東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

砦の女騎士

 ソウザブがこの辺境域へと来た理由は実に単純であった。これまで来たことが無かったからである。
 ホレスとの旅と同じでは送り出された意味がない。ホレスは一年に一度は妻であるサクの元に戻るというある種の縛りが存在したため、自ずと冒険はアデルウ大陸東部に限られていた。それでも周りきれていない程世界は広いが、ソウザブもまた大陸を東部、中央、西部と分けて考えるところは世間一般の人々と同様であった。
 期せずして相棒と別れることになったソウザブの足が西へ向いたのは自然というものだった。

 自身を鍛え、弟子である女二人を鍛えながら依頼をこなし、また次の町へ。それを繰り返す果てにようやく西部に到達したのがつい先日のことだ。
 荒涼とした荒れ地に僅かな植物が広がる地域…およそ人が暮らしたいと思えない場所だったがここには本物の冒険が未だに手付かずで残っている。なにせここには国家らしい国家すらないのだ。文明人からしてみればあり得ない未国籍地帯という大陸西部はソウザブにとっても大いに感性を刺激された。
 この地域では力こそ全て。国家の法のみならず冒険者組合の支援も全く期待できない。…が、それは同時にここではあらゆる行為を止めることはできないということでもある。傭兵が冒険者の真似事をしてもいいし、逆に冒険者が傭兵紛いの仕事をしてもいい。
 咎めるのも自由だがそれに従うかどうかは別の問題。だからこそ西部は荒れ果ててはいても、人間種の勢力が弱くとも、恐るべき魔獣が徘徊していようとも、訪れる者と住もうとする者が途絶えることはない。息絶えることは多いが。
 国家や組織の枠組みの中での活動に飽いた者。未踏遺跡の探求の可能性を捨てていない者。脛に傷持つ者。数多の者が訪れては散っていく理想郷無法地帯。それがこの大陸西部だった。


「私の夫は不名誉印を押された騎士でした。どの国に行ってもマトモな仕事には就けず…。それでとうとうこの辺境へと流れ着いたのです。同じような境遇の人たちと寄り集まって村を作りはしたのですが…、先日の魔人の襲撃でそれも全ては無駄になりましたね」

 年齢よりも老けて見える女の顔は苦労によって刻まれた物だった。
 不名誉印…不祥事や任務の失敗で騎士の家紋の上に押される烙印。何かの功績で拭うか、仇を取るなどせねばそれを外すことは許されない。度し難いことに騎士連盟はこの不名誉騎士の監視には徹底していた。彼らの仕事らしい仕事はこれだけと言っていいからだ。
 ソウザブの故郷には騎士はいなかったが似たような制度はあったため、すんなりと受け入れられた。

「どこへ行こうとも続く真実の愛…!それが突然の襲撃で奪われてしまうなんて…!ああ、私はソウ様がそうなったら生きていける気がしません…!」

 亜麻の姫は涙を滝のごとく流している。夫に合わせてさっくりと放浪生活に慣れた彼女も根っこの部分は変わらないらしい。温室育ちで劇や物語に触れることの多いエルミーヌはこうした話にとことん弱かった。

「ええと…私の夫は昨日の襲撃ではなく…その数年前に亡くなったのですが…」
「エルミーヌにいちいち反応しないほうがいいよー。こんな風なのにやるときは容赦ないし」

 それにもはや慣れきったと言わんばかりのサフィラは両手を後頭部に当てながらのんびりと歩いている。向上心といい、サフィラはある種の大物といえる精神の持ち主であるようだった。
 ソウザブはそんな二人を思いやりながらも周囲の景色を眺めることに余念がない。荒れた地は意外と色とりどりであるのだな、と感じながら目に焼き付けている。およそ楽しい色合いは皆無なのだが、そんな光景を楽しめるソウザブは一行で一番の変人なのかも知れなかった。


「行くあてのラッタノー砦ってどんなとこなのさ、姉ちゃん」
「それはそれがしも聞いてみたいですな」
「ええと…古代王朝の遺跡を利用した集落で、砦とは名ばかりの所ですね。私の遠縁の子が傭兵みたいなことをしているのです。甘えるようですが、そこで暮らせたならばと」

 ここにも古代王朝の遺跡はあるというのは事実であるようだ。統一王朝の名は伊達ではないと知ってソウザブもまた興味をそそられる。
 ソウザブにも遺跡の類を攻略した経験は当然あるが…ホレスと組んでいたために罠にかかっても力押しでどうにかなってしまうことがほとんどだった。ソウザブ一人でも同様だろう。例え罠が起動したところで持ち前の俊足で即座に離脱が可能だ。そのためソウザブが抱く興味は単に物見遊山めいたものに過ぎない。

「魔人すら倒せる皆様のような方々ならばきっと歓迎されるはずですが…私はわかりませんね」
「魔人…」

 それが昨日ソウザブ達が戦った存在の名前。
 その姿と配下の魔獣達の眼差しを思い出す度にソウザブは奇妙な感覚を覚えるのだった。
 何か懐かしさを感じるような…。そんな感覚を。


 艶やかな金の髪が揺れる。だが携えているのは金属製の剛弓だ。女騎士はこの砦を守るべく弓の弦を引き絞る。
 騎士と言っても名ばかりだ。領地を持たない無産騎士の家に産まれた彼女には縋れる特別な物がそのささやかな称号しかなかった。没落した時も流れるように事態は進んだ。生半可な血筋ゆえに上の階級の人々も下の階級の人々も助けてはくれなかった。
 誰かを守るために戦う。そんな騎士のお題目を果たすために常に人手が足りないここに来たのだ。
 だが…矢を放つ度にザクロのように弾ける敵の頭部を見るたびに騎士から離れていっている気がするのだ。それも当然か、自分には主君がいない。

 神々の子の宿業とでもいうべきか。魔が蔓延るこの地でも争いが絶えないが、皮肉にもそれは魔を相手取ったものではない。少しでも良い立地と物資と金を求めて戦うのならば弱いものを相手に選ぶのは自然な選択だ。魔人よりもエルフなどの所謂亜人を、それよりも更に人間をと言った具合に。弱者は更なる弱者を狙う。

 筋張った腕は年頃の娘のものには自分でも見えない。しかしこの腕が無ければ自分は死ぬ。主が欲しい、そう願いながら弓騎士は矢を放つ。賊の腕に赤い花が咲く。
 余計なことを考えすぎていたらしい。賊らしからぬ勇気で砦に綱をかけて胸壁を登ってきた者がいた。それも運悪く目の前。咄嗟に矢を掴んで目玉に突き刺す。
 血と透明な体液が流れ出すが賊兵は怒りで痛みを感じていないのか、女騎士に掴みかかった。もみ合いになれば鍛えられてはいても未だ年若い女騎士には不利だ。取り押さえられ、生臭い息が顔にかかる。
 味方の側の兵が援護するまでの僅かな時間。女騎士はああ、自分もここで終わりになるのかと思いかけたが腹の底から叫びと気力を呼び起こす。

「ふざけるなよ…!この下郎がぁ!」

 体躯で勝る敵を気合とともに跳ね除けて、すかさず鉄靴を喉に叩き込む。男が悶絶したところに腰の剣で首を断ち切った。

「死ねない…!我が弓を奉ずる主を見出すまで!かかってこい、腐肉漁りのクズども!残らず矢を食わせてやる!」

 胸壁に再び立ち、矢を放つ作業に戻る。
 あまりの剣幕に周囲の味方すら引いているが構うものかと更に猛る。
 残りの賊兵は10名ほどか。攻めかけてきた賊はもっと多かったはずだが割に合わないと逃げ出していたようだった。
 砦の傭兵も何人か顔を見ないが、そんな連中は知らぬ。自分一人ででも片付けてくれよう!
 濡れた羽のような金の髪も既にホコリに塗れている。家に伝わる装具も泥だらけ。それでも女騎士の闘志は輝いていた。

 そんな時、敵勢に異変が生じた。
 未だに逃げる気を見せない、敵ながら見上げた猛者達狂人達が突然現れた一行に叩きのめされていくのを女騎士は見た。
 弓使いである彼女の鷹の目は正確にその光景を捉えていた。男があり得ない速さで敵を切り刻む。一瞬で五人が切り倒されたのだ!
 遠目に見ても輝くような美貌の女魔術師が放つ氷で賊の頭が射抜かれた。ここではまず見ない青の髪をした小柄な戦士が庇っているのは…。

「…おば様?なぜここに?」

 何が何だか分からぬが、好機には違いなかった。女騎士は再び矢をつがえた。


「助かった。貴殿らの支援のおかげで賊を一掃できた…これでしばらくは鳴りを潜めるだろう。それにしてもおば様がなぜ?」
「ああ…サライネ!私の村が魔人に焼かれて…この方達に連れてきて頂いたの!」

 濡れたような滑らかな金髪の女騎士の名はサライネというらしい。険のある顔立ちではあったが十分に美しいと言えた。ただし体躯が年頃にしては長身かつ頑強であり華やかといった印象は無い。
 古びてはいるが中々に拵えが良さそうな甲冑を纏っている。それを着て戦闘ができるだけでも大したものである。金属板を組み合わせた複合長弓と合わさっての威容は故郷の武士たちをソウザブに思い起こさせた。槍が戦場の王、剣が武人の魂ならば弓は花形と言えるほどの脅威だ。
 そんなサライネは遠縁の親戚に困った笑顔を向けている。

「頼ってくれたお気持ちは嬉しいのですが、私はここでは一介の傭兵騎士に過ぎないのですよおば様。生活の保証は…」

 固く握りしめた拳が彼女の善良さを表していた。頼ってきてくれた親類を助けることが出来ない自分を恥じている。そう感じたソウザブはサライネの高潔さに打たれて手助けを申し出た。

「よろしければ…ここの難事を解決することで何とかここの長に頼めないでござろうか?先日の魔人といい、今しがたの賊といい、荒事は絶えない様子。それがしにもできることはありましょう?」
「まぁ…敵が減れば余裕も生まれはするだろう。ああっと…」
「これはご無礼を。それがしはジビキ家のソウザブ。大陸東部では金級の冒険者をしておる者。成り立てではありますが、それなりに腕に覚えがあり申す。このエルミーヌ殿とサフィラもまた足手まといにはなり申さぬ」

 金の腕輪を見たサライネは目を白黒させている。既に功を成した者がなぜこんな辺境にいるのかと驚いている目だ。
 エルミーヌとサフィラも冒険者というには美し過ぎて異様でさえある。正確にはサフィラは冒険者ではなく単なるソウザブの弟子だが、そこまではソウザブも説明しない。

 この出会いは新たな風かも知れない。親類のためにもサライネは来訪者達と関わることを決心した。

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