東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

地図

 碌な街も無い辺境域では補給はままならない。点在する集落も自分達が生きていくのに必死であり、代価を支払おうとしても譲れる物が無いということがしばしばだった。
 結果として辺境域を探索しようと思えばロウタカの町を拠点にしての地道な探索行となる。自作の地図を作りながら地道に近場から遠くへと知り得る範囲を伸ばしていくのだ。…冒険者達の間では地図は高値で取引されることもあったが、不思議と売る者の数は少ない。好き好んで西方の未開へと足を伸ばして来たからか、自分の足で稼ぐことを至上とする変わり者が多いのだろう。人はそれを浪漫とでも呼ぶのかもしれない。

「それにしても…師匠って絵下手だな!」

 青の剣士は自分の師こそが世界で一番の戦士だと信じている。
 武芸百般に優れ、人間を越えた能力すらも備えていた。我らが敏捷神こそが最強であり、彼と並ぶ者などかの“竜殺し”くらいのものだろうと。
 …その新たな英雄が書いていた地図を覗き込んでサフィラが絶句してから叫んだ言葉がこれだった。単純だがソレ以外に感想が出てこない。
 素人目に見てもこれはない。符などは書けるのに“描く”ということに才能が無いのはどういうことなのだろうか。そう頭をひねってしまう。

「そ、そうだろうか…」

 珍しくソウザブは微妙に衝撃を受けているようだった。
 万事において器用と評されて来たために、下手だとかの評価を与えられることに全く慣れていなかった。

 ロウタカの町のそれなりに繁盛している酒場でソウザブ達は地図を描くことに熱中していた。

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 情報というものは常に力だ。そして力は富を産む。
 未だ手付かずの地が残り、戦乱も絶えていないアデルウ大陸では地理の把握は探索や軍事行動に欠かせない。
 地元の人間を案内人にする、というような方法も無いではないが…資料として地図を作成するということはやはり一部の者にとっては欠かせない。
 冒険者が必ずしも歓迎されないことの一つに、自分達が行動するためあるいは売却するために地図を自作する点が挙げられる。重用される理由の一つでもあるが。
 数多の国が勃興しては消えていくために国境のような情報は流動的でも、山や川といったそう簡単に消えないものは良い目印となる。街道にしたところで占領した国のソレをわざわざ潰すような手間はかけない。
 初代冒険者の威光により各国を出入りしては調査する冒険者達は各国家にとって、頭の痛い存在であると同時に勤勉な資料作成者でもあるのだった。

 敏捷神率いる一行が地図を熱心に作成しているのは、専ら自分達の冒険のためである。
 何しろこの一団は別に金に困っていない。鉄級以下の冒険者達は田舎の夢見がちな青年が夢想するようなものとは全くかけ離れたものだが、金級が率いているとなれば話は変わってくる。
 そもそもにしてかつて無垢神を打倒したことにより、それなりの生活を一生送っても問題ないだけの金額を既にソウザブは手にしている。嵩張るどころではないので、相棒の家に預けてはある。
 豪放磊落な夫婦達の下にあるのなら安心ではある上に、彼らが自分の金に手を付けるならそれはそれで全く構わないとさえソウザブは考えていた。

「意外な欠点…何でもできるのかと思ってましたよ」
「いや、あれだけ強ければ芸術的な能力の欠如くらい別に良いんじゃねぇの?器用なのにミミズが這ったような図になるのはまぁ不思議だけどよ。俺っちのほうが少し上の部分があってむしろ安心する」

 ポリカとエツィオが率直な感想を述べる。
 主に対して遠慮が無いというのは良いことなのだろう…本来は。

「そうだな王は絵描きになられる訳でもない。少しばかり芸術的能力が欠如していようとも何ら問題はない」
「その“芸術的な能力の欠如”という言葉を聞く度に人体で練習したくなってくるのだが?」

 新入り3人は凄い勢いで木椅子ごと距離を取った。
 芸術を人体で試されるのも御免こうむりたいものだし、超常の戦士の怒りを買うのもごめんだった。

 ソウザブが書いた地図…彼が主張するところによると…は、技術的な面を置いておいても問題点は明らかだった。地形を細かく描写しようとするあまり全体に崩れが出ている。
 実用的なサイズに限りがある以上は、必要以上の表現は控えるべきだった。もっとも、控えようと家屋ほどの大きさの紙を用意しようとも真っ当な出来になるとは思えなかったが。

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 酒が入ってるためもあり、この地図を書くという試みは各人が挑戦することとなった。

「では…僭越ながら…」

 鈴の音のごとき声で鼻歌を奏でながらエルミーヌが羽ペンを滑らせる。
 酒場の喧騒の中でも聞き惚れるような音とともに安っぽい麻紙に雅な線が流れていく。王族というものが絵を嗜むのか、というと国によって大きく異なるところであろうが、エルミーヌにそうしたセンスがあるのは疑いなかった。

「できましたわ!いかがでしょうソウ様」
「ほう…流石はエル殿。まさに絵画」

 出来上がったのは見事な絵地図だ。線が黒だけなのが惜しいが、流麗な筆で描いたそれはどこぞの屋敷の壁を彩っていても不思議ではない。

「ああ、うん。絵画だね…地図じゃないよねコレ…」

 しかし、サフィラが指摘した点が欠点である。
 芸術として優れているかどうかと、実用的かどうかは別の問題だ。物によっては見事に両立させている芸術品も世界には存在するだろうが、エルミーヌが描いた物には実用性というものが全く欠けていた。
 今までにソウザブと共に訪れた地がえらく誇張されている感がある。
 例えばラッタノー砦がさも重要地点のようになってしまっている。砦の図もお伽噺のような風情があり、この地図を見て旅をした者があったのならば、現実との乖離にさぞ困惑するだろう。

 次に描いたのはサフィラだったが、これは皆から「普通に下手」という身も蓋もない評価を頂いて彼女を憤慨させた。
 エツィオも同様だったが、自分が良いものを描けると端から思っていた訳ではないため反応が異なった。

「俺っちは槍で仕えてるんであって、筆で仕事してるわけじゃない」

 というのがエツィオの主張で、それは全くその通りだった。

 意外な図を描いて皆の笑いを誘ったのはサライネだった。
 ひどい話ではあるが、荒事の他は不器用なこの女騎士が上手いものを書けると誰か思っていたわけではない。笑いを誘ったのはひどさの方向だった。

「すげぇー!サライネ、すげぇ!」
「貴様が言えたことか!貴様も下手だったではないか!」
「いや、でもこれすげぇ真っ直ぐだぜ!そりゃ笑うわ!」

 エツィオが転げ回るかのような勢いで弾けたように笑っている。
 サライネが描いた図は完全に直線で構成されている。定規も板も用いたわけでもないのに完璧な直線が引けることには、ある種の才能が必要であり、サライネにはその才能が有り余っているようだった。
 何百年かすれば前衛的な芸術として評価されることはあるかもしれないが…少なくとも地図としては駄目であろう。現実の道筋は曲がりくねっていたりするもので、人の手が余り加えられていない辺境域ならば真っ直ぐな道の方が稀だ。サライネの地図に従って動けば目的地にたどり着けることは無い。

「それがしの故郷にこういう都がありましたなぁ…」
「うわ師匠の国って住みづらそう」
「でも行ってみたいですわ…」

 意外とソウザブに郷愁を与えてはいたが、これも没となった。

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「じゃあ優勝はポリカか。まぁ賞品は無いがな」
「…勝負だったのコレ?」

 結局、マトモに使えそうなのは最後になったポリカの物だった。先の失敗を見ていたこともあるだろうが、素人にしては真っ当な物が出来上がったと言っていい。初めてでこれならば意外な才能と言える。

「少なくとも、記録に使うのならコレでよかろうよ。賞品は…まぁ酒代ぐらいは出そう」

 個人的にはエルミーヌを推したがったことを呑み込みながら、ソウザブは称揚した。
 生まれに反してソウザブには人の使い方を教わった経験が無い。無いが、正当な評価と報酬が必要なことぐらいは弁えていた。
 案外、この控えめな青年は一行に欠かせない存在に成長するかもしれなかった。その兆しがある。

 遠巻きに成り行きを観察していた、よその冒険者達も声をかけてくる。
 優勝者には酒場で一番高い酒がソウザブから出されるということになり、冒険者でないもの達まで参加を表明した。
 酒場はにわかに芸術大会のような様相を呈して、中々に変わった一夜となるのだった。

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