東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

青の乙女

「全く格好がつきませんな」
「アホか。こっちの台詞だ。船頭じゃねえんだ俺はよ。戦いもせず金を貰ったら寝覚めが悪い――んだよ!」

 声とともに放たれる重撃はソウザブの爆裂の符など及びも付かない。盾を粉砕した勢いのまま鎧すら叩き割った。余波で隣の騎士がよろめくほどだ。
 だが敵が増えたことに騎士達は喝采のごとく声を上げる。戦場に出た経験も持つ彼らは多対一という状況に抵抗は無い。無いが人数差が縮まる程、騎士の勲である決闘に近付いていくのだ。

「うじゃうじゃと寄ってたかって楽しいか、この自己陶酔野郎ども。俺は酔うなら酒が良い」

 ホレスの物言いは辛辣だ。数多の経験をもつ英雄はこうした輩に良い思い出が無いのだろう。名高き竜斧を腰だめに構えるその姿は重装備の敵を護りごと粉砕する気迫に満ちている。

「ソウ様。隙を作りますね…どうか存分に。――“火花”!」

 およそ戦いとは無縁に見える亜麻の美姫は未だ未熟ながら全霊で恋人を支援する。簡素な杖に魔力が流れるとその先から光源が放たれた。
 目の前の輝きに意識が逸れた騎士の首に槍が突き立つ。ソウザブは剣を捨て、打ち倒した敵の三叉槍を構えていた。槍は戦の王だ。突き立てることは勿論、打撃にも使える。
 頭を殴打された騎士が反対側から斧で一撃される。斧によって大盾がひしゃげればいつの間にか後背に回り込んでいた戦士に延髄を貫かれた。

「エル殿もそろそろ杖を新しくしてもいいかもしれませんな」
「帰ったら買ってやれ。あの嬢ちゃんならお前が買うものならなんでも喜ぶだろうしな」

 目まぐるしく動き回ったソウザブはホレスの横に立ち戻る。そこがソウザブのあるべき位置だ。賊というには少々多すぎた騎士達も残り僅か。正面から踏み潰すべく二人の強者は同時に地を蹴った。
 戦の結果は湖賊達の願い通り。彼らは地面に赤い花を咲かせて戦場を彩った。


 後続の戦士たちが砦を制圧にかかる。残されているのは下働きの者達だけだ。ほんの数人は残っているかも知れないが流石に人数差があるため問題はない。人気のない場所でソウザブはそれを見守っていた。
 そしてソウザブは誰もいないはずの場所に向かって口を開いた。

「砦は落ち申した。雇い主にそうしかと伝えていただけますかな?」

 放たれた声の先…草村から一人の男が姿を現した。町でソウザブ一行を勧誘した胡散臭い男だった。
 男は苦笑しながらおどけた仕草で近寄ってくる。

「今度は本気で気配を消していたつもりだったのですが?」
「どうだか…。まぁ、いると分かっていれば見つけられるものですよ」

 ダグラルはこの町に湖賊が送られたのは大商人の遊びかもしれないと言っていた。それはそれで1つの側面ではあるのだろうが、商人がそれだけで動くとも思えなかった。つまりこの町の運輸が発達して得をするものと損をする者が居て、この男は得をする側の商人に雇われていたのだ。これほどの技量を持つ人物を雇う余裕がダグラルにあるはずもない。
 タイザの町は遠く離れた場所の争いに巻き込まれていたことになり、世界が繋がっているのも良し悪しだった。

「なるほど、なるほど。貴方を敵に回すのだけは止めておきますよ」
「では敵に回らない代わりに1つ。ダグラル殿は善人です。商人としてはどうかとも思いますが、貴殿を雇う程の余裕がある商家ならば手をつないでいて損は無いはず。それも伝えておいて頂きたい」
「意外と欲が無いのですな?まぁ確かに善人というのは金になるものです。飴を渡し続けるほうが良いこともありましょうな。良いでしょう、確かに伝えますよ。では…」

 言葉とともに男が去っていく。ソウザブは今度こそ本当に驚いた。姿が見えなくなった途端に何の気配も感じ取れなくなったのだ。それは戦闘を行わない者にこそ可能な隠形の業。意を消すとでも言おうか、間接的にでも相手を害そうとすればそこから漏れるものがある。あくまで感情を挟まず連絡や監視にのみ従事する者だけが会得できるのだろう。

「いやはや!世界は広いですよ兄上様方…」

 ソウザブは誰もいない空間でひとりごちるのだった。

 砦の制圧は完了した。下位の冒険者や傭兵たちのみならず湖賊達に頤使されていた者達も声をあげて成功を喜んでいる。大した危険も冒さずに報酬を得られるのならば快哉をあげたくもなるだろう。おいしいところだけを持って行かれた形になるソウザブ達が気にもしていないこともあり、彼らの歓喜を妨げる者達は誰もいなかった。
 その中に一人だけやや異なる感情を抱いている者があった。短い青髪に細身の身体。サフィラだった。
 サフィラとて辛い労役から解放されて嬉しくないわけではない。だが自分を放り出した家族のもとに戻る気にはなれない。家族とてサフィラとの再会を喜ぶかどうかは怪しいところだ。なにより先の戦闘を見たことで別の感情が形になりつつあった。これからサフィラ達は一旦タイザの町に連れて行かれ、一通りの質問を受けた後に解放される段取りになっていた。解放とは言うものの湖族の下で働いていた者達を町に置いておくつもりはないはずであり、留まることは許されないだろう。
 ならば、と自分を虐げていた者達を蹂躙した一行をサフィラは食い入るように見つめ続けた。


 湖賊討伐に成功した。その報せにタイザの町は何年ぶりかの活気に包まれていた。彼らはソウザブと男の会話を知らない。そのためいずれまた賊が住み着くか無理難題が国から降ってくるという思いが頭の片隅にあったものの、今を喜ぶ気持ちに偽りは無かった。積荷を奪われ、金を差し出し、一体幾人が賊のせいで泣いたものか。だが賊たちはその報いを受けたのだ。
 うだつの上がらない冒険者や傭兵達もこの時ばかりは人々の喝采を受け得意げだった。
 ダグラルの喜びようは大変なものだった。新しい廻船の竣工は上手く行きそうであるし、依頼主として大いに面目を施したということもある。ダグラルは自身が雇った面々を知っているので今回の功労者がホレス一行であると理解している。ダグラルの一行に対するもてなしは気の利いたものだ。一行が船の竣工式を見ていきたいといえば尚更だろう、誇らしい気持ちが溢れて冴えない顔さえ輝いていた。

 その日も主であるダグラルの茶をしばたいたあと、ソウザブ達は町に繰り出そうとしていた。タイザの町は相変わらず霧に覆われているが明るさを思い出しつつある町の活気にそんなものは気になりはしない。
 ダグラルの屋敷を出たところで勢い込んで駆け寄ってきた人物がいた。青い髪は短い。整った顔立ちはまだ幼く、いずれは凛々しいと評されるだろう未来を感じさせた。しかし身を包む衣類は簡素でみすぼらしい。
 その姿を見てソウザブはああ、と頷いた。湖賊の砦で雑用に酷使されていたという下働きの人々の中に見た覚えがある顔だった。決意を秘めたようにも見える瞳の色まで蒼で、海神に愛されているように感じた。

「な…なぁ、あんた!湖族の奴らを倒してくれた人だろう!?」

 高名なホレスではなくソウザブの目の前で止まった。
 さっぱりとした印象を与える声だがこの時は何か切羽詰まっているようにも見える。礼を言おうとしているのか、あるいはさらに頼み事があるのかとソウザブは疑問に思ったが素直に頷くことにした。すげなく帰すのも忍びない。

「はぁ…それがしだけでやったわけではありませんが、確かに討伐に参加しておりました」
「だよな!遠目で見たんだ!あの戦い!」

 よほど急いで来たのか汗が光る。
 確かに余人から見れば“先祖返り”による戦闘はある種の見ごたえがある。ゼワが開いていた鍛錬場しかり、闘技場などで行われる興行で目玉の1つとして扱われることが多々あるとも聞く程だ。向けられる憧れの目線はくすぐったい。
 礼というよりは気に入った闘士に向ける観客の声援だろうか?そんなことを考えていたため続く言葉はソウザブにとって予想外だった。

「頼む!オレを弟子にしてくれ…ください!」
「まぁ…」


 あまりに唐突な申し出にソウザブは目を瞬きあたふたとしだす。エルミーヌの呟きはどちらかと言えば珍しいソウザブの様子を見たためだった。エルミーヌからの好意もそうだが、ソウザブは人から正の感情を向けられることには未だにあまり慣れていないのだ。ホレスはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて不干渉を決め込んでいる。

「いやいや、なぜそれがしに?あちらのホレス殿の方が高名な冒険者で、それがしよりも強き御仁。弟子入りするならホレス殿のほうがよろしかろう!」
「そりゃあっちのおっさんも凄かったけど、あんなの真似の仕様が無いじゃんか!」
「おっさん…」

 確かにそれはその通りだ。ホレスは技が使えないというよりはわざと使わない口だ。“先祖返り”による超絶の膂力と鋼の肉体で技術をねじ伏せる道をあえて選んでいるのだ。それには積み上げた経験と恐怖を乗り越え痛みに耐える精神力が不可欠であり、仮に同じような“先祖返り”を発現してもホレスと同じになれる者はほとんどいまい。
 対してソウザブは蓄えた技量の上に“先祖返り”の恩恵が乗っている形になっている。上昇した身体能力に技術をすり合わせる鍛錬は今も怠っていないとはいえ、どちらを模倣するべきかと問われればそれはソウザブの方になるだろう。
 考えれば考えるほど理にかなっている気がしてきてソウザブは唸った。…そもそも弟子入りを断れば良いという発想は混乱で消し飛んでいる。そんなソウザブに助け舟を出したのはエルミーヌだった。

「ソウ様に憧れるのは分かりますが…。もう少し考えたほうがよろしいのではないでしょうか…?ええっと」
「あ、オレはサフィラってんだ…です」
「サフィラさん。わたくしが言うのも何ではありますが旅は簡単ではありません。女の子なんですから安々と決めて良いものではありませんよ?」
「「は?」」

 上がった驚きは当のサフィラとホレスのものだった。

「ちょっ…なんでオレが女だって…!」
「待て待て嬢ちゃん!こいつ…女ぁ!?いや確かに細身で細顔だけどよ、オレとか言ってんぞ」

 気が合ってるな、と思いつつソウザブはエルミーヌと顔を見合わせた。

「なんでと申されましても…その雰囲気とか?どう見ても女性のものですがホレス様…」
「ええ、それに声もやや高め。歳の割に喉仏が少しも出ておりませぬ。まさか本当に気付いてなかったのですか、ホレス殿」

 仲間の言葉に自分がおかしいのかと疑いつつ、ホレスはサフィラから事情を聞くことにした。
 サフィラが湖賊の下に行くことになった経緯はあまり触れることでもあるまい。よくあることだ。男を装っているのは単に湖賊に乱暴されないようにという考えからだったが、それが染み付いてしまったとのことだった。その影には武力への憧れもあるようだった。

「ふーん?まぁ納得行く話ではあるな。そういうことなら良いんじゃないかソウ?嬢ちゃんを見る限りじゃお前教えるのも下手ってわけでもねぇみたいだしよ」
「ホントか!?おっさん、意外と良い奴!?」
「殴るぞお前…」

 ホレスとて本当に殴る気は無いのだが、すばしっこいサフィラはソウザブの後ろにさっさと隠れてしまう。それをみて案外、本当に良い冒険者になるかもしれないとホレスは考えた。コイツは逃げたほうが良いときには逃げれる奴なのだと。それは時に単純な強さより大事なものだとホレスは知っている。ホレス自身はむしろ大きすぎる危機には突っ込むところがあったが。
 もっとも、ホレスがサフィラを受け入れるよう暗にソウザブに奨めているのは将来性を買ってではない。ソウザブの新しい嫁としてだった。エルミーヌと仲睦まじいことは知っているがこのままだと増える余地が無くなりそうだった。焚き付けた手前、あと何人かは迎えれ入れて欲しいものだ。ソウザブが息子分ならその子は孫のようなものになってくれるかもしれない。

「はぁ…ホレス殿がそう仰られるなら。まぁ良いでしょう」
「よっしゃ!頼むぜ旦那!いやさ師匠!」
「それにしても…」

 考え込むソウザブにサフィラは気付かない。
 いくら男装しても長い間見ていれば気付かないはずはない。気付いていたならば、彼女の危惧通りに乱暴されていたはずだ。
 もしかすると、あの湖賊達にとってサフィラは“縁起物”だったのかもしれない。先祖の神と信仰する神が異なるという悩みは多くの者が持っている。騎士達は海神ネプースの名を唱えていた。海神に愛された容姿を持つサフィラを彼らなりに大事にしていたのか?彼らは既に冥神の手元に行っているため、聞くことはできなかった。

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