東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

賢いロバ

「ウクイヌの反応が消失した…だと?」

 長から告げられた事実にエタイロスは瞠目した。
 精神的な撹乱を狙って作られた個体とはいえ、その戦闘能力は現代の生物に打倒できるようなものでは断じてない。彼ら上位魔人は対神を考慮されているのだから。
 世界に満ちた生物が恐れる魔人や魔獣は自分達の模造品。それらと戦ったという可能性は無い。

 辺境域から出ることのなかった彼ら上位魔人は“先祖返り”のことを知らない。いや先祖返りを知っていても混乱は変わらなかっただろう。常の先祖返りは単なる身体能力や知力の活性化に留まる…正確に言えばそれ以外は使いみちが無く目立たなかったり、制御不能であるからだ。ソウザブとて敏捷神としての“権能”と仲間がいなければウクイヌに勝利することは不可能だった。
 そうした事実を知らずともエタイロスはある考えにたどり着いた。戦闘個体として、ある程度の思考ができなければ話にならないのだ。自己が付与されているのもそうしたこと。

「いるのか…この時代にまだ」

 神。自分達の製造者と同じように天へ地下へと去っていったものとばかり思っていた。
 故に――ああ、もう我慢ならない。
 この衝動に耐える必要などどこにもない。自分は兵器であり、これまでの“趣味”こそが余分なものであるから。コレに関しては管理個体であるアイレスの指示を聞く必要すら無い。
 静かな熱意とともに黒緑の魔人は動いた。

「私も出るわ」

 探索の結果を伝えたアイレスはエタイロスの行動を黙って見送っていたが、これにはやや意表を突かれた。
 女魔人はこれまでその熱意を研究に投じていた。魔人の行動原理から最も離れることに成功したのが彼女だとばかりアイレスは考えていたのだ。

「何を考えている?」
「当然、神を討つことを。我々としては当たり前のことでしょう?…それに、神が残っているのなら私の可愛い作品達を見逃すはずがないわ。必ず滅ぼそうとする」

 感情的な面と製造理由を両立させているのだ。加えて言えば…敵は既にウクイヌを討ち果たしているのだ。ならばエタイロス1人で行っても同じ結果になるのではないかという思いがイレバーケにはある。
 エタイロスがどう思うかは知らないが、必勝を期すならば複数でかかるのが自然な対応だった。

 イレバーケもまた居城を出立していった。アイレスは空虚な城で真実、一人きりとなった。
 なぜ止めなかったのか、詳細な指示を与えなかったのか?浮かぶはずの疑問を思いつきもしないまま魔人の長は定位置に戻った。そして過ごしてきた膨大な時間と同じように椅子に腰掛けるのだった。


 荷車が荒れ地に音を立てる。
 目的地が不明なままでは物資はどれだけあっても足りるということはない。その考えから購入されたのだった。
 荷駄を満載している上に碌な道もない辺境域である。車輪が妙に大味な作りなのが気になっていたが、中々どうして。こうした事態を考慮していたのかもしれなかった。

「荷物積みすぎですぜ旦那…ロバと一緒に引く羽目になるとは…」
「いやでもこれはこれで、仕事をしている気になれて良いんじゃないかな…」

 ロバと並んで梶棒を押すのはエツィオとポリカだ。先祖返りである自分も引けば楽だと思うのだが…どうにも男二人には職業意識めいたものが生まれたようで断られた。

「人間というのは力が弱いな」

 その様子に彼は表面的な感想を口にした。馬力という言葉があるように確かに彼からすれば非力に見えるだろう。

「それがしの親しい人物には地面をめくり返すほどの剛力の御仁がおりましたぞ」
「なんと…それは見てみたいものだ」

 彼の言葉は好奇心に満ちていた。それはいつかの自分やサフィラのようで微笑みを誘う。
 彼はぶるりと首を振って荷車を引く作業に戻った。

「っていうか師匠、平然とロバと会話しないでよ」
「狼王様で慣れているのでしょう」

 そう…荷車を引くロバは喋るのだ・・・・
 彼との出会いはつい先日のことだった…ロウタカの街で荷駄を牽く馬を探しているとロバの方から声をかけられたのだ。


『そこの変わった感じのする人間。そう君だ』

 声のした方をむいても厩があるのみ。しかし、一際強い気配が発せられている…茶の毛並みをしたごく普通のロバから。だから返事をすることにした。

『それがしにござるか?』
『いやいやいや、えぇ?新手の腹話術ですかい旦那?』

 エツィオ達は目を疑っているようだが、狼王と会ったことのある者達の驚きは少ない。それは先祖返りという摩訶不思議な存在に対する慣れがもたらすものだ。
 知力偏重型の先祖返りを発言した動物…それがこのロバの正体だ。
 肉体強化型に次ぐ数がいるとされている先祖返りだが、実際に他種の言語まで話せる域にまで知性を発達させているのは珍しい。例えば虫などが知力を向上させても知識を得る前に寿命で死んでしまう…とされている。真実は未だによく分かっていない。
 しかし、ソウザブからしてみればそのような型に当てはめる事自体が可能なのかもはや怪しいと思っていた。“権能”という超常の現象を引き起こす力を得たために、喉の作りが異なるはずの生物が人間種達と同じ言語を操るということも無意識の権能なのではないかと思っているのだ。

『先程の門衛との会話を聞いた。君たちは冒険者なのだろう?頼み事を聞いてくれるという』
『大筋では合っておりますな』
『では、ここから出して貰えないだろうか?』
『いや、ただではやらねえよ!?』

 ロバは訝しげに首を捻った。どうにも依頼料や達成報酬の概念が無いようだ。ロバが通貨を作っているという話は寡聞にして聞かないので当然か。…そう考えれば王様をやれている狼王はかなりおかしな存在では無かろうか?

『というか、このロバ自体も無料じゃないよね。どうしますかソウザブ様』
『これも何かの縁でござろう。勿論働いて貰うことになるが…』
『ハタライテ?それはなんだ?』
『師匠、このロバ。オレ達の常識がまるで通じてないんだけど…、え?本気でこいつにするの?』

 サフィラの懸念はもっともだが、このような出会いをしてほうっておく方が問題だろう。第一、面白すぎる。ホレスであっても決して放っておかないはずだ。

『質問に答えていないぞ』
『偉そうだな、このロバ…。誰から言葉学んだのだ。王と姫に対して全く…』
『そもそもなぜ出たいんだ、ロバ』

 通行人はロバの前でとどまる一行を怪訝な顔をして通り過ぎていく。傍目に見れば奇妙な光景だろう。
 しかし、このロバはこれまで話せることを隠し通していたのだろう。知力が向上しているのは伊達では無いようであった。

『単純にここは狭い。それにもっと広い場所を見てみたい』

 その素朴な答えは聞く者の心をうった。
 それは冒険者であるなら誰もが思ったことのある願望。飾らぬ言葉はロバの純粋さを示している。
 正直なところを言えば、既にもうこのロバを選ぶことは決めている。しかし、この厩は閉塞しているからこそ安全なのだ。外に出ることの危険性は納得して貰わねばならない。
 対価の問題もある。かつて無垢神を討った報酬…今はホレスに預けてあるが…を考えればロバの一生を養うことは容易いが、ただ野に放つだけでは命をかけて給金を得ている仲間達を納得させることはできまい。
 それにはこのロバに通貨や仕事の概念から教えて行かなければならないのだが… 

『わたくし達は世界を巡って旅をしておりますの。外に出して欲しい…その願いを叶えるためには対価が必要。なら、ここにいるソウザブ様の群れの一員となるのはどうでしょうか?それならば互いが両立します。但し、命の危機があることは納得した上でですが』

 機転を利かせた華の姫の言葉を吟味するロバ。
 こうして一行に新たな顔が加わったのだった。


 いよいよ奇天烈な一団になってきた。そのまま見世物小屋に出しても通用しそうなぐらいである。加えて言えば、このロバは…

「む、あれはなんだ?」
「ただの草だろうが!急に進路を変えるんじゃねぇ!」

 全くもって言うことを聞かない。忍耐強く、力強く、人々の生活とともにあったはずの生物は好奇心というものを得て制御不能となっている。おかげでソウザブ達の道行きはじぐざぐとうねり法則性が無い。
 共に荷を牽くエツィオとポリカが一番割を食っているのは言うまでもない。

 それを苦笑と共に見守れるのはひとえにソウザブ達の力量が高いからである。荷を狙って賊が出ようとも先祖返りが率いる一団に敗北はない。だからもし、危機が訪れるのなら同じように常を越えた敵が相手となるだろう。


 草を食むロバを横目に野営をしながら、ソウザブは周囲を観察する。
 目的地は古代統一王朝の遺跡。それらは地下にあるのだから闇雲に動き回ってもたどり着けない。

「いやぁしかし、俺っちのために宝探したぁ旦那も物好きだね」

 素直に礼を言わないあたりはエツィオなりの照れ隠しだろう。そして彼は夢のために人の手を借りることを拒否しない…というよりは魔剣を握ることという達成が最優先されていた。

「こちらも金を得る必要があるのでな。複数本あるならポリカにも持たせることで強化が見込める。打算が無いわけではないから気にするな」
「ソウザブ様は?というかいつも粗末な武器ばかり使ってますよね?」

 ポリカの言葉に少しだけ顔を上げる。

「…別に。どのような武具でも使えるから問題があるわけでもない」

 そっけない言葉にエツィオとポリカが顔を見合わせた。
 武器とは武人の魂だ。ゆえにソウザブは定まった得物を持てないでいる。
 既に自分は道具ではない。雑兵に紛れる必要も無いのだから己だけの武器を見出してもいいのだと思いはしても…これと言って思い付かないのだ。
 簡単に言えば「格好いい」と思える武器を見つけられずにいるのだ。ならばと技量において考えてみても均等に扱える。世の武人からしてみれば得手不得手が無いというのはさぞ気色が悪いだろう。
 全般に才があるのか、あるいは全てに才能が無いのか。もはや知る術は無い。

「まぁそれがしに関してはどうでもよろしい。問題は捜索の範囲だ。ポリカは辺境域で遺跡の噂などは聞いたことがあるか?」
「それこそ、住んでたラッタノー砦の地下ぐらいですよ。他は聞いたことがありませんけど…全部石造りで頑丈なら既に誰かが住んでるでしょう」

 そうなると人里が既にある範囲は除外される。既に捜索され尽くした地に用はない。
 それにしても仲間がいるというののありがたみを感じるのは、こうして相談できる点にある。決まりきった結論であっても、「これで間違いないだろうか?」と確認できるのは精神的な安定をもたらしてくれるものであった。

「そういえばあの氷吐いてた…魔人だっけ?いつからいるんだろうね」

 横からチーズを切りながら口を挟んできたサフィラの言葉に眉をしかめる。出くわしたのはまだ2体だが、奇妙な懐かしさと不快感がある。

「噂ではいつも西から来るらしいがな。実際、大陸中部や東部では聞いたことも無かったのだろう?私もここに来てから存在を知ったしな。…それはそうとサフィラ殿。王の邪魔をせずに手伝え」

 いや、重要な要素では無かろうか?
 仮に魔人達が遥か過去からいるのならば、古代文明の人々はそんな存在の近くに居を構えたがるだろうか?いいや、そんなはずはない。
 あるのなら前線基地のような…

「そうか、探しているのは武器なのだから…武器庫のような地が…うぬ、その前に工房か?」
「前線基地ってのはどうですかね?」

 それだ。
 となればラッタノー砦の地下にある遺跡からある程度は離れているだろう。そして魔人達が来る西よりは東寄りで、かつラッタノー砦からはまだ西。
 いかん。絞れても範囲が広すぎるし…このままでは考えても意味がない。大体にして西の果てがどうなっていてどこにあるのか知らないのだから。

「付いていけば良いのではないのか?」
「なに?」

 食事を終えたロバが会話に割り込んでくる。

「そのイセキとやらが何なのかは知らぬが…それを先に探している者がいたのだろう?ならば追えば良いではないか。以前より探していた者のほうが詳しいのは当然だろう?」

 ロウタカの街で出会した冒険者の一団。彼らは確かに財宝を探して、手付かずの遺跡を求めて旅立った。
 彼らが何かの情報を持っていたのかまでは知らないが…限られた情報の中で右往左往するより遥かにマシだった。

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