東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

サフィラの悩みはあっさりと

 死霊術師…というよりは霜柱のルクレスとの死闘の後、ソウザブは穏やかに日々を送っていた。狼王国は獣の臭いにさえ慣れているならば住みよい国と言える上に、異邦人のソウザブも受け入れる度量のある国だ。
 もっとも、ソウザブの考えている“穏やか”とは本当に穏やかに暮らしている人々からすれば多少緊張感があるものだろう。脚の勘を取り戻すべく訓練に明け暮れる合間に、サフィラとエルミーヌに対する指導など動かない日など無いのだ。

 そんな日々の中にちょっとした変化もあった。それはサフィラが依頼を遂行中に小剣を折ってしまったところから始まった。

「脚と腕には異常は無し。少し休むと良い」

 ソウザブに脚を触られていたサフィラは顔を赤くしながら頷いた。だが色が戻ると折れた小剣を見つめて沈んでしまう。猪の牙とかち合ってしまったために小剣は中程から砕け折れている。サフィラにとっては初めての得物だったのだ。
 ソウザブは故郷の人々と違い、そうした気に入りの品という物を持っていないために心情は理解できても共感することができない。
 代わりのものを買ってやるからで済む話ではないだろう。気の利いたことが言えぬソウザブは僅かな無力感と共にサフィラがいる部屋を離れた。

 夜になるとエルミーヌも戻ってきた。彼女は鼻歌混じりにサフィラの髪をブラシで梳いている。「短くしてるんだからいいよ」と言ってもエルミーヌは止めない。エルミーヌは時々頑固で、姉のようだった。

「ねぇ…エルミーヌ。オレって足手まといなのかな?」

 だからだろうか。つい漏らしてしまった言葉にエルミーヌの動きが止まった。今度は慈母のごとき表情で頭に手を置いてくれる。その暖かさでついついまた弱音が溢れて来てしまう。今日、半端な相手に折れた剣は自分のようだった。

「師匠とおっさんはすげー強いよ。でも、師匠たちはオレのせいで実力に見合った仕事とか受けてないんじゃって思ったんだ」

 死霊術師が作り出した存在が闊歩する町。そこを縦横無尽に駆け巡る二人。翻って自分は指示とは言え見学していただけだった。
 あの町で見た光景こそが彼らの本当の姿。数多の敵を相手取って力を見せつけ、物語のような強敵と死闘を演じる。その英雄譚を自分が邪魔しているのでは無いかと思うとたまらなくなる。
 いずれ自分もそうなりたい、と願って押しかける形で弟子入りしても才と体質の差が浮き彫りになるだけだった。

「そうですわね」

 エルミーヌは否定しなかった。自身でそう思っていても人から言われると堪える。エルミーヌの言葉と暖かさはまだ続いた。

「それを言うならば私もまた足手まといです」
「でも、エルミーヌは魔術の才能があるじゃん…」

 エルミーヌの才は天賦のもので、サフィラは凡才。共に訓練を受けていればいやでも分かってしまう。それがもし血筋によるものだったら自分はどうすればいいのだろうか?

「ですが、それを恥とは思っていません。ソウ様の妻として手助けができればとは思いますが、同じ強さを得ようなどとは思えないのです。そういう意味では私にはサフィラさんは眩しいです」
「エルミーヌがオレを?」
「ええ、とても。妬ましい程には」

 寝食を共にしているのだ。エルミーヌが高貴な生まれであることはすでに分かっていた。女性として完璧に見えるエルミーヌが、親に売られた貧民を眩しいと?なにかの冗談だろうか。

「あなたはお二人の姿を見てもなお、そこに並べないかと悩んでいる。それは私には持てなかった強さです。まぁ妬ましいと思う理由は他にもあるのですが」
「へ?」

 楽器のようなエルミーヌの声が少し怖い。だが、ため息をつくとすぐに優しい声に戻る。

「ソウ様はあなたに敬語を使いませんでしょう?」
「ああ…」

 言われてみればそうだ。弟子と師匠というサフィラが求めた立場を守ってくれているのだろう。
 加えて言えばソウザブとホレスには英雄という自覚はなく、どこまでも冒険者として生きようとしている。

「ですから、私達はまず自分の面倒を見られるようになればいいのです。それも遠そうですけれど一緒に頑張りましょう?ソウ様もホレス様も身の丈にあった栄光などというものは欲していません。お二方はただ私達と一緒にいるのが楽しいから共に旅をしているのです」
「わかったような分からないような…何かエルミーヌって姉ちゃんみたいだな」

 改めて考えてもサフィラの仲間たちはおかしな人間揃いだ。既に英雄の名をほしいままにしながらも旅を続けるホレス。強いくせに世間知らずのようにも見えるソウザブ。そして良い所のお嬢様であっただろうに冒険者になり、貧しい家の生まれの新参に優しくするエルミーヌ。
 だからサフィラもここまで付いてこれたのだろう。苦労に慣れているとはいっても戦いはまた別のものだ。

「そうかもしれませんね。私達は共にソウ様の妻!姉妹と言っても過言ではありません」
「またそれぇ?っていうかエルミーヌはそれでいいの?」
「ええ?何がですの?」

 サフィラもここに来るまでにそれなりの数の人間を見てきている。人間だけでなく狼やエルフも見た。だから何となく仲間たちがソウザブとくっつけようとしてくる理由を理解してきていた。

「ねぇ…エルミーヌ。お母さん何人いた?答えたく無かったら良いけどさ」
「4人でしたけど…それが何か?」
「ああ…うん、何でもないや」

 明日、師匠にも同じことを聞いてみようと思いつつサフィラは寝ることにした。胸の内をぼつぼつと話しただけで答えも得たわけでもないが随分と楽になっていた。すぐに寝息を立て始める。
 それを穏やかな顔でエルミーヌは見守った。


「ねぇ師匠!お母さん何人いた?」

 青い髪から汗を飛び散らせつつ木剣を振るう。日課の鍛錬である素振りである。最初は終わるともう動けないと思ったものだが、慣れるものだなぁと感じる。
 飛んだ汗が朝の日差しを受けて輝いていた。

「何をいきなり…顔は見たことが無いので名前しか知りませぬが、確か…5人ですな」
「ああ、やっぱり…」
「?…無駄口を叩かない」

 はぁい、と返事を返しながら無心にサフィラは木剣を振るう。軽くなった心が日々の鍛錬の中に成長を見つけさせてくれる。自分も僅かながらでも成長していることを知ったサフィラの剣から硬さが消えていく。
 昨日までとは打って変わって冴えが見え始めた動きにソウザブは目を見張った。変化や成長は基本の動きにこそ現れる。彼女にとって大事な何かがあったのだろうか?変化の兆しを見逃したことを残念に思う。師としてか男としてかは自分でも判然としないが。

 そのあと簡単な組手を終えてから今日の仕事にかかるのだが…ソウザブが奇妙に落ち着かない様子を見せていた。こうしたソウザブをサフィラはあまり見たことが無い。あるのはエルミーヌに対してで…。
 そういえば、とサフィラはエルミーヌの惚気を思い出した。「ソウ様は時折子供のように可愛らしい」だ。現在のソウザブの様子を子供に当てはめてみれば…

「師匠?なーに隠してるの?」

 サフィラは意地の悪い笑みを浮かべた。少年のようでもあり女でもあるような笑顔を受けてソウザブは気まずげに包みを取り出した。

「その…なんだ。それがしにはこれぐらいしかやはり思い付かなくてな…」

 手渡された包みを外すと出てきたのは真新しい小剣。飾り気は無いが刃の美しさが目を引く。
 全く、自分は粗末なボロをつかっている癖に…。

「あっははは!」

 突然笑いだしたサフィラに流石にムッとなったのかソウザブは「何を…」と言いかけたがサフィラにがっしと抱きつかれて中断させられる。

「いやすげぇ嬉しいよ!オレ師匠のこと本当に好きになりそう!」

 年下の弟子に今後押されっぱなしになる気がするソウザブであった。

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