら、母親よりもむしろ力強い。

 音が響いた。
 イチヒメの陶磁器のような手指がイレバーケの胸を貫いていた。

「…ああ、私はお父様が愛した女神に似せて造られたの。だから、貴方は私に似せて造ったの…きっと喜んでくれると…」
「ええ、そうですわねお母様。私達はただ「良くやった」と言って欲しいだけだったのですから。でも、もう苦しむ必要はありません。きっと今から行くところの方がずっと近いのですから」

 ソウザブとは無関係に終結する戦い。何もかもが予想外だった。
 …初めから終わりまで反吐が出る人形どもだ。

「アレは人形なのですか、始祖様。ならばそれがしと貴方は違いますな」

 湧き出した異形は創造主がいなくなっても稼働している。残った異形を蹴散らしながら、ソウザブはイチヒメから目を離さない。

 自分の親を殺した。だが悪意や害意というよりもなにか決心めいたモノによって行ったのだ。…自分ならば出来ただろうか?ソウザブは自問して否、と考えた。ソウザブは父から脱することができず、父が病没するまで流されるままだった。

 もはや、魔人もどきなどと侮れる存在ではない。
 心を強く持った人間でさえ恐ろしく強くなるのだ、完全な自立を果たした合成生物…目で見える力量で測るのは愚かなことだった。心技体において心が最上位に置かれているのはそこにあるのだから。

 異形との戦いを終えたソウザブにイチヒメが振り返る。黒髪が棚引き美しい。
 その顔は諦観とは違う静けさに満ちており、気圧されるのをソウザブは感じた。

「戦るというのなら…」
「やらないわよ、馬鹿馬鹿しい。貴方を倒しても、誰かから褒めて貰えるわけじゃないものね」

 それは母が生きていても変わらなかった。その功績も母の表面を上滑りするだけだっただろうと、既に知っている。

「魔人だの、神だの、本当に馬鹿馬鹿しかったわ。どちらでもない私がから回っただけの話よ、全く…」
「最後まで毒気の抜かれる女だ。ではそれがしは行く。まだ愚かなままなのでな」
「そう。でも、きっと愚か者の方がマシだと思うわよ。少なくとも大昔にこだわるよりはね」

 聞いておこう、とだけ言い残してソウザブは掻き消えた。

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