東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

道を行く

「じゃあなウルフ。思わず世話になったがまたな」
「世話になったのはこちらだ。また会おうホレスとその仲間たちよ」

 狼王とホレスの別れは至極簡単なものだった。共に視線をくぐり抜けたかつての仲間同士である。再会を疑ってはいないし、言葉も多くは要らないと考えているのだ。
 狼王の吠え声を背に受けてソウザブ達は狼王国とその首都を後にした。


「さて…ちっとは急がねぇとな」
「そんなことを言っておられるがホレス殿のこと…どうせ道すがら色々なことに首を突っ込まれるのでござろう」

 ちげぇねぇ、と返すホレス。とは言え狼王国で治療のために思わぬ長居をしてしまった。治療をしてくれた冥神の神官は現れた時と同様にいつの間にか帰ってしまっている。礼の一つぐらい言っておきたかったのだが、冥神に仕える者達はそうしたことを嫌うのだろうか?ソウザブは考えながら乗り合い馬車に乗り込んだ。
 狼を恐れない馬は貴重であり、狼王国の馬車は狼騎士によって厳重に警備されている。少なくともこの国を出るまではソウザブ達の出番は不要そうであった。
 馬車は簡単な屋根が付けられただけの質素な作りだが、旅慣れたソウザブ達にとってはこちらの方が景色が見えるために気分がいい。旅の再開は天にも祝福されているような快晴の下で彼らの先が素晴らしいものになると示していた。

「狼王様はご立派な方でしたね。温かみがあって親しみやすいお人柄でした」
「あいつには毛皮があるからな。そりゃ温かいさ」

 エルミーヌの言葉にホレスがニヤつきながら答えた。どうにもホレスは旧友がいないところでもからかわずにはいられないらしい。もっとも狼王もそうだろう。

「あんたら、狼王様にお会いになれたのかね?そりゃ羨ましいこった。噂通り家程もある狼様だったのかい?」

 乗合馬車の定員は8人だが2席は空白になっていた。ソウザブ達の他は老婆と子供がいるだけだ。隣り合って座っている所をみると家族なのかと思わせた。

「流石に家ほどではござらんが、他の狼方の倍はある御仁にて」
「おじさん、変な喋り方ー」
「おじ…」

 少女の指摘よりも呼称が新鮮だった。確かに子供から見れば成人しているソウザブはおじさんの範疇だろうが…。サフィラが吹き出し、ホレスも笑いを堪えている。

「おじさん…うむ、落ち着いて見れば良い響き。そう、おじさんは異国の者にて変な話し方になるのだ」

 予想外のソウザブの反応にエルミーヌまで肩を震わせだした。馬車の開けた空間が和やかなものになった。

「いいなー、わたしも狼王様にあってみたい!村にいる狼さん達は触らしてくれないけど狼王様は触らしてくれるかな?」
「ホレスって人が撫で回していいって言ってたって伝えろ。それでいける」
「ほんとー?ハゲのおじさん?」
「これ!」

 子供は残酷である。サフィラはとうとう空席にまで倒れ掛かって腹を抑えだした。エルミーヌは俯いたまま顔を上げない。

「へ、変な喋り方のおじさんとハゲのおじさん!くっは!もうダメ!」

 サフィラが根を上げた。思わぬ腹筋の鍛錬にサフィラは挑み続けることになるのだった。木でできた尻が痛くなるような座席も気にならない。一行は騒ぎながら馬車に身を任せていった。

 老婆と子供に別れを告げる。この二人は王国内の移動だけであり終点までは乗らないのだ。サフィラは身を乗り出しつつ手を振る。エルミーヌとソウザブは穏やかに手をかかげ、ホレスは憮然として座ったままだ。
 旅の最中の僅かな邂逅は旅の醍醐味というものだが、ホレスにとってはハゲ呼ばわりされただけで楽しめなかったようだった。


 国境手前の駅舎で御者と護衛の狼騎士にも別れを告げた。駅舎のすぐそばが簡素な作りの砦となっている。ソウザブ達は宿を取らずに、国境を出ようとする旅人や行商人の列に加わることにした。割り込みをする気は流石に無い。

「なんだか物々しいですねソウ様」

 エルミーヌが言うとおりに空気が張り詰めていた。狼王国の衛兵たちも東側のタユイ国の兵士達にも余裕というものが感じられない。それが一般の者達にも伝染し不安をもたらしていた。

「最近はガザル帝国の勢いが盛んですからな。とはいえここは接していない国境なのでマシな方であろうかと」
「最近よく聞くけどそのガザル帝国ってどんな国なんだよ師匠」
「む?教えてなかったか?」

 では、とソウザブは語りだした。


 ガザル帝国――近年流星のごとく現れ、強国に名を連ねるまでに至った人間種の国家である。身分や先祖がいかなる神であるかを問わずに重用する実力主義でも知られている。
 8つある国家騎士団の内、4つの騎士団の団長が先祖返りであることも加わって破竹の勢いで疆域を広げていた。その過程で様々な恨みを買ってもおり、恨みを持つ者の中には“冒険者”という名もあった。独力で全てを賄おうとするかのような帝国にとって半ば国から独立しているような冒険者は邪魔でしか無く、受け入れも滞在も拒否している。
 名物は肉料理と度の強い酒。名所は光神と冥神の共同大聖堂。

「…最後の説明いらなかった気がするけど、大体分かったよ。今度は自分の国が侵略されるかもしれないから皆こんなにピリピリしてるんだな」
「まぁ率先して従属したがる国も多いそうだが、そうでない国の方が圧倒的に多いかと思われている」

 ソウザブがそれなりに詳しいのは調べたからだ。いずれ国の再興を願っている婚約者…当のエルミーヌは既に結婚しているつもりだが…の故郷である旧アークラをいずれ飲み込むとソウザブは見ていた。
 国内の軋轢と言えば征服した国の元貴族達ぐらいのものという、それなりの家に生まれたソウザブからみても空恐ろしい国である。恐らくはその勢力が抗えるか抗えないかのギリギリの瀬戸際まで各国は手を組んで対抗したりはしないのが見えている。
 もっとも、ソウザブがガザル帝国の噂を集めていたのはエルミーヌのためだけではない。

「けっ!単なるクソ野郎が建てた国ってだけだろ」

 相棒であるホレスが過剰なまでに帝国を嫌っているからだ。ホレスが何かに怒りを抱くことは珍しいことではないが、多くの場合は一発殴れば許してしまいそうな爽やかさがある。だが帝国と冒険者組合の重鎮に対する怒りは泥油のように粘ついていた。恐らくは伝聞によるものでなく、個人的な何かに根ざす怒りだ。
 いずれ帝国とは関わることになるという予感がソウザブにもある。とはいえ、こうしたホレスの負の面は英雄もまた人であると思い起こさせてくれるため嫌いではないソウザブであった。

「人間種の国…ということは他の種族はどうなのですか?」
「従順で有能ならばやはり重用されるようでござるが…特に能が無い場合は人間よりも扱いが悪いという噂も聞き申した」

 それなりの勢力を持つ種族は強みを持っているためにそこまで手酷い扱いは受けていないだろうが、脆弱な種族などにはたまったものではあるまい。光も影も極端に強い国というのがソウザブが抱いているガザル帝国の印象だ。

「実際のところは入ってみなければ分からない、というありきたりな結論になりますがな」

 ソウザブがそう締めくくった時、列が前に進みだした。どうもなにがしかをごねていた者がいたらしく、一旦進み始めると驚くほど早く入国の流れが進んでいった。


 ホレスの金の威光があるために一行はあっさりと国境を潜れた。先には逆に狼王国に入ろうとする者達が列をなしており、行きあったことで俄然騒がしい。

「そこの冒険者さん達!うちの品物を見ていかないかい!綺麗なお連れさんに似合う装飾品もあるよ!」

 商魂たくましい行商人が列の中で客引きを開始したため、この地で露天を開いている商人から石を投げれられる。たちまち取っ組み合いの喧嘩が始まり、野卑な傭兵や下級冒険者達が野次を飛ばす。

「放って置いて良いんでしょうか…?」
「ほっとけほっとけ。良くあるし、どっちもちゃんと加減してるみてえだ。一種の見世物だな」

 流石に騒ぎは見過ごせないのか兵士達も集まってきて、更なる混迷を見せる関所だったが人死が出ないのは良いことだ、とソウザブ達は喧騒から離れていった。
 関所の出口に近づくと途方に暮れた様子の老夫婦が目に入った。後ろに荷車があるところを見ると行商人のようで、主達と同様に草臥れた驢馬が繋がれている。意外なことにホレスが率先して声を掛ける。

「よう!爺さん方どうしたよ!」
「へ…へい?」

 思いっきり怯えられていた。ホレスは筋骨隆々の禿頭で身の丈並の包みを背負っているのだ。ならず者に見えなくもない風体だ。ホレスが実際にならず者と化したのならば世界の危機だろうが、そうではない。傷付けられた表情になっている。
 見かねたエルミーヌとサフィラが駆け寄って老夫婦から事情を聞く。

「あたしたちは旅の行商人なんですがね。あたしらが出せるような依頼料じゃ護衛が雇えませんで難儀しておりますはい」
「最近は物騒なもんで婆さんと二人だけじゃちと心許なくてですのう…。山賊に通行料なんて払っちまえば足が出てしまいますもんで…」

 タユイ国はあまり街道警備が行き届いておらず、山賊が出るらしい。山賊という連中は料金を払えば黙って通してくれるものだが、別にその先守ってくれるわけではない。護衛を雇おうとする選択は正しいのだろうが予算が追いつかないというわけだ。

「爺ちゃん婆ちゃんはどこまで行くんだ?」
「まずは東のグルズの町までです。はい」

 老婆は少年のようなサフィラの様子に面食らったようでまじまじと眺めている。東ならばソウザブ達の目指す方角と一致する。格安の料金で道すがらの護衛を引き受けたのだった。

「それにしてもホレス殿。良くあのご老人方がお困りになっているとわかりましたな?」

 ソウザブの疑問は当然のものだ。海千山千の商人ならば憐れを装い費用を浮かせようなどというのは当然やってのけるだろう。だが間近に接しても老夫婦は本当に難儀していたようであるし本当にソウザブ達に感謝もしているようだった。

「まぁ単なる勘だ。感じたのは困ってるかどうかじゃなくて不器用そうな感じだがな」

 ホレスは程々の善事を好む。そうした経験の中で騙されたこともあったのだろうが、それを見抜くという方向に活かしたと見える相棒にソウザブは改めて敬意を覚えた。


「いやはやいずれは財をなして腰を落ち着けたいと思っちゃいたんですがね。もうこんな歳になっちまいましたよ」
「その間ずっと旅を?」
「ええ、ええ。婆さんには苦労をかけ通しです。…おっとこれは婆さんには言わないで下さい」

 品物を運び、売る。得た金でまた仕入れて次の町へ。そうした人生を老人は送ってきたのだという。旅先で殺伐とした依頼を遂行するソウザブにとっては老人になるまで生き抜いてきただけで偉業に思える。…誰も彼もが怪物や超人と出くわしたりするわけではないのだがそうした自覚はソウザブには無い。

「ご老人方もまた“冒険者”なのですな。感服致します」
「へぇ?あたしたちは行商人ですが…」
「大したもんだって言いたいのさ」


 老夫婦は正直な人柄でホレスにも好ましく思えた。だが、だからこそ老いるまで生き抜いても財を成せなかったのだろう。そうした人に少しばかり手を貸しても悪くはあるまい。無視すればむしろサクに殺されかねない。
 しかし、どうしても旅の速度は僅かに鈍る。妻に相応しい男であろうとすればするほど、妻の怒りを受ける可能性が増えていくのはなぜだろうか?

 そう考えながらホレスは老いたロバの首筋を撫でて噛まれた。
 

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