太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜

みりん

12 インペデの丘での戦い

 アジリスは先手必勝とばかりに、騎馬の高い機動力を活かして、レオニスに対して突進した。その馬鹿力で子供の背丈程もある大斧を構え突っ込めば、馬上の高い位置エネルギーと相まって、標的に当たれば確実に首が飛ぶ。文字通り風を斬って駆け抜けるが、手応えはなかった。

 馬首を巡らし、再び目標の首に突撃するも、またも空振りに終わった。

「逃げ足だけは早いと見えるな! どうした! 早くレクス神から授かった力、その真価を発揮して頂きたいものだ!」

「――っく!」

 アジリスがそう挑発し三度目の突進を試みる。大斧が駆け抜けざまにレオニスの髪をひと房斬って散らした。ここでアジリスの疑念は確信に変わった。

 この王太子に、レクスの御力は使えない。

 魔力の気配をまるで感じないところから、おかしいと思っていた。もし魔力を扱えるなら、この局面では一も二もなく魔法を使ってくるはずだろう。レクス神族は光を自在に操り刃となす技を、呪文の詠唱もなく無尽蔵に使えるとなれば尚更だ。

 王太子の証でもあるレクスの御力を使えないのであれば、この少年は王太子を騙る偽物とも考えられるが、年格好と容貌が伝え聞く王太子の特徴と一致している。6年前の事件以降、王太子を騙るメリットも無いに等しいが、それを知らぬ馬鹿か、あるいは本物の王太子だが何らかの理由があり魔力を扱えないかのどちらかということになる。

 アジリスは、喜色に浮かれた気持ちが萎んでいくのを感じた。

 地上最強と謳われるレクスの御力を拝み、それを打ち破ることが出来ると思ったが、期待はずれに終わるようだ。レクスの御力が扱えぬのならば、王太子と言えど能力的にはただの十五の少年でしかない。倍近く生きている自分の方が気力、体力、実践経験から養われる勘においても優っているのは自明だと思えた。

 しかし、腐っても王太子。その首級を挙げれば名誉と報酬が手に入るだろう。

(ふん。レクスの御力のない王太子などただの小僧に過ぎんが、狩らない手はない、か。早々に片付けてウッド様への手土産を増やしてやろう)

 アジリスは化物じみた怪力で大斧を振り回すと、レオニスに対して四度目の突進を試みた。馬を駆り、駆け抜けざまに大斧をぐ。首を狙ったその分厚い刃は、空を斬ったが、それを避けた拍子にレオニスはバランスを崩して倒れた。

 アジリスは止めを刺すべく素早く馬首を返す。

「もらった!」

 叫び、倒れ伏すレオニスを踏みつけようと走らせた馬は、しかし、突如として飛び上がったレオニスに驚いて棹立ち、いなないた。アジリスは急なことに対応出来ず落馬し地面に転がる。アジリスの愛馬はそのまま逃げ出し、戦場を駆け抜けて行った。

「舐めないで下さい!」

 レオニスはこの機を見逃さず、地に伏せるアジリスに畳み掛けるように剣を振り下ろして来る。アジリスはそれを転がって躱し、レオニスの剣が地面に突き刺さっている隙に態勢を立て直した。大斧を構え、レオニスに向き直る。

「この俺を馬上から引きずり下ろすとは、無能かと思ったがそうでも無いらしいな。その度胸だけは認めてやろう! 魔法の使えぬ王太子! だが、度胸だけではオルクス様どころか、この俺でさえも倒せぬぞ!」

「それはどうでしょうね! やってみないと分かりません!」

 少年は気丈に振舞ってはいるが、声が震えている。思春期特有の無謀が少年を支えているのだろう。経験が浅いから、勝機も計算もなくても妄言を吐ける。しかしそれは虚勢を張っているだけに過ぎない。それが証拠に、駆けてくる馬の前に飛び出すなんてイチかバチかの無謀に打って出たりする。アジリスは口の端を上げると、目の前の少年に揺さぶりをかけるべく口を開いた。

「随分と余裕がおありのようだ。俺は騎士隊長などをしているが、それはインペデ軍で一番高い階級がそれだったというだけで、本来は騎馬よりも白兵戦の方が得意なんだ。俺を落馬させたと思っていい気になってると痛い目を見るぞ!」

「能書きはいいです。行きます!」

 レオニスは駆け出すと、剣を振り下ろした。キンと、金属の甲高い音を響かせて、アジリスは大斧でそれを受け止める。

「それで全力か!? 軽いっ!」

 アジリスが力を込めて大斧を振り抜けば、レオニスは簡単に弾き飛ばされた。しかし、倒れたのは一瞬で、素早く起き上がり、間合いをとるようにバックステップを踏んでくる。アジリスはそれを読んでいた。大斧を振り抜くと同時に後を追うように駆け出していた。

「ふんっ!」

 今度の攻撃は大きく振りかぶった分だけ遠心力も加わる。当たれば人たまりもない。しかし、レオニスはこれを後ろに倒れて避けると、片手を地面について倒立回転して起き上がると、再び剣を構えてみせた。

「ええい、ちょこまかと鬱陶しい! 次で仕留めるっ!」

 アジリスは吠えると、大斧を振りかぶり駆け出した。

* * *

「きゃー! 来ないでー!」

 ステラが滅茶苦茶に剣を振るうと、光刃が舞い、駆けてくる騎馬の足を切り裂いた。本人にも軌道を読めないその太刀筋を敵が読めるはずもない。馬は棹立ち、暴れ馬となって騎乗していたインペデ軍の騎士達を振り落とし、逃げていった。

 地面に転がった騎士を待ち受けているのは、デンテの剣と投げナイフだ。近くの敵は斬りつけ、遠くの敵にはナイフを投擲し、止めを刺す。

「ステラ! ちゃんと前を見ろ! 不意を突かれるぞ!」

 デンテが叫ぶと、ステラは半泣きで返事をした。

「だってぇ! 皆、顔が怖いんだもーん!」

「当たり前だ! 殺し合いだぞ! 笑顔でやってられるか! 一瞬で慣れろ!」

「無理―!」

 そう叫び返しながらも、ステラは天性の運動神経でインペデ兵の攻撃を避け、剣を振り抜き反撃に出る。光刃は精度は悪くとも敵の手足を切り裂き、その動きを止める。敵が痛みにひるんだその隙に光刃の第二波を撃ち、数撃ちゃ当たるの戦法でインペデ兵の数を減らして行った。

「ステラさん、その調子です! 怖くても目を開いて敵の動きを見れば、もっと命中するようになりますよ! 頑張って下さい!」

 エイブスに励まされて、ステラは恐る恐る敵を目で追ってみる。確かに言われた通りにやってみると、目をつぶっていた時と比べて無駄打ちが減り、体力の減少も抑えられそうだった。目の前の敵を倒し、ステラは笑顔でエイブスに振り向いた。

「今の見た!? ステラ天才かもー!」

 叫んだステラのその隙を、インペデ兵の一人は見逃さなかった。

「死ね小娘!」

 ステラの背後で剣を振りかぶる。

「させません!」

 ステラが驚き固まっている間に、一陣の風が吹き抜け、敵兵は仰向けに倒れていた。その身体を踏みつけているエイブスがいる。風の魔法で加速して敵兵を蹴り倒したのだ。エイブスは悲鳴を上げるインペデ兵に剣で止めを刺すと、ステラに振り向いた。

「大丈夫ですか、ステラさん。私が貴方をお守りしますから、安心して下さいね!」

 にこやかにエイブスは微笑むが、その身体には返り血がべっとりと付いており、状況がステラを安堵させることはなかった。一歩間違えば、血を流していたのはステラだったかもしれないのだ。

「あ、ありがとう」

 笑顔を引きつらせて礼を言うと、ステラは改めて気を引き締め剣を構え直す。ステラの剣は黄金製なこと、そして腕力の差からも、斬り結び、鍔迫り合いに持ち込まれれば屈強なインペデ兵と戦って勝機はない。その分聖剣の御力で起こした光刃の届くリーチは長いが、一瞬の隙が命取りとなり得るのだ。

「任せて下さい。良い事思いつきました」

 エイブスはにやりと笑うと、敵兵が所持していた弓と矢を拝借し気を鎮める。すると見る間にその身体に燐光を帯び、飛び上がった。空中で弓に矢をつがえ、敵騎兵に狙いを絞った。遠距離からの攻撃においては、歩兵より図体のでかい騎馬の方が狙いを定めやすい。

 放たれた矢はうなりを上げて風を斬り、敵騎兵の首に見事命中した。

「わあ! すごいすごい!」

 ステラが褒めると、エイブスは調子に乗って空中で右足を引き、左手を腹にあてお辞儀をしてみせた。

「ありがとうございます。私は剣より弓の方が得意なんですよ。この調子で敵を蹴散らしましょう! ――おや」

 エイブスがふと遠くに目を向けた。何しろ一人宙に浮かんでいるため、見晴らしが良くどこまでも見渡せる。そのエイブスの視界に、1000を越す人の群れが新たにこの丘を駆け登ってくるのが映った。

 どの人も手に剣や槍、くわ、斧などの鉄器を持っている。その出で立ちはどう見ても訓練された兵士ではなく、ただの市民に見える。

 市民達は鬨の声を上げ、アジリス率いるインペデ兵達の最後尾に襲いかかった。進路である丘の上からは神兵達の攻撃が止まず続いている。退路を塞がれた形のインペデ兵達は混乱し、混乱は士気の低下を招いた。

「援軍ですか! 市民をかき集めるとは、誰だか分かりませんが、策士がいますね! 私も負けていられません!」

 エイブスは一度地上に降りて、矢筒ごとごっそり矢を拾うと、再び宙に浮かび上がり、空からインペデ兵達に矢の雨を降らせた。

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