東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

新入りを加えて

 住人に引き止められるのを振り切ってラッタノー砦を後にする。心が痛むが致し方の無いことではあった。彼らを守るために延々と居残り続ける気は流石のソウザブにも無かった。
 それでも砦のことが気にかかるのは助けた女が残っているから…だけではない。ソウザブ達の後ろに付いてきている三名の新顔。仲間と言うに憚られるのは彼女たちが勝手に付いてきたからである。

「それにしても…三名も抜けて大丈夫なのでござろうか?あの砦は…」
「私に関して言えば問題は無いだろう。どの道、契約期間は切れた。まさか私が自発的に残るなどと期待していた訳でもあるまいよ」

 三人の内、最も存在感がある女騎士、サライネが言う。堂々とした態度だがその言うことには疑問が残る。この辺境域でサライネのような礼儀正しい武辺はさぞ重宝されていただろうに。良くも悪くも嘘の付けない性質のようで、しばらく接する内にソウザブにも同行してきた理由が見えてきていた。
 サライネは弓を奉ずる主を求めており、一行の中で一番高貴な生まれであるエルミーヌにそれを見出しているのだ。
 我が妻に目を向けるとは中々に見る目がある!ソウザブとしてはエルミーヌが評価されているのは嬉しいことであった。サフィラと仲が良いのも素晴らしい!

「ま、安心しなよ旦那。俺っちがいれば百人力さぁ!こう見えてこのエツィオはかのアンバル湖畔の戦いで勲を上げた戦士だ!俺っちと一緒にいて損はさせねぇよ」

 エツィオも砦にいた傭兵だ。傭兵らしく過剰に見栄を張る癖があるものの、粗野ではなかった。サライネ共々、荒くれ者が多い傭兵としては珍しい生き物だろう。
 肩に短槍を担いでおり、旅慣れしているために足手まといにはならないようであった。ソウザブはアンバル湖畔の戦いとやらを知らないためにその武勇伝のほどには何も言えない。

「僕はあの砦にいてもなんにもなりませんから…」
「…なんにもならない人が旅に付いてきてどうするのさ。オレが言えたことじゃないけどさ」

 最後のポリカが最も問題だろう。生まれも育ちもこの辺境域であり、外の世界を見るために付いてきた…とは言うもののポリカは戦闘能力に著しく欠ける。農作業をしながらこの辺境域で生きてきたのだから肉体的な性能はそれなりにはあるだろうが、覇気の無さが問題だが、ともかく彼はあの砦を飛び出したのだ。旅をしながら度胸の一つでも身に付けば化けるかもしれない。
 サフィラの言葉に素直に傷ついているあたりを見るとまだ先のことだろう。

「なんだか賑やかになって参りましたねソウ様」
「エル殿の魅力も一因かと」

 こう大人数になると魔術師であるエルミーヌの役割は重大になってくる。支援に徹する機会が増えるだろうが…魔力は回復に時間がかかる。おいそれと連発できるようなモノではないのだ。
 魔術師は基本的に己の体内の魔力を用いて術を起動する。体力と同じように休息で回復するとはいえ、魔力を向上させる先祖返りでもない限りは上位魔術などは日に一度撃てればよいほどである。
 エルミーヌは現在、魔術師としては中位になる。驚くべき成長の速さではあるが人間離れした魔力を保持している訳でもない。中位の《雹来》なら一日に五発程度が限度だろう。これからはむしろ下位魔術を効率的に使っていく必要が出て来る。

「しかしまぁエルミーヌも師匠も簡単に人を受け入れるよねぇ。この一年で何度騙されたと思ってるんだよ。オレは色々と心配だよ」
「だからちゃんと人は選んでいるよ。それがしとて利用されるだけ…というのは勘弁願いたいからな。だから他の連中はさっさと置いてきたのでは無いか」

 金色の腕輪の弊害とでも言うべきか。砦にいた兵や傭兵の中から付いてこようとするものは大勢いたのだ。その中でマトモな気質の者だけを選んだのがこの三名だった。

「まぁ…受け入れなければ、それがしを拾ってくれたホレス殿に借りを作ってしまうことになるからな…そういうわけで、そろそろ野営にするか。サフィラ、薪を拾ってこい。それがしは水を浄化する符をエル殿と作る。新入りは水を探してくるように」
「うへぇ。まぁ枯れ木はたくさんあるよね、ここ」

 野営にしたのは時刻もあるが、均された道がここで途切れているためだ。一面の荒れ地に申し訳程度の草。木は殆どが枯れている。荒涼とした光景は見るものに寒々しい気分を与えてくれる。
 全く素敵な場所だった。師が行く所はどこだろうと付いて行くつもりではあったが人里が恋しくなる。サフィラは落ちた枯れ木を集めに向かった。


「汚い水たまりしか無かったぞ。まぁ一応汲んでは来たが…何をしているのだお二方?」

 サライネが桶を片手に戻ってくる。泥水はかなりの重量になるはずだが、弓を引くだけあって軽々とぶら下げていた。横の男二人は見栄なのか両手にぶら下げていた。

「【浄符】を作っているのですよサライネ殿。作り置きはもう無いので血で描くしかありませんがな」
「ふむ?それで泥水が飲めるようになるのか?便利なものだな」
「そのままでは無理なので、一回濾した後に使うのですわ。ソウ様の血で作ったほうが効果が強いのが不思議ですけれども」

 あの砦には魔術師はいなかったと見えて、新入り三人は感心した顔になる。あるいは辺境域に魔術師自体が少ないのかもしれなかった。
 魔術師となれる人間は少ない。肉体に貯蔵できる魔力の量が一定以上で無ければならないためで、これが個体の性能が高いエルフ種やドワーフ種ならばそれなりの数がいるのだが…。小さな村ではまず見ない。小さな町になってようやく数人いる程度だ。

「そりゃ魔術師が厚遇される筈だわ。俺っちも魔術が使えりゃなぁ…傭兵仲間でも給金全然違うしよぉ」
「僕も使えるようになりますかね?」

 ポリカの言葉に対してソウザブはじっと見つめかえし…首を振った。

「無理だな。貴殿では量が足りん。エル殿のような例は稀だから気にするな」
「そんなぁ…」
「けけけ、まぁ同じ釜の飯を食う間柄になったんだ。手すきの時間があればちょっとぐらい槍を教えてやるよ。ちょっとだけな」

 意外と気のいい所があるじゃないか、とソウザブはエツィオを見直した。比較的まっとうな者を選んだとは言え、他者に技術を授けてやる人間は少ない。なにせ飯の種なのだから。ちょっとだけ、という辺りがその線引きなのだろう。自分もそうした感覚を身に付けたいものだ。ソウザブは願った。
 サフィラの声が聞こえてくる。薪を集め終わったのだろう。一行は本格的に休息を開始することにした。


 〈火花〉の術を種火として燃え上がった焚き火に一同は息を吐いた。慣れてはいてもこうした瞬間が良いものだということは変わらない。特に慣れてもいないポリカは感動すらしているようだ。
 一行のカップに浄化された水が回るとサフィラが得意げに仕留めた獲物を出してきた。

「一番遅いと思ったら、罠をかけていたのか。鼠に鳥と…良くやったなサフィラ」
「へへー、師匠さまさまだね。罠とか結構単純な作りだし」

 子犬のようにしてくるサフィラの頭をソウザブは撫でた。仕組みを理解していても獲物の行動を予測しなければかかってはくれないものだ。武の才は凡才でもこうしたところにサフィラの輝きがあった。

「鼠は油っぽいけど贅沢は言えねぇな。血抜きは俺っちに任せてくれや」
「あ、じゃあ僕は鳥の羽抜きしますね…」
「ええっと鼠を食うのか…ではなく、私は何をすればいいのだ?」
「サライネ殿は見張りを。弓使いなのですから目は利くでしょう?」

 サフィラのおかげで思わず温かい食事にありつけることとなった一行の雰囲気は活気づく。人数が増えることは悪いことではないな、とソウザブは思った。しかしこれ以上増えると統率できる気はしないが…いずれはエルミーヌの国を再興することになる。ならば良い経験だろうと前向きに考えることにしたソウザブだった。


 夜が訪れると自然と会話が多くなった。寝る前の空白を埋めるためだ。ソウザブもある程度の事情は明かす。身の上などの細かい話まではまだしない。

「デタラメにつえーと思ってたら、“先祖返り”かよ旦那!流石に金は違うねぇ」
「金でも先祖返りは多くはありませんがね」

 数えた訳でもないが全体で十人いるかいないかと言ったところだろう、とソウザブは見ていた。エツィオとサライネは先の戦闘でソウザブの戦いを見ている。人間種どころか他種族ですら影すら踏めぬ速度を見れば先祖返りであることは見当がついていただろう。

「しかし、金級の冒険者ともなればこんな辺境に来なくとも良いのでは?行き場が無いという訳でもあるまいに」
「この辺りにしかいない魔獣の死骸が好事家や研究者に高く売れるから依頼が出てたのですよ。まぁ全部持っていくわけにもいかないので皮にしてますがね」

 今のところ集めたのは先の魔犬の皮だけだ。箔を付けるために後一種類は欲しいところであった。加えて言えばこの一年で冒険者組合と反りの合わないガザル帝国の版図はさらに広がっている。行き場が無くなるのもそう遠くは無いだろう。ならば、この辺境域に足がかりを求めるのもおかしいことではなかった。

「まぁこちらの事情はそんなものにござるよ。それはともかく貴殿らは本当に付いてきてよろしいのか?それがしの私兵扱いになるし、役に立たねば給金は出さないが?」
「構わん…目的は別だしな」

 サライネの返答は短い。ちらちらとエルミーヌを見やっているが、当のエルミーヌは平時はソウザブしか見ていないので気付かれない。端から見ているソウザブの方が気付いているというのにだ。

「まぁ食事が頂けていますし、荷物持ちでも何でもします。はい」

 サライネと見張りを変わったポリカが背を向けながら答えた。背中から見張りという役割にがちがちに緊張しているのが窺えて先が思いやられる。
 荷物持ち発言に一番喜んだのはサフィラだ。これまでは基本的にサフィラが荷物持ちであったから喜ぶのは自然だ。…体を鍛える機会が減るから訓練を増やしてやろうとソウザブが考えていることを知ればその喜びは消え失せるだろう。

「俺っちが金のお付きになったって聞けば傭兵仲間は泣いて悔しがるだろうな…うけけけ」

 金が身元を保証できるのに人数制限があっただろうか…。とソウザブが記憶の箱をひっくり返しているのを知らずにエツィオは喜んでいた。


「ぎぎぎ…羨ましいぞ旦那…」
「そんなことを言われてもな…それがし雇い主だぞ。怨嗟の顔を向けるか普通」

 エツィオが言っているのは眠ったエルミーヌとサフィラがソウザブの胸の中に収まっている現状だろう。身体的に頑丈なソウザブはさほど睡眠を必要とはしない。精神的に疲労すれば別だが…このあたりは流石に神であった。

「ぬぅ…エルミーヌ殿が主となったとして…ソウザブ殿はその夫…。うーむ…」

 サライネは相変わらず分かりやすく悩んでいる。声が丸聞こえなのを理解しているのだろうか?

「サライネちゃん!俺っちらも…ぐへっ」
「死ね、この下郎」
「そ、そのへんで…」

 顔を加えた夜は更けていく…。辺境の荒れ地にも安らぎというものはあるらしく、一行は穏やかな一日を終えようとしていた。

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