東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

仲間と過ごす一日

 朝が来る。少しの陽光をまぶたに感じてからゆっくりと開く。
 エルミーヌ・ド・ラ・アークラの朝は早い。夫、ソウザブの朝も早いがために早起きしなければ夫の寝顔を楽しめないのだ。

 ソウザブの硬い胸に載せた頭部を惜しみながら起こす。腹部に触れている手に伝わる触感を楽しみながら寝顔を観察する。
 初めの頃はこう上手くは行かなかった。練達の戦士であるエルミーヌの夫は僅かな物音でもすぐさま覚醒してしまう。だが、今ではこうして触れても眠りから覚めることはない。
 自身の危機に駆けつけた愛しの王子。彼との出会いは祖先、恋の女神セネレーがくれた奇跡であると疑わない。…白馬の王子と告白した際に言ってしまったが、本当にジビキの家の生まれであるとは思っても見なかった。何もかもがエルミーヌと出会うために誂えられているかのようだった。

「ソウ様…」

 思わず漏れ出た声とともに彼の頬を撫ぜる。すると応えるかのように彼の目が開いた。それこそ自分にとっての日の出に他ならない。

「お早うございますエル殿…少し寝過ごしましたかな?エル殿と寝ると気が緩んでしまいますな…」
「まぁ!嬉しいことを…いくらでも緩んでくださいまし。ソウ様は少しばかり働きすぎです…ソウ様の幸せになれるようわたくしも精進いたしております」

 だから安心して夢の続きを…。そう言いたくても声をもっと聞きたいという欲求に阻まれてしまう。彼が身を起こす。反対側にいた青の少女が滑り落ちたが目覚めない。困った妹分だ、よだれまで垂らしてはしたない。

 ここは魔が跋扈する辺境域。陽の光もどこか弱々しく、土地も貧弱だ。それでも夫とともにある限りはそこがエルミーヌの理想郷。エルミーヌにとって、いつどこであろうとも光は差しているのだった。


「~♪」

 故郷の歌を鼻で歌いながらサフィラの髪を梳かす。それもまたエルミーヌの日課の一つだ。

「どうせ、訓練で汚れるんだから良いのに…エルミーヌってば良く飽きないね」
「いけません。あなたもソウ様の妻なのですから身だしなみは大事です。何度も言ったでしょう?」
「オレは未だに慣れないよソレ…」

 最近は武の腕前とともに精神的な成長を見せつつある妹分だったが、男の子のような言葉遣いに関してはエルミーヌもさじを投げている。しかし、折角美しく生まれたのだから整えないのは父祖神への冒涜である。そうエルミーヌは信じていた。彼女自身、旅のさなかでも気を配っている。
 海神に愛された青の髪は、どこにいても鮮やかで羨ましい。凛々しい顔つきに男の子のような言動…劇場に出ればさぞ女性から人気が出るだろう。

「じゃあ、素振りしてくるね…師匠は?」
「ソウ様は先に鍛錬に励まれていますよ。朝食を用意したら、わたくしも見に行きます。頑張ってくださいね」

 家事は王族に生まれた女として心得ている。どんな風習の国に嫁ぐか分からない身の上であるからこその嗜みだった。今となっては学んでいて良かったと思えることの一つだ。
 荒れた地に相応しくない華やかさと歌とともにエルミーヌは夫を含めた仲間たちのための準備に向かった。


「おはよう。エルミーヌ殿。…エルミーヌ殿達の朝は本当に早いな…これでも早く起きたつもりだったのだが」

 新しく加わった3人のうちの1人…女弓騎士サライネ。既に鎧を着込んでいるところから見ても朝が早いというのは本当なのだろう。しかし、ソウザブ達3人の朝が早すぎるだけである。エルミーヌは微笑んで手ぬぐいを渡した。

「はい。お顔をお拭き下さいな。サフィラさんではありませんけど、あなたももう少し身だしなみに気をつけて下さい」
「あ、ああ…すまない。傭兵生活が長かったものだからつい…エルミーヌ殿は良家の生まれなのだろう?こうした生活は苦にはならないのか?」
「どうしてでしょう?ソウ様がいらっしゃるので苦にはなりませんわ」

 堂々とのろけ出すエルミーヌにサライネは顔を赤くした。うぶなところのある女騎士に姫君は微笑み続ける。
 エルミーヌはサライネ達が好きだ。夫を高く評価して一行に加わったのだ。嬉しくないはずも無かった。ソウザブと共にある旅はそれ自体が嬉しいエルミーヌはともかく、他者にとって実入りが大きいとは言えない。
 新しい人間種の英雄とともにあるのは危険も伴う。エルミーヌ自身、素性も知らぬ敵に命を狙われたことがあった。その危険は当然、新人三人にも話していたがそれでもサライネ達は一行に加わったのだ。

「それにこうした旅の積み重ねの果てに祖国の復興も叶う。そう思えば苦労することに躊躇いもありませんわ」
「祖国復興…その…エルミーヌ殿はどういった生まれなのだ?」

 踏み込んでくる一言にエルミーヌは隠さない。いずれどこかに蘇る国で夫とともに血筋を繋ぐ。その未来は誇りであり、恥ずべきところなど無い。

「既に滅んだ国の王家…その生き残り。この乱世ではよくあることでしょう?」


 サライネは衝撃を受けていた。高貴な生まれとは思っていたがこれほどとは!
 国に仕えている騎士でも王族と出会う機会はそうない。声をかけられるともなれば、叙任式の際に一度きり…というのも珍しいことではない。
 サライネはあくまで騎士の家に生まれた女に過ぎず、騎士としての在り方も聞きかじりだ。それも既に没落した家。濁世において花街に落ちずに生きる術として武を選び、立つ足を支えるために生まれにすがった。
 共に家の復興を願う女としての共感。仕えるに値する能力と血筋。そして絵物語のように美しい姿。
 サライネは自然と跪いていた。

「エルミーヌ殿!いや姫!どうか…わが弓をお取り下さい」

 突然の申し出。驚いてはいても微笑みを崩さないエルミーヌは…これも縁かと、サライネを思いやった。てっきりソウザブの武威に惹かれているのだろうと思っていたが、まさか自分にとは!
 サライネが真剣であることは目で分かる。純粋培養された姫君はそうした機微に敏感だった。王族の生まれとしてその思いを踏みにじることは…できない。

「わたくしに仕えるということは…夫であるソウザブにも忠誠を尽くすこと。そして、我が国の再興はいまだ成されておらず、これから生まれる民にその弓を奉じることにもなるということはご承知ですか?」
「はい。騎士として生き方を定めることこそ我が望みそのもの」

 返答は淀み無い。ならば――

「ならばあなたの弓を取りましょう、騎士サライネ。あなたが品位を守り、蘇る国の保護者にして守護者になるように。まさに騎士とならんとする者、その弓が我らの敵を打ち倒すように」
「我が弓は姫と王と民のために用いられる」

 エルミーヌが弓を受け取り、また返す。戦時の略式の叙勲めいた光景は人知れず行われた。


「…で?騎士にしちゃったの?エルミーヌって結構…軽いよね」
「軽い…そんな…」

 珍しくサフィラにやり込められ、打ちひしがれるエルミーヌ。仲間を増やしたことでさっそく変化を見せだした光景をソウザブは目に焼き付ける。流れていく景色と同じようにこの様子は今だけのものなのだ。見逃すつもりはない。
 しかし…自分にも知らぬ間に家臣が出来てしまった。エルミーヌにしては珍しく事後承諾の形になったのだ。
 ソウザブは臣下や手下を持ったことがない。家名を名乗ることも兄からの贈り物として“追放”前に
ようやくであった。もう少し感慨があると思っていたのだが…。
 まぁサライネはエルミーヌの騎士としての色が強い。妻を守る者が増えるのは良いことなのだが…。

「姫!そのようなことは私が…!」

 張り切りすぎである。片っ端から雑事をこなそうとする…というよりは奪おうとしているようにしか見えない。
 そして酷いことにサライネの家事の腕はエルミーヌに大きく劣るのだ。
 結局はサライネを皆で説得する羽目になる一行だった。


「しっかしまぁ騎士ねぇ…そんなに良いものかね?」
「いや僕に聞かれても…」

 槍を教えながらエツィオが言う言葉に、ただの農民だったポリカは返すものを持たない。傭兵として世界中を回るエツィオには騎士と関わった経験もあるのだろうがポリカにあるはずもない。なにせこの辺境域には国自体が無い。たまに生まれてはすぐ潰れる。
 だから騎士とはポリカにとって絵物語の存在でしか無い。強く、優しく、礼儀正しく――人里を襲う怪物を退治するために現れる英雄こそがそうなのだと。

「世間的には偉いんじゃないの?」
「半分農民みてーなのが大半で大体馬鹿にされてるな。領地持ちはそうでもないけどよ」

 しかしながら現実はそうはいかないらしい。馬鹿にされている…それは行き場のない辺境の民と同じということか?ならば騎士と戦士の違いは、平民と貴族の違いはどこにあるのか。
 足りない頭で考える。エツィオとポリカが主に選んだ金の冒険者はどうなのだろうか?彼は“良いもの”を持っているのだろうか。

「そういえばさ、エツィオは何で辺境域ここに来たの?」

 習い始めたばかりの槍…棒にナイフを付けただけのものを止めて問う。
 その疑問は当然のもの。行き場のない人間種ではなく、歴戦の傭兵がなぜこんなところにいるのか。

「ふん?ああ、笑ってくれていいが俺には夢があってな」
「夢?士官とか?」

 それこそ夢のない答えにエツィオは笑った。自分でもなぜそんな物を追い求めているのか、わからなくなる時があるが。

「俺は魔剣を持ってみたいんだ」


 懐にサフィラとエルミーヌという名の宝石を入れて夜が更けていくのを見守る。青の宝石は既に寝息を立てている。時折、拳を突き上げてくるから困りものだった。この子は寝相が悪すぎる。

「今日は変わったことがありましたわねソウ様」
「引き起こした原因は半分、エル殿ですがね…」

 結局、魔獣には出会さずに一日の探索は終わった。塩の量などから考えても、そろそろ引き返しても良いかもしれない。魔犬の皮だけでも失敗にはならないのだから。
 焚き火の近くにはサライネが直立不動の姿勢だ。あの調子で寝ないつもりだろうか?まぁ一日ぐらいならそれも良いのかもしれない。亜麻色の髪を撫でながら、不器用そうな女騎士を眺める。

「しかし…それがしの国にはいなかったので良く知らないのですが、騎士とは何をするので?」
「色々な方がおられるので、特に決まった形は…。ただサライネのように誰かの世話をする、という形もあることはありますわ。未亡人に純愛を捧げる騎士とか」

 劇では好まれる題材でもあるという。考えてみれば…エルミーヌは王族なので直に接する機会はあまり無いのではないか?ならば知識として以上には知る機会も無いだろう。
 一行にはサライネの在り方を正しく導ける者などいないことになる。在り方、というものは本人が納得していればそれで良いものなのか。
 考えながらソウザブはいつも通りにエルミーヌとサフィラを抱えて夜具を被った。

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