東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

低位魔人

 触腕の一撃をソウザブは身を捻って躱した。
 鈍化した視覚に触腕の細かな様が映る。まるでかさぶたのようにザラザラとした部分があったかと思えば、根の方は粘液に覆われているようなぬめりを持っている。
 触腕が生えているのは持ち主の背中にある大きな瘤のような部位からだ。
 それも一本ではなく6本。人の背中に蜘蛛を貼り付けたような奇怪な姿であり、見るものを不安に陥れるが、ソウザブは持ち前の淡々とした感情で嫌悪を塗りつぶした。ソウザブにとっては戦闘とは作業めいた気分で行うものであり、相手に礼儀を払うのとは別の問題だった。
 続く連撃は鞭のような不規則性を伴って繰り出されたが、それも難なく躱したソウザブは訝しげに敵手を見つめて言葉を投げかけた。

「面妖な…首を斬られてなぜ死なない?」

 そう。女性を、そしてこの村を襲っていた奇怪な生物の首は既に胴から離れている。言わずもがな、頭部と胴を繋ぐ首はおおよその生命にとって急所である。
 仮に死霊術の産物アンデッドが相手であろうとも全く効果がないというのは考えられない。仮初の生命が終わりを迎えたと悟らすには最も分かりやすい方法であるからだ。
 先に落とした頭部を蹴り転がし、顔を眺めてみれば引き攣れた皮膚で覆われており、眼窩には目玉も入っていない。未だ攻撃を繰り出し続ける敵もよくよくみれば奇怪な印象を拭えない。歩き方もたどたどしく、触腕ではない手はだらりと下げたまま。
 魔獣の類か。と疑ってみても答えは出ない。いずれにせよ悪漢であることに疑いはない。ソウザブは左手に剣を、右手に槍を握るという正道の戦士ではまず見ない構えで戦闘を再開した。


 この時点のソウザブには知り得ないことではあったが、この怪人は魔人と呼称されている種族だった。
 魔人とは魔神や邪神と称される存在が遺した子孫ではなく、作成・・した生物そのものかその子孫ということになる。製造者が同じであってもその外観と能力は様々であり、厳密に言えば魔人と一括りにできる存在ではない。あくまでも他の種族が悪神と判断した神が作ったものの中でヒト型をしているものをそう呼んでいるだけのことで、そうでないものは魔獣と呼ばれる。
 その中で低位として扱われている触腕の怪人はここに鬱憤晴らしのためにこの村を襲ったのだ、ということもソウザブは知らない。彼らにも社会はあり、上位の者に虐げられるウサを晴らすために弱小種族である人間種の集落を狙ったのだった。


 呼気とともに、今度は触腕を切り落とした。一体いかなる構造になっているのか切り落とすことはできたものの、切った側の剣に腐食が見える。輪切りにされた触腕の断面からは奇妙な液体が滴っており、3間ほど離れたソウザブにも届く鼻が曲がりそうな臭いを発している。
 もはや相手の力量の程は見切っているがこの怪人の正体を探るべくソウザブは跳躍した。残る触腕が敏捷神を捉えんとそれを追うが、空中でことごとく斬り伏せられた。
 ソウザブが飛んだのは切り落とした首の断面を眺めるためだ。着地するまでの僅かな時間でソウザブは切り口を丁寧に観察し終えた。血管や脊椎らしき管めいた器官はあるものの、血は見えない。作りそのものもまるで人形のよう。
 考え難いことではあるが…ヒトに似た部分は疑似餌であるようだ。そう判断したソウザブは狙いを触腕の根本である瘤に切り替える。
 怪人の力量は恐らくは通常の騎士などで何とか対応が可能な程度。そう、程度だ。人の範疇にあるものにとっては脅威ではあるが、ソウザブの敵とはなりえない。
 右手に握った槍が唸る。細い短槍は有り合わせの素材で拵えた代物だが、使い手の力量と相まって恐るべきしなりを見せた。いつの間にか背を取っていた敵に驚愕する間もなく、瘤と疑似餌を幾度も串刺しにされて怪人は動きを永遠に止めた。

 村を襲っていた魔獣が主の死に惹かれて集まってくる。黒い毛皮の四足獣は犬に良く似ていた。…犬に目が4つあるとすればだが。
 自分達の主を容易く屠った襲撃者に対しても魔犬達は怯まない。
 その様子はソウザブにはやや意外なことであった。獣は衆人が想像しているよりも危機と利害に敏感だ。研ぎ澄まされた野生の感覚はソウザブを手に負えない敵と認識しているはず。それが今、退かないどころか明らかな戦意を滾らせて取り囲もうと周囲を動く。
 理屈を越えた絆を主の元に構築していたのか?
 考えても問う術は無いが…獣達の眼。そこに宿る光をソウザブはどこかで見た覚えがある。

 牙が軋る。唸りが低くなる。
 観察を続けることを許さぬと言わんばかりに魔獣達が攻勢を開始した。

 力量では遥かにソウザブが上である。とはいえ、ソウザブは後ろで放心したままの質素なドレスの女性を守らなければならないという弱みがある。
 先の魔人を相手に少しばかり時間をかけたのも観察以上にそれが大きかった。
 だからこそソウザブは呟いた。

「エル殿。サフィラ。任せます」


 声に応えたのは彼が愛する女達にほかならない。遅れて登場した亜麻色の魔術師と青髪の戦士は人外の戦場に踊りこんだ。

「降りしきれ氷雨!氷の女王が流す涙のごとく…〈雹来〉!」

 亡国の姫の願いに応えて、魔が群れを成していた一帯に氷が降り注ぐ。中級に位置する魔法〈雹来〉。それなりの範囲に持続した攻撃が行える魔術ではあるが、降り注ぐ氷は小さくそれだけで勝敗を決めるようなものではない。
 しかしそれで構わぬのだ。あくまで仲間の援護に徹するその姿勢は彼女の在り方を示しているようだ。
 エルミーヌの放つ氷は魔犬に一時的な混乱を齎した。

「いきなりだな師匠は!突然走ったと思ったらコレだ!」

 涼やかな声を上げながら青の乙女が魔犬達の足を薙ぐ。突然の雹から逃れようとした魔犬達の一部は地との接点を失い、戦闘能力を奪われた。
 サフィラの姿勢は低い。彼女の方が四足獣であるように、器用に、前かがみのまま疾駆しながら小剣を煌めかせる。
 エルミーヌと違い、才に欠けるサフィラであったが東方戦士の薫陶を受けて自分なりの戦い方を獲得していた。才能の無さ故に自分の劣化した荷姿になるかと危惧していた師の懸念を振り切るように、強さを求めた女戦士は望む姿に指をかけつつあった。
 眼前の強者のみに注目していた魔犬達にとって二人の攻撃は奇襲に等しい。魔獣達の感覚を鈍らせた感情は未だ不明だが、四つ目の獣達は実力を発揮できずに散っていく。

 二人共強くなった。ソウザブは二人の弟子に内心で賛辞を送る。
 この一年での急速な進歩はかつての“緊急招集”において、置き去りにされたという思いがあったからである。実際にはそもそも指名を受けていないというのは分かってはいても、留守すら任されなかったという事実が彼女たちを強くした。
 エルミーヌに至っては既に中位の魔術を使いこなし、体質による影響で下位止まりの師を越えたと言っていい。
 サフィラはソウザブと違った戦士になるだろう。彼女もまたいずれは自分だけの技術を掴み、技量においては師を凌駕するかもしれない。
 ならばこそ、師であり恋人である自分は二人に背を見せつけねばなるまい。
 静かな奮起を胸に後背への守りを続けながらもソウザブもまた石つぶてなどの投擲で二人を援護する。

 かくして順当に魔人が率いた群れは来訪者達によって鏖殺された。


「ねーちゃん?大丈夫?」

 放心していた女性にサフィラが声をかける。
 荒れた地に腰を縫い付けたまま女は動かない。動けない。
 稀に・・現れては暴を振るう魔人と魔獣は一種の天災だった。人では抗えぬはずの存在を逆に退けるどころか、根こそぎ倒してしまった一行を本当の只人である女は見上げることしかできない。

「あ、あの…ありがとうございます!あり…がとうございます…」

 ようやく放った声は無様に震えている。
 助けてもらったのも分かる。心配されているのも分かる。そして、彼らが善人であるということも。
 だからこそ信じられない。見ず知らずの者を助けるために脅威に飛び込んでいく者達が存在するなどとは。
 女は落ち着きを取り戻すまで、ひたすらに繰り返すしかなかった…ありがとうと。


「即席ではありますが…お茶をどうぞ。落ち着かれましたか?」
「はい…はい。ありがとうございます」

 幾度目になるか分からない礼を述べつつ女は温かい飲み物を流し込んだ。臓腑にまで熱が染み渡るようで、心を軽くさせた。

「本当に…なんとお礼を言ってよいのか…」
「お気になさらないで。ソウ様はこのような事に関わられるのが大好きなのです。ええ、ソウ様が共にあるならば恐れる物は何もありませんとも!」
「は、はぁ…」

 亜麻色の波うつ髪をした魔術師は辺境ではあまり見ない類の人間だ。声も見た目も花のようで、おとぎ話の姫君のようだった。
 それを言うならば男装の女戦士もそうだ。中性的な外見は女である身さえ見惚れるような涼やかさに満ちていた。まだ大陸中央にいた頃に観た劇の役者のような人間であった。

「埋葬は終わり申した。家財はあまり残ってはおりませんでしたよ。なんと申し上げればよいのか…」

 一行の長だという男性は朴訥そうな戦士だ。人が良いのだろう、奇妙な言い方ではあるがこちらを気遣っているのが分かる。
 魔人を討つほどの戦士がこれほどまでに穏やかな人物だというのが信じられない。何もかもが違いすぎて目が焼かれてしまいそうだ。そう考えながら女は再び謝意を口にした。

「いいえ…分かっていたことです。弔いまでお世話になってしまって…お礼に差し上げられる物がなにかあれば良かったのですが…」
「では…この辺境のことを教えていただきたい。それにこの先、行く宛があるのならばそこへ同行させて頂きたいのです。何分不案内にて」

 命を拾われた代価は驚くほどに安かった。それどころか救いですらある。
 このような救い主がいるのならば、なぜ辺境へと流れる前に助けに来なかったのかと只の女は身勝手と分かっていながらも思わずにはいられなかった。

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