東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

ロウタカの街で

 ガザル帝国の進撃は止まらない。
 それは外にだけ向かうものにあらず、内にこそ現れている。
 ガザル帝国は改革者・・・なのだ。旧弊を打破して新しき世を敷いていくことに関して言えば、列強諸国のいずれであろうとも及ばない。いかなる神の血を引いていようとも重用され、貴族にさえ成れる。
 強烈な光を伴った国の登場は、希望と、同数の絶望を生み出した。既得権益にしがみついていた者は零落に怯え、虐げられていた者達には明日への展望が開けたというわけだ。

 だが、そんな中で例え国が変わろうとも虐げられている者達もまた、いた。
 今、青年が走っている。禿頭だが、それは彼の種族全員がそうだ。緑色の肌を持つがそれも彼ら全員がそうだった。青年の種族の名をオークと言った。
 勘違いされがちではあるが、オーク種はれっきとした人間種の仲間である。妖精や精霊とも称されるエルフ種やドワーフ種とは大きく異る。
 膂力体力に恵まれ、知性も劣るわけではない。高い身体能力ゆえに粗暴な者が多いのは事実だが、全員がそうというわけではない。ではないのに…彼らは虐げられていた。理由はひどく簡単で、彼らが世の中の美的感覚からすれば醜いからだ。
 だからガザル帝国の支配は本来、オーク種に光をもたらすはずだった。膂力に優れているのだから軍での活躍は約束されていた…拡大方針を取るガザル帝国で地位を上げるのなら最もわかりやすい方法である。
 それを妨げたのは隣人達。こんな醜い連中が自分達の上に立つなど冗談ではない…、一致団結した些細な妨害の積み合わせがオーク種を苦しめていた。
 偉大なるガザル帝国皇帝の目も流石に限度があるのか、少なくとも青年の住む地にまで救いは現れなかった。もしかすれば努力しているのかもしれないが、流石に命まで狙われるようになっては現れなかったという事実だけが青年にとっての全てだ。

 青年が直接的に害されるようになるに至ったのは、彼が精神性や知性といった先天的に恵まれていない分野で輝き出したのが原因だった。それは努力によるものであるために、同郷の他種族達には許せなかったようだった。
 町を逃げ出し、国を逃げ出し…つい先日、ガザル帝国に組み込まれたララタイ国の端にまでたどり着いた。
 頑強であるとは言え酷使しすぎた肉体が痛む。食糧ももう幾日も保たないだろう。
 最悪なことに天気までオークを呪いだした。降りしきる雨が体の熱を奪っていく。
 せめて雨風を凌ぐ場所を探さねばとオークは“そこ”に入った。
 彼は知らない。そこでつい先日、恐るべき神が降臨したことなど。それを英雄たちが討ち果たしたことなど。増してや後始末をしていた者達がいなくなってから、図ったように神が握った剣が復活したことなど知るはずもない。
 オークは出会うのだ、おとぎ話に消えたはずの神剣と。そして、夢を描く。


 恐るべき魔人を討ち果たしたソウザブ達は辺境域に隣接するロウタカの街に帰還した。といってもここから出立した時は三人であったため、帰還と表現していいのかは分からない。

 金の腕輪を見せると辺境域で出会った新たな仲間達もまたあっさりと通れた。なるほど、これは便利だ。今なお息づく初代冒険者の威光は、冒険者という流れ者を目指す者が絶えない理由にして利点だった。
 ロウタカの街は言ってしまえばいかがわしい都市だ。未だ多くが未開のままに残された地と接する場所は夢破れた者と夢を抱く者を共存させている。
 建造物は木製であったり、石造りであったりと様式が安定していない。
 街路に蹲る敗残者達が世界を恨んでいる通りで、今まさに出立しようとする一団と行き違う。
 エルフ種に人間種…ドワーフまでいる一団だ。思い返してみれば自分達の一団は人間種のみで構成されている。仲間達は素晴らしい者達だが、そうした一団を見ると羨ましくもなってしまう。

 そんなことを思っていたソウザブに行き違う一団も声をかけてくる。

「おかえりかい?どうだったあちらは?」

 情報は大事だ。こうしたふとした出会いにそれを求めるのは旅をする者達にとっては当たり前のことで、声をかけてきた人間種の戦士もこれから出会う脅威を知っておきたいのだろう。

「魔獣だの魔人だの、妙な敵とばかり出会いましたな。やつらは手強いゆえ、気をつけていかれよ」

 その手に輝く銀の腕輪が懐かしくて、素直に語る。
 目が四つある魔犬、霧を吹き出す魔牛。はては触腕を振るう魔人に氷を吐き出す強敵。語る内容を聞いてドワーフが声を上げて笑う。
 小柄でありながら太い手足。腹だけ出ているのが不思議だった。腕には鉄の腕輪が見える。

「そんなやつなど居るわけがあるまい!このホラ吹きめが!」
「なんだい?俺っち達が嘘つきだとでも言いたいのか、このデブが。お前の腹の中にエールが詰まっているのと同じくらい本当の話だ」
「なんじゃと!?」

 意外と義理堅いのか、エツィオが主を嘘つき呼ばわりされたことに対して喧嘩で返す。
 その気持はありがたいことだが、一触即発の空気など望んではいない。だというのに口論は続いていく。なぜ、こんなことになったのか。

「止しなさいよ、みっともない」

 エルフ種の女性の静止も意味を為さず、困り果てたソウザブは地を踏み抜いた。
 先祖返りの脚力が叩きつけられた石畳は砕けて、大きな音を立てる。
 轟音に周囲の見物人たちまで静まり返る。

「エツィオ、その辺で。信じる信じないというのは彼らの勝手。喧嘩する理由にはならんよ」
「すいません、旦那…」

 行きあった一行も居心地悪そうな顔になっている。恐らくはならず者とは遠い正道の冒険者達なのだろう。さて更に困った…やり過ぎてしまっただろうか?
 かつての相棒ならばこうはならない。ホレスは時に力を見せつける時もあったが、それには爽やかさが伴ったものだった。

「皆様は辺境域に何を探されに行くのでしょうか?」

 その空気を救ったのはエルミーヌだった。華の顔と鈴のような声に誰もが救われたような顔になる。流石は我らが姫君、と後ろで誇らしげなサライネ。どのような場面でも絵になるのがエルミーヌという華であり、相手から無条件の信頼を勝ち取るのだ。

「俺達は旧王朝の遺跡を探索しに行くのさ。あそこはまだ手付かずの遺跡が残ってるって聞くからな!そこにはきっと財宝がざっくざくって寸法よ」
「へー、良いねそういうの。オレ達が今まで行ったところって大体山賊が住み着いてるだけだったし」
「いるわよねぇそういうの。私達もそういう所しか見たことが無いから、逆に見てみたいのよ。ありのままの遺跡を」

 そういうことなら物資を多く持っていくと良いだろう、と助言を贈って別れを告げる。少なくとも短い探索で行ける範囲に統一王朝の遺跡は見当たらなかったのだ。
 彼らの願いが叶いますように。本当に未知の遺跡が発見され、それに彼らが一番乗りを果たしたのならばそれはさぞ痛快だろう。
 他者の成功を喜べるのはソウザブの美徳だった。


 暗い部屋でソウザブは男と向き合っている。
 仲間達にはしばらくの休息を指示して、依頼主に報告をするためにこの地下にある一室を訪れたのだ。

「表で何かやらかしたらしいな…金様は何もかもが派手だ」
「やらかしてはいませんが、やらかしそうにはなり申したな。それで?この量で満足にござるか?」
「ああ、魔犬は時々持ち込まれるが…この牛は初めてだな。角から霧が出るってのも良い。買い手の幅も出るだろう」

 陰鬱な地下室は蝋燭の灯りで僅かに照らされているのみ。気難しい依頼主も陰鬱だが、思わぬ収穫に心なしか人当たりが良い。
 見るからに真っ当な商売をしているようには見えない依頼人だが、金級の冒険者に依頼をする者もまた変わり者が多い。それはソウザブにもこの一年の間に分かったことだ。
 豊かな髭をしごきながら、魔牛の角を検分する店主。そう、ここは店だ。魔獣の剥製やそこから採れたものを薬と称して好事家に売りつけている。
 ソウザブがこの依頼を受けることにしたのは、この店が本物だけを売るという一種の矜持を持っていたからである。その売り物にどんな価値を見出すかは買い手次第にしても、その辺の動物を魔獣だと言って売ることだけはしないのだ。

「充分だ。規定の報酬と…追加も出す。物が良いか?金か?」

 他者の働きにも実直に報いるらしい。そんな男がなぜ、こんな胡散臭い商売をしているのか。

「情報で。仲間の一人が魔剣を探しているのだが、何か聞いたことは御座らんか?」
「魔剣?そんな物を信じているのか?…大した情報は出せんぞ。鉱物に魔術を付与するのが難しいのは知ってのとおりだ。魔法使いが持ってる杖が総じて木製なのはそれが理由だ。符やら巻物にしたところで元が植物や動物だから可能、というが最近の説だ。そのへんはお前のほうが知っていそうだがな」

 構わない、という言葉に店主は肩をすくめる。

「まぁそれでいいなら構わんがな。魔剣なんてのは大体がおとぎ話や絵物語に出てくる幻想だが…噂話程度ならあるぞ。古代の大陸統一文明では鉱物に対する付呪に成功していて出土したのが闇市場に出た…って話を昔だが聞いたことがある。…なんだ?魔剣の存在に心当たりでもあるのか?」
「無くはない…が、絵物語のような魔剣を期待しているのでこちらの考えは外れにござろうなぁ」

 ホレスが使っていた竜斧は無垢神との戦いで炎を帯びていた。鉱物に難しいならば骨や木で作られた剣もあるのではないのか?というのがソウザブの考えだ。
 しかし、エツィオが求めているのは正におとぎ話の剣。骨や木に付呪を施してもいずれは劣化することが避けられない。耐久力が低いのだ。込めた魔力に耐えかねて砕けてしまう。
 ホレスの斧は素材となった生物が竜という桁違いの存在だったからこそ、炎にも耐えられた。だが、アレは竜が解体されてもまだその力を残していただけで、魔術を付与された武器とは微妙に異なる。

「夢を似たもので誤魔化すのは、避けたいところにて」
「そいつは立派な心がけだな。ちょいと見直したぜ金様よ」

 皮肉で言っているのかと思ったが店主の目は本気だった。
 本物、という言葉にこだわりでもあるらしい。ならば信じてみるのも一興だろう。
 先程、出会ったばかりの一行を思い出す。
 競売や闇市場に期待するのは自分達にとっては間違いだろう。真偽を見抜く目が必要となる上に、金を使ってしまってはエルミーヌの方の夢に差し障りが出る。ならば使うのは労力か。

 こうしてソウザブは再び辺境域に戻る気になったのだった。古代王朝の遺跡を求めて。

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