東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

湖賊

 濁った湖に巣食う賊はタイザの町の人々が思うより遥かに多かった。奪った物資だけでなく、どこからか運ばれてくる食料で満足とまでは行かないまでも生活は成り立っていたのだ。
 大所帯には世話をする者が必要だ。彼らの拠点の一角の粗末な小屋で老若の区別なく“奉公人”達が寝泊まりしていた。

「おいガキ!起きロ!とっとト働かねぇか」

 奇妙な抑揚をした男に細身の年若い人間が頭を小突かれ無理矢理目を覚まさせられる。短く切られた髪は深い藍色をしており水神を祖先に持つことを窺わせる。スラリとした体躯は猫を思わせる。名をサフィラといった。
 湖で活動するには多くの物が入り用で、それを整備する必要が生まれる。賊達の世話の他にも縄をなうことや、恐ろしい兵器の手入れ。そういったことも奉公人の仕事だった。

 小突かれたサフィラはくそっ、と内心で毒づいた。口には出さない。出せば鉄拳が飛んで来るのということはここ数年で嫌というほど理解している。いくら寝ても寝足りない。昨日も遅くまで雑用を押し付けられていたのだ。
 年若いサフィラに仕事を回してくるのは賊共だけでなく、仲間のはずの奉公人たちもだ。病弱を装う中年女、哀れっぽく振る舞う男。サフィラがそれに従うのは揉め事を避けるためだけでなくああはなるまいと考えているためでもあった。サフィラだけは未来にまだ希望を見ている。見ようとしている。
 湖で活動しているくせに鎧を着込んだ一段とすれ違う。上位の者の指示に従って駆け足で狭い砦を駆けずり回る。
 この湖塞の連中はいつもこうだ。常に不満げにそのくせあくせくと働いている。乱暴なのに粗暴ではないのもサフィラが抱いていた賊の印象とは違う。だが好きになれない一群であることは確かだ。こき使われて叩かれて好きになる手合がどこにいるという。
 サフィラは貧しい漁民の家に生まれた。ここに来る羽目になった理由はよくある口減らし…なのだろう。家族は奉公に出すと言っていたがどう考えても売られたとしか思えない。こんな狭い湖で一生を終えるのだとは思いたくないが、船は全て管理されていて抜け出すことは出来ない。奴らと来たら毎日律儀に記録を付けているのだ。
 その時けたたましい音が鳴り響いた。初めて聞く鐘の音。それはここの湖賊達が据え付けた襲撃を知らせる鐘の音だ。襲う側がそんな大仰な鐘をつけるなどと内心馬鹿にしていた物が役目を果たしていた。


 湖賊討伐の日が来た。
 住人の協力は得られなかった。本来ならば夜に攻勢をかけるのだろうが夜半に素人が操船するのは危険が伴う。ある程度の装備をしている以上、水に落ちたくないという冒険者や傭兵が大半なのだ。
 船も小舟で速度的にも期待できない。だというのにホレスという膂力の権化が乗るソウザブ達の小舟はかなりの速度で進んでいく。
 傭兵たちは端から失敗を見越している。冒険者達の質は低い。ソウザブ達は自分達だけで賊を壊滅させるつもりでいた。
 後続の船がもたもたと進んでいるのを後ろ目にソウザブ達が乗る小舟は馬鹿げた速度で進んでいく。意外と器用なホレスは片手に櫂、もう片方に長い棒を持っていた。ホレスが湖底を槍のごとく突くと船は加速する。水を文字通り跳ね上げながら櫂がうなればまた加速する。速いのは良いことだがその度に小舟が不安定に傾ぐのでその度にソウザブ達は位置を変えなければならなかった。

「波を叩いて~はしけが往くう~っと!良いじゃねぇか!サハギン退治を思い出すぜ!」

 下手な歌を歌いながらホレスが大声を張り上げる。その度に加速していくので小舟の平衡を保とうとするソウザブの位置取りはもはや反復横跳びじみていた。端から見ればこれほど奇怪な一団も無いだろう。

「懐かしいですな。…まぁたどり着く頃にはおさく殿があらかた片付けた後だったのですが」
「まぁ!ソウ様達は海でもご活躍だったのですね!」

 この日は霧も無い。賊の根城たる湖塞が見えてくる。湖の中にある小さな島に建ったソレは想像していたよりも遥かに堅固な代物のように思えた。
 幾つかの段に分かれているのは射戦に対する備えだろう。柵も木製であるとは言えわざと斜めに立てられたものもあればきちんと直立しているものもある。およそ賊と称される輩は雑だ。一帯を荒らし回る乱暴者が建てるような砦とは思えなかった。

 その時、ソウザブ達の少し横に水柱が立ち上がった。未だ少しばかり距離があるので湖塞から何かが放たれているのがわかる。あれは…

「おいおい。やっこさん達なんてもん持ってやがる!」
「据え付け式の大石弓バリスタ…!こんな湿気た場では整備も大変なものでしょうによくもまぁ」

 打ち出している物は石弾のようだ。このような小舟では当たれば間違いなく沈むだろう。と言ってもいかに射手が熟練の者であろうとも的が小さすぎた。碌な船が用意できなかったことが幸いしたようだ。

「一応聞いておきますがホレス殿。あの弾をはじけますか?」
「いやまぁできるだろうが…俺が斧をぶん回したらこの舟沈むんじゃねぇかな…」

 本来は攻城戦や防衛戦に用いられるだけあって凄まじい威力を誇る弾丸もホレスの斧を砕くことは不可能だ。竜の素材で造られた品はそれほどに堅い。

「では…予定通りにそれがしが先行します。エル殿のお力をお借りしますよ」

 ソウザブが携えているのは巻物。ソウザブの指導を受けてエルミーヌが作成した巻物スクロールだった。エルミーヌが使用できる物しか作成できないが今回に関して充分だ。

「わたくしの術がソウ様のお役に立てれば良いのですが…」

 ソウザブはそれに微笑みで返して飛んだ。符術や巻物の利点は詠唱を省くことが可能な点だ。反面予め用意した物が状況にそぐわなければ使用する意味が無くなるのだが、計画通りにことが運んでいるのならばこれほどの強みはない。高名な巻物使いには外套の下にびっしりと巻物を詰め込んでいる者がいるほどだ。

「――“氷柱落とし”アイスフォール

 ソウザブの少し前に氷塊が現れ、それを足場にソウザブはさらに飛んだ。“氷柱落とし”は単に氷を発生させるだけの術であり下位より更に下の初級の魔術に当たる。多くの初級術がそうであるようにこれを発展させていくことが上の術に繋がっていくのだがここでは必要ない。
 エルミーヌの魔術の才はやはり中々の物で生成された氷はレンガ程のサイズがあった。この巻物はエルミーヌの血で描かれているのだ。ソウザブにとって無駄にはできない。
 宙空に現れた氷塊が落下する前に足場とするのは言わずもがな常人には不可能な技だ。“先祖返り”であり更にその力を十全に発揮できるソウザブであるからこそ可能な絶技と言える。あっという間にホレスが操る舟を後方に置き去りにし、ソウザブは敵の根城に足を踏み入れた。

 まずは何にも増してバリスタの射手を倒さねばならない。可能ならば破壊もだ。ソウザブは段を駆け上がり、射手に石つぶてを食らわせて怯ませ切り倒す。本来ならば柵に用いる予定だった油をバリスタに浴びせかけて、火をつける。仲間たちの安全が最優先なのだ。無視した敵兵に挟み撃ちにされるだろうがソウザブは構わなかった。
 上の砦めいた建物から、素通りした下の段から、敵が煙目掛けてやってくる。

 侵入者を迎え撃たんとする湖賊達の動きは驚くほど整然としたものだ。装備も統一されたもので、ソウザブが事前に予測したとおり軍隊に所属していた経験のある者達…兵隊崩れだと思われた。
 いの一番に隊列を整えた軽装兵達が弓手の援護を受けつつソウザブに殺到する。序戦を有利にすべく事前に買い占めていた短刀の類を身を軽くする目的も兼ねてソウザブは投げ散らす。ある者は首に、ある者は胸部に、ある者は額にその一撃を受けて崩れ落ちる。
 次いでソウザブは隊列に踊り込み、兵らが取り落とした剣を両手に舞った。圧倒的ともいえる対手の攻勢になお賊達は怯まない。長槍を突くのでなく巧みに振り下ろし、剣を突き構え見せる連携はソウザブをして惚れ惚れとさせる。
 彼らの手付きの道は褒められたものでなくとも仲間を完璧に信頼しているその姿は称賛されるべきだろう。

「―ならばこそ手を抜きはすまい」

 いかなる敵でも侮りは禁物という戦いの鉄則に敬意が加わった時、湖賊の先陣の末路は決定した。しかし彼らの働きは決して無駄にはならない。予想外の強敵を前になお時を稼ぐことに成功していた。絶対の信頼を置く鈍い輝きの一団を視界に捉え、軽装の兵達は勝利を確信して息絶えた。


 ソウザブは自身の誤りを認めた。彼らは兵隊崩れではない、騎士崩れだ。それも肩書だけの物ではなく正真の精鋭たち。水辺で活動するというのに分厚い鎧に身を包んだその姿は「水に落ちればそれが武運の尽き」と嘯く海洋国家の重装騎士に他ならなかった。

「…大言など吐くものではありませぬな」

 何がホレスが来る前に全てを終わらせるだ。恐るべきは金の力か。湖賊達の背後にいる商人達はどこぞの滅んだ国の騎士達を丸ごと手元に引き込み、あまつさえこのような僻地で遊ばせたのだ。
 ソウザブの“先祖返り”としての能力は大きく俊敏性に偏っており、膂力はあくまで人間業の範疇に留まる。ソウザブが放った裂帛の一撃を重装騎士は涙滴型の大盾で防ぎこらえて見せた。やはり手強い。
 騎士達は地に根を下ろすがごとく下手に飛び掛からず最小の動きで攻撃を仕掛けてくる。海洋神の武器をモチーフにした三叉の槍。その突きを躱すならば仲間が足を払う。身軽な敵であろうと宙に飛べば槍衾の餌食となる彼らの必殺の構えだ。
 しかしソウザブは只人ではない。そんな決まりきったお約束に従う筈もなかった。影を残し突きより速い速度で横に移動して見せたのだ。騎士達の兜の奥からくぐもった奇妙な抑揚の言葉が漏れる。大陸共通語に慣れていないのだ。

『おオ、見事。お見事』
『我らの仲間を鏖殺せシ憎べき怨敵』
『貴様こソ待ち望みシ宿敵に他ならヌ』
『弱者を狩ルにはもう飽いタ』
『ネプースの銛も照覧あレ』
『『『『『――戦の誉れは今ここに』』』』』

 ソウザブはなぜ彼らが湖賊となったか分かった気がした。
 強盗騎士という言葉がある。食い詰めた騎士達が賊と成り果てるのだ。褒められたことでなくともそれは騎士という生き方からまだ外れてはいない。海辺に生を受けたものとして陸人となるのは耐えられない。騎士として生き、海の荒くれ者として戦い、祖国を失った人間の捻れた誇りの結果が湖賊だったのだ。最後が海でも船の上でもないのだけが心残りだと彼らは戦の果ての死を待ち望んでいた。

「それは祖国を滅ぼした国に向けられては?――砕!」

 ソウザブが大盾を殴りつける。拳の間には符が挟み込まれており大盾を弾いた。小規模とは言え爆発を受けてなお盾を取り落とさなかったのは矜持か。あらわになった鎧の接合部に剣を差し込まれ騎士は絶命した。彼らにとっては予想外の攻撃なはずだが乱れはなはい。

『そノ敵国ももう無イ』
『敵国を滅ぼしタ国ももはや無イ』

 なんとも無常な話だった。確かに人間種の国家は大陸中にあり互いに虎視眈々と隣国を窺っている。どこかと争えばその間隙を突くべく行動するのは自然の流れ。あり得る事態だった。
 地面すれすれで這うような動きに切り替えたソウザブは騎士達の盾の下を這い回り足を切り刻む。それでも騎士達は止まらない。ソウザブが強敵であればあるほど喜色を漲らせる。

「貴殿らの気持ちは理解できもうす。が、共感はさっぱりできませんな!」

 ソウザブにできるのは依頼通りに彼らをこの湖から叩き出すことだけだ。彼らの凶行に是非を問える程真っ当な人生を歩んできたわけでもない。故に斬った、斬った、斬った!一体幾人いるのか。不毛な争いはこのアデルウ大陸の縮図のごとく続いた。


 サフィラはその光景を見ていた。湖賊達が喜々として出払ったのを見て、すわ脱出の好機かと外の様子を確かめるべく外に出たのだ。
 だが動くことができない。あれほど自身を虐げていた者達が農作物を刈るようになぎ倒されていく。多勢に無勢?地の利?そんな要素は強大なる個には何の役にも立たないのだというように。では自分は一体、どうすれば良いというのだろう。あの人物のように強くなればどんなものにも脅かされずに済むのだろうか?そうだ。ああなりたい・・・・・・
 圧倒的な存在を目の当たりにしてなおそう思えることこそが非凡の入り口だと、この時のサフィラは知らなかった。


 そんなサフィラの想いとは裏腹にソウザブにそんな余裕があるわけではなかった。
 重装の騎士達が望んでいるのは死力を尽くした果てにあるのだ。わざわざ斬られてくれるわけでもない。それどころか足を失ってもまだ戦闘行為を継続する。ソウザブが無傷なのは何も余裕の表れではない。敵が多い以上傷を負ってやる余裕などないのだ。常に最高潮を維持しなければならない。

「――“氷柱落とし”!」

 一人の騎士の頭上に氷が現れ、落ちた。兜がある故に致命傷とはならなかったものの、ふらついてしまう。そこに…

「らぁ!吹っ飛べ!」

 両手斧が唸りをあげる。人外の剛力の前には騎士達の戦闘意欲など紙のごとし。一撃で絶命させられてはあがくことなどかなわない。
 趨勢を決めたのはソウザブが愛する仲間たち。想い人と相棒の参戦であった。

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